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第二章 地下迷宮のオルクス
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再び馬のいななきのような声が漏れる。
「面白い」ファンドグは言った。
やはり、笑っているのだ。
「貴様、俺の」
「おい!こっちの話はまだ終わってねぇぞ!」
後ろから男が酒瓶をファンドグの頭に向けて振りかぶった。
ばりん、という音がして酒瓶が割れる。
ファンドグはおもむろに振り返った。
「話をしているところだろうが」
片手で男の顔を掴むと、後ろに叩きつける。
何かが壊れる音がして、男は動かなくなった。
「ダメージなしかよ」ハックが呆れた。
「どういう頭してんだ」
ファンドグは首をこき、と鳴らして再び口を開いた。
「貴様は俺のことを知っているのか」
何事もなかったかのようにファンドグは続けた。
「相当の乱暴者だとは聞いています」ミルコは声を張った。
「ほう」ファンドグは愉快そうに言った。「ならばなぜ」
「それでも、私たちにはあなたが必要なんです。私たちと一緒に迷宮に来てもらいたい」
覆面の男は首を傾げた。
「なぜだ」
「今の迷宮では私たちの戦力ではこれ以上進めないからです」
「答えになっていない」
覆面は唸り声をあげた。
「なぜ先を進むのか、と尋ねているんだ」
「私たちは下層を目指すからです」
「なぜ」
なぜ、と問われて一瞬ミルコは口籠る。
「なぜって…」
なぜ、下層を目指すのか。
今まで考えたこともなかった
ハックとスラッシュがミルコを見る。
生きて行くためだけなら、いくらでも道はある。低層階を漁るだけでもいい。
だが、そうではなかった。
何度全滅しても、何度辞めようと思っても、また迷宮に立っていた。
それは。
「知りたいからです!」
ミルコは叫んだ。
「私は知りたい。あの迷宮がなんなのか。あの迷宮は誰が、なんのために作ったのか。それを知りたいんです」
再び馬のいななくような音が漏れた。
「おかしいですか」
「おかしいな」ファンドグは愉快そうに言った。
「そんなことのために仲間を危険に晒してでも先に進むのか」
「それは…」
「おい貴様ら」
ファンドグは後ろにいるハックとスラッシュを指さした。
「貴様らはそれでいいのか」
「さあな」スラッシュは笑みを浮かべて言った。
「俺は、いい。強い奴が斬れれば、それで」
「貴様はどうなんだ」
ファンドグはハックに尋ねた。
ハックは垂れた鼻血をぺろ、と舐めた。
「つまんねぇ話してんじゃねぇよ」
スラッシュが思わず刀を握り直す。
「えっ」
思わずミルコの声が出る。
「何だと」
「お前の話はつまんねぇんだよ」
ハックが身構えた。
「どうせあれだろ?強さが一番だと思ってんだろ?」
覆面の男が両手を広げた。
「ほう」声が楽しそうに言う。
「だとしたら、どうだ?」
「やってやんよ」ハックが身構えた。
「ちょ、ちょっとハック!」
「手ぇ出すなスラッシュ」ハックは拳を握りしめた。
「ちょっとこいつぶん殴るわ」
「え、ちょっと、だめ!」ミルコが叫ぶ。
刹那、ハックの姿はもう空中にあった。
飛び上がったままの勢いで、覆面の頭部に二段の蹴りを入れる。
ファンドグの首がのけぞるほどの衝撃があった。
ファンドグは首を傾げ、ごきごき、と首を鳴らした。
「効いてない…」
普通ならば一撃で戦闘不能にするほどの蹴りだったはずだ。
「ですよね」
着地したハックはニヤリと笑った。
そこを目掛けてファンドグが丸太のような腕を振り下ろす。
「速い!」スラッシュが驚嘆した。
大きさに似合わぬ素早い動きで、覆面は拳を突き出す。
ハックは何度も飛び跳ね、その都度攻撃をかわす。
ファンドグの腕と脚が唸りを上げて飛んでくる。
おそらく命中すれば、ひとたまりもない。
ハックは攻撃を避けながら、何度も蹴りを打ち出す。
それらはファンドグの体に命中しこそすれ、何のダメージも与えていない。
ハックにとってそれは砂袋を蹴っているような感覚だった。
逆に、ファンドクの蹴りが、ハックを捕らえた。
ハックの体が鞠のように飛ぶ。
「ハック!」
ハックの体が酒場の壁にぶつかる。
とどめを刺そうとファンドグが動く。
その時、ハックが酒場の壁を蹴った。
そのままファンドグの頭にしがみつく。
ファンドグの覆面が、くるりと一回転した。
「…!」
視界を遮られたファンドグが慌てて顔をまさぐる。
しかし、もうハックはファンドグの首をつかんでいた。
ハックの脚がファンドグの首にしっかりと巻きつき、締め上げる。
ファンドグの腕はハックを掴むが、頭にしっかりしがみついたハックは離れない。
どんな獣も、頸動脈を鍛えることはできない。
そこを締められて落ちない動物は、いないはずだ。
やがてファンドグの動きは鈍くなり、腕がだらっと落ちた。
ファンドグがどう、と倒れた。
「やったな」スラッシュがつぶやいた。
ハックがよろよろと立ち上がる。
「ミルコ、頼む」脇腹を押さえながらハックが笑った。
「あばら、いっちゃったわ」
「しかし」ハックはつぶやいた。
「何だこの出鱈目な野獣はよ」
「その出鱈目な野獣に喧嘩を売ったのは誰なんですか」ミルコがたしなめた。
「仕方ねぇだろ」ハックは口を尖らせた。「ああでもしねぇと話きかねぇだろうが」
「だからといって今話を聞いてくれる保証もないでしょう」
「確かにな」
ゆっくりと覆面が顔を上げた。
スラッシュが身構える。
ファンドグは顔をまさぐり、覆面を正位置に戻した。
覆面を通して見える目は、もう戦意を失った穏やかなものになっていた。
「無茶苦茶だ、貴様は」
「お前が言うなよ」
ハックが苦笑した。
「答えを聞かせろ」
静かにファンドグは言った。
「何のだよ」
「さっきの問いだ。貴様はなぜ迷宮に挑む」
「最下層だ」
ハックは間髪入れず答えた。
「俺は行かなくちゃならないんだ。最下層に」
それはミルコが思わずはっとするほど、強い口調だった。
「最下層に行って何がある」
ハックは答えなかった。
ファンドグはさっきまでとは打って変わった穏やかな声で言った。
「今まで素手の戦いで俺に勝った者はいない。貴様が初めてだ」
「そりゃあどうも」
「ひとつ教えてくれ。貴様ほどの者がこんな小娘をリーダーにする理由はなんだ」
ファンドグは言った。
「この小娘に付き従っていて、貴様の望む最下層に行けるのか」
「行けるさ」
きっぱりとハックは答えた。
「俺たちは組んでまだ少ししか経ってない。だけど、この娘はお前が考えるほどやわじゃないし、どんな奴より信頼できる頭がある」
ミルコはハックを見た。
「お前にも、俺にも、スラッシュにもないものを、この娘は持ってる」
「この小娘がか」
「そうだ」
「面白い」ファンドグはいななくような声で笑った。
体を起こし、立ち上がる。巨体が月明かりに輝く。
「力を貸してやろう」
ファンドグはゆっくりと覆面を外した。
「俺は貴様らの抱えている問題を解決してやることができる」
ミルコは息を呑んだ。
低く潰れた、豚のような顔、牙。
「お前」ハックが驚いて息を呑んだ。
「オルクスなのか」
「俺はオルカンのファンドグ」
オルクスは言った。
「半オルクスだ」
「面白い」ファンドグは言った。
やはり、笑っているのだ。
「貴様、俺の」
「おい!こっちの話はまだ終わってねぇぞ!」
後ろから男が酒瓶をファンドグの頭に向けて振りかぶった。
ばりん、という音がして酒瓶が割れる。
ファンドグはおもむろに振り返った。
「話をしているところだろうが」
片手で男の顔を掴むと、後ろに叩きつける。
何かが壊れる音がして、男は動かなくなった。
「ダメージなしかよ」ハックが呆れた。
「どういう頭してんだ」
ファンドグは首をこき、と鳴らして再び口を開いた。
「貴様は俺のことを知っているのか」
何事もなかったかのようにファンドグは続けた。
「相当の乱暴者だとは聞いています」ミルコは声を張った。
「ほう」ファンドグは愉快そうに言った。「ならばなぜ」
「それでも、私たちにはあなたが必要なんです。私たちと一緒に迷宮に来てもらいたい」
覆面の男は首を傾げた。
「なぜだ」
「今の迷宮では私たちの戦力ではこれ以上進めないからです」
「答えになっていない」
覆面は唸り声をあげた。
「なぜ先を進むのか、と尋ねているんだ」
「私たちは下層を目指すからです」
「なぜ」
なぜ、と問われて一瞬ミルコは口籠る。
「なぜって…」
なぜ、下層を目指すのか。
今まで考えたこともなかった
ハックとスラッシュがミルコを見る。
生きて行くためだけなら、いくらでも道はある。低層階を漁るだけでもいい。
だが、そうではなかった。
何度全滅しても、何度辞めようと思っても、また迷宮に立っていた。
それは。
「知りたいからです!」
ミルコは叫んだ。
「私は知りたい。あの迷宮がなんなのか。あの迷宮は誰が、なんのために作ったのか。それを知りたいんです」
再び馬のいななくような音が漏れた。
「おかしいですか」
「おかしいな」ファンドグは愉快そうに言った。
「そんなことのために仲間を危険に晒してでも先に進むのか」
「それは…」
「おい貴様ら」
ファンドグは後ろにいるハックとスラッシュを指さした。
「貴様らはそれでいいのか」
「さあな」スラッシュは笑みを浮かべて言った。
「俺は、いい。強い奴が斬れれば、それで」
「貴様はどうなんだ」
ファンドグはハックに尋ねた。
ハックは垂れた鼻血をぺろ、と舐めた。
「つまんねぇ話してんじゃねぇよ」
スラッシュが思わず刀を握り直す。
「えっ」
思わずミルコの声が出る。
「何だと」
「お前の話はつまんねぇんだよ」
ハックが身構えた。
「どうせあれだろ?強さが一番だと思ってんだろ?」
覆面の男が両手を広げた。
「ほう」声が楽しそうに言う。
「だとしたら、どうだ?」
「やってやんよ」ハックが身構えた。
「ちょ、ちょっとハック!」
「手ぇ出すなスラッシュ」ハックは拳を握りしめた。
「ちょっとこいつぶん殴るわ」
「え、ちょっと、だめ!」ミルコが叫ぶ。
刹那、ハックの姿はもう空中にあった。
飛び上がったままの勢いで、覆面の頭部に二段の蹴りを入れる。
ファンドグの首がのけぞるほどの衝撃があった。
ファンドグは首を傾げ、ごきごき、と首を鳴らした。
「効いてない…」
普通ならば一撃で戦闘不能にするほどの蹴りだったはずだ。
「ですよね」
着地したハックはニヤリと笑った。
そこを目掛けてファンドグが丸太のような腕を振り下ろす。
「速い!」スラッシュが驚嘆した。
大きさに似合わぬ素早い動きで、覆面は拳を突き出す。
ハックは何度も飛び跳ね、その都度攻撃をかわす。
ファンドグの腕と脚が唸りを上げて飛んでくる。
おそらく命中すれば、ひとたまりもない。
ハックは攻撃を避けながら、何度も蹴りを打ち出す。
それらはファンドグの体に命中しこそすれ、何のダメージも与えていない。
ハックにとってそれは砂袋を蹴っているような感覚だった。
逆に、ファンドクの蹴りが、ハックを捕らえた。
ハックの体が鞠のように飛ぶ。
「ハック!」
ハックの体が酒場の壁にぶつかる。
とどめを刺そうとファンドグが動く。
その時、ハックが酒場の壁を蹴った。
そのままファンドグの頭にしがみつく。
ファンドグの覆面が、くるりと一回転した。
「…!」
視界を遮られたファンドグが慌てて顔をまさぐる。
しかし、もうハックはファンドグの首をつかんでいた。
ハックの脚がファンドグの首にしっかりと巻きつき、締め上げる。
ファンドグの腕はハックを掴むが、頭にしっかりしがみついたハックは離れない。
どんな獣も、頸動脈を鍛えることはできない。
そこを締められて落ちない動物は、いないはずだ。
やがてファンドグの動きは鈍くなり、腕がだらっと落ちた。
ファンドグがどう、と倒れた。
「やったな」スラッシュがつぶやいた。
ハックがよろよろと立ち上がる。
「ミルコ、頼む」脇腹を押さえながらハックが笑った。
「あばら、いっちゃったわ」
「しかし」ハックはつぶやいた。
「何だこの出鱈目な野獣はよ」
「その出鱈目な野獣に喧嘩を売ったのは誰なんですか」ミルコがたしなめた。
「仕方ねぇだろ」ハックは口を尖らせた。「ああでもしねぇと話きかねぇだろうが」
「だからといって今話を聞いてくれる保証もないでしょう」
「確かにな」
ゆっくりと覆面が顔を上げた。
スラッシュが身構える。
ファンドグは顔をまさぐり、覆面を正位置に戻した。
覆面を通して見える目は、もう戦意を失った穏やかなものになっていた。
「無茶苦茶だ、貴様は」
「お前が言うなよ」
ハックが苦笑した。
「答えを聞かせろ」
静かにファンドグは言った。
「何のだよ」
「さっきの問いだ。貴様はなぜ迷宮に挑む」
「最下層だ」
ハックは間髪入れず答えた。
「俺は行かなくちゃならないんだ。最下層に」
それはミルコが思わずはっとするほど、強い口調だった。
「最下層に行って何がある」
ハックは答えなかった。
ファンドグはさっきまでとは打って変わった穏やかな声で言った。
「今まで素手の戦いで俺に勝った者はいない。貴様が初めてだ」
「そりゃあどうも」
「ひとつ教えてくれ。貴様ほどの者がこんな小娘をリーダーにする理由はなんだ」
ファンドグは言った。
「この小娘に付き従っていて、貴様の望む最下層に行けるのか」
「行けるさ」
きっぱりとハックは答えた。
「俺たちは組んでまだ少ししか経ってない。だけど、この娘はお前が考えるほどやわじゃないし、どんな奴より信頼できる頭がある」
ミルコはハックを見た。
「お前にも、俺にも、スラッシュにもないものを、この娘は持ってる」
「この小娘がか」
「そうだ」
「面白い」ファンドグはいななくような声で笑った。
体を起こし、立ち上がる。巨体が月明かりに輝く。
「力を貸してやろう」
ファンドグはゆっくりと覆面を外した。
「俺は貴様らの抱えている問題を解決してやることができる」
ミルコは息を呑んだ。
低く潰れた、豚のような顔、牙。
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