婚約破棄はまだですか?「破棄を前提に婚約してくれ」そう告げてきた騎士団長様の愛が、なぜかどんどん重くなっていく。

藤 ゆみ子

文字の大きさ
15 / 33

第15話 エレナの魔法

しおりを挟む
 私はいつもの昼休憩、ベンチでお昼ご飯を食べながらクラージュ様にキース様のことを聞いてみようか迷っていた。

「この卵、黄身とチーズが溶け合って美味いな」
「はい」

 クラージュ様にこんなことを聞いて迷惑にならないだろうか。
 やめておこうかな。

「この卵、パンに挟んでも美味そうだな」
「はい」

 やっぱり、キース様とは幼い頃からの付き合いだと言っていたし、何かわかるかも……。
 
「アネシス、この卵、殻が剥けてないぞ」
「え?! す、すみませんっ。すぐに作り直して」
「冗談だ。そんなわけないだろう。すごく美味しいよ」

 今日は茹でた卵の黄身を取り出しチーズを詰めたデビルドエッグを作った。
 卵の形がそのまま残っているので本当に殻をむき忘れたのかと思った。

「ところで、ボーっとしてどうしたんだ? 何かあるなら何でも言ってくれ」

 考えこんでいて、クラージュ様に気を遣わせてしまったかもしれない。
 でも、お言葉に甘えて聞いてみよう。

「あの、キース様は、エレナさんのことをどう思ってらっしゃるのでしょうか。エレナさんはとても素敵で、嫌われるような方ではないと思うのですが……」
「キースは出会った頃、大切な婚約者がいるんだといつも言っていた。だが、騎士団に入ってからは婚約者の話は聞かなくなってたんだ」
「やはり、騎士団に入る前、魔物に襲われたことがきっかけでエレナさんを遠ざけるようになったのでしょうか。エレナさんは傷のせいで嫌われたと思っているようなのです」
「本当のことはキースにしかわからないが、あいつは人を見た目で判断するようなやつではない。そんな理由で婚約者を蔑ろにするとは思えないな」
「やっぱりクラージュ様もそう思いますか? 私も何かあるのではないかと思っているのです」

 いつもにこやかで優しいキース様が、エレナさんにはひどく冷たい態度をとっている。
 まるでわざとエレナさんに嫌われようとしているみたい。
 それなのに、婚約解消の申し出に返事をしないのは心のどこかでエレナさんと離れたくないと思っているからなのかもしれない。

「そうだアネシス、明日から国境の森へ討伐に行くことになった。心配することはないと思うが、俺たちがいない間、気を付けておいてくれ」

 国境の森でスタンピードが発生しているらしい。
 国境警備は第二騎士団の管轄だが、対処しきれなかった場合は応援に向かうかもしれないと聞いていた。
 
「はい。お気遣いありがとうございます。クラージュ様も気を付けて行ってきてくださいね」
「ああ。なるべく早く終わらせて戻ってくる」

 明日から、いないんだ。そう思うとなんだか寂しくなった。
 それに、討伐へはキース様も行くだろう。その前に少しだけでも話を聞いておきたい。

 私はその日の夕食後、キース様を呼び止めた。

「あの、キース様。少しお話よろしいですか?」
「もちろんいいよ。どうしたの?」
「エレナさんのことなのですが」

 声をかけるといつものように、にこやかに返事をしてくれたキース様だったが、エレナさんの名前を出すと急に表情が険しくなる。

「そのことなら何も話すことはないよ」
「ですがエレナさんはっ」
「明日、早いんだ。クラージュから聞いてるでしょ、討伐のこと。できるだけ体を休めておきたいんだ。もう行くね」
 
 そう言われると、引き止めることなんてできない。

「は、い……。お気を付けて」

 キース様は私の話を聞くこともせず、行ってしまった。
 どうしたらいいのだろう。

 その後も、キース様の気持ちは何もわからないまま私とエレナさんは料理の特訓を続けた。
 討伐から帰ってきたら、エレナさんの作った美味しい料理を食べて、本音を話してくれたらいいなと思いながら。
 
 ◇ ◇ ◇

「今日の出来、すごくよくないかしら?!」
「はい! 以前より味に深みもでて、お肉とお野菜もしっかり形を残しているのに口に入れた瞬間溶けるように広がって、とても美味しいです!」
「これならキースに美味しいって言わせられるでしょう」
「帰ってくるのが楽しみですね」

 騎士団が討伐に出立してから数日が経った。
 あれから何度か特訓をして、エレナさんは一人でも随分美味しいビーフシチューを作ることができるようになっている。

「ねえアネシスさん、今日はお天気もいいし外で食べない?」
「外、ですか?」
「街を抜けたところにいい場所があるのよ」

 小さなホーロー鍋にビーフシチューを移し、籠にお皿とパンも入れて私たちは食堂を出た。

 賑やかな商店街を通り、以前クラージュ様と来た噴水のある公園に入る。
 公園の裏通りから街を抜け、緩やかな丘を登ると、そこには青々とした草原が広がっていた。

「気持ちのいいところですね」
「ええ。昔よくここでキースと魔法の特訓をしたわ」
「お二人の思い出の場所なのですね」
「まあ、森で魔物に襲われてからは私一人でするようになったんだけどね」

 エレナさんは遠くを見つめ、大きく深呼吸をする。
 きっと、ここは彼女にとって特別な場所なんだ。
 そんな場所に連れてきてもらえて嬉しかった。
 エレナさんは私にとって、とても大切な友人だ。エレナさんもそう思ってくれているんだと感じた。

「食べましょうか」
「そうしましょう」

 少し丘を下った先に大きなナラの木があったので、その木陰で食べることにした。
 ビーフシチューの入った籠を持ち、笑い合いながら歩く。
 ピクニックなんて初めてで、なんだかワクワクする。

 すると、どこか遠くから低く唸るような声が聞こえてくる。
 
「この声は、なんでしょうか?」
「まさか……こんなところまで?」
「え?」
「アネシスさん、まずいかもしれないわ。帰りましょう」

 焦った様子のエレナさんに手を引かれ、下りた丘を駆け上がる。
 鍋からこぼれ出るビーフシチューのことなんて気にしない。

 だが唸り声はだんだん近くなり、振り返った瞬間、声の主が姿を現した。
 これ以上背を向けて逃げることはできない。

「アネシスさん下がって!」

 エレナさんは私を庇うように前に出ると、落ちていた大きめの木の枝を拾い構える。
 
 大きな胴体に獰猛な獣の頭が二つあり、長く鋭い尾を持つ魔物。その口からは凄まじい炎を放つという。
 森の奥深くに生息し、めったにその姿を見ることはないと言われている。
 私も文献でしか見たことはなかった。

「なんで、キメラがこんなところに」
「スタンピードの影響かもしれないわね」

 エレナさんは手に持つ枝に魔力を込める。
 枝先からびゅうびゅうと音が立ち、空気を切り裂き渦を巻く。

「風魔法だ……」

 鋭い突風をキメラに放つ。
 キメラは足を取られながらも大きな咆哮をあげながら向かってくる。
 エレナさんは振りかぶるキメラの猛打をぎりぎりでかわしながら背後に回る。
 そして背部に烈風をぶつけた。

「エレナさん、すごい……」
 
 魔法が使えるとは言っていた。
 けれど、ここまでだとは思っていなかった。
 
『ほんと少しだけだよ』
『私みたいな弱くてキズモノの女なんて嫌になったのね』

 全然、少しなんかじゃない。
 全然、弱くなんてない。

 一体、どれだけ努力してきたのだろう。どんな思いでここまでの魔法を習得したのだろう。
 魔法だけじゃない。体の動きや戦い方、果敢に立ち向かう姿にただただ胸を打たれるだけだった。
 守られている自分が恥ずかしくなるほどに。

 その時、エレナさんは私を見て叫ぶ。
 
「アネシスさん、そこの枝を投げて!」
「は、はいっ」

 私は足元にあった枝を投げ渡すと、エレナさんは両手で構え二つの頭部めがけて勢いよく投げつける。
 風に乗り、突風を起こし、烈風と一体になった枝はキメラの額に突き刺さった。

 そして大きく体をしならせ、キメラは地面に倒れた。
 
「はあ、はあ……」
「エレナさん、大丈夫ですか?!」

 私は急いでエレナさんの元へ駆け寄る。
 彼女は息を乱しながらも真っ直ぐに立つ。
 
「大丈夫よ。アネシスさんも大丈夫?」
「私はなんともありません。守っていただいて本当にありがとうございました」
「当たり前よ。そのために、誰かを守るために努力して得た魔法なんだから」

 安心したように笑いながら、汚れた頬を袖で拭う姿になぜだか無性に涙が零れそうになった。
 なんて、なんて強くて慈愛に満ちた方なんだろう。

「さあ、早く行きましょう。王宮に報告もしないと」
「はいっ」

 だが、急いで街へ戻ろうとしたその時、後方から大きな影で覆われた。
 気づいた時には、地面を轟かすほどの咆哮と共に、先ほどは比べ物にならないほど大きなキメラが鋭い爪を携えた豪腕を振りかざしている。

「アネシスさんっ!」

 エレナさんは魔法を放ち、私を庇いながら避けた。
 転がるようになんとか避けきれたけれど、もう逃げ場はない。

 お互い倒れ込んだまま動けなかった。

「アネシスさん、ごめんなさい私にはもう……」

 目の前に対峙する巨大なキメラは三つの頭を持っていた。
 そして咆哮を上げながら炎を放つ。

 もうだめだ。
 そう思った時、突然キメラは雄叫びを上げ、後方に向かって首を振った。
 炎は空気を焦がし上空へ消えた。

 助かった。でも何が起こったの。

 キメラは威嚇するように声を上げる。

 その視線の先には、キース様がいた――。


 
 
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!

花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」 婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。 追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。 しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。 夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。 けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。 「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」 フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。 しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!? 「離縁する気か?  許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」 凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。 孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス! ※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。 【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。 再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。 妻を一途に想い続ける夫と、 その想いを一ミリも知らない妻。 ――攻防戦の幕が、いま上がる。

【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?

Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。 簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。 一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。 ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。 そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。 オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。 オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。 「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」 「はい?」 ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。 *--*--* 覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾ ★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました! ★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓ このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。 第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」 第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」 第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」 どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ もしよかったら宜しくお願いしますね!

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』

みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」 皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。 (これは"愛することのない"の亜種?) 前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。 エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。 それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。 速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──? シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。 どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの? ※小説家になろう様でも掲載しています ※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました ※毎朝7時に更新していく予定です→2月15日からはランダム更新となります。ご了承ください

訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果

柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。 彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。 しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。 「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」 逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。 あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。 しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。 気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……? 虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。 ※小説家になろうに重複投稿しています。

婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい

矢口愛留
恋愛
【全11話】 学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。 しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。 クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。 スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。 ※一話あたり短めです。 ※ベリーズカフェにも投稿しております。

処理中です...