イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬまみれ編

夏の庭の強面チワワ

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「また黒いオーラが出ているぞ、アン」
「何よ。五月蝿いわね」


 声がしたので振り返るが誰も居らず。
 かと思いきや足元にちょこんとお座りしたスムースコートチワワ。
 庭師の鬼塚だ。
 野太い声が腹に響く、何とも見た目にそぐわない夏の庭の住犬じゅうにん


「俺の庭に用か?」
「アオイ様に庭を御案内していたところよ」
「なら俺が説明する」
「ん、それもそうね。じゃあ説明はお願いするわ」
「分かった」


 アンの同意を得た鬼塚は、自分で育てた花達を自慢したくて堪らない様子。
 無表情だが分かりやすい犬だ。
 と言うのも無表情のくせに跳ねるように歩き、お尻がぷりぷりと左右に揺れている。
 主の怜とはサイズが雲泥の差だが、踏んづけられたりなどしないのだろうか。
 一生懸命に歩くチワワを微笑ましく眺めていると、「先ずは此処から」とアプローチの花壇の手前に座り、小さな胸を張って鬼塚の説明会が始まる。


「これは桔梗だ。上品に咲いているだろう?」
「えぇそうね。この御邸にぴったりなお花ね!」


 初めてこのアプローチを走り抜けたとき、丁寧に植えられた花々が目に入ったが、まさかこの野太い声のチワワが手入れをしていたとは。
 初見は驚いたが、何となく、お似合いな気がする。
 だって本当に花が好きなのだなと感じ取れるほど、育てた花を見つめる瞳はまるで愛しい我が子を見つめる瞳だ。
 そのイメージ通り、鬼塚は花への愛情を事細かに説明していく。


「ああ。花言葉も美しくてね。永遠の愛って意味なんだ」
「へぇ! 素敵!」
「ここは花嫁のブーケをイメージしたんだ。次はこの瑠璃唐綿るりとうわた、ブルースターと呼んでる人もいる」
「ふむふむ」
「花言葉は信じ合う心・幸福な愛」
「わぁ! ロマンチックね!」
「そして、飛燕草ひえんそうに霞草!」


(鬼塚のスイッチが入ってしまったわ……アオイ様が乗せるから……全く)
 盛り上がる一人と一頭に溜息をつきながらも、じっと邪魔せず聞いているアン。
 アンもまた、愛しいものでも見るような瞳で鬼塚を眺めていた。


「飛燕草は澄んだ瞳、霞草は清らかな心!」
「おぉーー!」
「このアプローチは、澄んだ瞳と清らかな心の者、互いに信じ合い、幸福と永遠の愛をもたらす。そう纏められるコンセプトなんだ」
「すごいわ! とても素敵ね!!」
「其々の花が美しく見えるように配置や高さもこだわったんだ」
「愛あってこそね!」
「そう! これは花達に対する愛! 花言葉は旦那様へ贈るささやかな気持ちだ。さぁ、次は向日葵畑に行こう」
「はい!」


 さぁこっちだと鬼塚は、地面の出っ張りと岩を利用し、慣れたジャンプで向日葵畑が見渡せる低い展望台へと登る。
 残念ながら鬼塚以外の犬達は普通に歩いて登れてしまう。
 更に鬼塚はこれまた慣れたジャンプで手摺てすりの上へ飛び乗った。
 アンは手すりに前足を掛けて二足立ち。


「あぁ……いつ見ても美しい……」
「一面黄色い絨毯だわ!」
「えぇ、本当に美しいです。この向日葵達は」


 爛々と輝く太陽を一心に見つめ、その鮮やかな花弁を開いている。
 月光の元でも十分美しいが、やはり向日葵には太陽が一番似合う。


「この向日葵畑は年が経つ毎に増えていってる。俺は向日葵達が美しく見えるように手入れしているだけだ」
「へぇ……因みに、花言葉は?」


 なんの気無しに聞くアオイだが、二頭は瞳を交合わせ、アオイに分からぬ程度に笑った。


「貴方だけを見つめる」
「なんだか可愛い花言葉ね」
「えぇ、そうで御座いますね。アオイ様のお名前も、向日葵、ですよ?」
「そうね。貴方だけを見つめる……か。な、何で笑ってるの……?」
「いいえ、何でも御座いませんっ」
「ふっ」


 隠し切れない笑みを浮かべるアンと、そんな二人を見て鬼塚もつられて笑う。
 もう一度向日葵畑を見渡すアオイは、ふと、桃色の花が視界に入った。
 気になり目を凝らしてみると、崖の上に咲いておりここから歩くとなると随分遠そうだ。


「あれは何の花?」
「何だ?」
「何でしょう? あぁ、あれ」


 どれの事か全く見えないと不満げな鬼塚チワワを、アオイはくすりと笑ながら抱っこした。


「お、おい……!」
「ほらこれで見えるでしょう?」
「く、ふっ。あら羨ましいっ!」


 アオイの指差す方向を直ぐ様確認した鬼塚は、「降ろせ降ろせ」と暴れるので仕方なくまた手摺に降ろす。
 小型犬のくせに抱っこにはあまり慣れていないのだろうか。


「ごほん……。あれは百日紅ひゃくじつこうだな。サルスベリとも呼ぶ」
「へぇ。何だかもう散りそうじゃない?」
「あれでも百年咲き続けてる」
「え? 百年ずっと?」
「そうだ。ずっと咲き続けている」
「それも呪いなの……?」
「えぇ。恐らくは」
「あの木は旦那様がお父様から頂いたもので、とても大事にしている木だ。随分と立派に育ったよ。因みに花言葉はあなたを信じて待つ」
「へぇ…………花言葉まですらすらと言えるなんて鬼塚は本当に花の事が好きなのね」
「違いますアオイ様。鬼塚はただの頭が御花畑のロマンチスト野郎です」


 アンの言葉にオイと突っ込みを入れる鬼塚。
 「何よ、本当の事でしょう?」とアンも反抗するが、鬼塚も「足元に咲く美しい花にも気付かずあちこち走り回るやつには言われたくない」とチワワらしい大きな瞳で精一杯睨みをきかす。
 あれやこれやと言い合う二頭を仲がいいのねぇとアオイが眺めていれば、その視線に気が付き「うぉほん」と今更澄まし顔。


「さぁさアオイ様! こんな御花畑野郎は置いて冬の庭へ行きましょう!」
「鬼塚は一緒に行かないの?」
「俺には冬の庭は寒過ぎる」
「あぁ、」


 成る程とアオイ。
 スムースコートだからそりゃあ寒いだろう。


「大ホールを通って行く方が近いので、一度戻りましょう。日傘も必要ありませんからついでに」
「そうね! じゃあ、また遊びに来るわ!」
「あぁ、いつでもどうぞ」


 そうしてアオイ達は夏の庭を後にし、冬の庭へと向かった。
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