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此処では言えない話
しおりを挟む「アルマ第一ホールもパトロンをして下さった御方が私の名前を推薦してくれたのよ?」
「そうなんですか! 素晴らしい先見の明をお持ちなんですね」
「ええそうなの。とても素晴らしい方よ。当時無名だった私を心から応援して下さって……。うふふ、エミリアちゃんが貴族になるずっと前の話だけどね!」
「そんな御方が今日来られるかもしれないなんて……。僕、緊張しちゃうなぁ……」
ご挨拶出来るかどうかも分からないけどね、なんてガッティーナブティックでドレスの丈を調整をされながら話していた。
それがまさかルイーザ様だったなんて。驚いたと同時に尊敬もした。だってアルマ·ガッティーナさんのパトロンをしたとき、彼女は一体何歳だったの?
ルイーザ様とはそう歳も変わらないはずなのに。やはり物語の主人公になるような人物は持っているエピソードも桁外れね。そりゃあ舞台で演じたくもなるわ。
──日中そんな出来事があり、誰かさんの要望通り出来立てのラベンダーカラーのドレスを身に纏って待ち合わせの時間。
ベルが鳴り扉を開けると、ラベンダーに良く似合ったレモンイエローのセットアップ。爽やかな季節にピッタリの装い。彼じゃなきゃ着こなせないでしょうね。まるで雑誌から出てきたモデルそのものだわ。
そして後ろを向いてと言われその通りにしたら、鎖骨にキラリと宝石が掛けられた。彼のセットアップと同じレモンイエロー。
「え?」
「エミリーにプレゼント。今まで、一度も贈ったことがなかったから。今日という日に、記念だよ」
「あ……、ありがとう」
コーディネートに合わせたのだろうし、今は素直に着けておく。家に帰ったら大事に仕舞ってもらわないと。いつか返さなきゃならないはずだ。
予約の時間ぴったりにレストランに着けば、美味しそうな香りに思わずよだれが出てしまう。塩胡椒だけで味付されたあの絶品なお肉が待っていると考えるだけでもう!
(ああ……でも今はそんなことより目の間の婚約者よ。言っちゃあ悪いけど変な薬でもやっているのかしら……)
「ほらエミリー。君が美しいから皆の注目を集めているよ。そんな君の婚約者だなんて俺は幸せ者だ」
「はあ」
うん。そうね。これはやってるわ。
最近本当にオカシイもの。
やけに甘ったるい言葉を吐くし、触れる指先はキモいし、それになあに? そのうっとりした瞳。薬のせいよコレ。
「で? 話があるんじゃなかったの?」
深く関わらない方が身のためと思い、料理を注文したあとすぐに話を切り出した。イーサンから誘っておいたくせに渋い顔をする。
「あーー…………それが、えーーっと……」
「何よ。私達の関係がどうこう言ってたじゃない」
「や、それは、そうなんだけど……」
「何? ハッキリ言って」
「っその……ちょっと周りに知り合いが多くって……話し辛い……」
「え?」
思わず周りを見渡すけど、皆其々食事を楽しんでいるようだった。
まぁ、でも確かに。店員には親しく接していたし、席に着くまで何組も挨拶した。だけど貴族しか利用出来ないような高級レストランだから知り合いが居てもおかしくはない筈だけど。
そんなに話し辛い内容なのかしら。私達の関係で?
「!」
(あ。もしかして……婚約を破棄したいとか……そういう話かしら……?)
思い当たる節はそれはもう沢山ある。
作法もダンスも全然駄目だし。刺繍だって出来ない、音楽や芸術を嗜んでいるわけでも無し。家族に問題アリで借金もある。
いつかは、来るだろうと思っていた。
彼が最近甘い言葉を吐くようになったのも、嘘を吐いているから。私と、別れたいからだったのか。
恋人のルイーザ様は侯爵家の御令嬢だ。それに素晴らしい先見の明をお持ちである。ウェルナン伯爵家にとって、私と婚約し続けるメリットなんかこれっぽっちも無いのだから。
「二人きりになりたい。この後、ホテルの部屋で話せないかな?」
「え、ホテル……?」
「っ、別に、変なことをしようってんじゃなくて……! ただ、誰も居ない場所で話したいだけ。明日も仕事だろう? 君はそのまま泊まってもらって構わないから……」
きっと彼は彼なりに気を遣っているのだ。
私が泣き喚いてしまっても良いように。ショックで動けなくなっても良いように。怒って周りの客に迷惑が掛からないように。
もちろんそんな事はしないけど。
「そうね……。良いわ。食事が終わったら行きましょう」
「良かった……! じゃあ今は料理を楽しもう」
「ええ! 実は運ばれてくるのが楽しみで仕方無いの!」
この人に婚約破棄されたらきっと結婚は遠のくでしょうね。
でも今は、美味しいお肉を味わいましょう。
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