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日が傾いて、空の色が変わってから良を連れて外に出ると、夏の空気を肌で感じた。
きっとこれから暑さに耐えるばかりの日々が来るのだと思って、良の夏服を買い揃えてやらなければならない、と考える。何気ない思考はいつも良の存在に行き着いて、まるで世界の中心に彼がいるようだった。
「ねー、俺、あんたの知り合いに何て言えばいいの?」
夕焼けの光を浴びながら、良はそれにそぐわぬ難しい顔で言った。
「別に何も言わなくていいよ」
笑って返したが、良は納得がいかないふうに首を捻る。
「でも普通にしゃべってたらあんたと一緒に住んでるのも付き合ってるのもバレるんじゃない?」
そういう心配か、と理解して、裕司は苦笑した。
近頃家にいると良はすぐに将来や実家のことで考え込んでしまうので、少しは気分を変えた方がよいだろうと思って外食に誘った。知り合いの店が改装を終えたと聞いていたのを思い出して、どうせなら良を連れて行ってみようと思ったのだ。
知り合いと言っても、堅苦しい仲でもなければ大した間柄でもない。裕司が以前しばしば飲みに行っていたゲイバーで当時店員をしていて、数年前から独立して自分の店を持つようになった。酒も出すが、料理がメインの落ち着いた店だ。
雇われる身から独立したと言えば裕司もそうだが、裕司のそれは自宅を職場にして自分の生活さえ賄えればいいという程度のものだ。資金も維持費もかかる店舗を構えて、競争の激しい飲食業界でのそれは裕司にはわからぬ苦労があるだろうと思う。
それでも自分の店を大事に切り盛りしている様子が好ましくて、生活圏から少し外れたその店まで、裕司は折を見て足を運んでいた。
思えば裕司は未だに友人にも知人にも良を紹介したことがなかった。確かにおおっぴらにしづらい要素は大いにあったが、気持ちとしては何一つ隠しだてしなければならないものはなかったし、良が裕司の世界に関心を持ってくれるのなら、それを見せてやりたいとも思う。
裕司も良が何を見てどんな反応を見せるのか、もっと知っていきたかった。
「一緒に住んでるのはまだしも、俺がお前と本気で付き合ってるって知ったら驚かれるだろうなぁ」
「……なにそれ。どういう意味?」
「お前がどうって話じゃないぞ? 俺のキャラじゃないんだよほんとに」
「だからそれがどういうことなのか訊いてんじゃん」
じとりと睨んでくる良を見て、ずいぶんと表情が豊かになったものだと思う。裕司が彼の顔色を理解できるようになったとも言えるが、最初の頃の良は不快以外の感情をなかなか表に出そうとしなかった。
「……若くてキレイなやつに本気になったりしなかったんだよ」
また恥ずかしいことを白状させられていると思いながら言うと、良はいたずらめいた光を目に含ませた。
「あんたそれ何回も言うけど、そんなにこだわり強かったの?」
「こだわりも何も、この歳で未成年狙いに行かないだろ普通」
「そんな犯罪みたいな言い方しなくていいじゃん」
「下手すりゃ犯罪だろーが」
ぺち、と音を立てて額を叩いてやると、良は裕司をねめつけた。
「俺の若いとこも好きって言ったくせに」
「おま……、……若いから好きになったんじゃねえぞ」
往来でする会話ではない、と思って苦い顔をすると、良は逆に頬を緩ませた。本当に表情がすぐに変わるな、と内心で感心してしまう。
「……あんたってほんとに怒らないね」
「え?」
「んーん、俺めんどくさいこと言ったなって思ったけど、あんたが怒らなくてよかった」
「……こんなことでいちいち怒らねえよ」
「うん、……ありがと」
はにかむような声で言われて、裕司は気恥ずかしくなる。ここが家だったら、抱き締めることもできるのに、夕暮れの街には人通りが絶えなかった。
「俺、あんたと付き合ってるのバレないようにした方がいい? あんたの知り合いに」
その声が素直な音をしていて、裕司は何故か切なくなる。聞き分けのいい恋人でいなくていいと思ったし、いてほしくないとも思った。
「……相手によるだけだよ。今日会うやつは、別に隠さなくってもいい」
「あんたがゲイだって知ってる人ならいいの?」
「まあ……そうだな」
からかわれるか、たしなめられるか、もしかしたら妙な尾ひれがついて噂にならないとも限らなかったが、明らかな不都合がないなら良との関係をことさらに隠す必要はないのだ。良はきっと、裕司が知られたくないと言えば裕司の世間体やプライドまで考えて口をつぐむのだろうと思ったし、その奥でどんな感情があっても、裕司の知らないところで押し殺してしまう気がした。
──無駄な我慢なんかさせてたまるか。
「つーか、お前は平気なのか。こんなオッサンが相手だって知られても」
「だからそんなオッサンオッサン言わなくていいっつってんじゃん。俺、あんたの何がだめなのかわかんないよ。ちゃんとしてるし、優しいし、別に見た目だっておかしくないじゃん」
どうも価値基準が違うようだ、と裕司は返す言葉に迷う。どんなにいい人間だったとしても、裕司が40近い男であることに変わりはなかったし、それはおそらく一目瞭然であるはずなのに、それを良は裕司が戸惑うほどに受け入れているらしかった。
きっとこれから暑さに耐えるばかりの日々が来るのだと思って、良の夏服を買い揃えてやらなければならない、と考える。何気ない思考はいつも良の存在に行き着いて、まるで世界の中心に彼がいるようだった。
「ねー、俺、あんたの知り合いに何て言えばいいの?」
夕焼けの光を浴びながら、良はそれにそぐわぬ難しい顔で言った。
「別に何も言わなくていいよ」
笑って返したが、良は納得がいかないふうに首を捻る。
「でも普通にしゃべってたらあんたと一緒に住んでるのも付き合ってるのもバレるんじゃない?」
そういう心配か、と理解して、裕司は苦笑した。
近頃家にいると良はすぐに将来や実家のことで考え込んでしまうので、少しは気分を変えた方がよいだろうと思って外食に誘った。知り合いの店が改装を終えたと聞いていたのを思い出して、どうせなら良を連れて行ってみようと思ったのだ。
知り合いと言っても、堅苦しい仲でもなければ大した間柄でもない。裕司が以前しばしば飲みに行っていたゲイバーで当時店員をしていて、数年前から独立して自分の店を持つようになった。酒も出すが、料理がメインの落ち着いた店だ。
雇われる身から独立したと言えば裕司もそうだが、裕司のそれは自宅を職場にして自分の生活さえ賄えればいいという程度のものだ。資金も維持費もかかる店舗を構えて、競争の激しい飲食業界でのそれは裕司にはわからぬ苦労があるだろうと思う。
それでも自分の店を大事に切り盛りしている様子が好ましくて、生活圏から少し外れたその店まで、裕司は折を見て足を運んでいた。
思えば裕司は未だに友人にも知人にも良を紹介したことがなかった。確かにおおっぴらにしづらい要素は大いにあったが、気持ちとしては何一つ隠しだてしなければならないものはなかったし、良が裕司の世界に関心を持ってくれるのなら、それを見せてやりたいとも思う。
裕司も良が何を見てどんな反応を見せるのか、もっと知っていきたかった。
「一緒に住んでるのはまだしも、俺がお前と本気で付き合ってるって知ったら驚かれるだろうなぁ」
「……なにそれ。どういう意味?」
「お前がどうって話じゃないぞ? 俺のキャラじゃないんだよほんとに」
「だからそれがどういうことなのか訊いてんじゃん」
じとりと睨んでくる良を見て、ずいぶんと表情が豊かになったものだと思う。裕司が彼の顔色を理解できるようになったとも言えるが、最初の頃の良は不快以外の感情をなかなか表に出そうとしなかった。
「……若くてキレイなやつに本気になったりしなかったんだよ」
また恥ずかしいことを白状させられていると思いながら言うと、良はいたずらめいた光を目に含ませた。
「あんたそれ何回も言うけど、そんなにこだわり強かったの?」
「こだわりも何も、この歳で未成年狙いに行かないだろ普通」
「そんな犯罪みたいな言い方しなくていいじゃん」
「下手すりゃ犯罪だろーが」
ぺち、と音を立てて額を叩いてやると、良は裕司をねめつけた。
「俺の若いとこも好きって言ったくせに」
「おま……、……若いから好きになったんじゃねえぞ」
往来でする会話ではない、と思って苦い顔をすると、良は逆に頬を緩ませた。本当に表情がすぐに変わるな、と内心で感心してしまう。
「……あんたってほんとに怒らないね」
「え?」
「んーん、俺めんどくさいこと言ったなって思ったけど、あんたが怒らなくてよかった」
「……こんなことでいちいち怒らねえよ」
「うん、……ありがと」
はにかむような声で言われて、裕司は気恥ずかしくなる。ここが家だったら、抱き締めることもできるのに、夕暮れの街には人通りが絶えなかった。
「俺、あんたと付き合ってるのバレないようにした方がいい? あんたの知り合いに」
その声が素直な音をしていて、裕司は何故か切なくなる。聞き分けのいい恋人でいなくていいと思ったし、いてほしくないとも思った。
「……相手によるだけだよ。今日会うやつは、別に隠さなくってもいい」
「あんたがゲイだって知ってる人ならいいの?」
「まあ……そうだな」
からかわれるか、たしなめられるか、もしかしたら妙な尾ひれがついて噂にならないとも限らなかったが、明らかな不都合がないなら良との関係をことさらに隠す必要はないのだ。良はきっと、裕司が知られたくないと言えば裕司の世間体やプライドまで考えて口をつぐむのだろうと思ったし、その奥でどんな感情があっても、裕司の知らないところで押し殺してしまう気がした。
──無駄な我慢なんかさせてたまるか。
「つーか、お前は平気なのか。こんなオッサンが相手だって知られても」
「だからそんなオッサンオッサン言わなくていいっつってんじゃん。俺、あんたの何がだめなのかわかんないよ。ちゃんとしてるし、優しいし、別に見た目だっておかしくないじゃん」
どうも価値基準が違うようだ、と裕司は返す言葉に迷う。どんなにいい人間だったとしても、裕司が40近い男であることに変わりはなかったし、それはおそらく一目瞭然であるはずなのに、それを良は裕司が戸惑うほどに受け入れているらしかった。
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