11 / 23
早とちりだったらしい
しおりを挟むホテルに着いた。
クラシカルな家具で統一された部屋には、華やかな香りが漂っている。
「とりあえずシャワーでも浴びてきたら?」
「え、どうして?」
「そっ、それはっ……!」
何故話し合うだけなのにシャワーを浴びなければならないのか。ジャケットを脱いでいた彼を眉間に皺を寄せ睨むと、目を泳がせて「折角のドレスが汚れたら大変だろう?」などと言ってのける。
失礼な。私が泣き喚いて己の着ているドレスをビリビリに破くゴリラだとでも思っているのか。
まあ良いわ。
此処まで来たんだしとりあえず素直に聞き入れときましょう。彼も今一度心の準備が必要なのよ。
そうよね。薬を使うぐらい不安なんだもの。
で。
いざさっぱりして部屋に戻れば、ルームサービスのフルーツをつまんでソファーで優雅に寛ぐイーサンの姿。
しかも何故か彼もシャワーを浴びたらしい。花の香に混じり石鹸の香りも漂っている。一体何処で浴びたのか。
「え、ちょちょちょっと待って……? なぜ貴方もシャワーを……?? これじゃまるで……」
「まっ! まるで何だい!? ただ俺もさっぱりしたいと思っただけさ! 綺麗好きだからね……!!」
「はい?」
「いーから、ささ! 早く此処に座って……!」
「え、ええ……」
急かす彼。覚悟が決まったのか。
私は深呼吸して隣へ腰を下ろすと、彼も深呼吸。
「えっと。君とは……親同士が決めた婚約だった。お義父様とよくパーティーに参加していたのを覚えているよ。まさか君と婚約するなんて思ってもみなかった。君だってそうだろう?」
「そうね……。どんな人かも、顔すらも分からない人と婚約するなんて貴族らしいわって当時の私は思ってたわ」
「…………。エミリーは、婚約するまで俺のことを知らなかった……?」
「ええそうよ」
「そんな……参加する令嬢は俺目当てが多いのに……」
ボソボソ呟く言葉が聞こえなくて聞き返したら見事に誤魔化された。
パーティーに参加したのは貴族の地位を賜って半年ぐらい経ってからだったかしら。
当時は右も左も分からなくて親子で緊張していたら、たまたまうちの生地で仕立てたスーツを着た初老の男性が居たので、思い切って話し掛けたのを覚えている。
平民時代の暮らしや車の話になったりして。私が運転していると知ったら驚かれたっけ。貴族男性でも車の運転は自分でしない人が殆だったから。
それで、たまたまうちの生地を身に纏った初老の男性がたまたま自分で運転するのが趣味の御方で、驚くことに今でも仲良くしてもらっている。
イーサンの父であるウェルナン伯爵を紹介して下さったのも、王家御用達ブランドに出来ないかと話を取り付けてくれたのも、その御方のお陰だ。
(ふふ! そうそう。車の整備もある程度は自分達でするって言ったら驚き過ぎてグラスを割ってたのよね!)
貴族になって、新しく得たものも沢山あったけど、その分多くを失ったような気もする。
もし貴族なんてならずに、商人のままで居たら、父は不倫されても離婚出来て、妹は貴族だからと舞い上がって散財もしなかったのかしら。
私達の何がいけなかったのかって何度も考えた。どうしたら元に戻れるのか、って。
(馬鹿ね。“もしも”なんて考えても意味無いのに)
「イーサン……。思い出話は悲しいだけよ。私から言うのも何だけど……正直に言ってもらって構わないわ。覚悟なら出来てるから」
「!? ッエミリーが、そう言うなら……!」
ゴクリ──。
彼は生唾を飲み込むと、ふに、と私の胸を揉む。
「は!? ちょっと何やってんのよ!!」
「へ!? 何って……! 覚悟なら出来てるって言うから……!」
「だってこれから婚約破棄するんでしょう!? なんで胸を触るのよ!!」
「婚約破棄!!?」
そんなまさかと驚いて否定された。
婚約破棄しててっきりルイーザ様と新たに婚約するのかと思ったのに。
「言ったろ!? 君との関係をやり直したいんだよ……!」
「へ?? や、やり直すって、私達? パーティーじゃなくって??」
「パーティー??」
お互い頭の上にはてなマークを浮かべているが、どうやら私が勘違いしていたらしい。とりあえず謝っておくか。
37
あなたにおすすめの小説
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】離婚を切り出したら私に不干渉だったはずの夫が激甘に豹変しました
雨宮羽那
恋愛
結婚して5年。リディアは悩んでいた。
夫のレナードが仕事で忙しく、夫婦らしいことが何一つないことに。
ある日「私、離婚しようと思うの」と義妹に相談すると、とある薬を渡される。
どうやらそれは、『ちょーっとだけ本音がでちゃう薬』のよう。
そうしてやってきた離婚の話を告げる場で、リディアはつい好奇心に負けて、夫へ薬を飲ませてしまう。
すると、あら不思議。
いつもは浮ついた言葉なんて口にしない夫が、とんでもなく甘い言葉を口にしはじめたのだ。
「どうか離婚だなんて言わないでください。私のスイートハニーは君だけなんです」
(誰ですかあなた)
◇◇◇◇
※全3話。
※コメディ重視のお話です。深く考えちゃダメです!少しでも笑っていただけますと幸いです(*_ _))*゜
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる