初夜った後で「申し訳ないが愛せない」だなんてそんな話があるかいな。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
11 / 27

聞く耳持たぬ

しおりを挟む
 
「おーい、旦那様ー。ジョセフ様ー。起きてくださーい」

 朝7時──。
 爽やかな風がカーテンを揺らし窓から舞い込んでくる。
 結局この男は出すだけ出してそのまま私のベッドで眠りやがった。邪魔くせぇったらありゃしねえ。
 もっと端に寄れやと思って蹴飛ばしたりもしてみたけど全く起きる気配がなかった。

「おい。いい加減起きろやクソボケ。てめぇ仕事じゃねぇのかよオイ」
「うぅ~~……ん。クリスティーヌ……今日は休みだからもう少し寝かせてくれ……」
「あーはいはいそーですかクリスティーヌ様と結婚出来なくて残念でしたねー」

 コイツこの野郎、ここが海岸なら海藻を口に詰めて窒息させてやるのに。
 もうそのまま永遠と寝ててくれ。私は腹が減ったから朝食を頂く。お前は夢の中でクリスティーヌでも喰っておけ。

 ささっと顔を洗い準備してダイニングへ行くと、侍女やメイド達が期待した目で「昨日の夜はどうでした?」と聞いてくる。
 新婚夫婦の甘い夜を想像してたんだろうけど、残念。

「どうも何も。する前なんか“クリスティーヌと同じくらい可愛がってやるよ”とか言っちゃってさ、さっきなんて寝ぼけて私のことクリスティーヌって呼んでたわ。もう少し寝かせろ、だって」
「…………ちょっと一発海に沈めてきますか」

 あら。やっぱり私に似てきたかしら。
 思わず笑いが溢れると周りも釣られて笑う。
 ジョセフ様のことは家のために仕方なく結婚した相手だからどうでもいいけど、この屋敷の人たちは本当に大好き。いつか旦那様のことも“それなりに”好きになれる日が来るかしら。

「ていうかあの人普通に酔っ払ってたわよ? 昨日のこと覚えてるかどうかも怪しいわ」
「あー、やっぱりですかぁ~。旦那様ったら負けじと飲んだんでしょ。注意したのに」
「ちょっと、私がすごく飲むみたいに言うけど私なんてお父様の足元にも及ばないからね!? 言っとくけど!」
「ほ、本当ですか……。恐ろしい……」

 そうよそうよ、と拗ねて席につけば、珈琲の良い香り。
 紅茶も良いけれど朝食には珈琲が飲みたい気分。バターたっぷりのトーストとベーコン、目玉焼き。至ってシンプルなメニューが一番美味しい。

「はぁ……もうこの香りだけで嫌なこと全部忘れちゃう」
「ふふふ、それなら旦那様の尻拭いに毎日でも珈琲をお淹れしましょう」
「やあね。だとしたら毎日あの人は何かしらやらかすってことじゃない」
「今や存在自体がやらかしてますから」
「ぶふっ! あっはは! なにそれおっかしー!」

 なんだかんだ幸せだと思う。旦那様はアレだけど、いい場所だ。でもやっぱり大海原は恋しい。
 結婚して一ヶ月も経っていないんだもの。これからどんどん恋しくなるのかしら。早く祭りの時期になればいいのになぁ。

「奥さまお早う御座います。今晩から料理長が戻りますよ」
「おはようシルバー。そうだったわね! 楽しみだわ! でもたまに料理はしたいかなぁ……」
「もちろんですとも。私たち一同、奥さまのお料理が楽しみでしたから。たまに・・・料理長には寝込んでもらうやもしれません」
「ふふふっ、ならすぐ寝込んじゃうかもだわ! 旦那様って存在自体がやらかしてるらしいから」
「やだもっ! 奥さまそれ私が言ったセリフーっ!」
「ほほほ。今や否定は出来ませぬな」

 長年仕えるシルバーにもそう言われちゃうとかいい加減いたたまれないわよ旦那様。
 あと、結局なんやかんやで有耶無耶になってしまったお義母様の大事なネックレス、どうするのか決めないといけないわ。

「ねぇシルバー、マリーゴールドも」
「はいなんでしょうか奥さま」
「昨日のこのネックレス……やっぱり返したいの。大切なものなんでしょう?」
「……ええ。それは、大旦那様と大奥様がご結婚されて、初めて喧嘩をしたとき、仲直りの印として大旦那様が贈られたものなんです」
「まぁ……」
「大奥様ったらツンケンてし受け取ったわりには寝る前までずっとドレッサーの前でにまにまと、それはそれはもう喜んでおられましたねぇ」
「ならやっぱり返さなくっちゃだわ。でも折角なら美しく磨いてあげたいの。何処かにいい職人は居る?」
「それなら。シルバーわたくしめにお任せ下さいませ。長年海に沈んでおりましたからな、有名どころを訪ねても断られるかもしれません。大奥様、そして奥さまのため、全力で探しましょうぞ」
「おっし! じゃあそれは頼んだわ!」
「あ、そうですわ奥さま。今朝こちらが届いておりました」
「手紙……?」

 わたし宛なんて珍しいわねと口にベーコンを放り込みながら手紙を開けると、屋敷の外では自重してくださいねとマリーゴールドのお叱りが入る。
 もう既に此処が家だと認識してしまったから気が緩んでいるみたい。そう伝えると満更でもなさそうな表情かお

「あら? これ義理のお姉さまからだわ! 再来週の王族主催パーティーに出るから会おうって。お仕事が忙しくて結婚式には来れなかったのよね」
「左様で御座いますか。では我々はまだお会いしたことはないのですね」
「でもたぶん知ってると思うわ。彼女有名な踊り子だもの。太陽のアデレードって聞いたことない?」
「え、それはもちろん存じておりますが……。まさか、」
「私のお義姉さまよ」
「なんと! 確かに言われてみればアデレード様も赤毛ですね」
「でしょ? お父様の兄の娘なの。私の家系って辺境だし伯爵家も長男が継ぐわけじゃないし、将来の職も自由にしろって感じだから知らない人も多いのよね」
「さすが奥さまが育った場所と言いますかなんというか……」

 オイオイそりゃあどういう意味だい、なんて話していれば、旦那様がダイニングへ降りてきた。
 こちとら既に食べ終わって珈琲も三杯目だというのに。随分と遅起きだこと。クリスティーヌ様の夢でも見てたのかしらね。

「旦那様おはようございます」

 皆の声が次々に飛び交い、あぁお早うと返事をする旦那様。いや全然早くねぇけど。もうすぐ10時ですけど。

「ぐっすり眠ってらっしゃったので起こすのも悪いと思い先に朝食を頂きました。申し訳ありません」
「いや構わない。シルバー、私にも同じものを」
「畏まりました」

 旦那様は私と同じメニューを頼み、先に出された珈琲に砂糖を二つ入れる。
 それをなんとなく眺めていたのだが、何を勘違いしたのか「期待しないように言っておくが私はこの後向こうへ帰るからな」、などと申す。(旦那様風)
 んなこと言われなくても分かってるし、いちいち言い方が腹立つしぶっ殺してやりたくなるけど、ヘーソウデッカで我慢した。我ながら、我慢した。たぶん満腹のおかげ。

 ものの5分足らずで旦那様の朝食が到着する。これ以上会話を続けていると危うく口が滑って拳が出るとことだったのでひと安心。
 そうだ。お義姉さまからお誘いを受けたことだしパーティーのこと言っておかないと。コイツ次いつ帰って来るか分からないもの。言い忘れても面倒そうだし。

「あの旦那様。再来週に王族主催のパーティーがあるじゃないですか」
「ッ、……勘違いしないでくれるか。たった一晩泊まっただけで……」
「は?」
「君を隣には並ばせられない」
「いやあの」
「最初に言っただろう。私は君を愛せないんだ」
「いやだから」
「君には悪いと思っているさ……! だが私にはクリスティーヌが居るんだ。解ってくれ……ッ」

 そう言い残してしかし食べ残しはせず、旦那様はそのまま立ち去った。恐らく彼女の元へと帰ったのだ。

「なんですかアレ! 旦那様ったら全然奥さまの話聞いてくれないじゃないですか!!」
「奥さまァ……アイツまじぶっ殺していっすかァ??」
「おう。許可する」
「こら! 一応あなた達の旦那様なんですよ!? 奥さまも! 許可してはいけませんっ! このマリーゴールドが代わりに尻をぷっくり腫れるほど叩いてやります!!」
「「「え゙」」」
「マリー、それよりも椅子にしっかり座らせひとつひとつ丁寧にじっくりゆっくり解るまで・・・・言い聞かせるのはどうでしょう」
「良いですねシルバー。なら尻をぷっくり腫れるほど叩いてから椅子に座らせましょうか」
「ふむ。そうしましょう。ついでに言い聞かせた内容を身体に染み込むまで書き取りさせましょう」
「そ、それはあれね……。ぶっ殺すよりよっぽど恐ろしいわね……」

 このとき私は『侯爵家·裏の二大トップ』を垣間見たのだった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

【完結】16わたしも愛人を作ります。

華蓮
恋愛
公爵令嬢のマリカは、皇太子であるアイランに冷たくされていた。側妃を持ち、子供も側妃と持つと、、 惨めで生きているのが疲れたマリカ。 第二王子のカイランがお見舞いに来てくれた、、、、

私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】

Lynx🐈‍⬛
恋愛
 ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。  それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。  14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。 皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。 この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。 ※Hシーンは終盤しかありません。 ※この話は4部作で予定しています。 【私が欲しいのはこの皇子】 【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】 【放浪の花嫁】 本編は99話迄です。 番外編1話アリ。 ※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。

【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております

紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。 二年後にはリリスと交代しなければならない。 そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。 普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

私は愛されていなかった幼妻だとわかっていました

ララ愛
恋愛
ミリアは両親を亡くし侯爵の祖父に育てられたが祖父の紹介で伯爵のクリオに嫁ぐことになった。 ミリアにとって彼は初恋の男性で一目惚れだったがクリオには侯爵に弱みを握られての政略結婚だった。 それを知らないミリアと知っているだろうと冷めた目で見るクリオのすれ違いの結婚生活は誤解と疑惑の 始まりでしかなかった。

巨乳令嬢は男装して騎士団に入隊するけど、何故か騎士団長に目をつけられた

狭山雪菜
恋愛
ラクマ王国は昔から貴族以上の18歳から20歳までの子息に騎士団に短期入団する事を義務付けている いつしか時の流れが次第に短期入団を終わらせれば、成人とみなされる事に変わっていった そんなことで、我がサハラ男爵家も例外ではなく長男のマルキ・サハラも騎士団に入団する日が近づきみんな浮き立っていた しかし、入団前日になり置き手紙ひとつ残し姿を消した長男に男爵家当主は苦悩の末、苦肉の策を家族に伝え他言無用で使用人にも箝口令を敷いた 当日入団したのは、男装した年子の妹、ハルキ・サハラだった この作品は「小説家になろう」にも掲載しております。

処理中です...