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早とちりだったらしい

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 ホテルに着いた。
 クラシカルな家具で統一された部屋には、華やかな香りが漂っている。

「とりあえずシャワーでも浴びてきたら?」
「え、どうして?」
「そっ、それはっ……!」

 何故話し合うだけなのにシャワーを浴びなければならないのか。ジャケットを脱いでいた彼を眉間に皺を寄せ睨むと、目を泳がせて「折角のドレスが汚れたら大変だろう?」などと言ってのける。
 失礼な。私が泣き喚いて己の着ているドレスをビリビリに破くゴリラだとでも思っているのか。

 まあ良いわ。
 此処まで来たんだしとりあえず素直に聞き入れときましょう。彼も今一度心の準備が必要なのよ。
 そうよね。薬を使うぐらい不安なんだもの。


 で。
 いざさっぱりして部屋に戻れば、ルームサービスのフルーツをつまんでソファーで優雅に寛ぐイーサンの姿。
 しかも何故か彼もシャワーを浴びたらしい。花の香に混じり石鹸の香りも漂っている。一体何処で浴びたのか。

「え、ちょちょちょっと待って……? なぜ貴方もシャワーを……?? これじゃまるで……」
「まっ! まるで何だい!? ただ俺もさっぱりしたいと思っただけさ! 綺麗好きだからね……!!」
「はい?」
「いーから、ささ! 早く此処に座って……!」
「え、ええ……」

 急かす彼。覚悟が決まったのか。
 私は深呼吸して隣へ腰を下ろすと、彼も深呼吸。

「えっと。君とは……親同士が決めた婚約だった。お義父様とよくパーティーに参加していたのを覚えているよ。まさか君と婚約するなんて思ってもみなかった。君だってそうだろう?」
「そうね……。どんな人かも、顔すらも分からない人と婚約するなんて貴族らしいわって当時の私は思ってたわ」
「…………。エミリーは、婚約するまで俺のことを知らなかった……?」
「ええそうよ」
「そんな……参加する令嬢は俺目当てが多いのに……」

 ボソボソ呟く言葉が聞こえなくて聞き返したら見事に誤魔化された。
 パーティーに参加したのは貴族の地位を賜って半年ぐらい経ってからだったかしら。
 当時は右も左も分からなくて親子で緊張していたら、たまたまうちの生地で仕立てたスーツを着た初老の男性が居たので、思い切って話し掛けたのを覚えている。
 平民時代の暮らしや車の話になったりして。私が運転していると知ったら驚かれたっけ。貴族男性でも車の運転は自分でしない人が殆だったから。

 それで、たまたまうちの生地を身に纏った初老の男性がたまたま自分で運転するのが趣味の御方で、驚くことに今でも仲良くしてもらっている。
 イーサンの父であるウェルナン伯爵を紹介して下さったのも、王家御用達ブランドに出来ないかと話を取り付けてくれたのも、その御方のお陰だ。
(ふふ! そうそう。車の整備もある程度は自分達でするって言ったら驚き過ぎてグラスを割ってたのよね!)

 貴族になって、新しく得たものも沢山あったけど、その分多くを失ったような気もする。
 もし貴族なんてならずに、商人のままで居たら、父は不倫されても離婚出来て、妹は貴族だからと舞い上がって散財もしなかったのかしら。
 私達の何がいけなかったのかって何度も考えた。どうしたら元に戻れるのか、って。
(馬鹿ね。“もしも”なんて考えても意味無いのに)

「イーサン……。思い出話は悲しいだけよ。私から言うのも何だけど……正直に言ってもらって構わないわ。覚悟なら出来てるから」
「!? ッエミリーが、そう言うなら……!」

 ゴクリ──。
 彼は生唾を飲み込むと、ふに、と私の胸を揉む。

「は!? ちょっと何やってんのよ!!」
「へ!? 何って……! 覚悟なら出来てるって言うから……!」
「だってこれから婚約破棄するんでしょう!? なんで胸を触るのよ!!」
「婚約破棄!!?」

 そんなまさかと驚いて否定された。
 婚約破棄しててっきりルイーザ様と新たに婚約するのかと思ったのに。

「言ったろ!? 君との関係をやり直したいんだよ……!」
「へ?? や、やり直すって、私達? パーティーじゃなくって??」
「パーティー??」

 お互い頭の上にはてなマークを浮かべているが、どうやら私が勘違いしていたらしい。とりあえず謝っておくか。
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