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黙って奥歯を噛んでいる裕司に何を感じたのか、良はおもむろに顔を寄せてきて頬を触れ合わせ、そして額に柔らかく口づけられた。
それがくすぐったくてふふと笑うと、良もまた笑った気配がした。
「お前もまあ俺を甘やかすよな……」
呟けば、くすくすとおかしげな声がした。
「いいじゃん、たまには」
「たまにはかぁ?」
「普段別に優しくないでしょ?」
さも既知の事実であるかのように言われて、裕司は何と返せばいいのかすぐに思いつかなかった。彼ほど優しい人間を他に知らないと思っているが、言われてみれば彼の優しさは、わかりやすく目に映る優しさではないかもしれなかった。愛想笑いをすることはないし、素っ気ない物の言い方をしがちだから、そういう表面上の態度だけを見れば、他人に関心を持たない、心を動かされないタイプだと誤解されることもあるだろう。
けれど裕司は、彼が己をおろそかにするほど人のことばかり考えているのを知っているし、裕司の仕事も、身体も、心も重んじてあれこれと気を配ってくれていることを知っている。だから裕司の目には良の素っ気なさは無愛想ではなく不器用として映ったし、落ち着きと静けさの表れにも感じられてむしろ心地よいものだった。
「……俺はいつものお前で充分だよ」
結局それが結論になるのだと思って言うと、良はおかしそうに目を細めた。
「ほら、あんたの方が全然甘やかすじゃん」
そんなつもりはないのに、と裕司は思うが、良はいつもそう言って自慢するような顔をした。
「あんた見てたら、やっぱり俺は色んなこと知らないんだなぁって思うから……お姉さんのことも、こうしたらいいとか言えなくてごめんね」
良は長い睫毛を伏せて、裕司の手を両手で包んだ。その仕草も、声音も、すべてが優しさ以外の何物でもないと思う。
「……そんなの、俺の問題なんだから……お前はむしろ、お前がしてほしいことを言っていいんだぞ」
「……どうゆうこと?」
「だから……姉貴に、お前との関係を言わないでほしいとか、逆にちゃんと言ってほしいとか……」
つい喉が緊張して、ぎこちなく言うと、良は口をぽかっと開けて裕司の顔を見つめてきた。
「えっそれは……えっ?」
疑問符をたくさん浮かべられて、裕司も良の顔を見つめてしまう。良は瞬きを忘れたように目を丸くしたまま、言った。
「えーそれは……だめじゃない?」
「だめって、何が」
「だって、あんたの家族のことじゃん。そんなの……俺がそんなこと言ったら、あんた余計にしんどいだけじゃない?」
その言葉を咀嚼して、裕司はやっと良が何を言っているのかを察した。彼は本当に己の価値の見積もりが甘くて、それだけは何度言って聞かせてもなかなか学習できないらしかった。
「……お前、さっき言ったばっかりだろうが。お前はうちでもっとでかい顔してていいんだよ」
「それは聞いたけど、お姉さんのことは別じゃない? だって、俺が知らない事情もいっぱいあるでしょ?」
言うことはいっぱしだと思いつつ、裕司は苛立ちのような焦燥のような感情に駆られる。それは不快よりも高揚を伴っていて、たまらなくなって良を抱き締めながらベッドに倒れ込んだ。
「わあっ! 何?」
びっくりしたぁ、と呟く声を耳許で聞きながら、その身体が骨ばっていて温かいことにいっそう苦しくなる。これから伸びていこうとしている若木が、遠慮をして木陰にいる必要などないのだ。
「お前、良、あんまり自覚がないと俺だって怒るぞ」
「えっ、えっ?」
「お前が生まれる前からずっと隠してきたのに、今お前がいるからカミングアウトするかどうかで悩んでんだよ。言わない方がいいって頭ではわかってんのに、お前のことで嘘ついたら、お前のことをいい加減に扱ってるような気がするんだ」
「……」
「お前を大事にしてるって、お前にもお前以外にもわかってほしくて、そんなのは無理な話だって、頭ではわかってんのに…………」
理屈ではない感情を言葉に変換し切れなくて、裕司が沈黙すると、ややあってから良の腕が裕司の首と肩を強く抱いてきた。
「……俺、たぶんうまく言えてないけど、あんたが思ってるより、あんたが俺を大事にしてくれてるの知ってるよ」
すぐそばで、鼓膜に吐息の震えすら伝わるほどの距離で、良の静かで心地いい声は語った。
「あんたのこと困らせたくないけど、あんたが俺のために悩んでくれるの嬉しいって思ったし…………これ、謝った方がいい?」
「……謝らなくていい」
つるりと指に滑る髪ごと良の頭を抱き込んで答えると、そっか、と短い吐息が首筋にかかった。
「……俺、あんたにそんなにがんばってもらわなくっても、きっとあんたが思ってるより全然幸せだよ。好きな人と暮らしてて、何にも困ることないんだよ。今が一番幸せって、俺ずっと思ってるもん」
「……」
「だから、あんたももっと恩着せがましくなっていいよ。全部あんたがくれたんだから」
よくもそんな殊勝なことを言う、と思いながら、抱き締めてくる力にも、間近な声にも、嘘はひとつも見当たらなかった。
嘘がない彼をこんなに愛してしまったから、自分も嘘が下手になってしまったのだと妙に腑に落ちるものがあって、つい笑うと、良はなんで笑うのと文句を言って脚を蹴ってきた。
それがくすぐったくてふふと笑うと、良もまた笑った気配がした。
「お前もまあ俺を甘やかすよな……」
呟けば、くすくすとおかしげな声がした。
「いいじゃん、たまには」
「たまにはかぁ?」
「普段別に優しくないでしょ?」
さも既知の事実であるかのように言われて、裕司は何と返せばいいのかすぐに思いつかなかった。彼ほど優しい人間を他に知らないと思っているが、言われてみれば彼の優しさは、わかりやすく目に映る優しさではないかもしれなかった。愛想笑いをすることはないし、素っ気ない物の言い方をしがちだから、そういう表面上の態度だけを見れば、他人に関心を持たない、心を動かされないタイプだと誤解されることもあるだろう。
けれど裕司は、彼が己をおろそかにするほど人のことばかり考えているのを知っているし、裕司の仕事も、身体も、心も重んじてあれこれと気を配ってくれていることを知っている。だから裕司の目には良の素っ気なさは無愛想ではなく不器用として映ったし、落ち着きと静けさの表れにも感じられてむしろ心地よいものだった。
「……俺はいつものお前で充分だよ」
結局それが結論になるのだと思って言うと、良はおかしそうに目を細めた。
「ほら、あんたの方が全然甘やかすじゃん」
そんなつもりはないのに、と裕司は思うが、良はいつもそう言って自慢するような顔をした。
「あんた見てたら、やっぱり俺は色んなこと知らないんだなぁって思うから……お姉さんのことも、こうしたらいいとか言えなくてごめんね」
良は長い睫毛を伏せて、裕司の手を両手で包んだ。その仕草も、声音も、すべてが優しさ以外の何物でもないと思う。
「……そんなの、俺の問題なんだから……お前はむしろ、お前がしてほしいことを言っていいんだぞ」
「……どうゆうこと?」
「だから……姉貴に、お前との関係を言わないでほしいとか、逆にちゃんと言ってほしいとか……」
つい喉が緊張して、ぎこちなく言うと、良は口をぽかっと開けて裕司の顔を見つめてきた。
「えっそれは……えっ?」
疑問符をたくさん浮かべられて、裕司も良の顔を見つめてしまう。良は瞬きを忘れたように目を丸くしたまま、言った。
「えーそれは……だめじゃない?」
「だめって、何が」
「だって、あんたの家族のことじゃん。そんなの……俺がそんなこと言ったら、あんた余計にしんどいだけじゃない?」
その言葉を咀嚼して、裕司はやっと良が何を言っているのかを察した。彼は本当に己の価値の見積もりが甘くて、それだけは何度言って聞かせてもなかなか学習できないらしかった。
「……お前、さっき言ったばっかりだろうが。お前はうちでもっとでかい顔してていいんだよ」
「それは聞いたけど、お姉さんのことは別じゃない? だって、俺が知らない事情もいっぱいあるでしょ?」
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「わあっ! 何?」
びっくりしたぁ、と呟く声を耳許で聞きながら、その身体が骨ばっていて温かいことにいっそう苦しくなる。これから伸びていこうとしている若木が、遠慮をして木陰にいる必要などないのだ。
「お前、良、あんまり自覚がないと俺だって怒るぞ」
「えっ、えっ?」
「お前が生まれる前からずっと隠してきたのに、今お前がいるからカミングアウトするかどうかで悩んでんだよ。言わない方がいいって頭ではわかってんのに、お前のことで嘘ついたら、お前のことをいい加減に扱ってるような気がするんだ」
「……」
「お前を大事にしてるって、お前にもお前以外にもわかってほしくて、そんなのは無理な話だって、頭ではわかってんのに…………」
理屈ではない感情を言葉に変換し切れなくて、裕司が沈黙すると、ややあってから良の腕が裕司の首と肩を強く抱いてきた。
「……俺、たぶんうまく言えてないけど、あんたが思ってるより、あんたが俺を大事にしてくれてるの知ってるよ」
すぐそばで、鼓膜に吐息の震えすら伝わるほどの距離で、良の静かで心地いい声は語った。
「あんたのこと困らせたくないけど、あんたが俺のために悩んでくれるの嬉しいって思ったし…………これ、謝った方がいい?」
「……謝らなくていい」
つるりと指に滑る髪ごと良の頭を抱き込んで答えると、そっか、と短い吐息が首筋にかかった。
「……俺、あんたにそんなにがんばってもらわなくっても、きっとあんたが思ってるより全然幸せだよ。好きな人と暮らしてて、何にも困ることないんだよ。今が一番幸せって、俺ずっと思ってるもん」
「……」
「だから、あんたももっと恩着せがましくなっていいよ。全部あんたがくれたんだから」
よくもそんな殊勝なことを言う、と思いながら、抱き締めてくる力にも、間近な声にも、嘘はひとつも見当たらなかった。
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