迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

文字の大きさ
16 / 20
第二章 地下迷宮のオルクス

しおりを挟む
「聞いたことがあるだろう」
 猿酒場モンキー・タヴァーンは水を打ったように静かだ。酔客はみんな恐れをなしたのか帰ってしまい、客は四人だけだ。
「オルクスは時々村の女をかどわかす」
 ミルコは頷いた。
「そうして生まれてくるのが、俺たちのようなオルカン、つまりお前らの言葉で言う半オルクスだ」
「知っています。私はサンデルの生まれですから」
「ならば貴様も知っているだろう。俺たちは里にも山にも行き場がない。傭兵になるより道はないんだ」
「戦場でお前たちのような覆面を見たことがある」スラッシュが言った。
「絶対に兜を取らないから、変な奴らだとは思っていたが」
「今度からそういう奴らを見たら、そういうもんだと思ってやってくれ」ファンドグは穏やかに言った。
「もしかして」ミルコは尋ねた。「迷宮にオルクスが出るのを知っていたのですか」
「俺も迷宮を生業としているんだ」ファンドグは言った。「知らないわけはない」
「私たちがそれを調査していることも?」
「貴様は自分が考えるよりも有名だという自覚を持つべきだな」
 ファンドグは愉快そうに体を揺らして言った。
「貴様がギルドマスターの手足になって動いていることは噂で耳に入ってきている」
「手足になった覚えはないんですけどね…」ミルコは複雑な気持ちになる。そんなふうに思われているのだろうか。
 気を取り直して尋ねる。一番知りたい質問だ。
「オルクスはどこから侵入していると思いますか」
「さあな」ファンドグは首を傾げた。「俺はオルクスの穴には十二の年までしかいなかった。その頃はまだ、タリスマンの街はあったからな」
「迷宮ができてからのことはわからない、ということですね」
「ああ」
 ファンドグは再び覆面を被り、覆面越しに器用にエールを呑んでいる。無用のトラブルを避けるため、鼻と牙を隠しているのだそうだ。
「だが、ひとつ解せないのは、オルクスらしくない、ということだ」
「らしくない?」
「俺たちオルクスは本能に忠実だ。だが、徒党を組んで他人のものを盗むようなことはしない。それは卑劣な行いだからだ」
「わかんねぇぜ」ハックが口を挟んだ。
「どんな種族にだって、例外はある。この種族だからこれはしない、なんてことはねぇだろう」
「貴様のいう通りだ、山窩ハロス」ファンドグは愉快そうに言った。
「貴様ならばわかるだろう。偏見と誇りは紙一重だ。どんな種族にも高潔な者もいれば、下劣なものもいる。だが」
 ファンドグは首を傾げた。
「もしオルクスの長がガルドンクのままならば、そんなことをするとは考えられない」
「ガルドンク?」
「俺がオルクスの穴を出る時、俺たちの長はガルドンクだった。ガルドンクはオルクスの掟に忠実な男だ。俺たちのようなオルカンにも優しくしてくれたし、略奪や陵辱を厳しく戒めて、俺たちのような者が出ないようにしてくれていた」
「なるほど」ミルコが頷いた。「確かにそんな人が、一族が迷宮で略奪をすることを容認するとは思えないですね」
「とすれば考えられるのはひとつだな」スラッシュが言った。
「もうその長はいないってことだ」
「そうだな」ファンドグはため息をついた。「考えたくはないが」
「また迷宮でオルクスを捕まえて聞いてみましょう」
「ああ。通訳も手に入れたしな」ハックは笑った。
「その前に虫ですね」ミルコが言った。
「また出なければいいんですけど」

「でかいな!」
 メイリィ・ウォンカが呆れたように言った。
 鎧を身につけ、全兜フルヘルムを被り、左手に斧、右手に盾を持ったファンドグのいでたちはその背丈と相まってかなり禍々しく、目立つ格好になった。
「何なんこのでかい人」
「ファンドグ」ハックが囁いた。「短気を起こすなよ」
「何だこのうるさい女は」ファンドグはメイリィを指差した。
「メイリィ・ウォンカ。キタンの傭兵や」
「僕はフーガです」獣人がにこやかに挨拶をした。
 相手が誰でも態度が変わらないのが、この青年の良いところなのかもしれない。
「これで六人揃たな」メイリィがほっとしたように言った。
「分け前は少ななるけど、多少楽になるわ」
「一回一回の負担が減れば、今までよりは長い探索が可能になるはずです」ミルコが言った。
「行きましょう」

 六人は入獄門の近くまで来た。
「何だか人が少ないですね」フーガが言った。
「せやな」メイリィが周りを見渡しながら言った。
「掲示板になんか出とるで」
 六人は掲示板に近づいた。
 掲示板には大きくこう書かれていた。

 特異点シンギュラポイント警報発令中
 地下二階で大型昆虫・特殊昆虫の大量発生を確認
 B6ランク以下の侵入は自己責任でお願いします

「ああ、まあ…そうなるよな」ハックがつぶやいた。
「まだ大型昆虫の発生が続いているということですね」ミルコが言った。
「あんたら今日は迷宮に入るのはやめておきな」後ろから声がした。
「グルツさん」
 低層階を表す黄色いボードの死亡数を、グルツは黙って26から28に書き換えた。
「そんなに?」
「ひどい有様になってる」グルツはため息をついた。
「深層階からA級のパーティーが戻ったら、駆逐隊を派遣するみたいだけど、あと二日はかかるだろうね」
「どんな感じなんですか?」
「低階層じゃ竜蝿ドラゴンフライでさえ厄介だというのに、死甲虫デスビートル石蝿ストーンフライあたりが普通に出るんだ。B級中位でもかなり厳しいよ」
「どうしますか」ミルコはメンバーを振り返った。
「行かないって選択肢はまあ、ねぇな」
 ハックは言った。
「なんか策があるんだろ」
「まあ、あるにはありますが」ミルコは考えこんだ。
「やはり昆虫は特異点から出てきているのではない、と思います」
「化け物昆虫が出る理由が別にあるってことか」スラッシュが言った。
「ええ」
 ミルコは言った。
「それを潰さない限り、昆虫が出るのはおさまらないと思います」
「どうやって潰すんだ」
「それは調べてみないとわからないです」
「とりあえず行くしかないってことだな」
「グルツさん」
 ミルコは振り返った。
「パーティー登録をお願いします。潜ります」

 迷宮の中は閑散としており、低層階特有の、人の歩く気配などは全く感じられない。インプやラットバニーあたりの低級な敵を退治して楽に稼げていた、あの雰囲気はもはやない。
 六人はフォーメーションを維持しながら、ゆっくり進んでいた。
 前衛中央にファンドグを据え、両脇をハックとスラッシュで固める。後列中央にミルコが立ち、メイリィとフーガがミルコを挟む形で移動している。
「何かめっちゃ嫌な雰囲気やん…」メイリィが首をすくめた。
「七階みたいな雰囲気になっとるで」
「七階ってこんな感じなんですか?」
「一気に人が減るからな…陰気なもんやで」
「ちょっと待ってください」フーガが立ち止まった。
「何か羽音が聞こえたような」
「来たぞ」
「いきなりかよ」
 通路の向こうに、黄金色に輝く虫の羽の色が見える。
 死甲虫デス・ビートルだ。
「展開します!」ミルコが叫んだ。
「打ち合わせ通りに」
 前の三人が武器を構えた。
「ファンドグ!」ハックが叫ぶ。
 ファンドグが死甲虫に突進する。
 死甲虫の顎門が伸びるのを、ファンドグが盾で弾いた。
 ファンドグは戦斧を死甲虫に叩きつけた。
 もちろんこの攻撃が通らないことは承知だ。
 死甲虫が衝撃を受けてバランスを崩すのを見て、ハックが突進する。
強化エンチャント」ミルコが呪文を唱える。
 ハックの小刀が、青白い空気を帯びる。
 ハックはファンドグの背中に駆け上ると、ファンドグの肩を蹴って死甲虫の背中の部分に刀を突き立てた。
 そのまま着地し、もう片方の刀で薄羽を払う。
 背中の甲に覆われていない部分の弱い継ぎ目に刀を受け、死甲虫はのたうった。
雷弾サンダーボルト!」
「胴払い!」
 スラッシュの刀技とメイリィの魔法が同時に炸裂した。
 たまらず死甲虫が落ちたところに、フーガの矢が命中する。
 矢は正確に死甲虫の複眼を貫いていた。
「ふん!」
 ファンドグが強烈な蹴りを死甲虫の腹の部分に与え、そのまま力任せに踏み抜く。
 正面や背中は通らない動きでも、装甲の薄い腹なら格闘戦でも通る。
 死甲虫はびくびくと痙攣し、そのまま動かなくなった。
「俺を踏み台にしやがって」ファンドグが肩を払った。
「意外性がある動きの方がいいだろ」ハックが甲虫の背から刀を抜いた。
「いくら相手が昆虫でもな」
「一階からこれじゃ体がもたないですね」ミルコが言った。
「気をつけながら先に進みましょう」







しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

寵愛の花嫁は毒を愛でる~いじわる義母の陰謀を華麗にスルーして、最愛の公爵様と幸せになります~

紅葉山参
恋愛
アエナは貧しい子爵家から、国の英雄と名高いルーカス公爵の元へと嫁いだ。彼との政略結婚は、彼の底なしの優しさと、情熱的な寵愛によって、アエナにとってかけがえのない幸福となった。しかし、その幸福を妬み、毎日のように粘着質ないじめを繰り返す者が一人、それは夫の継母であるユーカ夫人である。 「たかが子爵の娘が、公爵家の奥様面など」 ユーカ様はそう言って、私に次から次へと理不尽な嫌がらせを仕掛けてくる。大切な食器を隠したり、ルーカス様に嘘の告げ口をしたり、社交界で恥をかかせようとしたり。 だが、私は決して挫けない。愛する公爵様との穏やかな日々を守るため、そして何より、彼が大切な家族と信じているユーカ様を悲しませないためにも、私はこの毒を静かに受け流すことに決めたのだ。 誰も気づかないほど巧妙に、いじめを優雅にスルーするアエナ。公爵であるあなたに心配をかけまいと、彼女は今日も微笑みを絶やさない。しかし、毒は徐々に、確実に、その濃度を増していく。ついに義母は、アエナの命に関わるような、取り返しのつかない大罪に手を染めてしまう。 愛と策略、そして運命の結末。この溺愛系ヒロインが、華麗なるスルー術で、最愛の公爵様との未来を掴み取る、痛快でロマンティックな物語の幕開けです。

誰からも食べられずに捨てられたおからクッキーは異世界転生して肥満令嬢を幸福へ導く!

ariya
ファンタジー
誰にも食べられずゴミ箱に捨てられた「おからクッキー」は、異世界で150kgの絶望令嬢・ロザリンドと出会う。 転生チートを武器に、88kgの減量を導く! 婚約破棄され「豚令嬢」と罵られたロザリンドは、 クッキーの叱咤と分裂で空腹を乗り越え、 薔薇のように美しく咲き変わる。 舞踏会での王太子へのスカッとする一撃、 父との涙の再会、 そして最後の別れ―― 「僕を食べてくれて、ありがとう」 捨てられた一枚が紡いだ、奇跡のダイエット革命! ※カクヨム・小説家になろうでも同時掲載中 ※表紙イラストはAIに作成していただきました。

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

処理中です...