33 / 45
第33話 おかわりはいかがですか
しおりを挟む
手紙を手に持ったまま呆然とする令嬢に、レディナが慎重に声をかけた。
「なんて書いてあったか、聞いてもいい……?」
「えぇ……。わたくし……もう用済みになりましたの」
用済み――嫌な響きだ。
「用済みってどういうこと?」
エフティアが率直に尋ねると、リゼは手紙を置き、淡々と説明し始めた。
「わたくしには10人のお母様がいますの。もちろん、血がつながっているのは一人ですが。わたくしは7番目のお母様の娘にあたりますわ。
我がライナザル家は代々剣使を輩出しているのですが、つい先日わたくしの従妹がその高みへと至ったのだそうです……まだ13歳ですのに」
にわかには信じがたいが、リゼの表情から察するに真実なのだろう。
「ですので、わたくしのために使うお金はもうないそうです。実を言うと、わたくしはあまり期待されていませんでしたの。家の方針で、子ども達にはそれぞれ異なる環境で異なる教育をすることになっていましたが、わたくしは出来が悪いからと、まだ歴史の浅いグランディオス第五学園に入れさせられましたの」
ため息が出てしまう話だった。
ひどい親だ。父さんと母さんだったら、きっと憤るだろうな。
レディナも何か考えるように目を閉じているし、ソーニャは不満を隠さない顔をしていた。
「ごめんなさい! わたくし、皆さんのことを出来が悪いなどとは全く思っていませんわ。短い間でしたが、色々あって、色々分かりましたもの……」
リゼが急に謝るので何事かと思ったが、どうやら僕の顔が随分と険しくなっていたらしい。
「いや、リゼさん違うんです。リゼさんに怒ったわけじゃありません」
「そうだよ! あたし達そんなことで怒ったりしないよ。ねえ?」レディナはエフティアに促した。
「うん。だけど、リゼちゃんがなんでそんなに落ち込んでるのかわかんないなぁ――」
リゼさんの気持ちを考えると、エフティアの物言いは気になった。
実際、困惑した表情で返答に困っていたし、静かに見守っていたメイドさんからは鋭い視線を感じる。
レディナもそわそわし始めたが、口は開かない。
多分、僕と同じ気持ちでいるんだ。
ソーニャが何かを言おうしたので、彼の手の上に手を重ねて止めた。なぜか例の獣人顔《ファウナ顔》をして僕を見つめ返してきたので、「その顔はやめてくれ」と目で伝えた。
「――リゼちゃん、授業で言ってた。大切なのはおともだちだって。ここに、いちにーさん……メイドさんもいるから五人で、ミルラとイルマがいるから、リゼちゃんのおともだちは七人もいる!」
あぁ、そうか。
時々思う。
エフティアはたくさん間違えるけれど、正解にまでたどり着く力があるのだと。
「紅茶とケーキのおかわりはいかがですか」
「えっ、いいの! あっ……いいんですか?」エフティアは言い直す。
メイドは小さくうなずく。
その無表情に近い微笑みからも、少なくともメイドさんの心には刺さったようだし――
「ありがとう、ございます」涙ぐむリゼ。
――リゼさんの心にも、エフティアの言葉は届いたようだった。
涙をこぼすリゼに、エフティアはどう慰めていいのか分からずあたふたしていた。
レディナはその様子を見守ることに徹している。
「いつまで乗せてるにゃ」
「あぁ、ごめん」
ソーニャに叱られ、彼の手から自分の手を離した。
ふわふわな感触が名残惜しい。
「リゼっち、これからどうするにゃ? 学生やめろって言われてるんにゃ?」
「いえ……自由にしなさいとだけ。ただ、資金援助は一切しないという事ですわ」
「リゼちゃん……やめちゃうの?」
「やめたく、ないですわ。ミルラさんとイルマさんともまだお会いできていませんし、皆さんとももっと一緒にいたいですわ」
リゼは目を伏してうつむいた。
「リゼさん、この屋敷はどうなるんですか」
「住む分には自由にしなさいとのことですわ」
それなら話は早い――
「――授業料については今年の分は払っているはずなので、来年度以降は授業料免除の特待枠《とくたいわく》に入りましょう」
「あの……特待枠というのは?」
「特に秀でた成績を収めた学生が入る枠です。学年ごとに十人分もの枠があるので、確実に入りましょう。具体的な方針については今後一緒に」
「確実に……ですの?」
「問題ありませんね?」
「あ、ありませんわ!」
「不安に駆られた勢いでこっそり働きすぎて、学業と訓練をおろそかにしないでくださいね」
逃げ場を失った小動物のような顔をしているけれど、リゼさんには頑張ってもらう。
「あの、アル君……学生って、毎年お金払わないといけないの?」
さっきからやけにそわそわしていたエフティアが尋ねてきた。
「うん」
極めて簡潔に答えると、エフティアは口を抑えて小刻みに震え出した。終いには「どうしよう、どうしよう」という言葉が漏れだす。
「わたし……お金ない……」
おそらく、この場にいる全員が想定していたことを彼女は言った。
「君も特待枠に入ればいい」
「えぇ! 無理だよぉ!」
「君は強くなるんだよね」
「それは……そうだよ! わたしは強くなるんだ!」
そう、君は強くなるんだ。
「じゃあ無理じゃないよね」
「……」
エフティアが懇願するような絶望顔をこちらに向けてきたが、知ったことではない。彼女は助けを求めるように反対側を向くと、自分と同じ顔をしているリゼがいるだけだった。
「なんて書いてあったか、聞いてもいい……?」
「えぇ……。わたくし……もう用済みになりましたの」
用済み――嫌な響きだ。
「用済みってどういうこと?」
エフティアが率直に尋ねると、リゼは手紙を置き、淡々と説明し始めた。
「わたくしには10人のお母様がいますの。もちろん、血がつながっているのは一人ですが。わたくしは7番目のお母様の娘にあたりますわ。
我がライナザル家は代々剣使を輩出しているのですが、つい先日わたくしの従妹がその高みへと至ったのだそうです……まだ13歳ですのに」
にわかには信じがたいが、リゼの表情から察するに真実なのだろう。
「ですので、わたくしのために使うお金はもうないそうです。実を言うと、わたくしはあまり期待されていませんでしたの。家の方針で、子ども達にはそれぞれ異なる環境で異なる教育をすることになっていましたが、わたくしは出来が悪いからと、まだ歴史の浅いグランディオス第五学園に入れさせられましたの」
ため息が出てしまう話だった。
ひどい親だ。父さんと母さんだったら、きっと憤るだろうな。
レディナも何か考えるように目を閉じているし、ソーニャは不満を隠さない顔をしていた。
「ごめんなさい! わたくし、皆さんのことを出来が悪いなどとは全く思っていませんわ。短い間でしたが、色々あって、色々分かりましたもの……」
リゼが急に謝るので何事かと思ったが、どうやら僕の顔が随分と険しくなっていたらしい。
「いや、リゼさん違うんです。リゼさんに怒ったわけじゃありません」
「そうだよ! あたし達そんなことで怒ったりしないよ。ねえ?」レディナはエフティアに促した。
「うん。だけど、リゼちゃんがなんでそんなに落ち込んでるのかわかんないなぁ――」
リゼさんの気持ちを考えると、エフティアの物言いは気になった。
実際、困惑した表情で返答に困っていたし、静かに見守っていたメイドさんからは鋭い視線を感じる。
レディナもそわそわし始めたが、口は開かない。
多分、僕と同じ気持ちでいるんだ。
ソーニャが何かを言おうしたので、彼の手の上に手を重ねて止めた。なぜか例の獣人顔《ファウナ顔》をして僕を見つめ返してきたので、「その顔はやめてくれ」と目で伝えた。
「――リゼちゃん、授業で言ってた。大切なのはおともだちだって。ここに、いちにーさん……メイドさんもいるから五人で、ミルラとイルマがいるから、リゼちゃんのおともだちは七人もいる!」
あぁ、そうか。
時々思う。
エフティアはたくさん間違えるけれど、正解にまでたどり着く力があるのだと。
「紅茶とケーキのおかわりはいかがですか」
「えっ、いいの! あっ……いいんですか?」エフティアは言い直す。
メイドは小さくうなずく。
その無表情に近い微笑みからも、少なくともメイドさんの心には刺さったようだし――
「ありがとう、ございます」涙ぐむリゼ。
――リゼさんの心にも、エフティアの言葉は届いたようだった。
涙をこぼすリゼに、エフティアはどう慰めていいのか分からずあたふたしていた。
レディナはその様子を見守ることに徹している。
「いつまで乗せてるにゃ」
「あぁ、ごめん」
ソーニャに叱られ、彼の手から自分の手を離した。
ふわふわな感触が名残惜しい。
「リゼっち、これからどうするにゃ? 学生やめろって言われてるんにゃ?」
「いえ……自由にしなさいとだけ。ただ、資金援助は一切しないという事ですわ」
「リゼちゃん……やめちゃうの?」
「やめたく、ないですわ。ミルラさんとイルマさんともまだお会いできていませんし、皆さんとももっと一緒にいたいですわ」
リゼは目を伏してうつむいた。
「リゼさん、この屋敷はどうなるんですか」
「住む分には自由にしなさいとのことですわ」
それなら話は早い――
「――授業料については今年の分は払っているはずなので、来年度以降は授業料免除の特待枠《とくたいわく》に入りましょう」
「あの……特待枠というのは?」
「特に秀でた成績を収めた学生が入る枠です。学年ごとに十人分もの枠があるので、確実に入りましょう。具体的な方針については今後一緒に」
「確実に……ですの?」
「問題ありませんね?」
「あ、ありませんわ!」
「不安に駆られた勢いでこっそり働きすぎて、学業と訓練をおろそかにしないでくださいね」
逃げ場を失った小動物のような顔をしているけれど、リゼさんには頑張ってもらう。
「あの、アル君……学生って、毎年お金払わないといけないの?」
さっきからやけにそわそわしていたエフティアが尋ねてきた。
「うん」
極めて簡潔に答えると、エフティアは口を抑えて小刻みに震え出した。終いには「どうしよう、どうしよう」という言葉が漏れだす。
「わたし……お金ない……」
おそらく、この場にいる全員が想定していたことを彼女は言った。
「君も特待枠に入ればいい」
「えぇ! 無理だよぉ!」
「君は強くなるんだよね」
「それは……そうだよ! わたしは強くなるんだ!」
そう、君は強くなるんだ。
「じゃあ無理じゃないよね」
「……」
エフティアが懇願するような絶望顔をこちらに向けてきたが、知ったことではない。彼女は助けを求めるように反対側を向くと、自分と同じ顔をしているリゼがいるだけだった。
0
あなたにおすすめの小説
S級冒険者の子どもが進む道
干支猫
ファンタジー
【12/26完結】
とある小さな村、元冒険者の両親の下に生まれた子、ヨハン。
父親譲りの剣の才能に母親譲りの魔法の才能は両親の想定の遥か上をいく。
そうして王都の冒険者学校に入学を決め、出会った仲間と様々な学生生活を送っていった。
その中で魔族の存在にエルフの歴史を知る。そして魔王の復活を聞いた。
魔王とはいったい?
※感想に盛大なネタバレがあるので閲覧の際はご注意ください。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました
髙橋ルイ
ファンタジー
「クラス全員で転移したけど俺のステータスは使役スキルが異常で出会った人全員を使役してしまいました」
気がつけば、クラスごと異世界に転移していた――。
しかし俺のステータスは“雑魚”と判定され、クラスメイトからは置き去りにされる。
「どうせ役立たずだろ」と笑われ、迫害され、孤独になった俺。
だが……一人きりになったとき、俺は気づく。
唯一与えられた“使役スキル”が 異常すぎる力 を秘めていることに。
出会った人間も、魔物も、精霊すら――すべて俺の配下になってしまう。
雑魚と蔑まれたはずの俺は、気づけば誰よりも強大な軍勢を率いる存在へ。
これは、クラスで孤立していた少年が「異常な使役スキル」で異世界を歩む物語。
裏切ったクラスメイトを見返すのか、それとも新たな仲間とスローライフを選ぶのか――
運命を決めるのは、すべて“使役”の先にある。
毎朝7時更新中です。⭐お気に入りで応援いただけると励みになります!
期間限定で10時と17時と21時も投稿予定
※表紙のイラストはAIによるイメージです
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
氷結の夜明けの果て (R16)
ウルフィー-UG6
ファンタジー
Edge of the Frozen Dawn(エッジ・オブ・ザ・フローズン・ドーン)
よくある異世界転生?
使い古されたテンプレート?
――そうかもしれない。
だが、これはダークファンタジーだ。
恐怖とは、姿を見せた瞬間よりも――
まだ見えぬまま、静かに忍び寄るもの。
穏やかな始まり。ほのかな優しさ。
だが、石の下には、眠る獣がいるかもしれない。
その時が来れば、闇は牙を剥く。
あらすじ
失われた魂――影に見つめられながら。
だが、英雄とは……本当に常に“光”のために戦う者なのか?
異国の大地で、記憶のないまま、見知らぬ身体で目を覚ます。
生き延びようとする本能だけが、彼を前へと突き動かす。
――英雄か、災厄か。それを分けるのは、ただ一つの選択。
冷たく、謎めいた女戦士アリニアと共に、
彼は武器を鍛え、輝く都市を訪れ、古の森を抜け、忘れられた遺跡へと踏み込んでいく。
だが、栄光へと近づく一歩ごとに、
痛みが、迷いが、そして見えない傷が刻まれていく。
光の道を歩んでいるかのように見えて――
その背後で、影は静かに育ち続けていた。
――これは、力と希望、そして自ら築き上げる運命の物語。
🔹 広大で容赦のない世界が、挑む者を待ち受ける。
🔹 試練と沈黙の中で絆を深めていく、二人の仲間。
🔹 「居場所」を探す旅路の果てに待つものとは――。
ヴェイルは進む。
その選択はやがて、一つの伝説を生み出すだろう。
それが光か、闇か。――決めるのは、あなた自身だ。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
最強無敗の少年は影を従え全てを制す
ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。
産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。
カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。
しかし彼の力は生まれながらにして最強。
そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる