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もじもじと居心地が悪そうな良の横顔をしばし眺めて、その問いかけの年相応であることに裕司は嬉しいような切ないような気持ちになった。
同時に自分を大人というカテゴリで見ているのだということが実感されて、妙にくすぐったいような感覚を覚える。
「……ずいぶん昔のことを訊くなぁ」
「え?」
「だってもう20年近く前のことだろ。俺が二十歳そこそこの頃だから……お前なんか赤ん坊だろ」
「……俺のことは別にいいじゃん」
気恥ずかしそうに良はつっけんどんな口調で言う。しかしその表情は戸惑いを含んで自信のなさそうな、庇護欲を誘う色をしていた。
「うん、まあ、そうだな。俺は大学に入ってからパソコン操作覚えたくらいだから、もともと興味があったとかじゃなくて……ゼミの先輩から色々教えてもらって面白かったのがきっかけかな。パソコン一台でけっこう何でも出来んだなっていう。でもそれですぐ仕事にしようなんて思ったわけじゃねえし、就活では全然関係ないとこも受けたし、興味の持てる分野のひとつがたまたま職業と合致したってとこかなぁ」
職業だの人生だの、将来など未知ばかりだった頃の話だ。言葉にしてみると懐かしく、自然と思い出される当時の己の未熟さは他人事のようにおかしかった。
「だから、俺の場合は本当にたまたまだよ。やってみてそれなりに面白くて、それなりに向いてたから続いてるだけだな」
良を見るとやけに幼い目をしてこちらを見ていて、その胸の中で何を思われているのか見通せなかった。
「……仕事、面白いって思う?」
その声音もまた、普段の彼よりはるかに幼い響きがあった。
「そりゃ、面白くも何ともなかったら家でやってられないだろうな。こんなに長く続くこともないだろうし」
「そっか……そうだね」
「何か……そんなに気になったのか?」
訊いてみると、良ははにかむように視線を下げて、言った。
「俺……仕事って生活するために仕方なくするようなイメージあったんだけど、あんたとか……牧さんとか見たら、自分で選んでやってるのかなって思って……。仕事を選ぶってどうすんのかなって……」
迷いと悩みがたくさん満ちているらしいことが声色からわかって、裕司は良の頭に手を乗せた。
「俺は牧ほど積極的に選んだわけじゃないけど、やっぱりそれで人生も生活も左右されるし……自分で考えて選ばねえと、うまくいかなかったときが怖いよな」
「……」
「やってみないとわからねえのもほんとだけど、流されてるだけじゃつまんねえだろ。……お前は何も今すぐ決めなきゃいけないことなんてないんだし、選択肢を増やしながら色んなもん見ていくのがいいと思うぞ」
少し説教くさかったか、と思いながら良の髪を撫でると、良は裕司の手が離れるまでおとなしく目を細めていた。
「……選択肢増やすって、資格とか?」
「うん……そういう履歴書に書けるのもそうだし、知識とか経験とか、目に見えないものも全部そうだよ。何が仕事に役立つかわかんねえしな」
「そういうもん?」
「わりとな」
そう言って笑ってみせると、良は首を傾けて、無垢な瞳で裕司を見た。
「あんたはさ、俺のこと心配にならない?」
「心配?」
「ほら……俺高校も中退したしさ、資格も何も持ってないし、……朝起きれないときあるし、ちゃんと働けんのかなって……」
それは良自身の懸念だ、と思いながら、裕司は彼の真っ当さを見るような心地がして微笑んだ。
「……お前は普通に働くよりよっぽどしんどいことがんばってきただろ」
それは裕司の本音で、しかし良はきょとんとしていかにも意味がわからないという顔をした。
「うちに来るまで、すげえがんばって生きてきたろ。今だって文句も言わないで毎日家事やって、頼もしいよ」
裕司の言葉に、良は明らかに怪訝な顔をした。彼の表情は言葉以上に正直だ。
「それ、あんたの買いかぶりじゃない?」
「そんなことねえと思うけどなぁ」
つい苦笑すると、良は考え込むような沈黙の後に、少しばかり上目遣いになって言った。
「……牧さん、はさ、何でお店開こうと思ったのか、何か言ってた?」
大した話ではないと前置きしてみせたくせに、気になって仕方ない様子が窺えて、裕司は口元が緩むのを抑え切れなかった。良の関心が少しずつ外の世界に向いているように思えたし、それは若者らしい不安と好奇心をはらんでいた。
「それはお前、本人に直接聞いた方がいいんじゃないのか?」
「ええ?」
「だって興味あるんだろ?」
「無茶言わないでよ。あんたにとったら友達かもしれないけど、俺がいきなりそんなこと訊きにいくのおかしいでしょ」
まるで思春期の少年のように反駁するのが可愛くて、裕司はこらえきれずにくつくつと笑う。さすがに気に障ったらしく、脚をはたかれた。
「ごめんって……。でも、実際話を聞きたい人間がいるなら、そういうのは実行した方がいいと思うぞ。いくらなんでもお前一人で行けなんて言わないし、牧も喜ぶ気がするけどな」
良はひどく困った顔をして、そしてもごもごと口ごもった挙げ句に、裕司の服の裾をつかんできた。
「……そういう機会があるなら……聞いてみたいけど……。……無理に引き合わせようとかしなくていいからね」
わかってるよ、と裕司は笑って、良の頭をかき混ぜた。
同時に自分を大人というカテゴリで見ているのだということが実感されて、妙にくすぐったいような感覚を覚える。
「……ずいぶん昔のことを訊くなぁ」
「え?」
「だってもう20年近く前のことだろ。俺が二十歳そこそこの頃だから……お前なんか赤ん坊だろ」
「……俺のことは別にいいじゃん」
気恥ずかしそうに良はつっけんどんな口調で言う。しかしその表情は戸惑いを含んで自信のなさそうな、庇護欲を誘う色をしていた。
「うん、まあ、そうだな。俺は大学に入ってからパソコン操作覚えたくらいだから、もともと興味があったとかじゃなくて……ゼミの先輩から色々教えてもらって面白かったのがきっかけかな。パソコン一台でけっこう何でも出来んだなっていう。でもそれですぐ仕事にしようなんて思ったわけじゃねえし、就活では全然関係ないとこも受けたし、興味の持てる分野のひとつがたまたま職業と合致したってとこかなぁ」
職業だの人生だの、将来など未知ばかりだった頃の話だ。言葉にしてみると懐かしく、自然と思い出される当時の己の未熟さは他人事のようにおかしかった。
「だから、俺の場合は本当にたまたまだよ。やってみてそれなりに面白くて、それなりに向いてたから続いてるだけだな」
良を見るとやけに幼い目をしてこちらを見ていて、その胸の中で何を思われているのか見通せなかった。
「……仕事、面白いって思う?」
その声音もまた、普段の彼よりはるかに幼い響きがあった。
「そりゃ、面白くも何ともなかったら家でやってられないだろうな。こんなに長く続くこともないだろうし」
「そっか……そうだね」
「何か……そんなに気になったのか?」
訊いてみると、良ははにかむように視線を下げて、言った。
「俺……仕事って生活するために仕方なくするようなイメージあったんだけど、あんたとか……牧さんとか見たら、自分で選んでやってるのかなって思って……。仕事を選ぶってどうすんのかなって……」
迷いと悩みがたくさん満ちているらしいことが声色からわかって、裕司は良の頭に手を乗せた。
「俺は牧ほど積極的に選んだわけじゃないけど、やっぱりそれで人生も生活も左右されるし……自分で考えて選ばねえと、うまくいかなかったときが怖いよな」
「……」
「やってみないとわからねえのもほんとだけど、流されてるだけじゃつまんねえだろ。……お前は何も今すぐ決めなきゃいけないことなんてないんだし、選択肢を増やしながら色んなもん見ていくのがいいと思うぞ」
少し説教くさかったか、と思いながら良の髪を撫でると、良は裕司の手が離れるまでおとなしく目を細めていた。
「……選択肢増やすって、資格とか?」
「うん……そういう履歴書に書けるのもそうだし、知識とか経験とか、目に見えないものも全部そうだよ。何が仕事に役立つかわかんねえしな」
「そういうもん?」
「わりとな」
そう言って笑ってみせると、良は首を傾けて、無垢な瞳で裕司を見た。
「あんたはさ、俺のこと心配にならない?」
「心配?」
「ほら……俺高校も中退したしさ、資格も何も持ってないし、……朝起きれないときあるし、ちゃんと働けんのかなって……」
それは良自身の懸念だ、と思いながら、裕司は彼の真っ当さを見るような心地がして微笑んだ。
「……お前は普通に働くよりよっぽどしんどいことがんばってきただろ」
それは裕司の本音で、しかし良はきょとんとしていかにも意味がわからないという顔をした。
「うちに来るまで、すげえがんばって生きてきたろ。今だって文句も言わないで毎日家事やって、頼もしいよ」
裕司の言葉に、良は明らかに怪訝な顔をした。彼の表情は言葉以上に正直だ。
「それ、あんたの買いかぶりじゃない?」
「そんなことねえと思うけどなぁ」
つい苦笑すると、良は考え込むような沈黙の後に、少しばかり上目遣いになって言った。
「……牧さん、はさ、何でお店開こうと思ったのか、何か言ってた?」
大した話ではないと前置きしてみせたくせに、気になって仕方ない様子が窺えて、裕司は口元が緩むのを抑え切れなかった。良の関心が少しずつ外の世界に向いているように思えたし、それは若者らしい不安と好奇心をはらんでいた。
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「ええ?」
「だって興味あるんだろ?」
「無茶言わないでよ。あんたにとったら友達かもしれないけど、俺がいきなりそんなこと訊きにいくのおかしいでしょ」
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