イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

文字の大きさ
30 / 87
いぬこいし編

もふ愛はティータイムで

しおりを挟む

「あーあ……。本当に人間になっちゃったのかぁ……」


 怜が王国中心部に赴いているその頃──。
 昼下がり、季節はどうやら春のようで陽気がとても良い。
 夏の暑い日差しでは到底出来なかった外でのティータイムをアオイは楽しんでいた。
 さくら色の可愛らしいティーカップに、新緑の美しい茶が映える。


「もう、アオイ様ったら。その言葉今日だけでも何度目ですか! いい加減私達も聞き飽きてしまいましたよ!」
「そうですわよー。私達の事は慣れてきたようですのに」


 ステラとアンとシェーンは、呆れたように茶菓子をテーブルに置く。


「人間の怜様をもっとよく見てくださいな! 国一番の美男子と謳われた御方ですのよ! それはそれは貴族のお嬢様方からメイドの私達でさえ羨ましがられるほどです! きっと今でも国一番ですわ!」
「それで迷惑こうむるのは毎度私でしたけど」


 自慢気に語るシェーンとは反対に、アンはウンザリしているようだ。
 三人のメイドの中でもアンは顔が整っている。
 黒くて綺麗な髪と、クールグレーの切れ長で澄んだ瞳は、着飾ればそこら辺の貴族のお嬢様より美しいだろう。
 そんなアンだからなのか、また何か思い出してどよどよと黒いオーラを出している。
 しかしもう見慣れたのか他二人は気していないようだ。

 どよ黒オーラを出すアンに目もくれず、シェーンは「ですから、ねっ!?」とアオイを期待の目で見つめた。
 何となく言いたい事を感じ取ったアオイは、「いやいや。違うのよ!」と前のめりになりシェーンに詰め寄る。
 「美男子とか国一番とか! そう言うの関係ないの!」と拳を握りしめるアオイ。
 熱い気持ちに感化されてか、アンは「そうです!」と同じくグッと拳を握りしめた。


「アン……! 分かってくれるのね!?」
「えぇえぇ、女より美しい男など以ての外です! 男はもっとオトコらしくなければ!」
「……………………って、ちっがーーーーう……!!」
「え? 違うのですか?」


 だから鬼塚が好きなのねと納得するアオイだが、本人はまだ気付いていない様なのでそうとは口にしなかった。
 他二人のメイドはやれやれと呆れ顔。
 「アンったら。そういう事じゃなくってね?」とアオイ。


「あのね、もふもふが必要なの。人生においてね、どんなに友達が居たって、どんなに大好きな人が居たって、何にも不満のない人生でもね!? もふもふは! 必要不可欠なの! 分かる!?」
「「「え、えぇえと……」」」


 解りかねますと言う表情かおのメイド達。
 それに対し、解せぬとアオイは頭を抱えた。
(己がもふもふだったからって……!)なんて言おうものなら確実に怒られてしまうだろう。


「物心ついた時から動物が居るのが当たり前だった。キツネや、クマや、リスや、勿論にゃんこやわんこもね。そりゃラモーナだからね、動物だって安心して暮らせる場所だもの。それで私、家に帰れなくなってしまった時から……気付いたのよ……」


 アオイが珍しく神妙な面持ちをするので思わずごくりと唾を飲むメイドの三人。
 だが物語の期待は裏切らないらしい。


「もふもふって必要なんだって!」
「「「いや先程言った事と同じですッ……!」」」
「ちょっと! 何でよう! だって私、もふもふを求めすぎて、とにかく動物が居る所に当てもなく向かってたんだから!」
「あぁ……、ですから田舎の喋る猫やら象を神とするアラン王国やら、兎に角動物が居る森なんか行ってらしたのですか……」
「あとウェストゥーダ地方の荒野を駆ける馬達ね! とっても筋肉質で人間と共存してて格好良かったわ!」
「は、はぁ……」


 これはアオイのたががはずれるやつだと察したメイド達は、「あ。で、では私達はお部屋の掃除を……」と逃げようとしたが「ちょっと、まだ話終わってないから!」とステラだけが腕を捕まれ、逃げ遅れた。


「私達は先行ってるわね!」
「宜しく頼んだわ!」
「ちょっと!? 二人とも……!」


 ステラはギリギリと歯を食い縛りながら去っていくアンとシェーンを睨むも、二人はお構い無しで犠牲になってもらうのだった。

 ──それからと言うもの、
「原住民の方が言うには、あの地方にはそれはそれは大きなワシが居るらしいのだけど、私は筋肉質な馬に興奮してしまって見逃しちゃったの」
「そうそう。世界樹辺りの森に住んでいるユニコーンやペガサスにもまた会いたいわ! そして撫でてみたい! けど神聖な森の神聖な生き物だからこんな不純で汚れた心ではあの森に踏み入れないかもしれない」
「そもそもね!? これだけもふもふを探し回ってね!? それでやっと誰かのパートナーでもない、とても接しやすい存在で、更には一緒に居て楽しくて心地良くて、もふもふのしかも犬を見付けたと思ったのに!」
「人間だったなんてッ……! 別にッ! 良いんだけど! 呪いが解けることは良いのだけど……!」

 つらつらと止まることなく語るアオイに、「あぁ、はい」「なるほど」「そうですか」「へー」と塩対応するステラだが、流石ラモーナの人間だけあってなのかその内容は驚く事ばかりだ。
 どこかの神話か、はたまた御伽噺なのか、そんな話を止まることなく話すのだから。
 世界樹なんて本当に存在している事にも驚きだ。
 しかしリアクションしないのは、アオイがこれ以上調子に乗るのを避けるため。

 そんな話の中で、ひとつだけ分かったことがある。
 アオイがここまで悔やんで嘆いているのは、理想的だったパートナーを失ったことだと言うこと。
 勿論、男女の恋愛や結婚的な意味合いではなく、人生を豊かに楽しく過ごすためのパートナー。
 まぁそんな存在が「貴方、人間だったのね……!」と、恋愛・結婚の対象にもなってくれれば、狼森家一同の悩みも無くなるのだが。
(うーん、アオイ様は少々もふもふが好きすぎたのね。いや、少々じゃないか……、そもそも、誰かと恋愛したことあるのかしら……?)


「もう。アオイ様。そんなに旦那様の犬の姿がお好きならもう一度呪いにかかってもらえば良いじゃないですか」
「えぇっ! でもそんな、折角解けたのに……!」
「まー、ほら。犬と人間自由に姿を変えれたりとかー、話で聞く魔女とかってそんな感じじゃないですかー?」
「なるほど……!!」


 お茶のおかわりを淹れながら適当に返事をしたつもりなのだが、勢いよく立ち上がったアオイにテーブルが揺れ、危うくカップがひっくり返るところだった。
 淹れたてのお茶が溢れなくてホッとするステラだが、思ったよりもアオイの反応が良かった為、「いや、あの、今の意見は旦那様の気持ちを無視してですけどね……?」と少しばかり弁解。


「そうよ……、何故気付かなかったのよ……!」


 しかし言ってしまった後ではもう遅い。


「え、あ、あの……本気ですか……?」
「なるほどその手があったか……ふむふむ、だとしたらもう一度フローラに……、」
「き、聞いてない……。やだ、どうしましょう……、旦那様に怒られちゃう……」


 ぶつぶつと良からぬ事を喋っているアオイに、「わ、わ、わたしは何も言ってないですからね……!? そ、そうです……! 私も掃除しなくっちゃ! そこの! ラウンジの窓を! 拭いておりますので! 何かありましたらお呼び下さいっ……!」と、ステラは逃げるようにして立ち去った。
 アオイはと言うと、ステラが居なくなった事にも気付かず、今だ唸っていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

追放された味見係、【神の舌】で冷徹皇帝と聖獣の胃袋を掴んで溺愛される

水凪しおん
BL
「無能」と罵られ、故郷の王宮を追放された「味見係」のリオ。 行き場を失った彼を拾ったのは、氷のような美貌を持つ隣国の冷徹皇帝アレスだった。 「聖獣に何か食わせろ」という無理難題に対し、リオが作ったのは素朴な野菜スープ。しかしその料理には、食べた者を癒やす伝説のスキル【神の舌】の力が宿っていた! 聖獣を元気にし、皇帝の凍てついた心をも溶かしていくリオ。 「君は俺の宝だ」 冷酷だと思われていた皇帝からの、不器用で真っ直ぐな溺愛。 これは、捨てられた料理人が温かいご飯で居場所を作り、最高にハッピーになる物語。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

月華後宮伝

織部ソマリ
キャラ文芸
★10/30よりコミカライズが始まりました!どうぞよろしくお願いします! ◆神託により後宮に入ることになった『跳ねっ返りの薬草姫』と呼ばれている凛花。冷徹で女嫌いとの噂がある皇帝・紫曄の妃となるのは気が進まないが、ある目的のために月華宮へ行くと心に決めていた。凛花の秘めた目的とは、皇帝の寵を得ることではなく『虎に変化してしまう』という特殊すぎる体質の秘密を解き明かすこと! だが後宮入り早々、凛花は紫曄に秘密を知られてしまう。しかし同じく秘密を抱えている紫曄は、凛花に「抱き枕になれ」と予想外なことを言い出して――? ◆第14回恋愛小説大賞【中華後宮ラブ賞】受賞。ありがとうございます! ◆旧題:月華宮の虎猫の妃は眠れぬ皇帝の膝の上 ~不本意ながらモフモフ抱き枕を拝命いたします~

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

処理中です...