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章末話 今、ゆきますわ――!
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◆
「――お待ちしておりましたわ」
月灯りを浴びる少女の髪が、風に揺れていた。その身をドレスアーマーに包み、わずかな隙も無い立ち姿をしている。そして、その視線は槍のようにこちらを突き刺すものだった。
「お待たせしました、リゼさん」
アヴァルは黒い外套を纏い、短剣を衣の隙間からちらつかせる。リゼとは対照的な、暗殺者のような立ち居振る舞いだった。
ライナザル家の別荘――その広い庭に今、二人の剣士が相対する。
「メイドさんに聞きましたわ。あの大男をアヴァルさんは圧倒していたと」
「リゼさんもそうだったと、レディナさんやソーニャから聞いています」
「わたくしは……危うく大切な人を失うところでした。アヴァルさんでしたら、そうはならなかったと思います」
「そんなことは……分かりません」
リゼは首を横に振った。
「あなたはあの男の首に剣を突き立てた。わたくしには……それができなかった」
「メイドさんから、聞いたんですか」
リゼはうなずく。
「はい。ですから、わたくしはどうしても確かめたかったのです――」
リゼの握りしめた拳から、金色の光が溢れた。
光は形をなし、剣と成る。剣はさらに形を変え、槍のように細長く伸びてゆく。突きと斬撃が可能な鋭い穂先に加えて、武器をひっかけるための鉤爪――何よりも、三日月を模した斧刃が尋常ではない威圧感を放っていた。
「――今のわたくしが、本気のあなたに勝てるのか」
アヴァルは一瞬目を見開いたが、即座に地を蹴った。突きの構えを取るリゼ――それに対して、装甲のない関節部に向けて、隠し持っていた針を投げる。
彼女は穂先を向けたまま一歩身を引いた。その動作の中で、装甲部分をもって針を受ける。
アヴァルは槍の間合いに肉薄すると、外套を翻し、その身を闇に隠した。
リゼは突きの姿勢から身をひねり、斧刃で弧を描く。マントだけが切断されたのを確認した後、さらに回転して暗殺者が隠れているであろう残された闇を柄で払った。
「くっ!」
手ごたえがない――けれど、アヴァルの短剣であれば、さらに一歩下がれば届かない――その確信を持った後退を見せるリゼだったが――
「……!?」
――既にリゼの首には、剣があてがわれていた。アヴァルが外套に隠していたそれは、自らの影を映し出した短剣ではなく、他人の手によって鍛え上げられたもう一つの真剣――寮に飾られていた剣だった。
「短剣では……なかったのですね」
「真剣勝負だと、言われましたから」
アヴァルは目を伏せながら剣を逆手に持ち直し、鞘に収めた。
「わたくしの負けですわ」
少女は槍斧を抱きしめるようにして、地に膝をつく。
「……うっ、うぅぅ……」
片手で口を抑える少女に、アヴァルはかける言葉がなかった。
ここで何を伝えても、何の慰めにもならない。
そんなことを考えながら、見守っていたメイドに頭を下げ、別荘を後にするのだった。
◆
「――みなさん! ごきげんよう!」
リゼが元気よく挨拶をした時には、既にアヴァルがレディナとエフティアを相手に防戦を強いられていた。
「2対1は得意なんでしょッ!」
「アル君のばぁかッ!」
刃引きの剣ではあったが、打たれれば当然傷ができるし痛い。特に、エフティアの力であれば刃引きの剣でも肉が抉れる可能性がある。
「ソーニャさん、これは……試合ですの?」
「にゃあ……禊ってやつかにゃ……」
「みそぎ……? アヴァルさんが何かなさったの……?」
「いにゃぁ……まあ、そんなとこにゃ」
首をかしげるリゼに、控えていたメイドが囁く。
「お嬢様のためです」
「わたくしの?」
「いや、あれは個人的な感情も入ってるにゃ……」
「……??」
なおさらよく分からない顔をしていたリゼだったが、三人の打ち合いを見て微笑んだ。
レディナが積極的に間合いを詰め、エフティアは二人から離れないように上段に構えては――あえて振り下ろさないで恐ろしい圧をかけている。
「ソーニャ! 助けて!」
珍しく情けない声を出す特待生だったが、ソーニャは尻尾を左右に振って見せた。
〈そんなぁッ!〉
「お助けしませんの?」
「おいらはいいかにゃ」
「お嬢様、これを」
「まあ――」
メイドから刃引きの剣を手渡された令嬢は、慣れた手つきで軽くそれを振る。重さ、長さ、手に伝わってくるその存在をしっかりと確かめた。
「アヴァルさん! 今、ゆきますわ――!」
「はっ……! リゼさん!」
手を振るように刃引きの剣を左右に振るリゼを見て、救いを得たと言わんばかりにアヴァルも目を輝かせる。
「――お覚悟ッ!!」
「なぜッ――!?」
――結局、アヴァルは疲労で立てなくなるまでリゼを含めた三人に追いこまれてその日を終えた。この3対1の訓練は定期的に行われるようになり、やがて特待生寮の訓練メニューとして定着することになる。
そして、この訓練が後に功を奏すことになるのは、また別のお話――
「――お待ちしておりましたわ」
月灯りを浴びる少女の髪が、風に揺れていた。その身をドレスアーマーに包み、わずかな隙も無い立ち姿をしている。そして、その視線は槍のようにこちらを突き刺すものだった。
「お待たせしました、リゼさん」
アヴァルは黒い外套を纏い、短剣を衣の隙間からちらつかせる。リゼとは対照的な、暗殺者のような立ち居振る舞いだった。
ライナザル家の別荘――その広い庭に今、二人の剣士が相対する。
「メイドさんに聞きましたわ。あの大男をアヴァルさんは圧倒していたと」
「リゼさんもそうだったと、レディナさんやソーニャから聞いています」
「わたくしは……危うく大切な人を失うところでした。アヴァルさんでしたら、そうはならなかったと思います」
「そんなことは……分かりません」
リゼは首を横に振った。
「あなたはあの男の首に剣を突き立てた。わたくしには……それができなかった」
「メイドさんから、聞いたんですか」
リゼはうなずく。
「はい。ですから、わたくしはどうしても確かめたかったのです――」
リゼの握りしめた拳から、金色の光が溢れた。
光は形をなし、剣と成る。剣はさらに形を変え、槍のように細長く伸びてゆく。突きと斬撃が可能な鋭い穂先に加えて、武器をひっかけるための鉤爪――何よりも、三日月を模した斧刃が尋常ではない威圧感を放っていた。
「――今のわたくしが、本気のあなたに勝てるのか」
アヴァルは一瞬目を見開いたが、即座に地を蹴った。突きの構えを取るリゼ――それに対して、装甲のない関節部に向けて、隠し持っていた針を投げる。
彼女は穂先を向けたまま一歩身を引いた。その動作の中で、装甲部分をもって針を受ける。
アヴァルは槍の間合いに肉薄すると、外套を翻し、その身を闇に隠した。
リゼは突きの姿勢から身をひねり、斧刃で弧を描く。マントだけが切断されたのを確認した後、さらに回転して暗殺者が隠れているであろう残された闇を柄で払った。
「くっ!」
手ごたえがない――けれど、アヴァルの短剣であれば、さらに一歩下がれば届かない――その確信を持った後退を見せるリゼだったが――
「……!?」
――既にリゼの首には、剣があてがわれていた。アヴァルが外套に隠していたそれは、自らの影を映し出した短剣ではなく、他人の手によって鍛え上げられたもう一つの真剣――寮に飾られていた剣だった。
「短剣では……なかったのですね」
「真剣勝負だと、言われましたから」
アヴァルは目を伏せながら剣を逆手に持ち直し、鞘に収めた。
「わたくしの負けですわ」
少女は槍斧を抱きしめるようにして、地に膝をつく。
「……うっ、うぅぅ……」
片手で口を抑える少女に、アヴァルはかける言葉がなかった。
ここで何を伝えても、何の慰めにもならない。
そんなことを考えながら、見守っていたメイドに頭を下げ、別荘を後にするのだった。
◆
「――みなさん! ごきげんよう!」
リゼが元気よく挨拶をした時には、既にアヴァルがレディナとエフティアを相手に防戦を強いられていた。
「2対1は得意なんでしょッ!」
「アル君のばぁかッ!」
刃引きの剣ではあったが、打たれれば当然傷ができるし痛い。特に、エフティアの力であれば刃引きの剣でも肉が抉れる可能性がある。
「ソーニャさん、これは……試合ですの?」
「にゃあ……禊ってやつかにゃ……」
「みそぎ……? アヴァルさんが何かなさったの……?」
「いにゃぁ……まあ、そんなとこにゃ」
首をかしげるリゼに、控えていたメイドが囁く。
「お嬢様のためです」
「わたくしの?」
「いや、あれは個人的な感情も入ってるにゃ……」
「……??」
なおさらよく分からない顔をしていたリゼだったが、三人の打ち合いを見て微笑んだ。
レディナが積極的に間合いを詰め、エフティアは二人から離れないように上段に構えては――あえて振り下ろさないで恐ろしい圧をかけている。
「ソーニャ! 助けて!」
珍しく情けない声を出す特待生だったが、ソーニャは尻尾を左右に振って見せた。
〈そんなぁッ!〉
「お助けしませんの?」
「おいらはいいかにゃ」
「お嬢様、これを」
「まあ――」
メイドから刃引きの剣を手渡された令嬢は、慣れた手つきで軽くそれを振る。重さ、長さ、手に伝わってくるその存在をしっかりと確かめた。
「アヴァルさん! 今、ゆきますわ――!」
「はっ……! リゼさん!」
手を振るように刃引きの剣を左右に振るリゼを見て、救いを得たと言わんばかりにアヴァルも目を輝かせる。
「――お覚悟ッ!!」
「なぜッ――!?」
――結局、アヴァルは疲労で立てなくなるまでリゼを含めた三人に追いこまれてその日を終えた。この3対1の訓練は定期的に行われるようになり、やがて特待生寮の訓練メニューとして定着することになる。
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