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「ルッコラとアボカドのイタリアンサラダです」
そう言ってテーブルに皿を置いてくれたのはコックコートの腕で、裕司が顔を上げれば笑顔の男と目が合った。
「お久しぶりです、裕司さん」
「牧さん」
「改装してから初めてですよね? 来てくれてありがとうございます」
「うん、明るくなっていい感じだな」
牧は店内を見渡し、破顔した。裕司の視界の端で、良が借りてきた猫のような顔をしているのが見えた。
「思い切って全面禁煙にして、それからちょっと女性受けも意識しましたね。わりと女性客が多いんで」
「時代だなぁ。禁煙しといてよかった」
「そう言う俺がまだ吸ってるんですけどね」
だめじゃねえか、と笑う裕司を、良が緊張した目で見ているのに気付いて、裕司は牧を見上げて言った。
「今日はいつもの倍以上食うから。主にこいつが」
指で良を示すと、牧はまだ若々しさのある目許に笑い皺を作って良を見た。
「はじめまして、店長の牧です。すみません急に割り込んじゃって」
良は、いえ、とか、うん、とか、あまりよく聞こえない声を出して、ぎこちなく会釈をした。
「こいつ今うちに住んでんだ」
裕司が言うと、良はぎょっとした顔をして裕司を見た。牧はわざとらしく口元を手で覆う。
「えっえ~それって……」
「バーのノリに戻ってんじゃねえよ。腹減ってんだから厨房戻れって」
「はは、はい。ゆっくりしていってください」
牧は柔和な笑みで頭を下げて厨房に戻っていったが、良は目を丸くしてそれを見送り、声を潜めて裕司に言った。
「いきなり何言ってんの。びっくりした」
「だから隠さなくていいっつったろ」
そう返してやると、良はきまりの悪そうな顔をする。驚かせたのはかわいそうだったが、裕司が言わなければ良から言い出すはずはなかったし、隠したいわけではないということをわかっておいてほしかった。
「お前がいやだったなら悪かったけど……でも悪いやつじゃなさそうだろ?」
サラダを取り皿に分けながら、厨房の牧を目で示すと、良は唇を結んで控えめに頷いた。
「……あの人いくつぐらいなの? あんたより若いよね?」
「あー、いくつかなぁ。もう30は過ぎてるはずだけどなぁ」
出会った頃はまだ20代の青年だった。人当たりが良くて、接客好きで、彼がいると店の雰囲気が明るくなるとよく言われていた。
「……あの人も、その、男の人と付き合う人?」
良なりに言葉を選ぼうとしているのを感じ取って、裕司は笑う。
「そうだな、俺ほど男じゃないとダメって感じじゃなかったが……」
店内には他にも数名の客がいたが、こちらを気にしているふうではなかった。牧が以前働いていたゲイバーつながりの客も多かったし、牧は個人のSNSでセクシャリティをオープンにしているから、了解している客もいるのだろうと思う。
そして何より、時代の空気が変わりつつあるのは、良を見ていても世間を見ていても感じることだった。
「ほら、サラダ食え」
良の前に取り皿を置いてやると、ありがと、と言って良は素直にフォークを手に取った。
「……あんたが友達とかとしゃべってるの見るの、なんか変な感じ」
「ん? あぁ……」
良が来てから、裕司は部屋に友人を呼んだこともなかったし、身内が訪ねてくることもなかった。電話で話しているのを聞いたことはあっても、相手側の話がわからなければ印象はずいぶん違うだろう。
「煙草いつやめたの?」
サラダを口に運びながら、良の目はじっと裕司を見ていた。好奇心よりも強いものがその瞳に光っていて、裕司は苦笑する。
「……ずっと吸ってはやめ、吸ってはやめだったんだけどな、お前が来てからはそういえば吸ってないな」
「なに、俺で禁煙できたわけ?」
「そうかもな」
あまり深く考えないまま返事をすると、良は意味深な笑みを浮かべて言った。
「じゃー、今度吸ったら俺が怒ればいい?」
裕司は瞬いて良を見る。良はまるで新しい楽しみを見つけたかのような顔をしていた。
「……お前にバレずに吸うのは難しそうだなぁ」
「そういうコソコソしたことするのやめなよ。似合わないよ」
「そうか?」
良の目に映っている自分の像はどんななのだろう、と思って裕司は笑う。
「どうせ吸うなら俺の前で吸ってよ。あんたが煙草吸ってるところ見たことないし」
「そんなもん見たいか?」
「見たい。……けど煙草くさいのあんたのイメージじゃないね。あんたの匂い好きだからやっぱ吸わない方がいいよ」
そう言いながら、良は裕司の皿にクルトンを二つばかり入れた。
好き嫌いを誤魔化すために持ち上げられているのだろうか、と一瞬考えたが、そんな計算高さがあるならかえって可愛いものだと思い直した。良は自分の言動が裕司の心をどれほど揺さぶるのか、おそらくほとんど自覚していないのだろう。
だから裕司は、彼といると笑ったり苦しくなったりして忙しくて、煙草で紛らわす暇もなかったのだ。
「まー、値上がりしてばっかりだし、吸えるとこもどんどん減ってるからなぁ。吸わないで済むに越したことねえな」
平気なふりをしてそう言うと、良は少し間を空けてから、いたずらをする子どものような目をして言った。
「じゃ、あんたの部屋の灰皿もういらない?」
そう言ってテーブルに皿を置いてくれたのはコックコートの腕で、裕司が顔を上げれば笑顔の男と目が合った。
「お久しぶりです、裕司さん」
「牧さん」
「改装してから初めてですよね? 来てくれてありがとうございます」
「うん、明るくなっていい感じだな」
牧は店内を見渡し、破顔した。裕司の視界の端で、良が借りてきた猫のような顔をしているのが見えた。
「思い切って全面禁煙にして、それからちょっと女性受けも意識しましたね。わりと女性客が多いんで」
「時代だなぁ。禁煙しといてよかった」
「そう言う俺がまだ吸ってるんですけどね」
だめじゃねえか、と笑う裕司を、良が緊張した目で見ているのに気付いて、裕司は牧を見上げて言った。
「今日はいつもの倍以上食うから。主にこいつが」
指で良を示すと、牧はまだ若々しさのある目許に笑い皺を作って良を見た。
「はじめまして、店長の牧です。すみません急に割り込んじゃって」
良は、いえ、とか、うん、とか、あまりよく聞こえない声を出して、ぎこちなく会釈をした。
「こいつ今うちに住んでんだ」
裕司が言うと、良はぎょっとした顔をして裕司を見た。牧はわざとらしく口元を手で覆う。
「えっえ~それって……」
「バーのノリに戻ってんじゃねえよ。腹減ってんだから厨房戻れって」
「はは、はい。ゆっくりしていってください」
牧は柔和な笑みで頭を下げて厨房に戻っていったが、良は目を丸くしてそれを見送り、声を潜めて裕司に言った。
「いきなり何言ってんの。びっくりした」
「だから隠さなくていいっつったろ」
そう返してやると、良はきまりの悪そうな顔をする。驚かせたのはかわいそうだったが、裕司が言わなければ良から言い出すはずはなかったし、隠したいわけではないということをわかっておいてほしかった。
「お前がいやだったなら悪かったけど……でも悪いやつじゃなさそうだろ?」
サラダを取り皿に分けながら、厨房の牧を目で示すと、良は唇を結んで控えめに頷いた。
「……あの人いくつぐらいなの? あんたより若いよね?」
「あー、いくつかなぁ。もう30は過ぎてるはずだけどなぁ」
出会った頃はまだ20代の青年だった。人当たりが良くて、接客好きで、彼がいると店の雰囲気が明るくなるとよく言われていた。
「……あの人も、その、男の人と付き合う人?」
良なりに言葉を選ぼうとしているのを感じ取って、裕司は笑う。
「そうだな、俺ほど男じゃないとダメって感じじゃなかったが……」
店内には他にも数名の客がいたが、こちらを気にしているふうではなかった。牧が以前働いていたゲイバーつながりの客も多かったし、牧は個人のSNSでセクシャリティをオープンにしているから、了解している客もいるのだろうと思う。
そして何より、時代の空気が変わりつつあるのは、良を見ていても世間を見ていても感じることだった。
「ほら、サラダ食え」
良の前に取り皿を置いてやると、ありがと、と言って良は素直にフォークを手に取った。
「……あんたが友達とかとしゃべってるの見るの、なんか変な感じ」
「ん? あぁ……」
良が来てから、裕司は部屋に友人を呼んだこともなかったし、身内が訪ねてくることもなかった。電話で話しているのを聞いたことはあっても、相手側の話がわからなければ印象はずいぶん違うだろう。
「煙草いつやめたの?」
サラダを口に運びながら、良の目はじっと裕司を見ていた。好奇心よりも強いものがその瞳に光っていて、裕司は苦笑する。
「……ずっと吸ってはやめ、吸ってはやめだったんだけどな、お前が来てからはそういえば吸ってないな」
「なに、俺で禁煙できたわけ?」
「そうかもな」
あまり深く考えないまま返事をすると、良は意味深な笑みを浮かべて言った。
「じゃー、今度吸ったら俺が怒ればいい?」
裕司は瞬いて良を見る。良はまるで新しい楽しみを見つけたかのような顔をしていた。
「……お前にバレずに吸うのは難しそうだなぁ」
「そういうコソコソしたことするのやめなよ。似合わないよ」
「そうか?」
良の目に映っている自分の像はどんななのだろう、と思って裕司は笑う。
「どうせ吸うなら俺の前で吸ってよ。あんたが煙草吸ってるところ見たことないし」
「そんなもん見たいか?」
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好き嫌いを誤魔化すために持ち上げられているのだろうか、と一瞬考えたが、そんな計算高さがあるならかえって可愛いものだと思い直した。良は自分の言動が裕司の心をどれほど揺さぶるのか、おそらくほとんど自覚していないのだろう。
だから裕司は、彼といると笑ったり苦しくなったりして忙しくて、煙草で紛らわす暇もなかったのだ。
「まー、値上がりしてばっかりだし、吸えるとこもどんどん減ってるからなぁ。吸わないで済むに越したことねえな」
平気なふりをしてそう言うと、良は少し間を空けてから、いたずらをする子どものような目をして言った。
「じゃ、あんたの部屋の灰皿もういらない?」
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