イケメンが好きですか? いいえ、いけわんが好きなのです。

ぱっつんぱつお

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いぬぐるい編

花言葉は、

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「やぁ。あれから変わりないかい?」
「おや、怜君。……一緒では、ないのかい?」

 男としてケジメをつけさす為あの場に男女二人残して去った怜。ホールへ戻るとクリスが公爵夫人と談笑している。狼森家と昔から親交のある公爵家だ。
 クリスは他人の前だから大伯父様と呼ぶのは控えている。

 はて。突っ込んで良いものやら。
 本気で邪魔しに行くと言っていた彼の隣に、アオイの姿がないではないか。それはつまるところ邪魔が出来なかったという事なのか。

「んー……今頃二人で“最後の”思い出でも作っているのではないでしょうか?」
「……それで、怜君は良いのか?」
「私は優しいですからね。それに、もふもふは一度味わったら中々離れられないものですよ」
「はっ」

 馬鹿言え、とでも言いたげなクリスに、怜は何だか可笑しくて微笑んだ。

「なぁに? 怜様ったら女の話なの?」
「ふふ。私も年頃なのでね」
「やだ、何処の誰かしら。やっぱり王女様? それとも、」
「夫人、こんな素敵なひとが目の前に居るのに別の女性の事など考えられませんよ」
「んまぁ。私に夫が居なかったら、なんて思ってしまうのは怜様の口がお上手だからね」
「はぁ、全くですよ夫人。顔に騙されてはいけませんよ。こう見えて中身は、」
「おやおや、クリスさんどう言う意味ですか? “こう見えて”、100年前でも・・国一番の美男子と謳われたのですよ」
「………100年前、でも・・?」
「ええ!」

 にこやかなその顔は、呆れる程自慢気だった。
 しかし見た目で明らかに劣るクリスは当然ながらこれ以上何も言えないのである。
 立食パーティーと化したこの大ホールの隣、また別の大ホールでは、リズミカルな音楽が流れている。

「皆は呑気にダンスですか」
「ああ。先程からね」
「……人々は、過ちから何か学ぶのかしら」
「……さぁ、どうでしょうね」

 ホールの境を仕切るカーテンは、この日の為にと紅色から、松の色である緑に変えられている。
 金のタッセルでウエストを絞られ、美しいドレープを描いているカーテン。
 ダンスで女性がドレスを揺らすたび、その風でカーテンもゆらゆらダンスをしている女性のようだった。

「皆さま、こんばんは」
「あらアリスお嬢様。こんばんは」
「こんばんは、アリス嬢」
「アリス、どうしたんだい? お友達は?」

 同い年の令嬢よりまだ慣れないカーテシー。
 アリスは久し振りに会った友達と談笑していた筈だが、周りを見ても一人だ。

「えっと、みんな婚約者探しでダンスしてて、それで……」
「それで一人なのかい?」

 父クリスは、大人と話しても楽しくはないだろうが一緒に居たら良いと、自分の隣へ来させようとした。
 だがどうやら違うらしい。

「あの、お父様、えっと……」

 まるでアオイと出会う前のようにどもるアリス。どうしたんだいと優しく柔らかな父の声。
 本当にどうしたのかアリスの顔は真っ赤だ。

「あの、お父様。私と……、ダンスを踊ってくれませんか……?」
「えっ!」

 娘の思ってもみない発言に目に見えて嬉しがるクリス。そんなクリスに、他二人も温かい気持ちになった。

「おっ、お父さんとダンスをしたいって言ったのかい!?」
「え、まぁ、ハイ……」
「本当に!?」
「う、うん……。だめ?」
「勿論、良いに決まってる!!」

 父のあまりの喜びように若干引くアリスだが、こそばゆいけれど、やはり嬉しい。

「クリスさんも呑気にダンスですか。嬉しそうな顔をして……」
「全くですわね」

 怜と公爵夫人の事なんて忘れて、ご機嫌に娘と腕を組んで歩くクリス。
 来年で三十になる辻 薫公爵夫人は、未だ子を授からない為にその姿が羨ましくて仕方がなかった。
 劣等感を忘れさせるかのように、怜はスッと夫人の前に手を出した。

「どうですか? 私達も呑気にダンスでも」
「! ええ、それなら夫にばれる前に早く行きましょ!」
「ふふ、愛されているのですね」
「そうね、私には勿体無いくらいにね」


 ◆◇◆◇◆◇

 その頃、アオイとハモンド侯爵はというと──。

「ダンスでは王道の曲ですね?」
「ホールでは皆踊っているのかな?」

 風にのって囁くように聴こえてくるのは、怜達がまさにダンスをしている曲だ。
 曲が風にのり、アオイも自然とリズムに乗る。
 ステップを踏むようにつま先が揺れ、ただベンチに座って話をするだけにしようとしていたルイは、アオイのリズムに乗せられ、思わず立ち上がった。

「ルイ様?」
「私と、最後に踊っていただけませんか?」
「ええ勿論です」

 快く答えるアオイだが、何故ルイが「最後に」と言ったのか疑問だった。
 清らかな水に浮かぶ白い花。噴水が作るリズムに水芭蕉ミズバショウも踊っているようだ。

「どうして最後なのですか? 最後と言わずとも、いつでも……」
「いや、」

 音楽を聴くのも、その音楽にのって踊るのも好きなアオイは、気持ちには応えられないが、いつだってダンスには誘ってほしいと思っていた。
 優しく手を引くルイは、また悲しそうに笑う。

「どこかでケジメをつけないと。諦めきれなくなってしまう」
「……、」
「それじゃあアオイが困るだろう? だから、最後にしておくれ」 
「………私、大切に踊ります」
「……ありがとう」

 水芭蕉の花言葉は、美しい思い出だった──。
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