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いぬこいし編
むかーし昔の御話です
しおりを挟む怜とナウザー、そしてコニーは、久し振りに王国中心部へ赴いた。
目当ては世界で一番厳重な金庫だ。
その後直ぐに王族への謁見。
身体的にも心的にも負担の掛かるスケジュールであるが、王都まで馬車と鉄道を乗り継ぎ片道三日掛かる事を考えると、詰め込んだ方がよっぽど楽なのだ。
「懐かしいですねぇ……」
「ほっほっほ、やっと実感いたしますな」
「あぁ……」
100年も経てば街の風景も変わっているだろうと三人は思っていた。
しかし思ったよりも変わっておらず、変わったのは人の雰囲気と店舗ぐらいだ。
歴史的な街並みを上手く活用するあたり、さすが建築の国と謳うだけのことはある。
怜が狼森家の領地から離れるのは、アオイと出逢ってから初めての事だった。
だから少し心配になる。
アオイがちゃんとそこに居る事を。
犬の姿ではなくなった怜達に、アオイが狼森家に留まる理由は無い。
今までそうして来たように、どこ吹く風でふらっと居なくなるかもしれない。
ただ信じて、目の前の用事を済ますしかないのだ。
──「何方かしら」
──「まぁ素敵な殿方……」
「はぁ~、しかし……旦那様。さすが無駄に麗しいお顔だけあって100年経っても注目は変わらずですね」
「おいコニー、一言余計だぞ」
女性の声で歩いた軌跡が分かるほど、年齢問わずの魅力は健在である。
自ら行かなくとも女性の方から誘ってくるのだから、そりゃあ調子にも乗るだろう。
「遊び盛りの年頃に戻ったのですぞ? また次から次へと選び放題です」
「一緒に並んで歩いていると私達も無駄に注目されてしまうのが嫌なんですよねぇ」
「お前ら……主の前で……」
「100年も一緒に居ますとねぇ……」
「ですなぁ……」
「ぐっ、言い返す言葉が無い……。まぁお陰で私もやっと大人になったからな。それに今はアオイが居るのだから十分だろう」
「…………まぁ聞きましたかナウザー」
「えぇ。こんな言葉が坊っちゃんから出てこようとは……」
「「アオイ様が居ればなんて」」
「その呼び方は止めろっ! しかも声を合わせるなっ!」
けれどアオイの気持ちは誰にも分からない。
一体いつまで狼森家に滞在するのだろう。
いつか己の家へ帰る日が来るのか、その後はどうするのか、もう、二度と狼森家には戻ってこないのか。
それらについてアオイと話をしたい。
「ふふふっ! アオイ様は本当に素直で純粋な方ですよね。なかなか居ないですよ、あんな娘は」
「ほっほっほ。えぇ、それに着飾ると一層美しくなりますからな。旦那様ともお似合いかと」
「そうだな……ハモンド侯爵も言っていたっけ。まるで妖精のようだ、と」
「盗み聞きなんて、全く。坊ちゃんもいやらしい人ですね」
「たまたま聞こえたんだよ……! それにラモーナ出身と言うことにも驚いたしな。お互いまだ知らないことが多すぎる」
「例の帰れない理由とやらですかな?」
「あぁ……」と怜は頷いて、アオイがぽろっと口にした『戦争』という言葉を思い出す。
ラモーナが戦争しなければいけないような国。
どの国の誰がどう考えたって、思い付くのはオーランド王国だろう。
〈オーランド王国〉
ラモーナ公国は元々オーランド王国の一部である。
だがある戦争によってラモーナは独立してしまったのだ。
ラモーナ公国初代君主は、オーランドの貴族だった男。
その伯爵は誰にでも優しく、まるで生き仏のような人物だったそうだ。
(私とは真逆の性格だな……)
伯爵は性格のみならずスタイルも顔立ちも良くて、女性に大層な人気だった。
オーランド王国の姫もその内の一人、姫が恋い焦がれる伯爵。
しかし一国の姫と伯爵では少々身分に、否、魔力に差があった。
オーランド王国は魔法を使う国で、魔力量で爵位が決まる。
同程度の魔力量で交配せねば魔力が薄まってしまう為、本来は婚約者の舞台にすら上がれない伯爵であったが、どうしても伯爵を側に置きたかった姫は何かしらの理由をこじつけ、伯爵を公爵に格上げしたのだ。
そうして姫は己の権力を使い、断れる余地がない公爵は姫と婚約をした。
だが、公爵にはずっと前から心惹かれる女性が居た。
とても美しく、元気で魅力的な女性だったそうだ。
しかし風のように突然現れては消えるので公爵はその女性の名前すら知らなかった。
次に公爵の前に現れたとき、名も知らぬその女性に「姫と婚約をした」と伝えると怒ってしまい、また何処かへ消えていく。
それから数日後──、今度は婚約していた姫が怒って公爵の邸へ抗議しに来たのだ。
「婚約をしているのに他の女と会っているのか!」と。
何処で知られたのかも分からないが、嘘がつけぬ公爵は姫に謝り、正直に話した。
するとまた何処からともなく、風のように現れた女性。
「心から想い合っているのは私達だ。権力を振りかざし手に入れたとしても、それは本当の愛ではない」
風のような女性がそう言うと姫は怒り狂い、王国の姫に対して不敬だ連行せよと兵に命じた。
その女性は笑う。
何が可笑しいのだと問うと、
「私はシルフィードよ。風を捕まえることなんて出来ないわ」
そう、彼女は風の精霊シルフィードだったのだ。
姫はたじろいだ。
妖精の力を借りねば魔法も使えぬ、しかも相手は四大精霊の風を司る精霊だ。
オーランド王国は生活のほぼを魔法に頼っている。
だが、姫は、そんな国の命運より、目の前の男への執着の方が上回った。
それから一人の男を奪い合う事から始まった、妖精戦争。
勿論、妖精の力を借りなければ生活出来ぬような人間達が妖精に敵うはずもなく。
オーランド王国は惨敗し、やがて公爵はオーランド王国から独立し領地は〈ラモーナ公国〉となった。
公国の君主となったオーランド王国の元公爵は、シルフィードに名を授け、そして二人幸せに暮らしましたとさ。
───と、ここまでが伝えられているお伽噺。
戦争があったことは間違いないのだが、かれこれ500年以上前の話で、どこまでが真実か分からない。
勿論、魔法を使わない東方の国にとっては全く想像出来ない話なのだが。
結局同じなのは、何処の国でも人間はそんなものだと言う事。
権力を持つと人間は愚かになる。
まるで私のようにと、怜は寂しく笑った。
妖精戦争は事実としても、その戦争が繰り返されるとは一体どういう事だろうか。
ましてや何故アオイと関係があるのか。
ナウザーやコニーには伝えており、本当はクリスにも共有したいのだが、アオイに言わないと約束したのでそれも出来ない。
うーむと難しい顔をする怜とナウザーに、「こら!」とコニー。
「そのお話は帰ってからの約束でしょう?」と一喝入れられる。
怜の母が死んで、いつからか、コニーが本当の母親のようになってしまった。
今では頭が上がらない程に。
「ははっ、悪かった!」と怜が悪戯に微笑めば、街歩く女性は次々に子宮を疼かせていくのだった。
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