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第35話 ダブルベッド……
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◆
調理場から戻ってからというものの、ソーニャとレディナの様子がおかしかった。
ソーニャは表情にこそ出さないものの、尻尾が何かを企んでいる。
レディナにしても、いつものように笑顔を見せながら、普段以上に何かに思考を巡らせているように感じた。
一番に考えられるのは、僕達を見張るようにして控えているメイドさんと何かがあった……というところだろうか。
〈リゼちゃん、飛んでるよ〉
〈お恥ずかしい……いつもお話しながらお食事はいただきませんので〉
〈えへへ、あーん〉
〈えぇ!? なぜですの!? ……あーん〉
〈おいしい?〉
〈なんだか、恥ずかしいですわ……〉
エフティアとリゼが見ていない隙に、「何かあったんですか」と口だけを動かした。
するとレディナは「このスープとっても美味しい……何だかほっとする味」とだけ独り言のように言った。
レディナは自分のことをほめたりしない。ソーニャが作ったなら、直接褒める。そして、このスープは後ろのメイドが作ったものだ。肯定的な言葉を強調するということは、そこまで心配する必要もないということだろうか。
だが、僕は後ろに控えているメイドが少し苦手だった。不思議な魅力のある人だとは思うが、目を覗き込まれたときに感じた不快感が忘れられない。
一方で、リゼが向ける彼女への笑顔と、それに対する隠しきれない微笑みのために、彼女の人物像を捉えきれない。
「にゃあ、どうしたんにゃ?」
「え?」
「えっちな顔してるにゃ」
「君さ、それを言いたいだけだろう」
「女子を見ている時の顔にゃ」
「女子がいる時に言わないでくれ」
「メイドさんのこと考えてたにゃ?」
「メイドさんがいる前で言わないでくれ」
「もういないにゃ」
「うそだ」
本当だ。いない。
足音はなかった。
「お客様用のお部屋の準備をしに行ったのですわ」
いつものことなのだろうか、さも当たり前のことのように言う。
「リゼさん、メイドさんってどんな人なんですか」
「まあ! 関心を持っていただけて嬉しいですわ!
あっ……いえ、そうですね、私にとってあの人は――」
リゼは何かためらった様子で言葉を続ける。
「――とても冷たい人ですわ」
正直、そういった答えが返ってくるとは思っていなかった。
「もう十年も一緒にいますのに、お名前も教えてくれませんし、あの人から話しかけてくれるかと思ったら、事務的なお話ばかりでしてよ」
「えぇ! 十年も一緒なのに?」エフティアが割り込む。
「……えぇ、そうなんですの。ですから、きっと冷たい人なんですわ」
「で、でも! おかわりくれたよ?」
君の人を判断する基準はどこにあるのか。
とはいえ、言葉通りに受け取る気にもなれないのも事実だった。
「ほら、エフティア、口開けな」レディナがスプーンを突き付ける。
「えっ? えっ?」
「はい、あーん」
「ぁ、あーん……げほっ!」スープを雑に流し込まれ、むせた。
話の流し方も雑だった。
夕食を終えると、ソーニャは「おいらはそろそろ帰るにゃー」と言って、有無を言わさず出て行った。一緒に泊まるように誘ったのだが……。
リゼが名残惜しそうに「今日は楽しかったですわ! またご一緒にお食事しましょう!」と呼びかけると、尻尾で応える。
見送り終えると、後ろからメイドの声がした。
「お部屋の準備ができております。ご案内しますので、どうぞこちらへ」
二階に案内され、「こちらの部屋にはアヴァル様が、あちらの大部屋には女性の皆様でお休みください」とだけ言われた。
「ありがとうございます。食器の片付け、よろしければ手伝いますよ」
「いいえ、結構です。お気遣いありがとうございます」
儀礼的に言葉を返した後、すれ違いざまに流し目を使うメイド。
「そういえば、アル君って何歳なの?」
「急にどうしましたの?」
「メイドさんって、わたし達よりも年上に見えるから、何歳なのかなって。そしたら、そういえばアル君の年齢を聞いてなかったなって」
「メイドさんはわたくしより三つ年上ですから、十九ですわ。アヴァルさんは同い年ではありませんの?」
「あーっ!」エフティアが叫ぶ。
がちゃり。
〈逃げるなー!〉
〈落ち着いてくださいまし! いつでも聞けますわ!〉
ドア越しに「みんな、おやすみ」とだけ伝える。
エフティアがドアをこじ開けようとしてくるのには冷やりとしたが、レディナに止められたらしく、おとなしくなった。
一人部屋とは言え、さすがに貴族の別荘らしく立派な内装だった。
「ダブルベッド……」
言葉にすると、なんかエッチだ。
何を考えているんだ。ソーニャがうつったか。
自分の頬に拳を押し当てて、雑念を追い払おうとするが、刹那の気休めにしかならなかった。
どうやら一人部屋ではなかったらしく、ベッドの大きさが僕の身には余るものだった。
しかしながら、幸いドアも鍵付きだし、一人でいれば一人部屋だ。
特待生寮と何も変わりはしない。
隣の部屋からは早速女子たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。
こういう時、男一人だと寂しい。
……こんな気持ち、いつ以来だろう。
〈アル君って年上が好きなのかな、同い年が好きなのかな、それとも年下かな?〉
〈あんたはどう思うの?〉
〈えぇー、年上だったらいいな……〉
〈……年上うんぬんというよりは、やっぱり包容力じゃない?〉
〈包容力ですの?〉
〈母性って言ってもいいかも〉
〈おっぱい大きいってこと?〉
その柔らかい響きを聞いた瞬間、思わず自分の口を押えた。
〈そういう意味ではあんたは満点〉
〈私はどうですの?〉
〈ちょうどいい感じよ〉
〈ディナはどうなの?〉
〈まあ、人並みかな〉
軽薄な壁め。立派という評価は取り消す。
あんなやり取りを聞かされる人の気持ちを考えてくれ。
〈あっ……こら、ばか! 触るな!〉
〈えへへー〉
〈いけませんわ……エフティアさん〉
〈リゼちゃんも触ってみなよー〉
〈ええ!? それでは、少しだけ……〉
〈んっ……こら!〉
声が気になって仕方がない。
筒抜けな壁が苦しめてくる。
壁に向かってベッドに腰かけ、深くため息をついた。
今一度、自身に問いかける。
僕は何のために生きている?
その問いの答えに未だ変わりはない。
剣鬼を殺すためだ。
今置かれている状況も、そのための副産物に過ぎない。
キルナ先生も言っていたじゃないか。
(本質が見えていない)
僕は自分自身のあるべき姿を決めている。
調理場から戻ってからというものの、ソーニャとレディナの様子がおかしかった。
ソーニャは表情にこそ出さないものの、尻尾が何かを企んでいる。
レディナにしても、いつものように笑顔を見せながら、普段以上に何かに思考を巡らせているように感じた。
一番に考えられるのは、僕達を見張るようにして控えているメイドさんと何かがあった……というところだろうか。
〈リゼちゃん、飛んでるよ〉
〈お恥ずかしい……いつもお話しながらお食事はいただきませんので〉
〈えへへ、あーん〉
〈えぇ!? なぜですの!? ……あーん〉
〈おいしい?〉
〈なんだか、恥ずかしいですわ……〉
エフティアとリゼが見ていない隙に、「何かあったんですか」と口だけを動かした。
するとレディナは「このスープとっても美味しい……何だかほっとする味」とだけ独り言のように言った。
レディナは自分のことをほめたりしない。ソーニャが作ったなら、直接褒める。そして、このスープは後ろのメイドが作ったものだ。肯定的な言葉を強調するということは、そこまで心配する必要もないということだろうか。
だが、僕は後ろに控えているメイドが少し苦手だった。不思議な魅力のある人だとは思うが、目を覗き込まれたときに感じた不快感が忘れられない。
一方で、リゼが向ける彼女への笑顔と、それに対する隠しきれない微笑みのために、彼女の人物像を捉えきれない。
「にゃあ、どうしたんにゃ?」
「え?」
「えっちな顔してるにゃ」
「君さ、それを言いたいだけだろう」
「女子を見ている時の顔にゃ」
「女子がいる時に言わないでくれ」
「メイドさんのこと考えてたにゃ?」
「メイドさんがいる前で言わないでくれ」
「もういないにゃ」
「うそだ」
本当だ。いない。
足音はなかった。
「お客様用のお部屋の準備をしに行ったのですわ」
いつものことなのだろうか、さも当たり前のことのように言う。
「リゼさん、メイドさんってどんな人なんですか」
「まあ! 関心を持っていただけて嬉しいですわ!
あっ……いえ、そうですね、私にとってあの人は――」
リゼは何かためらった様子で言葉を続ける。
「――とても冷たい人ですわ」
正直、そういった答えが返ってくるとは思っていなかった。
「もう十年も一緒にいますのに、お名前も教えてくれませんし、あの人から話しかけてくれるかと思ったら、事務的なお話ばかりでしてよ」
「えぇ! 十年も一緒なのに?」エフティアが割り込む。
「……えぇ、そうなんですの。ですから、きっと冷たい人なんですわ」
「で、でも! おかわりくれたよ?」
君の人を判断する基準はどこにあるのか。
とはいえ、言葉通りに受け取る気にもなれないのも事実だった。
「ほら、エフティア、口開けな」レディナがスプーンを突き付ける。
「えっ? えっ?」
「はい、あーん」
「ぁ、あーん……げほっ!」スープを雑に流し込まれ、むせた。
話の流し方も雑だった。
夕食を終えると、ソーニャは「おいらはそろそろ帰るにゃー」と言って、有無を言わさず出て行った。一緒に泊まるように誘ったのだが……。
リゼが名残惜しそうに「今日は楽しかったですわ! またご一緒にお食事しましょう!」と呼びかけると、尻尾で応える。
見送り終えると、後ろからメイドの声がした。
「お部屋の準備ができております。ご案内しますので、どうぞこちらへ」
二階に案内され、「こちらの部屋にはアヴァル様が、あちらの大部屋には女性の皆様でお休みください」とだけ言われた。
「ありがとうございます。食器の片付け、よろしければ手伝いますよ」
「いいえ、結構です。お気遣いありがとうございます」
儀礼的に言葉を返した後、すれ違いざまに流し目を使うメイド。
「そういえば、アル君って何歳なの?」
「急にどうしましたの?」
「メイドさんって、わたし達よりも年上に見えるから、何歳なのかなって。そしたら、そういえばアル君の年齢を聞いてなかったなって」
「メイドさんはわたくしより三つ年上ですから、十九ですわ。アヴァルさんは同い年ではありませんの?」
「あーっ!」エフティアが叫ぶ。
がちゃり。
〈逃げるなー!〉
〈落ち着いてくださいまし! いつでも聞けますわ!〉
ドア越しに「みんな、おやすみ」とだけ伝える。
エフティアがドアをこじ開けようとしてくるのには冷やりとしたが、レディナに止められたらしく、おとなしくなった。
一人部屋とは言え、さすがに貴族の別荘らしく立派な内装だった。
「ダブルベッド……」
言葉にすると、なんかエッチだ。
何を考えているんだ。ソーニャがうつったか。
自分の頬に拳を押し当てて、雑念を追い払おうとするが、刹那の気休めにしかならなかった。
どうやら一人部屋ではなかったらしく、ベッドの大きさが僕の身には余るものだった。
しかしながら、幸いドアも鍵付きだし、一人でいれば一人部屋だ。
特待生寮と何も変わりはしない。
隣の部屋からは早速女子たちがはしゃぐ声が聞こえてきた。
こういう時、男一人だと寂しい。
……こんな気持ち、いつ以来だろう。
〈アル君って年上が好きなのかな、同い年が好きなのかな、それとも年下かな?〉
〈あんたはどう思うの?〉
〈えぇー、年上だったらいいな……〉
〈……年上うんぬんというよりは、やっぱり包容力じゃない?〉
〈包容力ですの?〉
〈母性って言ってもいいかも〉
〈おっぱい大きいってこと?〉
その柔らかい響きを聞いた瞬間、思わず自分の口を押えた。
〈そういう意味ではあんたは満点〉
〈私はどうですの?〉
〈ちょうどいい感じよ〉
〈ディナはどうなの?〉
〈まあ、人並みかな〉
軽薄な壁め。立派という評価は取り消す。
あんなやり取りを聞かされる人の気持ちを考えてくれ。
〈あっ……こら、ばか! 触るな!〉
〈えへへー〉
〈いけませんわ……エフティアさん〉
〈リゼちゃんも触ってみなよー〉
〈ええ!? それでは、少しだけ……〉
〈んっ……こら!〉
声が気になって仕方がない。
筒抜けな壁が苦しめてくる。
壁に向かってベッドに腰かけ、深くため息をついた。
今一度、自身に問いかける。
僕は何のために生きている?
その問いの答えに未だ変わりはない。
剣鬼を殺すためだ。
今置かれている状況も、そのための副産物に過ぎない。
キルナ先生も言っていたじゃないか。
(本質が見えていない)
僕は自分自身のあるべき姿を決めている。
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