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適材適所
しおりを挟む──あれから一ヶ月が経った。
身に纏うは己の瞳の色と同じターコイズグリーンのドレス。スレンダーなラインは程よく肉付いた身体を目立たせる。
胸元は強調せず、上品に肩を出し、(己で言うのも本当にアレなのだが)彼の隣に並ぶには相応しいのではないか。
ドレスの裾に施された上品なほどに上品過ぎる細やかなターコイズブルーの刺繍が、既製品ではなくオーダーメイドであると物語っている。
耳と首元に輝くのは彼の瞳と同じ、インペリアルトパーズのジュエリー。
最高級な品々を使い道のない私が買うわけがない。
そう。全てアイザック様から戴いた品だ。
「うん。よく似合ってる」
にこりと微笑んでスマートなエスコート。
改めて御礼を伝えると、大人の香りを漂わせそっと唇にキスをした。
今日が終われば、私はジャンの婚約者ではなくなる。
私、アイビー・メリーウェザーは、婚約破棄をした。いや、してやった。
どうやらモニカさんと何処に行って何を買ったとか隠す気がないようなので、ここに述べる。
しれっと提出してきた領収書の金額と会社の口座から引き落とされた金額、領収書を発行した店への聞き込み、それらを照らし合わせた結果、
初めてのカフェデート:銀貨3枚と銅貨2枚
初めての街デート:金貨1枚と銀貨9枚と銅貨8枚
初めてのディナー:金貨5枚と銀貨8枚
初めてのお泊り:金貨8枚と銀貨7枚と銅貨4枚
高級ブティックのドレス:金貨27枚
仮面舞踏会の仮面(二人分):金貨18枚と銀貨6枚
高級ホテルの宿泊代:金貨54枚と銀貨2枚
ルームサービス代:金貨8枚と銀貨7枚
これまた高級ブティックのドレス:金貨38枚と銀貨6枚
これまた高級ホテルの宿泊代:金貨42枚
そしてまたもやルームサービス:金貨6枚
ランチ:金貨1枚と銀貨2枚に銅貨7枚
※尚、化粧品は茶会で出会ったコスメショップを営む男爵家の男から貰い、身につけるジュエリーは宝石商を営む子爵家の四兄弟から貰った模様。
最後にホテル代金貨17枚の領収書が提出されていたが、日付はアイザック様がメリーウェザー領を訪れていた日だった。
私がされて嫌だったから、「アイザック様が領地の視察に来るので、夜は二人でレストランへ行ってきます」とロズワール家の執事に伝言を残したのだが、どうやら「後にしてくれ」というジャンの悪い癖が発動したのか、その伝言を聞いたのは直前だったという。
なのにディナーを終えて家に帰ると、何故かジャンが待っていた。
心底不安がって身体を求めてきたが、もう遅い。既に決めたのだ。
いくらなんでも己のデート代を会社の経費で落とそうとする奴など許すまじ。
彼の欲を満たしてあげられなかったことに関しては申し訳無いが、皆が頑張って働いたお金で遊ぶなどもってのほか。
一応なりともロズワール物流センターの代表なのだから、最低限の事は意識してほしかった。
従業員が居るから、私達が存在できるという事を。
──「アイビー……! お願い、考え直しておくれよ!」
とある子爵家の夜会。
ジャンは私の手を弱々しくとって、そう言った。
何を考え直してほしいのかってそりゃあもう婚約破棄の件だ。
彼が私に、いや会社に返すべきお金を全てチャラにする代わりに、婚約を一方的に破棄させてもらった。
裁判所に提出してここまでスムーズに破棄できたのは、勿論アイザック様のお陰だろう。
「ジャン。言ったでしょう? これは決まったことなの。責めるなら己の行いを責めてよね」
「ううっ、分かってるよ俺が悪いのは勿論だよ……! だけどっ、婚約破棄だなんてっ……!! アイビー無しで俺はどうやって生きればいいの……? ねぇお願い、考え直してよぉ、ねえ……? アイビーが居なくっちゃ生きてけないんだ! もう二度と浮気なんてしないから!! お願いアイビー! 捨てないで?」
「うっ。ジ、ジャン………」
そんな捨て犬みたいな顔でお願いされたら揺らいでしまう。
アイザック様はあとの事は任せておいてなんて言っていたけど本当に大丈夫なのだろうか。
(だってジャンよ? 見てよこの様を!)
社交上手だけどビジネス下手で性欲大魔王なジャン。本当に私が居なくなったら死んでしまうのではないか。
「アイビー。少し目を離した隙にこれかい? 全く、油断できないねぇ」
「ひゃ! ア、アイザック様……! ももも申し訳御座いませんっ!」
ぬうっと後から顔を出したのは明日から婚約者になる御方。ポケットチーフは私の瞳の色をしている。
今はまだ正式に婚約はしていないけれど、互いにドレスコードを合わせてきたのは一目瞭然だ。
そもそも社交界でゴシップネタが伝わるのは非常に、いや異常に早い。
アイザック様とは手で数えられるほどしか会っていないのに。
「ジャン君、悪いけど彼女はもう返してあげられないな。そういえばモニカちゃんは? 一緒に来ていたんじゃないのかい?」
「モ、モニカは……来ていますが陛下の従者と、話があると……」
「わあ、モニカちゃんってば行動が早くて感心するよ! 己の位置を理解していて優秀だね。頭がいい子は大好きだな」
「そんなことよりリンデンバウム卿……! アイビーを返して下さい! アイビーが居ないとっ、俺だって、屋敷だって、両家の民だって、皆困るんです……」
「っ、ジャン……」
私の弟が成人するまで結婚は待つと言ってくださったアイザック様。
両親とも私ともよく似たターコイズの瞳が魅惑的で、幼いながらも将来有望な弟。父が床に伏せっている以上、私がメリーウェザーを仕切らなければいけないが、弟が成人するまであと八年もある。
そこまで待ってまで私と結婚したいか?
人とは移ろいやすい生き物、そして彼は優しい悪魔なのだ。
八年の間できっと私も変わってしまうだろう。
アイザック様が他の誰かを愛してしまったら?
私が彼を心の底から愛してしまったら?
ダメンズなジャンとは一線引けていたけれど、非の打ち所がなくローションなんて塗らなくても濡れてしまう相手に、八年間耐えられる?
私は本当にジャンと婚約破棄して正解だったの?
(だめだめ。なんでここまで来て弱気になってるのよ。この夜会だってアイザック様の友人に紹介していただく為に参加したんだから。得意なビジネスで考えてみて? 本気になるのは悪いことじゃないわ。それで失敗しても貴重な経験を得られるのよ! それに私は父の教えを守っているんだから!)
──父の教え其の六、「良き馬には乗り換えるべし」
「ふん。正直、ジャン君の家のことなど私には関係無いんだけどね。アイビーを貰うためにちゃんと考えたさ」
「え……?」
紹介するよと連れてきたのは、五年前に夫を亡くされた公爵夫人だった。
三十九歳、王弟の妻。とても厳しい人と有名だが、その厳しさで領地は国一番の平和と秩序を保っている。
交番を増やし、病院への援助と道路の整備。メリーウェザーのように会社は経営していないが、平和な公爵領へ移住する民からの税金で資産は増える一方だとか。
それをまた領民へ還元するのだから移住もしたくなる。
「公爵夫人……!?」
「彼女が君の面倒を見てくれるって」
「え!? リンデンバウム卿、一体どういう……!」
「ははっ、混乱するのも無理はない! いま初めて言ったんだから!」
驚くジャンだが、私も驚いている。
私だっていま初めて聞いた。
──「アイザック?」
ギロリと夫人の厳しい目付きがアイザック様に向けられて、「まあまあ」となだめている。
さすが宰相。肝が座っているな。
「君を婿に迎える代わりに、夫人の弟がロズワール伯爵領を引き受ける。公爵領にとってもロズワール物流センターは魅力的だ。庶民向けの商品を扱うメリーウェザーだけど、その殆どは王都で止まっている。メリーウェザーとロズワールだけでは金銭的に厳しいインフラを公爵夫人なら何とかできるだろうね」
「そんなメリーウェザーにとっては良い事しかないのですが!!??」
「こらこらアイビー、興奮しないでおくれ。まだ決まってないんだから」
「わっ! 私としたことが! すみません、つい……」
「ふふ。決めるのは、ジャン君。キミだよ」
「俺……?」
眉を歪ませ、視線は下にずれた。
用意され追い込まれた状況の中でYESと言うしか道はない。
それでも悩んでいるって事は、もしかして、ひょっとして、少しでも、私のことを愛してくれていた……?
「公爵夫人は、本当に俺の面倒を見てくれるのですか……?」
「ええ。貰うからにはね、責任は取るわ。指示通りに動いてくれれば十分だけど、この五年一人でやってきたんだから無理に手伝う必要もない。貴方も若いし子供さえ作らなければ別の女と遊んだって構わない。兎に角、物流センターの権利さえ手に入れば満足よ」
「本当に!? では宜しくお願いします!」
「詳しくは後ほど話しましょう」
「はい! アイビー今までありがとう!」
(こんの、てンめェ~~……!! クソ野郎がぁっ!! 芯の芯までヒモだなァおいぃい!! ちょっとぐらい名残惜しめよ!! 切り替え早すぎんだろォォオ!!)
「ええ、此方こそどうも有難う!!!」
怒りに震える拳をアイザック様は優しく包み込んで、意地の悪い顔で笑うのだった。
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