1 / 23
何気なく呟いた。だけだった。
しおりを挟む「はぁ…………。もういっそのこと死んでしまったほうが楽なんじゃないかしら……」
形ばかりの婚約者と人気のお店でランチを頂いたあと、ぽつり、呟いた。
何故そう思ったのか。
その原因は実家の財政難である。
──五年前。
母と妹を残し、父と二人で王都へ引っ越した。
手作業で一枚一枚丁寧に織り上げた織物を売るため、一念発起したのだ。
自分で言うのも何だが品質も良いし、織柄も繊細で丁寧。貴族をターゲットにしたそれは父の見立通り大成功だった。
いち商人だった私達は今では新興貴族。男爵の地位を賜った。それぐらい儲かった。
だが男爵令嬢となって早三年──。
私たち家族の関係は突然音を立ててボロボロと崩れてしまったのだ。
まず初めに発覚したのは母の不倫。
相手は近所の精肉店、店主。顔も知っているし私だって何度もそこで買い物をした。五年前は、いってらっしゃい頑張ってねと、寂しそうな笑顔で送り出してくれたのに。
詳しく聞いてみると、関係は私達が出て行く少し前からだったそうだ。
そして私と父がショックを受けていたところに舞い込んできたのは、恐ろしい枚数の請求書。
使い込んだのは妹のエリカ。中等部に通っていた素朴な女の子だった。なのに、私達が稼いだお金で、金持ちだ貴族だと、知らぬ間に何年か前から浪費していたようだ。
アクセサリーにドレス、化粧品。仕送りの額を等に超えた金額。少し見ない間に派手な化粧までして。
離婚しようにも母は男爵婦人の座を棄てたくないがために拒否し、離婚裁判をしようにも妹が作った借金を返すので精一杯。妹も一度覚えた贅沢が止められず、説教され反省はするのだが、忘れた頃に内緒で買い物をしている。
働いても働いても借金は減らない。
そんな傍らで、貴族というものは家のために結婚するのだと聞いたからそれなりの人と婚約させてもらった。
伯爵家の次男だかなんだかで顔は良いけど会話はつまらないし無表情だし私と話すのも嫌だというオーラを醸し出している。
噂によると舞踏会では別の女性と参加し踊っているんだとか。
私自身も新興貴族だから振る舞いも見られたものじゃないのは分かっている。貴族のお約束ごともまだ全然知らない。ダンスだって少しは頑張ってみたけど、それどころじゃなくなった。
別に婚約相手に興味はないから誰と踊ろうが気にしないけど。
そもそも構ってられない。とにかく今は生きるので精一杯。
そんなこともあってか父は酒に逃げるようになってしまった。
酒でも飲まなきゃやってられないのは分かる。だがこのまま酒に呑まれてしまわないかと心配だ。どうか己を見失うまでは溺れないでほしい。
ここ最近は今日の御飯さえ厳しい。私たちグレイスター家もいよいよ終わりなのか。
ただひとつだけ有難いのは、婚約者と食事を共にすればタダ飯にありつけることだ。
これが結構感謝している。美味しいのは勿論のこと、連れて行ってもらうお店はどれも人気店で予約も取るのが難しい店だと街の人から聞いた。
ただやっぱり、会話はつまらない。
(今日も帰ったら織らなきゃ……)
来週の納期までに一反完成出来ればその分来月の生活費に余裕ができる。
もう楽になりたい。色々ぐちゃぐちゃで全部やめて逃げたしたいけど、いっそのこと無理心中でもしちゃおうかなって思うけど、今まで助けてくれた人達に顔向け出来ない。
(だからまだ頑張るのよエミリー! あともう少しの辛抱じゃない!)
気合を入れて席を立つと、先に帰った婚約者イーサンの忘れ物がある。
手にとって見ると、それはハンカチだった。私が彼と婚約して初めてプレゼントしたもの。
仕事先の人に“貴族令嬢はよく刺繍入りのハンカチを好きな人に渡すのよ”と教えてもらったので織ってみた。
刺繍なんて出来ない。織ることしか出来ない。社交界にも慣れていないし婚約したばかりで彼の好みなんて分からなかったけれど、彼の雰囲気に似合うよう織ったハンカチ。ダークグレーに紫とチェリーピンクのチェック柄。
「こんなものでも律儀に使ってるのね。お手本通りの紳士な貴族男性って感じ。……次に会ったとき返せばいいか」
忘れ物のハンカチを鞄に仕舞って、私はレストランを後にした──。
27
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる