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第二章 地下迷宮のオルクス
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「ガルドンク?」フーガが言った。
「誰ですか?」
「確か、お前が知っているこのあたりのオルクスの族長だったな」
スラッシュが言った。
「そうだ」ファンドグは言った。
「いい奴じゃなかったっけ」ハックが尋ねた。
「そうだ」ファンドグは静かに言った。
「高潔な、誇り高い長だった」
「それが、虫を手懐けて迷宮の中の人を襲ってるってことですか?」ミルコが尋ねた。
「そうなるな」
「そもそも」ハックが尋ねる。「虫を手懐ける、ってのはなんなんだ。虫と会話できるのか」
「わからん」ファンドグは首を捻った。フルヘルムが傾く。
「そもそもそんな力は、族長といえども俺たちには、ない」
「だろうな」ハックは言った。「魔法はどうだ?」
「そんな都合のええ魔法、あるかいな」
「僕らボルモルにはビーストテイマーの魔法がありますけど、契約魔法なので、一度に数種類の個体を操るってのは考えにくいですね」フーガが言った。
「そもそも昆虫には効かへんやろ」メイリィが否定した。
「昆虫には心がないからな」
「そうなんですか?」フーガが驚いて問い返した。
「そやで。あいつらの心は読まれへんって聞くわ」
一同は沈黙した。
「としたら」
ミルコは考えこんだ。
「どうした」
「ひとつ思い当たる節が、ないことはないです」ミルコは言った。
「図書室で文献に当たれればいいんですけど」
「戻るわけにもいかねぇしな」ハックが腕を組んだ。
「せっかくここまで来て、引き返してまた戻ってくるのは骨だぜ」
「とりあえず二階まで来た」スラッシュが言った。
「奥へ進もう」
ミルコにとって二階は実に久しぶりの侵入になる。
「ここいらは地図に大きな変化はないようですね」ミルコは地図と道を照らし合わせながら言った。
「オルクスはどこら辺を根城にしていると思う」ハックが尋ねた。
「おそらく二階でしょう。二階を根城にして稼ぎながら下に降りていくと思います。私なら、この大きな部屋にしますかね」ミルコは二階中央の大広間を指さした。
「舞踏場、か」
ファンドグが言った。
「なんだそれは」スラッシュが尋ねる。
「この部屋は、不自然に大きいので、一階から二階に降りた初心者の情報交換所になっている。だいたいここでキャンプを張って二階を探索するんだ。大きさから、舞踏場、と呼ばれている」ファンドグは言った。「俺も迷宮に来たてのときは、お世話になった」
「私もです」ミルコは言った。迷宮内では有名なキャンプ地だ。「どこからオルクスが侵入したにせよ、今のオルクスの動きは完全に一階からの階段を封鎖するような動きをしています。おそらく、この辺をもう制圧して、自分たちのものにしていると思いますよ」
「厄介じゃねぇか」ハックは言った。「ここに敵の本丸があるなら、この辺オルクスだらけになるんじゃねぇか」
「そうですね」ミルコは言った。
「その可能性を充分考えて行動しないとですね」
しかし、予測に反してミルコたちはほとんど接触がないまま先に進んだ。昆虫はおろか、オルクスも、インプやラットバニーさえ会うことがない。
「一階と打って変わって静かじゃねぇか」ハックが言った。
「そうだな」小さな声でスラッシュが応じた。「慎重に進むに越したことはない」
やがて六人はドアの前に立った。
ドアには木の板が打ち付けてあり、「舞踏場」と書いてある。
過去に侵入したハンターたちの手になるものだった。
フーガが耳をドアに当てた。
「どうだ?」ハックが尋ねる。
「何かがいる気配はあります」フーガは言った。
「静かですけど」
ハックが意匠を凝らした両開きの扉に手をかける。
「行くぞ」
ミルコは頷いた。
ハックが扉を開ける。
両開きの扉が音を立てて開く。
ギチギチ、という音がしてこちらを何かが見た。
最初、ミルコは部屋の真ん中に井戸堀の木組があるのかと思った。
細い木組みのようなシルエットが、部屋の真ん中に鎮座している。
木組みの上には人が吊り下げられている。
その体が、ぼとり、と地面に落ちた。
木枠のようなものは緩やかに動き、再びギチギチ、という音がした。
「嘘だろ」ハックが呻いた。
木のように見えたものがゆっくりと両の腕を上げて、こちらに構えを取る。
それは巨大な蟷螂だった。
かつて、探索者マカリスターが初めて二十五階に達したとき、迷宮の門番のように立ち塞がったのが、この巨大な蟷螂だったという。
マカリスターは書いている。
熟練の騎士が三人、重装備で向かったが、一瞬にしてその鎌の前に犠牲になった。
その鎌はまるで死神の一撃のようだった。
迷宮に巣食う巨大昆虫の頂点にして至高の存在。
畏怖を持ってそれはこう呼ばれる。
刈り取る者、と。
リーパーは猛スピードでこちらに向かってきた。
ハックが慌ててドアを閉める。
がつん、という衝撃がして、ドアがメリメリという音を立てた。
リーパーが一撃を与えたのだ。
「なんであんなのがここにいるんだ!」ドアを押さえながらハックが言った。
がつん、がつんと音がする。
それはまるで殺人鬼がドアをこじ開けようと斧をぶつけているような音だ。
ドアに裂け目ができる。
「下がって!」ミルコが叫び、印を結ぶ。
「施錠!」
扉が固く閉まる。
「強化」
扉に連続して魔法をかける。
「防具を強化する魔法を扉にかけました。これで少しもちます」ミルコは早口で言った。「下がって」
強化された扉が破れないと悟ったのか、音が止んだ。
「リーパーはとにかく速いです」ミルコは言った。
「大鎌を持った巨人が、猛スピードで走ってきていると思ってください」
「かなわんな」スラッシュが言った。「どうやれば斬れる」
「間合いに入れれば」ミルコは言った。「ただ、一撃を受けると、保たない感じがします」
「そうだな」ハックが言った。「ファンドグの鎧でも無理だろう」
「そうすると鎌をどっちか一方だけでも無力化しないと」
「当たったら死ぬ、受けても吹っ飛ばされる、どうする」
「逃げる、いう選択肢はあるで」メイリィが言った。「命あってや」
「しかし、これを片付けないとまた死者が出ます」ミルコは言った。
「見ましたか?中に人がいました。もしかしたら、まだ生きている人がいるかもしれません」
「なら、どうする」ファンドグが言った。
ミルコは地図を見た。
「この部屋に通じるドアが、あと三つあります」地図を指す。「東と、西と、北です」
全員が地図を覗きこむ。
「私たちは今、この南の扉の前にいます」
地図を指さす。
「北と東にはこの部屋を抜けないと行けませんが、西にはこちらの通路から回り込めます」
「二手に別れるんですか」フーガが言った。「危険じゃないですか」
「さっきリーパーは食事中でした。空腹状態のリーパーのそばを通るのはオルクスたちにとっても危険でしょうから、食事が終わるまでオルクスたちも他の昆虫も奥にいるんだと思います。おそらくこの奥の部屋あたりかと」北にある部屋を指さす。「であれば、通路は抜けられるはず」
「わかった。賭けよう」スラッシュが頷いた。
「作戦は」
ミルコは扉の裂け目を見た。
リーパーの鎌で傷ついた扉だ。
「おとりを使います」ミルコは言った。
「え、だれ」メイリィが言った。
「派手にやりましょう」ミルコは微笑んだ。
「火力には自信がある、って言いましたね」
ミルコはメイリィに作戦を説明した。
「無茶苦茶やな…」
「これしかないです」ミルコは言った。
「この迷宮の仕組みを最大限に利用してやりましょう」
「よし、行くぞ」ハックが言った。
「作戦開始だ」
「誰ですか?」
「確か、お前が知っているこのあたりのオルクスの族長だったな」
スラッシュが言った。
「そうだ」ファンドグは言った。
「いい奴じゃなかったっけ」ハックが尋ねた。
「そうだ」ファンドグは静かに言った。
「高潔な、誇り高い長だった」
「それが、虫を手懐けて迷宮の中の人を襲ってるってことですか?」ミルコが尋ねた。
「そうなるな」
「そもそも」ハックが尋ねる。「虫を手懐ける、ってのはなんなんだ。虫と会話できるのか」
「わからん」ファンドグは首を捻った。フルヘルムが傾く。
「そもそもそんな力は、族長といえども俺たちには、ない」
「だろうな」ハックは言った。「魔法はどうだ?」
「そんな都合のええ魔法、あるかいな」
「僕らボルモルにはビーストテイマーの魔法がありますけど、契約魔法なので、一度に数種類の個体を操るってのは考えにくいですね」フーガが言った。
「そもそも昆虫には効かへんやろ」メイリィが否定した。
「昆虫には心がないからな」
「そうなんですか?」フーガが驚いて問い返した。
「そやで。あいつらの心は読まれへんって聞くわ」
一同は沈黙した。
「としたら」
ミルコは考えこんだ。
「どうした」
「ひとつ思い当たる節が、ないことはないです」ミルコは言った。
「図書室で文献に当たれればいいんですけど」
「戻るわけにもいかねぇしな」ハックが腕を組んだ。
「せっかくここまで来て、引き返してまた戻ってくるのは骨だぜ」
「とりあえず二階まで来た」スラッシュが言った。
「奥へ進もう」
ミルコにとって二階は実に久しぶりの侵入になる。
「ここいらは地図に大きな変化はないようですね」ミルコは地図と道を照らし合わせながら言った。
「オルクスはどこら辺を根城にしていると思う」ハックが尋ねた。
「おそらく二階でしょう。二階を根城にして稼ぎながら下に降りていくと思います。私なら、この大きな部屋にしますかね」ミルコは二階中央の大広間を指さした。
「舞踏場、か」
ファンドグが言った。
「なんだそれは」スラッシュが尋ねる。
「この部屋は、不自然に大きいので、一階から二階に降りた初心者の情報交換所になっている。だいたいここでキャンプを張って二階を探索するんだ。大きさから、舞踏場、と呼ばれている」ファンドグは言った。「俺も迷宮に来たてのときは、お世話になった」
「私もです」ミルコは言った。迷宮内では有名なキャンプ地だ。「どこからオルクスが侵入したにせよ、今のオルクスの動きは完全に一階からの階段を封鎖するような動きをしています。おそらく、この辺をもう制圧して、自分たちのものにしていると思いますよ」
「厄介じゃねぇか」ハックは言った。「ここに敵の本丸があるなら、この辺オルクスだらけになるんじゃねぇか」
「そうですね」ミルコは言った。
「その可能性を充分考えて行動しないとですね」
しかし、予測に反してミルコたちはほとんど接触がないまま先に進んだ。昆虫はおろか、オルクスも、インプやラットバニーさえ会うことがない。
「一階と打って変わって静かじゃねぇか」ハックが言った。
「そうだな」小さな声でスラッシュが応じた。「慎重に進むに越したことはない」
やがて六人はドアの前に立った。
ドアには木の板が打ち付けてあり、「舞踏場」と書いてある。
過去に侵入したハンターたちの手になるものだった。
フーガが耳をドアに当てた。
「どうだ?」ハックが尋ねる。
「何かがいる気配はあります」フーガは言った。
「静かですけど」
ハックが意匠を凝らした両開きの扉に手をかける。
「行くぞ」
ミルコは頷いた。
ハックが扉を開ける。
両開きの扉が音を立てて開く。
ギチギチ、という音がしてこちらを何かが見た。
最初、ミルコは部屋の真ん中に井戸堀の木組があるのかと思った。
細い木組みのようなシルエットが、部屋の真ん中に鎮座している。
木組みの上には人が吊り下げられている。
その体が、ぼとり、と地面に落ちた。
木枠のようなものは緩やかに動き、再びギチギチ、という音がした。
「嘘だろ」ハックが呻いた。
木のように見えたものがゆっくりと両の腕を上げて、こちらに構えを取る。
それは巨大な蟷螂だった。
かつて、探索者マカリスターが初めて二十五階に達したとき、迷宮の門番のように立ち塞がったのが、この巨大な蟷螂だったという。
マカリスターは書いている。
熟練の騎士が三人、重装備で向かったが、一瞬にしてその鎌の前に犠牲になった。
その鎌はまるで死神の一撃のようだった。
迷宮に巣食う巨大昆虫の頂点にして至高の存在。
畏怖を持ってそれはこう呼ばれる。
刈り取る者、と。
リーパーは猛スピードでこちらに向かってきた。
ハックが慌ててドアを閉める。
がつん、という衝撃がして、ドアがメリメリという音を立てた。
リーパーが一撃を与えたのだ。
「なんであんなのがここにいるんだ!」ドアを押さえながらハックが言った。
がつん、がつんと音がする。
それはまるで殺人鬼がドアをこじ開けようと斧をぶつけているような音だ。
ドアに裂け目ができる。
「下がって!」ミルコが叫び、印を結ぶ。
「施錠!」
扉が固く閉まる。
「強化」
扉に連続して魔法をかける。
「防具を強化する魔法を扉にかけました。これで少しもちます」ミルコは早口で言った。「下がって」
強化された扉が破れないと悟ったのか、音が止んだ。
「リーパーはとにかく速いです」ミルコは言った。
「大鎌を持った巨人が、猛スピードで走ってきていると思ってください」
「かなわんな」スラッシュが言った。「どうやれば斬れる」
「間合いに入れれば」ミルコは言った。「ただ、一撃を受けると、保たない感じがします」
「そうだな」ハックが言った。「ファンドグの鎧でも無理だろう」
「そうすると鎌をどっちか一方だけでも無力化しないと」
「当たったら死ぬ、受けても吹っ飛ばされる、どうする」
「逃げる、いう選択肢はあるで」メイリィが言った。「命あってや」
「しかし、これを片付けないとまた死者が出ます」ミルコは言った。
「見ましたか?中に人がいました。もしかしたら、まだ生きている人がいるかもしれません」
「なら、どうする」ファンドグが言った。
ミルコは地図を見た。
「この部屋に通じるドアが、あと三つあります」地図を指す。「東と、西と、北です」
全員が地図を覗きこむ。
「私たちは今、この南の扉の前にいます」
地図を指さす。
「北と東にはこの部屋を抜けないと行けませんが、西にはこちらの通路から回り込めます」
「二手に別れるんですか」フーガが言った。「危険じゃないですか」
「さっきリーパーは食事中でした。空腹状態のリーパーのそばを通るのはオルクスたちにとっても危険でしょうから、食事が終わるまでオルクスたちも他の昆虫も奥にいるんだと思います。おそらくこの奥の部屋あたりかと」北にある部屋を指さす。「であれば、通路は抜けられるはず」
「わかった。賭けよう」スラッシュが頷いた。
「作戦は」
ミルコは扉の裂け目を見た。
リーパーの鎌で傷ついた扉だ。
「おとりを使います」ミルコは言った。
「え、だれ」メイリィが言った。
「派手にやりましょう」ミルコは微笑んだ。
「火力には自信がある、って言いましたね」
ミルコはメイリィに作戦を説明した。
「無茶苦茶やな…」
「これしかないです」ミルコは言った。
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