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第二章 地下迷宮のオルクス
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「低層階が巨大昆虫の棲家になっている?」
エヴァリスが驚いて言った。
「そんな話はこちらでは聞いてませんよ」
「そうだろうね」ミルコはため息をついた。
迷宮から戻ったミルコは、パーティーを探している前衛を探したが、募集掲示板にもそのような情報はなく、たまたま遅い昼食を食べていたエヴァリスに声をかけてみた。
「無理だとは思うんだけど、聖騎士の力を借りられないかな」
「私たちは個人単位で動くことはちょっと…」エヴァリスは口籠もった。
「先輩と一緒に探索したいのは、やまやまなんですけど」
「そうだよねぇ」ミルコは言った。「聖騎士は聖騎士で迷宮の秩序を守るのが仕事だもんねぇ」
迷宮内外での探索者同士のトラブル、迷宮内の生物が地上に出てきてしまった時の対処、そういった仕事が聖騎士団の目的である。
エヴァリスは理想的な前衛だが、組織に派遣を頼むわけにもいかない。
「ただ、死甲虫なんかが出てきちゃうと、ちょっと今の前衛じゃ手に負えないかなって」
「ハックさんもスラッシュさんも軽装兵ですからねぇ」エヴァリスは頷いた。
「重装の兵士が一人いると、その人が盾になってくれるからさ。ハックやスラッシュが生きてくると思うんだよね。今は魔法に頼るしか無いから、魔法晶石の消費が激しすぎて、長期間の探索ができない」ミルコは言った。「誰かいい人いない?」
「重装兵ですか…」エヴァリスが言った。「いるには…いるんですけど」
「ほんと?」ミルコは身を乗り出した。「どんな人?」
「変わり者ですよ」
「大丈夫、今うち、変わった人しかいないから」
「そういうんじゃないです。相当ですよ」
エヴァリスは上目遣いで言った。「後悔しますよ」
探索者たちが夜の時間を過ごす場所はいくつかある。一番はギルドホールだが、ギルド外縁部の酒場に出る者たちもいる。
ギルド外縁部の繁華街は、別名を「生存者の大宴会場」と呼ばれている。なんとか迷宮から生きて帰った者たちが公式の酒場ではできない羽目を外す場所。酒代も食事代もギルドホールの倍以上するが、その分、公式には無いサービスも行われている。まあ、大概は女だ。
ミルコとて世間知らずのお嬢様というわけではない。このような場所が存在することも、そこで行われていることも、自分が一歩間違えればここで働く存在だったこともよく知ってはいる。
だが、「知っている」ことは「わかった」ことにならない。
ミルコはいつも自分が本だけの知識で生きているということは理解している。だから、本当に「わかった」ことになるまで、こうして実際に歩いていくしか無いのだろう。
とはいえ、それは一人では無理な話だ。
「で、そいつはどこにいるんだ」ハックが話しかけてきたので、ミルコは考えを一時中断した。
「えっと…猿酒場ってお店らしいです」
「知ってるか?」ハックがスラッシュに尋ねた。
「わかる」スラッシュが答えた。「案内しよう」
「スラッシュはこの辺詳しいからな」ハックはニヤリと笑った。
「まあ、常連だしな」
「常連ではない」スラッシュが涼しい顔で言い返した。
「と言ってますけど」ミルコがハックに尋ねた。
「いや、こいつはこの辺ではちょっとした顔だぜ」ハックは言い返した。「まあ聞いてみろよ、大概だから」
遠慮しときます、と口の中で答える。
「で、どんなところなんですか?モンキータヴァーンって」
「よく言えばごろつきの巣窟だ」スラッシュが言った。
「よく言えばなんですか?」ミルコが眉をひそめた。「悪く言えば、じゃなくて?」
「悪く言えば」スラッシュが言った。
「ゴミ溜めだ」
ハックが吹き出した。
「お兄さーん」
突然女の声がして、スラッシュにまとわりついてきた。
美しい女だ。
出勤途中なのだろう。派手な服を着て、綺麗に化粧をしている。
ミルコは思わず「うっ」と身を引く。
「今日はどうしたの?お仲間連れ?」
声をかけられたスラッシュが片手をあげる。
「スー様のお仲間?」
「スー様?」ハックがオウム返しにする。
「は、はい!」
ミルコがあわあわして答えた。
「お仲間、です!」
「あらそうなの」女はミルコの顔をじっと見た。
「可愛い顔してるじゃない」
スラッシュの肩に手を置くと、女は艶っぽく微笑んだ。
「今日は寄っていかないの?」
「ちょっと野暮用でな」スラッシュは表情を変えない。
「また、伺おう」
「あら嬉しい。じゃまたお店でね」
女はにこやかに手を振って去っていった。
「スー様」ハックが吹き出した。「スー様って」
「また」ミルコがスラッシュを見る。「また、って言いましたよ」
「常連ではない」スラッシュが済ました顔で答える。
「言ってろ」
「待て」スラッシュがおもむろに右前方を指差した。
「ここだ」
目を両手で隠した猿の看板が目に入る。
「面白い看板ですね」
「猿は山神の使いだからな」
「なるほど」ミルコは頷いた。
神様に見られたくないことをする場所、ということだ。
「入るぜ」
ハックは潜戸を開けて中へ入ろうとした、瞬間、
「どわっ」
中から人間が吹っ飛んできた。
ハックもろとも吹き飛ばされる。
「何だてめぇ!」
店の中から怒号が聞こえる。
「何するんだこのや」
全部言い終わらないうちに、また戸口から人が降ってきた。
「くそ…」
地面からハックが立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
顔面を打ったのだろう。鼻から血が出ている。
「ハック」
スラッシュが刀の柄に手をかける。
「来るぞ」
潜戸から巨体が姿を表した。
でかい。
そこそこ長身のスラッシュよりも頭二つ分ほど大きい。体重は倍はあるだろう。
筋肉質の浅黒い腕と分厚い胸板。
まるで戦鬼だ。
生身の人間でここまでの戦士を見たことがない。
「巨人じゃねぇか」
「何だ…お前たちは」
巨人が口を開いた。
「見せ物じゃないぞ」
巨人の頭部は、黒い布で覆われている。
布の隙間から、鋭い眼光がこちらを捉えた。
覆面で顔を覆った大男。
エヴァリスの言っていた特徴で間違いない。
「わ、私はミルラ・コイといいます。探索者です」
大男がこっちを見る。
「知ってる」
覆面が地面を蹴った。
立ち上がろうとしていた男が頭を蹴られて再びうずくまる。
「破滅のミルコ…とか呼ばれているやつだな」
覆面はあっさりと言った。
「俺に何の用だ」
「私たちのパーティーに入って欲しくてきました」
覆面の動きが止まる。
「なんだと?」
「聖騎士から、あなたは仲間を持たない傭兵だと聞きました」
ミルコは言った。
「私たちの今回の探索にはあなたが必要なんです」
覆面から奇妙な唸り声が聞こえた。
地獄の馬のいななきのような声だ。
「正気か、貴様」覆面が言った。
「片腹痛い」
そこでミルコはやっとこの男が笑っているのだ、と気がついた。
「貴様のことは知っているぞ」覆面が言った。
「仲間を全滅させる女だとな」
「おい」ハックが言った。「無理じゃね?本当にこいつ連れて行くのかよ」
「俺も反対だな」スラッシュはもう刀に手をかけている。「話が通じなさそうだ」
何度も問題を起こし、聖騎士の厄介になっているが、魔法なしで誰も彼を捕えらえた者がいないのだ、とエヴァリスは言っていた。
「喧嘩はめっぽう強いです。ただ、誰も素顔を見たものはいません」とも。
日没の覆面。
「あなたの力が必要なんです」
ミルコは構わず続けた。
「ファンドグさん」
エヴァリスが驚いて言った。
「そんな話はこちらでは聞いてませんよ」
「そうだろうね」ミルコはため息をついた。
迷宮から戻ったミルコは、パーティーを探している前衛を探したが、募集掲示板にもそのような情報はなく、たまたま遅い昼食を食べていたエヴァリスに声をかけてみた。
「無理だとは思うんだけど、聖騎士の力を借りられないかな」
「私たちは個人単位で動くことはちょっと…」エヴァリスは口籠もった。
「先輩と一緒に探索したいのは、やまやまなんですけど」
「そうだよねぇ」ミルコは言った。「聖騎士は聖騎士で迷宮の秩序を守るのが仕事だもんねぇ」
迷宮内外での探索者同士のトラブル、迷宮内の生物が地上に出てきてしまった時の対処、そういった仕事が聖騎士団の目的である。
エヴァリスは理想的な前衛だが、組織に派遣を頼むわけにもいかない。
「ただ、死甲虫なんかが出てきちゃうと、ちょっと今の前衛じゃ手に負えないかなって」
「ハックさんもスラッシュさんも軽装兵ですからねぇ」エヴァリスは頷いた。
「重装の兵士が一人いると、その人が盾になってくれるからさ。ハックやスラッシュが生きてくると思うんだよね。今は魔法に頼るしか無いから、魔法晶石の消費が激しすぎて、長期間の探索ができない」ミルコは言った。「誰かいい人いない?」
「重装兵ですか…」エヴァリスが言った。「いるには…いるんですけど」
「ほんと?」ミルコは身を乗り出した。「どんな人?」
「変わり者ですよ」
「大丈夫、今うち、変わった人しかいないから」
「そういうんじゃないです。相当ですよ」
エヴァリスは上目遣いで言った。「後悔しますよ」
探索者たちが夜の時間を過ごす場所はいくつかある。一番はギルドホールだが、ギルド外縁部の酒場に出る者たちもいる。
ギルド外縁部の繁華街は、別名を「生存者の大宴会場」と呼ばれている。なんとか迷宮から生きて帰った者たちが公式の酒場ではできない羽目を外す場所。酒代も食事代もギルドホールの倍以上するが、その分、公式には無いサービスも行われている。まあ、大概は女だ。
ミルコとて世間知らずのお嬢様というわけではない。このような場所が存在することも、そこで行われていることも、自分が一歩間違えればここで働く存在だったこともよく知ってはいる。
だが、「知っている」ことは「わかった」ことにならない。
ミルコはいつも自分が本だけの知識で生きているということは理解している。だから、本当に「わかった」ことになるまで、こうして実際に歩いていくしか無いのだろう。
とはいえ、それは一人では無理な話だ。
「で、そいつはどこにいるんだ」ハックが話しかけてきたので、ミルコは考えを一時中断した。
「えっと…猿酒場ってお店らしいです」
「知ってるか?」ハックがスラッシュに尋ねた。
「わかる」スラッシュが答えた。「案内しよう」
「スラッシュはこの辺詳しいからな」ハックはニヤリと笑った。
「まあ、常連だしな」
「常連ではない」スラッシュが涼しい顔で言い返した。
「と言ってますけど」ミルコがハックに尋ねた。
「いや、こいつはこの辺ではちょっとした顔だぜ」ハックは言い返した。「まあ聞いてみろよ、大概だから」
遠慮しときます、と口の中で答える。
「で、どんなところなんですか?モンキータヴァーンって」
「よく言えばごろつきの巣窟だ」スラッシュが言った。
「よく言えばなんですか?」ミルコが眉をひそめた。「悪く言えば、じゃなくて?」
「悪く言えば」スラッシュが言った。
「ゴミ溜めだ」
ハックが吹き出した。
「お兄さーん」
突然女の声がして、スラッシュにまとわりついてきた。
美しい女だ。
出勤途中なのだろう。派手な服を着て、綺麗に化粧をしている。
ミルコは思わず「うっ」と身を引く。
「今日はどうしたの?お仲間連れ?」
声をかけられたスラッシュが片手をあげる。
「スー様のお仲間?」
「スー様?」ハックがオウム返しにする。
「は、はい!」
ミルコがあわあわして答えた。
「お仲間、です!」
「あらそうなの」女はミルコの顔をじっと見た。
「可愛い顔してるじゃない」
スラッシュの肩に手を置くと、女は艶っぽく微笑んだ。
「今日は寄っていかないの?」
「ちょっと野暮用でな」スラッシュは表情を変えない。
「また、伺おう」
「あら嬉しい。じゃまたお店でね」
女はにこやかに手を振って去っていった。
「スー様」ハックが吹き出した。「スー様って」
「また」ミルコがスラッシュを見る。「また、って言いましたよ」
「常連ではない」スラッシュが済ました顔で答える。
「言ってろ」
「待て」スラッシュがおもむろに右前方を指差した。
「ここだ」
目を両手で隠した猿の看板が目に入る。
「面白い看板ですね」
「猿は山神の使いだからな」
「なるほど」ミルコは頷いた。
神様に見られたくないことをする場所、ということだ。
「入るぜ」
ハックは潜戸を開けて中へ入ろうとした、瞬間、
「どわっ」
中から人間が吹っ飛んできた。
ハックもろとも吹き飛ばされる。
「何だてめぇ!」
店の中から怒号が聞こえる。
「何するんだこのや」
全部言い終わらないうちに、また戸口から人が降ってきた。
「くそ…」
地面からハックが立ち上がる。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
顔面を打ったのだろう。鼻から血が出ている。
「ハック」
スラッシュが刀の柄に手をかける。
「来るぞ」
潜戸から巨体が姿を表した。
でかい。
そこそこ長身のスラッシュよりも頭二つ分ほど大きい。体重は倍はあるだろう。
筋肉質の浅黒い腕と分厚い胸板。
まるで戦鬼だ。
生身の人間でここまでの戦士を見たことがない。
「巨人じゃねぇか」
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「私たちのパーティーに入って欲しくてきました」
覆面の動きが止まる。
「なんだと?」
「聖騎士から、あなたは仲間を持たない傭兵だと聞きました」
ミルコは言った。
「私たちの今回の探索にはあなたが必要なんです」
覆面から奇妙な唸り声が聞こえた。
地獄の馬のいななきのような声だ。
「正気か、貴様」覆面が言った。
「片腹痛い」
そこでミルコはやっとこの男が笑っているのだ、と気がついた。
「貴様のことは知っているぞ」覆面が言った。
「仲間を全滅させる女だとな」
「おい」ハックが言った。「無理じゃね?本当にこいつ連れて行くのかよ」
「俺も反対だな」スラッシュはもう刀に手をかけている。「話が通じなさそうだ」
何度も問題を起こし、聖騎士の厄介になっているが、魔法なしで誰も彼を捕えらえた者がいないのだ、とエヴァリスは言っていた。
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