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「これでも俺も気を遣ったんですよ」
そう言いながら牧は慣れた手つきでリキュールの瓶を傾けた。
定休日の店内はシャッターが下ろされ、照明も営業時より暗く、違う店のようだった。明るく垢抜けたレストランが、今は隠れ家系のダイニングバーのようだ。
牧は普段着の上にコックコートを引っ掛けた中途半端ないでたちで、しかもそれを気にしていないようだった。
「それはわかってるし、普通俺がお礼する方じゃないのか?」
裕司は言って、カウンター越しにグラスを受け取る。タダ酒を頂戴しながら言う台詞ではない、とは自分でも思った。
「いや、世間的にそうなるのはわかりますけど、俺の心情的にはそこまでされたら罪悪感で眠れなくなりますね」
やたら神妙な顔をしてみせた牧に、ほとんど反射で、うそつけ、と言うと、バレましたか、と言って牧は破顔した。
結局良は、この店の調理補助兼雑用スタッフとして雇われることになり、来週から出勤する予定とのことだった。そして今日は裕司が仕事で外出したついでに牧の誘いに乗った格好で、まだ日も暮れていない時間から牧の店で牧の作った酒を飲んでいる。
おそらくそうなのだろう──と裕司が思っていた通り、牧は多少の無理を通してでも良を雇いたがっていた。正確には育てたがっていたと言うべきか。店の労働力は足りていて、そればかりか良のために既存のスタッフの調整までした節がある。経営者としては得策ではなかったはずだ。良が無能だとは思っていないが、即戦力になるわけではないことは、門外漢の裕司でもわかっていた。
だから牧は、後輩の面倒を見たい、育てたいという個人的な願望と仕事の折り合いをつけたのだろう。
気持ちはわからなくもない、と裕司は少し辛いカクテルに口をつけつつ思う。良の身の上を聞いて、その上で自分と同じ道を志したいと言われれば揺らぐのが人情だ。そこで行動に移すかどうかはまた別だが、牧は葛藤しつつも己を貫かずにはいられなかったらしい。
危なっかしいと思いつつ、そういう性格だからここに至っているのだとも思う。上京して、ゲイバーという水商売の世界で働いて、勉強し資金を工面し、小さいながら己の店を持つに至った。裕司よりいくつも若い、人懐っこい笑い方をする彼は、きっと裕司より大きな荒波を越えてきている。
「牧さんのことは信用してるし、良も自分で考える頭のあるやつだから、別に俺に気を遣うことなんてないと思うけどな……心配なのは良のせいで人件費がヤバくならないかってことだよ」
「いやぁそれは、一応大丈夫と踏んだから来てくれって言ったんですよ」
「ほんとか? 交通費支給って聞いて焦ったぞ正直」
「だってそれは、彼だけ出さないっていうのもおかしな話でしょう」
「でもうちからじゃばかになんねぇだろ」
まあまあ、と牧は言って、いつの間に用意していたのかハムとチーズを盛った皿を出してくれた。
「最低賃金きっかりでお願いするの、けっこう胸が痛んだんですよ。交通費ぐらい出させてくださいよ」
「ポケットマネーからとかじゃなけりゃ、そりゃあ有り難いんだが……」
「人件費ですって!」
困った形に眉を曲げて、それでも笑みは消さずに牧は言った。
「まあ、その、ご心配いただいて恐縮です。でもこれで商売傾いても、それは百パー俺の責任なので」
「おいおい」
「裕司さんだってあんまり人のこと言えないでしょう。良くん衣食住どころか遊ぶお金も何もかも裕司さんが全部出すから、仕方ないけど申し訳ないってちっちゃくなってましたよ。人一人の生活の面倒見ることに比べたら、バイト一人雇うぐらいどこの店だってやってますからね」
「それは……まあ、だって、それこそ仕方ないだろう。本当に着のみ着のままうちに来たんだぞ、あいつは」
「ほら、そういう話聞いたら俺だって余計面倒見たくなりますって。何より、彼がいい子なのは裕司さんが一番知ってるんじゃないですか」
知ってる、と正直に答えるには、まだ酒が足りなかった。裕司は渋い顔もし切れず、特に意味もなくカウンターの端を見た。
「俺は人を雇う経験こそ浅いですけど、飲食で働く人間はもう数え切れないくらい見てますからね。俺みたいに器用で愛想よく人の懐に入るタイプばかりがいいわけじゃないですよ」
下げたような口ぶりでずいぶん自慢したな、と思いつつ、それは正当な自己評価だったので裕司は黙って牧を見上げた。
「短い付き合いで知ったようなことを言いますけど、良くんは嘘とか悪意とかを人に向けないでしょう。客商売の向き不向きで言えば、まあ、嘘が得意な方が向いてはいますけど、嘘じゃない誠意を出せるっていうのは、それはもう真似しようと思ってできるものじゃないですからね。才能ですよ」
「……」
「嘘がつけないのはハンデにもなりますけど、彼の場合は武器にすべきだと思いますよ。だって、絶対に裏切らないっていう素地のある人間のする仕事は、裕司さんだって信頼するでしょう?」
そう言いながら牧は慣れた手つきでリキュールの瓶を傾けた。
定休日の店内はシャッターが下ろされ、照明も営業時より暗く、違う店のようだった。明るく垢抜けたレストランが、今は隠れ家系のダイニングバーのようだ。
牧は普段着の上にコックコートを引っ掛けた中途半端ないでたちで、しかもそれを気にしていないようだった。
「それはわかってるし、普通俺がお礼する方じゃないのか?」
裕司は言って、カウンター越しにグラスを受け取る。タダ酒を頂戴しながら言う台詞ではない、とは自分でも思った。
「いや、世間的にそうなるのはわかりますけど、俺の心情的にはそこまでされたら罪悪感で眠れなくなりますね」
やたら神妙な顔をしてみせた牧に、ほとんど反射で、うそつけ、と言うと、バレましたか、と言って牧は破顔した。
結局良は、この店の調理補助兼雑用スタッフとして雇われることになり、来週から出勤する予定とのことだった。そして今日は裕司が仕事で外出したついでに牧の誘いに乗った格好で、まだ日も暮れていない時間から牧の店で牧の作った酒を飲んでいる。
おそらくそうなのだろう──と裕司が思っていた通り、牧は多少の無理を通してでも良を雇いたがっていた。正確には育てたがっていたと言うべきか。店の労働力は足りていて、そればかりか良のために既存のスタッフの調整までした節がある。経営者としては得策ではなかったはずだ。良が無能だとは思っていないが、即戦力になるわけではないことは、門外漢の裕司でもわかっていた。
だから牧は、後輩の面倒を見たい、育てたいという個人的な願望と仕事の折り合いをつけたのだろう。
気持ちはわからなくもない、と裕司は少し辛いカクテルに口をつけつつ思う。良の身の上を聞いて、その上で自分と同じ道を志したいと言われれば揺らぐのが人情だ。そこで行動に移すかどうかはまた別だが、牧は葛藤しつつも己を貫かずにはいられなかったらしい。
危なっかしいと思いつつ、そういう性格だからここに至っているのだとも思う。上京して、ゲイバーという水商売の世界で働いて、勉強し資金を工面し、小さいながら己の店を持つに至った。裕司よりいくつも若い、人懐っこい笑い方をする彼は、きっと裕司より大きな荒波を越えてきている。
「牧さんのことは信用してるし、良も自分で考える頭のあるやつだから、別に俺に気を遣うことなんてないと思うけどな……心配なのは良のせいで人件費がヤバくならないかってことだよ」
「いやぁそれは、一応大丈夫と踏んだから来てくれって言ったんですよ」
「ほんとか? 交通費支給って聞いて焦ったぞ正直」
「だってそれは、彼だけ出さないっていうのもおかしな話でしょう」
「でもうちからじゃばかになんねぇだろ」
まあまあ、と牧は言って、いつの間に用意していたのかハムとチーズを盛った皿を出してくれた。
「最低賃金きっかりでお願いするの、けっこう胸が痛んだんですよ。交通費ぐらい出させてくださいよ」
「ポケットマネーからとかじゃなけりゃ、そりゃあ有り難いんだが……」
「人件費ですって!」
困った形に眉を曲げて、それでも笑みは消さずに牧は言った。
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「おいおい」
「裕司さんだってあんまり人のこと言えないでしょう。良くん衣食住どころか遊ぶお金も何もかも裕司さんが全部出すから、仕方ないけど申し訳ないってちっちゃくなってましたよ。人一人の生活の面倒見ることに比べたら、バイト一人雇うぐらいどこの店だってやってますからね」
「それは……まあ、だって、それこそ仕方ないだろう。本当に着のみ着のままうちに来たんだぞ、あいつは」
「ほら、そういう話聞いたら俺だって余計面倒見たくなりますって。何より、彼がいい子なのは裕司さんが一番知ってるんじゃないですか」
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下げたような口ぶりでずいぶん自慢したな、と思いつつ、それは正当な自己評価だったので裕司は黙って牧を見上げた。
「短い付き合いで知ったようなことを言いますけど、良くんは嘘とか悪意とかを人に向けないでしょう。客商売の向き不向きで言えば、まあ、嘘が得意な方が向いてはいますけど、嘘じゃない誠意を出せるっていうのは、それはもう真似しようと思ってできるものじゃないですからね。才能ですよ」
「……」
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