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初めてのお友達
しおりを挟む「まぁエミリー様! 指輪を!?」
「え? あ、ええ……そうなんです」
“また”週末のパーティー。全く存じ上げない令嬢からそう言われるのは今夜で何度目だろう。
この手錠のような指輪を日常生活の一部にするのはまだ慣れない。シャワーやお風呂は流石に許容してくれたけど、だって寝るときもつけろって言うのよ?
百歩譲って就寝時につけるのはまだいい。問題なのは仕事中だ。こんな大きなダイヤ、糸や生地を扱う身としてはとても邪魔。邪魔でしかない。生地に引っ掛けるのが嫌だから、仕方無いから残糸でリングカバーを作ったぐらいだ。
しかもわたし別に自慢なんかしていないのに皆さん気付いて話し掛けてくださる。それとも婚約して一年以上経ってやっと指輪を貰ったからそれで驚いているのだろうか。上流階級の常識が身に付いていない私にも指輪が付いたから。
だとしたら、なくもない反応。
「あらエミリー様こんばんわ。もしかして指のそれは……」
「こんばんわキャロライン様。そうです彼から頂きました」
「まぁ! それは……その……とても……お目出度いことですわ!」
「ありがとう御座います」
けれど、それだけ。それだけ聞くと、皆お友達のところへ行ってしまう。
私もいつかあんな風に親密にお喋りし合うお友達が出来るかしら。
「エミリーお待たせ! 言われた通り持ってきたけど……本当に炭酸水で良かったの?」
「イーサン、ありがとう。ええ、明日は大事な商談だから」
「そっか。何もパーティーの次の日じゃなくても……折角エミリーと朝まで……」
「…………朝まで、何よ」
「いやっ……そ、その商談はどうしても明日じゃなきゃ駄目なのかい……? 違う日に変えるとか……」
「駄目よ! むしろ明日しか空いてないわ! 私より彼のほうが忙しいんだから!」
「彼!? 彼だと!? 相手は男か……!!」
「はぁ?」
その一言を皮切りに、「一体どんな男だ」「本当に商談か?」「まさか目的は君じゃないだろうな」「人のものに手を出そうなんていい度胸だ」「さては仕事を口実に近付いてきてるな」「分かったぞこの胸が目当てだろう!」とかほざいているから虚無の眼で眺めていると、ゴージャスな扇子をひらひらと扇ぎルイーザ様が止めてくださった。全くもう黙って見ていないで、と呆れ眼で溜息をついている。
「ルイーザ様! こんばんわ」
「エミリーさん彼にはハッキリ言っておかないと勝手な行動に走ってしまうわよ。……ま、とりあえずおめでとう」
「あ、はい、あの…………いえ、ありがとうございます」
ちらりと薬指に向けられた視線。イーサンの恋人の前でつけるのは何だか憚られるけど、しきたりだもの。立派な貴族令嬢のルイーザ様なら理解はしているはず。心が受け入れてるかは分からない。
だからなにか気が利く言葉を、と思ったけれど、こんな貴族になりきれない人間に言われたって癇に障るだけのような気がしてやめた。
「明日の商談、わたくしも楽しみにしているわ。ぜひ良い結果を教えてね」
「! はい!」
私が掛ける言葉を迷っていたっていうのに、ルイーザ様はさらりとねぎらいの言葉を下さる。なんてお優しい方なのかしら。
(さすがルイーザ様……! やっぱり本物の貴族令嬢は違うわ……!)
凛とした姿で変わらず扇子を扇いでいる彼女。羨望の眼差しで見つめていれば、イーサンは私の前に立ち塞がりルイーザ様にこう言った。
この際だからハッキリさせておくけど、と。
「俺達、こういうことだから君とはもう……」
私の左手を取りイーサンは言う。この瞬間ほど肝を冷やしたことは今まで生きてきた中で無いだろう。
そんな言葉を言われてもルイーザ様は動揺しない。優しい上にお強いだなんて。
「ふふふ、イーサンったら……。分からないようだから言っておくけど。貴男とはただの遊びよ? わたくしが飽きたら終わり。この意味解る?」
「ッ──! 君は! この状況でもまだッ……!」
「……はぁ。あのねぇ。お気付きで無い様だけど、貴男のことはもう随分と前に飽きてるの。最後にデートしたのはいつかしら? それに、イーサンなんかよりもっと面白いもの見つけてしまったのよねぇー……」
「そっ、そうなのか……?」
「ええ! ねっ、エミリーさん。わたくしとお友達になって下さる?」
「へっ!?」
まさかなお言葉が飛び出して私からも驚きの声が飛び出した。イーサンに握られた手が強くなる。
(聞き間違いかしら……。聞き間違いよね……そんなまさかだわ……ルイーザ様が私なんかと……)
「ふふっ! エミリーさんったらホント可愛い。もう一度言うわね? エミリーさんお友達になって?」
「っも、ももももももちろん……!! わわわわわたしでよければお願い致しますデス……!!」
「ん?? ちょ、ちょっと待ってルイーザ。いま、エミリーを可愛いって言ったのか?」
「そうよ? 間違ったことを言ったかしら?」
「いや間違ってがいないが……そもそもおかしくはないか。ルイーザから友達になって欲しいだなんて…………ハッ! ルイーザ!! まさか!! なんてことだ!! 女同士だからって許されるわけじゃないんだぞ!?」
イーサンが何を言っているのか分からないけど五月蝿いから掴まれた手を振り解いてシッシと追い払うと、ルイーザ様は愛らしくけらけらと笑う。
宜しくねと差し出された掌。どうしよう。緊張で手に汗握ってるわ。
ドレスで思い切り拭って、震える手で誓いの握手をした。
恋人として所望したイーサンより、私とお友達になってくれる方が勝っただなんて、信じられないぐらい嬉しくて今にも身体ごと舞い上がってしまいそう。なんてったって貴族になって初めてのお友達なのだから。
なのにイーサンたっら恋人にあっさり捨てられたのが受け入れられないらしい。それともプライドが許さないのか。此処で言葉にもしたくない悪口を彼女に言っている。
ついこの間まで恋人だったのに。薄情な人ね。
「イーサン、私のお友達に酷いこと言わないで。いい加減にしないと二度と指輪なんかしてあげないからね」
「エミリー……! そんな……!」
「アハッ。やだエミリーさんったら面白い、貴女は本当に正直で良い子ね♡」
そう褒めてくださると、寛大にも抱き締めて頭を撫でてくださった。初めて出来たお友達にそんなことまでして頂いて、感動のあまり涙が出そうになった。
「エミリー……! やめろ! エミリーに何をするんだこの悪女め!!」
「イーサン!? 何でそんな酷いことを言うの!?」
「エッ!? エミリーを守るためだよ……!」
「はぁ? 何から守るっていうのよ。もう五月蝿いし恥ずかしいからあっちへ行って! 私は“お友達と”お話したいの!」
「エ、エミリーぃぃ……君は分かってないんだよぉぉ……」
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