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聞く耳持たぬ

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「おーい、旦那様ー。ジョセフ様ー。起きてくださーい」

 朝7時──。
 爽やかな風がカーテンを揺らし窓から舞い込んでくる。
 結局この男は出すだけ出してそのまま私のベッドで眠りやがった。邪魔くせぇったらありゃしねえ。
 もっと端に寄れやと思って蹴飛ばしたりもしてみたけど全く起きる気配がなかった。

「おい。いい加減起きろやクソボケ。てめぇ仕事じゃねぇのかよオイ」
「うぅ~~……ん。クリスティーヌ……今日は休みだからもう少し寝かせてくれ……」
「あーはいはいそーですかクリスティーヌ様と結婚出来なくて残念でしたねー」

 コイツこの野郎、ここが海岸なら海藻を口に詰めて窒息させてやるのに。
 もうそのまま永遠と寝ててくれ。私は腹が減ったから朝食を頂く。お前は夢の中でクリスティーヌでも喰っておけ。

 ささっと顔を洗い準備してダイニングへ行くと、侍女やメイド達が期待した目で「昨日の夜はどうでした?」と聞いてくる。
 新婚夫婦の甘い夜を想像してたんだろうけど、残念。

「どうも何も。する前なんか“クリスティーヌと同じくらい可愛がってやるよ”とか言っちゃってさ、さっきなんて寝ぼけて私のことクリスティーヌって呼んでたわ。もう少し寝かせろ、だって」
「…………ちょっと一発海に沈めてきますか」

 あら。やっぱり私に似てきたかしら。
 思わず笑いが溢れると周りも釣られて笑う。
 ジョセフ様のことは家のために仕方なく結婚した相手だからどうでもいいけど、この屋敷の人たちは本当に大好き。いつか旦那様のことも“それなりに”好きになれる日が来るかしら。

「ていうかあの人普通に酔っ払ってたわよ? 昨日のこと覚えてるかどうかも怪しいわ」
「あー、やっぱりですかぁ~。旦那様ったら負けじと飲んだんでしょ。注意したのに」
「ちょっと、私がすごく飲むみたいに言うけど私なんてお父様の足元にも及ばないからね!? 言っとくけど!」
「ほ、本当ですか……。恐ろしい……」

 そうよそうよ、と拗ねて席につけば、珈琲の良い香り。
 紅茶も良いけれど朝食には珈琲が飲みたい気分。バターたっぷりのトーストとベーコン、目玉焼き。至ってシンプルなメニューが一番美味しい。

「はぁ……もうこの香りだけで嫌なこと全部忘れちゃう」
「ふふふ、それなら旦那様の尻拭いに毎日でも珈琲をお淹れしましょう」
「やあね。だとしたら毎日あの人は何かしらやらかすってことじゃない」
「今や存在自体がやらかしてますから」
「ぶふっ! あっはは! なにそれおっかしー!」

 なんだかんだ幸せだと思う。旦那様はアレだけど、いい場所だ。でもやっぱり大海原は恋しい。
 結婚して一ヶ月も経っていないんだもの。これからどんどん恋しくなるのかしら。早く祭りの時期になればいいのになぁ。

「奥さまお早う御座います。今晩から料理長が戻りますよ」
「おはようシルバー。そうだったわね! 楽しみだわ! でもたまに料理はしたいかなぁ……」
「もちろんですとも。私たち一同、奥さまのお料理が楽しみでしたから。たまに・・・料理長には寝込んでもらうやもしれません」
「ふふふっ、ならすぐ寝込んじゃうかもだわ! 旦那様って存在自体がやらかしてるらしいから」
「やだもっ! 奥さまそれ私が言ったセリフーっ!」
「ほほほ。今や否定は出来ませぬな」

 長年仕えるシルバーにもそう言われちゃうとかいい加減いたたまれないわよ旦那様。
 あと、結局なんやかんやで有耶無耶になってしまったお義母様の大事なネックレス、どうするのか決めないといけないわ。

「ねぇシルバー、マリーゴールドも」
「はいなんでしょうか奥さま」
「昨日のこのネックレス……やっぱり返したいの。大切なものなんでしょう?」
「……ええ。それは、大旦那様と大奥様がご結婚されて、初めて喧嘩をしたとき、仲直りの印として大旦那様が贈られたものなんです」
「まぁ……」
「大奥様ったらツンケンてし受け取ったわりには寝る前までずっとドレッサーの前でにまにまと、それはそれはもう喜んでおられましたねぇ」
「ならやっぱり返さなくっちゃだわ。でも折角なら美しく磨いてあげたいの。何処かにいい職人は居る?」
「それなら。シルバーわたくしめにお任せ下さいませ。長年海に沈んでおりましたからな、有名どころを訪ねても断られるかもしれません。大奥様、そして奥さまのため、全力で探しましょうぞ」
「おっし! じゃあそれは頼んだわ!」
「あ、そうですわ奥さま。今朝こちらが届いておりました」
「手紙……?」

 わたし宛なんて珍しいわねと口にベーコンを放り込みながら手紙を開けると、屋敷の外では自重してくださいねとマリーゴールドのお叱りが入る。
 もう既に此処が家だと認識してしまったから気が緩んでいるみたい。そう伝えると満更でもなさそうな表情かお

「あら? これ義理のお姉さまからだわ! 再来週の王族主催パーティーに出るから会おうって。お仕事が忙しくて結婚式には来れなかったのよね」
「左様で御座いますか。では我々はまだお会いしたことはないのですね」
「でもたぶん知ってると思うわ。彼女有名な踊り子だもの。太陽のアデレードって聞いたことない?」
「え、それはもちろん存じておりますが……。まさか、」
「私のお義姉さまよ」
「なんと! 確かに言われてみればアデレード様も赤毛ですね」
「でしょ? お父様の兄の娘なの。私の家系って辺境だし伯爵家も長男が継ぐわけじゃないし、将来の職も自由にしろって感じだから知らない人も多いのよね」
「さすが奥さまが育った場所と言いますかなんというか……」

 オイオイそりゃあどういう意味だい、なんて話していれば、旦那様がダイニングへ降りてきた。
 こちとら既に食べ終わって珈琲も三杯目だというのに。随分と遅起きだこと。クリスティーヌ様の夢でも見てたのかしらね。

「旦那様おはようございます」

 皆の声が次々に飛び交い、あぁお早うと返事をする旦那様。いや全然早くねぇけど。もうすぐ10時ですけど。

「ぐっすり眠ってらっしゃったので起こすのも悪いと思い先に朝食を頂きました。申し訳ありません」
「いや構わない。シルバー、私にも同じものを」
「畏まりました」

 旦那様は私と同じメニューを頼み、先に出された珈琲に砂糖を二つ入れる。
 それをなんとなく眺めていたのだが、何を勘違いしたのか「期待しないように言っておくが私はこの後向こうへ帰るからな」、などと申す。(旦那様風)
 んなこと言われなくても分かってるし、いちいち言い方が腹立つしぶっ殺してやりたくなるけど、ヘーソウデッカで我慢した。我ながら、我慢した。たぶん満腹のおかげ。

 ものの5分足らずで旦那様の朝食が到着する。これ以上会話を続けていると危うく口が滑って拳が出るとことだったのでひと安心。
 そうだ。お義姉さまからお誘いを受けたことだしパーティーのこと言っておかないと。コイツ次いつ帰って来るか分からないもの。言い忘れても面倒そうだし。

「あの旦那様。再来週に王族主催のパーティーがあるじゃないですか」
「ッ、……勘違いしないでくれるか。たった一晩泊まっただけで……」
「は?」
「君を隣には並ばせられない」
「いやあの」
「最初に言っただろう。私は君を愛せないんだ」
「いやだから」
「君には悪いと思っているさ……! だが私にはクリスティーヌが居るんだ。解ってくれ……ッ」

 そう言い残してしかし食べ残しはせず、旦那様はそのまま立ち去った。恐らく彼女の元へと帰ったのだ。

「なんですかアレ! 旦那様ったら全然奥さまの話聞いてくれないじゃないですか!!」
「奥さまァ……アイツまじぶっ殺していっすかァ??」
「おう。許可する」
「こら! 一応あなた達の旦那様なんですよ!? 奥さまも! 許可してはいけませんっ! このマリーゴールドが代わりに尻をぷっくり腫れるほど叩いてやります!!」
「「「え゙」」」
「マリー、それよりも椅子にしっかり座らせひとつひとつ丁寧にじっくりゆっくり解るまで・・・・言い聞かせるのはどうでしょう」
「良いですねシルバー。なら尻をぷっくり腫れるほど叩いてから椅子に座らせましょうか」
「ふむ。そうしましょう。ついでに言い聞かせた内容を身体に染み込むまで書き取りさせましょう」
「そ、それはあれね……。ぶっ殺すよりよっぽど恐ろしいわね……」

 このとき私は『侯爵家·裏の二大トップ』を垣間見たのだった。
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