16 / 33
第16話 キースの想い
しおりを挟む
キース様はメラメラと燃え盛る剣を構えていた。
戦えない私でもわかるほど凄まじい力を感じる。
ついさっきまで声を荒げていたキメラもそれを感じ取ったのか、キース様を前にした途端、警戒して動かなくなった。
「キース、どうしてここに……」
「――二人とも下がっていてくれ」
私たちを守るように前に立ってくれている。
いつもより背中が大きく見える。
ふと見える横顔は、いつものキース様からは想像もできないほど怒りに満ちているように思えた。
「どうした? 自分より弱い人間にしか牙を向けないのか?」
キース様があえて煽るかのように問いかけた。
キメラは賢く、簡単な人語を理解できると聞いたことがある。キメラは怒りの咆哮を返すと大きく口を開けた。
喉奥に赤い炎が見える。
――まさか。
「勇ましいな、キース」
直後、三つある首の一つが切り落とされ、キメラは悲痛な叫び声をあげた。
その一撃を放ったのは、空から颯爽と現れたクラージュ様だ。
しかしキメラは身体を翻すかのように距離を取ると、まだまだ戦えるといわんばかりに声を荒げる。
「残りの頭は二つ、手分けして倒すぞキース」
「いや、僕にやらせてくれ。腸が煮えくり返りそうなんだ」
するとクラージュ様は剣を降ろした。そして、私たちの元に静かに駆けよってくれる。
「遅くなってすまない。二人とも、怪我はないか?」
「……ありません」
「わ、私も大丈夫です。それよりキース様が――」
「あいつなら問題ない。あの程度のキメラでは傷一つつけられないだろう」
キメラはとても強い魔物だと聞いている。ましてや、目の前にいるのは一体目よりはるかに大きく、首を一つ切り落とされてもなお、大きな咆哮をあげ、威嚇している。
でも、クラージュ様は何も心配していないみたいだった。
キース様に視線を戻すと、キメラはふたたび口を大きく開けた。
「同じ攻撃が効くとでも思ってるのか?」
しかしキース様は高く跳躍し、剣の腹で炎を受け止める。炎はそのままキース様の剣の炎と融合された。
より強大な炎を纏いキメラの頭部に着地すると、とんでもない速度で二頭の頭を切り落とした。
「……凄い」
これが、騎士なんだ。これが、クラージュ様たちのいる世界なんだ。
血をぬぐうかのように剣を振って鞘に納めたあと、キース様は静かに歩み寄ってくれた。
そして――。
「エレナ」
「……何よ」
「いつのまに魔法を覚えたんだ。もう魔力を鍛えるのはやめろと言ったはずだ」
なぜか怒っているみたいだ。それも、かなり。
なんでだろう。
「いつでもいいでしょ……それに、キースには関係ないわ」
「魔法なんて覚える必要はない。家で大人しくしていてくれ」
「なっ、そんなの私の勝手でしょう!」
それに対しエレナさんは当然のように怒った。
思わず私も声を荒げる。
「なんでそんなことを言うんですか。エレナさんは、私を守ってくれたのですよ。キース様はいつもお優しいです。なのになんでエレナさんにはそんなに厳しく当たるのですか」
「……別に当たってなんか」
キース様は、なぜかエレナさんから顔を背けた。
「アネシスさん、もういいのよ。私が悪いの」
「でも、エレナさんは私を守って――」
「こんなキズモノの女は、彼からすればみっともないのよ」
ありえない。そんなわけがない。エレナさんは素敵な人だ。
献身的で、私に対しても優しくて。
キース様だって、本当はとてもお優しい人だ。なのになぜ――。
「キース、いい加減にしろ」
そこで声をあげたのは、驚いたことにクラージュ様だった。
「何が」
「もういいだろう。本音で話せ」
「何の話を――」
「お前は、彼女に危険な目に遭ってほしくないんだろう」
クラージュ様の言葉に、キース様がハッとした表情を浮かべる。
それを聞いたエレナさんが、声を漏らす。
「……キース、どういうこと」
「何でもない。魔法なんて覚えなくていい。家にいれば魔物にも襲われない。だから――」
「キース様、何か隠しているならちゃんと話してください。エレナさんは、ずっとキース様の事を気にかけています。だから、ちゃんと本音で話してください」
キース様はいつも明るくて、誰にでも等しく優しい。
でも、エレナさんに対しては違った。初めは本当に怒っているのかと思っていた。
でも、そうじゃない。
心配しているんだ。誰よりも、心から。
「アネシスちゃんには関係ないよ」
「関係なくないです! 二人とも私にとって大切なお方です。それにキース様が本当はエレナさんのことを想っていることもわかりました。だったら、ちゃんとそれを伝えてください」
「だから――」
「想い合っているのに気持ちを伝えないまま別れてしまうなんてばかです! 大ばかです!」
私が声を荒げすぎたらしく、クラージュ様は少しあたふたしながら肩を抑えてきた。
「ア、アネシス、ちょっと落ち着くんだ」
「落ち着いてなんていられません。私は怒っているのです!」
エレナさんは、決してキース様から目をそらさなかった。
そして、キース様が、小さく呟く。
「僕はもう、エレナが傷つくのを見たくないんだ」
「えっ……?」
「僕といることでエレナが危険な目に合うなら、一緒にいるべきじゃないんだ」
キース様の言葉ですべてを理解した。エレナさんは誤解していた。
傷がついたから冷たく当たっていたんじゃない。
傷をつけてしまったからこそ、自分ではエレナさんを守れないと、相応しくないと思ってしまっていたんだ。
クラージュ様はいつも言っている。騎士とは身を挺して大切な人を守る為に存在すると。
だから……。
「バカ! 私はそんなこと思ってないし、あなたのせいだなんて考えたこともない! それに私は自分の身は自分で守れる。キースの足手まといになんてならない。対等な関係でいるために必死で努力したわ。だから、そんなこと……思わないで……」
強く言葉を言い放った後、エレナさんは悲しみからか泣き崩れた。
キース様は驚き、駆け寄り肩を抑える。
「ごめん……ずっとエレナのことが好きだった。でも、僕は守れなかった。それが心苦しかったんだ。だからあんな態度をとってしまった。僕のことを嫌ってくれればいいと思って、ずっと冷たくあたっていた。でも、それは間違っていた。本当にごめん」
「嫌うわけないじゃない! でも、私も嫌われてると思ってた。もう別れるしかないんだって。キースの本当の気持ちが聞けて嬉しい」
二人は手を取り合い、お互いに目を合わせた。
ああ、良かった。やっぱり、キース様はエレナさんの事が好きだったんだ。
「キース様、エレナさんはとても強いです。私を魔物から守ってくださいました。それに、キース様のためにお料理だって覚えたんです」
「料理?」
「アネシスさん、そ、それは」
「キース様を後悔させたいなんて言っていましたが、そうではないんじゃないですか?」
わかっていた。エレナ様は後悔させたかったんじゃない。喜ばせたかったんだ。
私は、もうこぼれてしまいほとんど中身のないお鍋を突き出す。
とても食べられる状態ではないが、キース様は中を覗いて驚いた。
「これは……ビーフ、シチュー?」
「そうです。エレナさんが作りました。とってもとっても美味しいです。でも、美味しさ以上のこだわりが詰まっています。愛が詰まっています。エレナさんの、キース様への愛です」
このビーフシチューはただ美味しいだけじゃない。
エレナさんは、私が教えたビーフシチューをすぐに美味しく作れるようになった。
けれど、少し違う、何か足りないな、と言って何度も何度も作り直した。
まるで、何かの味を再現しようとしているみたいに。
「エレナ、このビーフシチュー、食べさせてもらうことはできるかな」
「もちろんよ。食堂にまだたくさんあるわ」
私たちは揃って食堂へと戻った。
お鍋に残ったビーフシチューを温め直しお皿によそう。
エレナさんは少し緊張気味に、テーブルについたキース様の前にお皿を置いた。
キース様はゆっくりと口に運ぶ。
「これは……」
一口食べた瞬間、目を見開く。そしてそのまま大粒の涙を流した。
「キースのお母様のビーフシチューと同じ味にできたかしら」
「ああ。美味い、美味いよ」
涙を流し、鼻を啜りながらもビーフシチューを次々にかき込む。
ほっとしたように微笑むエレナさんはやっぱりキース様のことが好きなんだと感じた。
そしてそれはきっとキース様も同じだろう。
「良かったですね」
「ああ。アネシスのおかげだな」
「それは違いますよ。エレナさんのキース様を想う気持ちがお二人の関係を変えたのですよ」
私とクラージュ様は厨房横から二人の様子を窺っていた。
涙を流しながら美味しそうに食べるキース様と、それを優しい笑顔で見つめるエレナさんに心から良かったと思った。
「ところでアネシス、本当にどこも怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。エレナさんやキース様、クラージュ様に守っていたただいので」
「あの二体のキメラだけ食い止めることができなかったんだ。俺たちが不甲斐ないせいで危険な目に合わせて申し訳なかった」
「もう、スタンピードは収まったのですか?」
「大丈夫。あとは他の騎士たちで討伐し終わっているはずだ」
「そうなのですね。良かったです――」
後からエレナさんに話を聞くと、ビーフシチューは幼い頃に病気で亡くなったキース様のお母様の得意料理だったそうだ。
キース様も、エレナさんも、お母様の作るビーフシチューが大好きだったそう。
婚約を解消する前に、もう食べることの出来なくなっていた思い出の味を再現したかったそうだ。
強がっていたけれど、エレナさんは本当にキース様のことを思っていたことがひしひしと伝わってきた。
そして婚約解消はなくなり、今後は二人の時間を取り戻しながら、結婚に向けて話を進めていくことにしたそうだ。
「そうだアネシス、今ヴァルディ領の畑が収穫期なんだ。次の休み、一緒に収穫にいかないか?」
「収穫、ですか?」
たしか、ヴァルディ公爵家の領地は南の暖かい土地で、美味しい野菜がたくさん採れると聞いていた。
「ああ。新鮮な野菜がいろいろ採れるんだ。それに……」
「それに?」
「最近、忙しかったから……二人の時間が欲しいと思って」
少し照れながら誘ってくれるクラージュ様が可愛いと思った。
討伐に行っている間、なんだかすごく寂しかった。
クラージュ様も同じ気持ちだったのかもしれない。
「嬉しいです。ぜひ行かせていただきます」
「良かった。料理にうちの領地で採れた野菜を使ってくれ」
「はいっ」
自分で収穫するのも初めてだし、なによりクラージュ様と過ごせることが嬉しい。
すごく、楽しみだな。
戦えない私でもわかるほど凄まじい力を感じる。
ついさっきまで声を荒げていたキメラもそれを感じ取ったのか、キース様を前にした途端、警戒して動かなくなった。
「キース、どうしてここに……」
「――二人とも下がっていてくれ」
私たちを守るように前に立ってくれている。
いつもより背中が大きく見える。
ふと見える横顔は、いつものキース様からは想像もできないほど怒りに満ちているように思えた。
「どうした? 自分より弱い人間にしか牙を向けないのか?」
キース様があえて煽るかのように問いかけた。
キメラは賢く、簡単な人語を理解できると聞いたことがある。キメラは怒りの咆哮を返すと大きく口を開けた。
喉奥に赤い炎が見える。
――まさか。
「勇ましいな、キース」
直後、三つある首の一つが切り落とされ、キメラは悲痛な叫び声をあげた。
その一撃を放ったのは、空から颯爽と現れたクラージュ様だ。
しかしキメラは身体を翻すかのように距離を取ると、まだまだ戦えるといわんばかりに声を荒げる。
「残りの頭は二つ、手分けして倒すぞキース」
「いや、僕にやらせてくれ。腸が煮えくり返りそうなんだ」
するとクラージュ様は剣を降ろした。そして、私たちの元に静かに駆けよってくれる。
「遅くなってすまない。二人とも、怪我はないか?」
「……ありません」
「わ、私も大丈夫です。それよりキース様が――」
「あいつなら問題ない。あの程度のキメラでは傷一つつけられないだろう」
キメラはとても強い魔物だと聞いている。ましてや、目の前にいるのは一体目よりはるかに大きく、首を一つ切り落とされてもなお、大きな咆哮をあげ、威嚇している。
でも、クラージュ様は何も心配していないみたいだった。
キース様に視線を戻すと、キメラはふたたび口を大きく開けた。
「同じ攻撃が効くとでも思ってるのか?」
しかしキース様は高く跳躍し、剣の腹で炎を受け止める。炎はそのままキース様の剣の炎と融合された。
より強大な炎を纏いキメラの頭部に着地すると、とんでもない速度で二頭の頭を切り落とした。
「……凄い」
これが、騎士なんだ。これが、クラージュ様たちのいる世界なんだ。
血をぬぐうかのように剣を振って鞘に納めたあと、キース様は静かに歩み寄ってくれた。
そして――。
「エレナ」
「……何よ」
「いつのまに魔法を覚えたんだ。もう魔力を鍛えるのはやめろと言ったはずだ」
なぜか怒っているみたいだ。それも、かなり。
なんでだろう。
「いつでもいいでしょ……それに、キースには関係ないわ」
「魔法なんて覚える必要はない。家で大人しくしていてくれ」
「なっ、そんなの私の勝手でしょう!」
それに対しエレナさんは当然のように怒った。
思わず私も声を荒げる。
「なんでそんなことを言うんですか。エレナさんは、私を守ってくれたのですよ。キース様はいつもお優しいです。なのになんでエレナさんにはそんなに厳しく当たるのですか」
「……別に当たってなんか」
キース様は、なぜかエレナさんから顔を背けた。
「アネシスさん、もういいのよ。私が悪いの」
「でも、エレナさんは私を守って――」
「こんなキズモノの女は、彼からすればみっともないのよ」
ありえない。そんなわけがない。エレナさんは素敵な人だ。
献身的で、私に対しても優しくて。
キース様だって、本当はとてもお優しい人だ。なのになぜ――。
「キース、いい加減にしろ」
そこで声をあげたのは、驚いたことにクラージュ様だった。
「何が」
「もういいだろう。本音で話せ」
「何の話を――」
「お前は、彼女に危険な目に遭ってほしくないんだろう」
クラージュ様の言葉に、キース様がハッとした表情を浮かべる。
それを聞いたエレナさんが、声を漏らす。
「……キース、どういうこと」
「何でもない。魔法なんて覚えなくていい。家にいれば魔物にも襲われない。だから――」
「キース様、何か隠しているならちゃんと話してください。エレナさんは、ずっとキース様の事を気にかけています。だから、ちゃんと本音で話してください」
キース様はいつも明るくて、誰にでも等しく優しい。
でも、エレナさんに対しては違った。初めは本当に怒っているのかと思っていた。
でも、そうじゃない。
心配しているんだ。誰よりも、心から。
「アネシスちゃんには関係ないよ」
「関係なくないです! 二人とも私にとって大切なお方です。それにキース様が本当はエレナさんのことを想っていることもわかりました。だったら、ちゃんとそれを伝えてください」
「だから――」
「想い合っているのに気持ちを伝えないまま別れてしまうなんてばかです! 大ばかです!」
私が声を荒げすぎたらしく、クラージュ様は少しあたふたしながら肩を抑えてきた。
「ア、アネシス、ちょっと落ち着くんだ」
「落ち着いてなんていられません。私は怒っているのです!」
エレナさんは、決してキース様から目をそらさなかった。
そして、キース様が、小さく呟く。
「僕はもう、エレナが傷つくのを見たくないんだ」
「えっ……?」
「僕といることでエレナが危険な目に合うなら、一緒にいるべきじゃないんだ」
キース様の言葉ですべてを理解した。エレナさんは誤解していた。
傷がついたから冷たく当たっていたんじゃない。
傷をつけてしまったからこそ、自分ではエレナさんを守れないと、相応しくないと思ってしまっていたんだ。
クラージュ様はいつも言っている。騎士とは身を挺して大切な人を守る為に存在すると。
だから……。
「バカ! 私はそんなこと思ってないし、あなたのせいだなんて考えたこともない! それに私は自分の身は自分で守れる。キースの足手まといになんてならない。対等な関係でいるために必死で努力したわ。だから、そんなこと……思わないで……」
強く言葉を言い放った後、エレナさんは悲しみからか泣き崩れた。
キース様は驚き、駆け寄り肩を抑える。
「ごめん……ずっとエレナのことが好きだった。でも、僕は守れなかった。それが心苦しかったんだ。だからあんな態度をとってしまった。僕のことを嫌ってくれればいいと思って、ずっと冷たくあたっていた。でも、それは間違っていた。本当にごめん」
「嫌うわけないじゃない! でも、私も嫌われてると思ってた。もう別れるしかないんだって。キースの本当の気持ちが聞けて嬉しい」
二人は手を取り合い、お互いに目を合わせた。
ああ、良かった。やっぱり、キース様はエレナさんの事が好きだったんだ。
「キース様、エレナさんはとても強いです。私を魔物から守ってくださいました。それに、キース様のためにお料理だって覚えたんです」
「料理?」
「アネシスさん、そ、それは」
「キース様を後悔させたいなんて言っていましたが、そうではないんじゃないですか?」
わかっていた。エレナ様は後悔させたかったんじゃない。喜ばせたかったんだ。
私は、もうこぼれてしまいほとんど中身のないお鍋を突き出す。
とても食べられる状態ではないが、キース様は中を覗いて驚いた。
「これは……ビーフ、シチュー?」
「そうです。エレナさんが作りました。とってもとっても美味しいです。でも、美味しさ以上のこだわりが詰まっています。愛が詰まっています。エレナさんの、キース様への愛です」
このビーフシチューはただ美味しいだけじゃない。
エレナさんは、私が教えたビーフシチューをすぐに美味しく作れるようになった。
けれど、少し違う、何か足りないな、と言って何度も何度も作り直した。
まるで、何かの味を再現しようとしているみたいに。
「エレナ、このビーフシチュー、食べさせてもらうことはできるかな」
「もちろんよ。食堂にまだたくさんあるわ」
私たちは揃って食堂へと戻った。
お鍋に残ったビーフシチューを温め直しお皿によそう。
エレナさんは少し緊張気味に、テーブルについたキース様の前にお皿を置いた。
キース様はゆっくりと口に運ぶ。
「これは……」
一口食べた瞬間、目を見開く。そしてそのまま大粒の涙を流した。
「キースのお母様のビーフシチューと同じ味にできたかしら」
「ああ。美味い、美味いよ」
涙を流し、鼻を啜りながらもビーフシチューを次々にかき込む。
ほっとしたように微笑むエレナさんはやっぱりキース様のことが好きなんだと感じた。
そしてそれはきっとキース様も同じだろう。
「良かったですね」
「ああ。アネシスのおかげだな」
「それは違いますよ。エレナさんのキース様を想う気持ちがお二人の関係を変えたのですよ」
私とクラージュ様は厨房横から二人の様子を窺っていた。
涙を流しながら美味しそうに食べるキース様と、それを優しい笑顔で見つめるエレナさんに心から良かったと思った。
「ところでアネシス、本当にどこも怪我はないか?」
「はい、大丈夫ですよ。エレナさんやキース様、クラージュ様に守っていたただいので」
「あの二体のキメラだけ食い止めることができなかったんだ。俺たちが不甲斐ないせいで危険な目に合わせて申し訳なかった」
「もう、スタンピードは収まったのですか?」
「大丈夫。あとは他の騎士たちで討伐し終わっているはずだ」
「そうなのですね。良かったです――」
後からエレナさんに話を聞くと、ビーフシチューは幼い頃に病気で亡くなったキース様のお母様の得意料理だったそうだ。
キース様も、エレナさんも、お母様の作るビーフシチューが大好きだったそう。
婚約を解消する前に、もう食べることの出来なくなっていた思い出の味を再現したかったそうだ。
強がっていたけれど、エレナさんは本当にキース様のことを思っていたことがひしひしと伝わってきた。
そして婚約解消はなくなり、今後は二人の時間を取り戻しながら、結婚に向けて話を進めていくことにしたそうだ。
「そうだアネシス、今ヴァルディ領の畑が収穫期なんだ。次の休み、一緒に収穫にいかないか?」
「収穫、ですか?」
たしか、ヴァルディ公爵家の領地は南の暖かい土地で、美味しい野菜がたくさん採れると聞いていた。
「ああ。新鮮な野菜がいろいろ採れるんだ。それに……」
「それに?」
「最近、忙しかったから……二人の時間が欲しいと思って」
少し照れながら誘ってくれるクラージュ様が可愛いと思った。
討伐に行っている間、なんだかすごく寂しかった。
クラージュ様も同じ気持ちだったのかもしれない。
「嬉しいです。ぜひ行かせていただきます」
「良かった。料理にうちの領地で採れた野菜を使ってくれ」
「はいっ」
自分で収穫するのも初めてだし、なによりクラージュ様と過ごせることが嬉しい。
すごく、楽しみだな。
41
あなたにおすすめの小説
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。
蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。
これで、貴方も私も自由です。
……だから、もういいですよね?
私も、自由にして……。
5年後。
私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、
親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、
今日も幸せに子育てをしています。
だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。
私のことは忘れて……。
これは、すれ違いの末に離れ離れになった夫婦の物語。
再会したとき、二人が選ぶのは「離婚」か、それとも「再構築」か。
妻を一途に想い続ける夫と、
その想いを一ミリも知らない妻。
――攻防戦の幕が、いま上がる。
【番外編も完結】で、お前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか?
Debby
恋愛
ヴェルトが友人からの手紙を手に辺境伯令嬢であるレィディアンスの元を訪れたのは、その手紙に「詳細は彼女に聞け」と書いてあったからだ。
簡単にいうと、手紙の内容は「学園で問題を起こした平民──エボニーを妻として引き取ってくれ」というものだった。
一方その話を聞いてしまった伯爵令嬢のオリーブは動揺していた。
ヴェルトとは静かに愛を育んできた。そんな自分を差し置いて、言われるがまま平民を妻に迎えてしまうのだろうか。
そんなオリーブの気持ちを知るはずもないエボニーは、辺境伯邸で行儀見習いをすることになる。
オリーブは何とかしてヴェルトを取り戻そうと画策し、そのことを咎められてしまう。もう後は無い。
オリーブが最後の望みをかけてヴェルトに自分を選んで欲しいと懇願する中、レィディアンスが静かに口を開いた。
「で、そろそろお前が彼女に嫌がらせをしている理由を聞かせてもらおうか」
「はい?」
ヴェルトは自分が何を言われたのか全く理解が出来なかった。
*--*--*
覗いてくださりありがとうございます。(* ᴗ ᴗ)⁾⁾
★2/17 番外編を投稿することになりました。→完結しました!
★★「このお話だけ読んでいただいてもOKです!」という前提のもと↓↓↓
このお話は独立した一つのお話ですが、「で。」シリーズのサイドストーリーでもあり、第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」の「エボニーその後」でもあります(あるいは「最終話」のその後)。
第一弾「で、私がその方に嫌がらせをする理由をお聞かせいただいても?」
第二弾「で、あなたが私に嫌がらせをする理由を伺っても?」
第三弾「で、あなたが彼に嫌がらせをする理由をお話しいただいても?」
どれも女性向けHOTランキングに入り、特に第二弾はHOT一位になることが出来ました!(*´▽`人)アリガトウ
もしよかったら宜しくお願いしますね!
円満離婚に持ち込むはずが。~『冷酷皇帝の最愛妃』
みこと。
恋愛
「あなたと子を作るつもりはない」
皇帝シュテファンに嫁いだエリザは、初夜に夫から宣言されて首をかしげる。
(これは"愛することのない"の亜種?)
前世を思い出したばかりの彼女は、ここが小説『冷酷皇帝の最愛妃』の中だと気づき、冷静に状況を分析していた。
エリザの役どころは、公爵家が皇帝に押し付けた花嫁で、彼の恋路の邪魔をするモブ皇妃。小説のシュテファンは、最終的には運命の恋人アンネと結ばれる。
それは確かに、子どもが出来たら困るだろう。
速やかな"円満離婚"を前提にシュテファンと契約を結んだエリザだったが、とあるキッカケで彼の子を身ごもることになってしまい──?
シュテファンとの契約違反におののき、思わず逃走したエリザに「やっと見つけた」と追いすがる夫。
どうやら彼はエリザ一筋だったらしく。あれ? あなたの恋人アンネはどうしたの?
※小説家になろう様でも掲載しています
※表紙イラスト:あさぎかな先生にコラージュアートをいただきました
※毎朝7時に更新していく予定です→2月15日からはランダム更新となります。ご了承ください
訳あり侯爵様に嫁いで白い結婚をした虐げられ姫が逃亡を目指した、その結果
柴野
恋愛
国王の側妃の娘として生まれた故に虐げられ続けていた王女アグネス・エル・シェブーリエ。
彼女は父に命じられ、半ば厄介払いのような形で訳あり侯爵様に嫁がされることになる。
しかしそこでも不要とされているようで、「きみを愛することはない」と言われてしまったアグネスは、ニヤリと口角を吊り上げた。
「どうせいてもいなくてもいいような存在なんですもの、さっさと逃げてしまいましょう!」
逃亡して自由の身になる――それが彼女の長年の夢だったのだ。
あらゆる手段を使って脱走を実行しようとするアグネス。だがなぜか毎度毎度侯爵様にめざとく見つかってしまい、その度失敗してしまう。
しかも日に日に彼の態度は温かみを帯びたものになっていった。
気づけば一日中彼と同じ部屋で過ごすという軟禁状態になり、溺愛という名の雁字搦めにされていて……?
虐げられ姫と女性不信な侯爵によるラブストーリー。
※小説家になろうに重複投稿しています。
婚約破棄直前に倒れた悪役令嬢は、愛を抱いたまま退場したい
矢口愛留
恋愛
【全11話】
学園の卒業パーティーで、公爵令嬢クロエは、第一王子スティーブに婚約破棄をされそうになっていた。
しかし、婚約破棄を宣言される前に、クロエは倒れてしまう。
クロエの余命があと一年ということがわかり、スティーブは、自身の感じていた違和感の元を探り始める。
スティーブは真実にたどり着き、クロエに一つの約束を残して、ある選択をするのだった。
※一話あたり短めです。
※ベリーズカフェにも投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる