迷宮のハック&スラッシュ

雨宮タビト

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第二章 地下迷宮のオルクス

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 南の扉の前には、ファンドグ、メイリィ、ミルコが残った。
 足の速い三人が通路を走って西に向かっている。
「ほんまにこんなやり方でうまく行くんかいな…」メイリィがひとりごちた。
「わかりません」ミルコが首を振る。「でもこれしか思いつきません」
「しゃあないな、やるで」
 二人が下がる。
 メイリィは振り向き、後ろの壁、ちょうど通路を照らすランプのある辺りに向かって呪文を唱えた。
火球ファイアボール!」
 通路の壁が爆破した。
 壁には無惨に穴が開く。
 ランプが消えて周りが少し暗くなった壁の中に、通路のランプ用の魔法晶石が微かに光を帯びているのが見えた。
 メイリィは慎重にそれを取り出す。
「こんなん思いついてもだれもやらへんやろ」
「そうですね」ミルコは認めた。
「前の時といい…ほんまにあんたは」
「きたぞ」ファンドグが呻いた。「すごい数だ」
 囁き声のような声が聞こえる。
「さあ、これを取り戻しに来なはれ」メイリィが魔法晶石を高く掲げる。
 通路の向こうから、小さな人影が走ってくる。
 迷宮小人レプリコーンだ。
 迷宮をあるべき姿に修復する小さな番人たち。
解錠アンロック!」ミルコが魔法を唱える。
 ドアが開く。
 リーパーがこちらに鎌首をもたげた。
「ファンドグ!」メイリィが魔法晶石を渡す。
 ファンドグはそれを受け取ると、

 魔法晶石を力一杯リーパーに向かって投げつけた。

 魔法晶石は見事にリーパーに命中し、地面に落ちる。
 そこへ迷宮小人たちが雪崩を打って押し寄せる。
 リーパーは訳もわからずその一団を鎌で薙ぎ払った。
 何体かの小人が宙に舞う。
 しかし、迷宮小人は大量に押し寄せ、リーパーの進路を塞いだ。
 小さな子供たちに囲まれて身動きができない祭りの山車のように。
 リーパーは混乱し、立ち往生した。
 鎌で小人を薙ぎ払うが、小人たちは魔法晶石に群がる。
 その時背後の扉が開いた。
 ハック、スラッシュ、フーガの三人が飛び込んでくる。
 フーガが矢を放つ。
 矢はリーパーの背中の羽に突き刺さる。
 リーパーが後ろを向くが、本来蟷螂の鎌は背後を攻撃するようにできていない。
 前方の小人たちに気を取られ、リーパーが振り向くのが遅れた。

 二人にとっては、それで十分だった。

 音もなくハックが飛び上がり、小刀をリーパーの首元に叩きつける。
 小刀はリーパーの首の付け根にめり込む。
 そのままもう一方の刀を頭部に打ち付ける。
 鎌が宙を切った。
 間一髪鎌を避けたハックが地面に転がる。
「士電流抜刀術」
 スラッシュがリーパーの間合いに飛び込む。
鎌鼬かまいたち
 綺麗に回転した太刀筋が、リーパーの胴にめり込んだ。
 そのまま綺麗に胴を両断する。
「やった!」
 フーガが叫ぶ。
 リーパーはきょとん、と首を傾げたが、そのまま地に落ちて動かなくなった。
 小人たちが凱歌をあげ、晶石を回収していく。
「またこいつらに助けられたな」ハックが笑う。
「こんな戦い方するパーティー見たことないわ」メイリィが呆れた。
「あんたのあだ名、『小人使い』に変えたらどないや」
「破滅のミルコ、よりはいいかもですね」ミルコは微笑む。
「おい」スラッシュが手をあげた。「こっちにまだ生きてる奴がいるぞ」
 ミルコが慌てて駆け寄る。
「大丈夫ですか!」
 床に男が倒れている。鎧を剥がされ、顔は腫れているが、まだ息があった。
 ミルコが護符に手をやり、男に手をかざす。
 男の体が青く光る。回復魔法だ。
「あり…がとう」少し楽になったのか、男が弱々しく礼を言った。
「話せますか」ミルコが尋ねる。
「ああ…」
 男は目を瞑る。
「一階で虫の群れとオルクスに襲われて、ここに連れてこられたんだ。仲間は全部あのでかいのに食われちまった」
「オルクスたちはどこに」
「奥だ…」男は北の扉を指さした。「あの向こうにいる」
「オルクスの中に、背の高い、牙の欠けたオルクスはいなかったか」ファンドグが尋ねた。
「牙の…欠けた?」男が目をしばたたかせた。
「もしかして、あの奇妙な兜を被ったやつのことか?」
「奇妙な兜?」ファンドグは問い返した。
「そいつが族長かもしれんのだ。それらしい感じはしたか」
「そうかもしれない。他のオルクスがそいつを…なんというか、恐れているみたいだった」男は言った。「奇妙な…なんというか、変な兜をかぶっていた」
「しっ!足音がします!」警戒していたフーガが静かに言った。
「北から、複数」
「来たな。扉前で迎えうつぞ」ハックが言った。
「ここやったら多少、派手にやっても大丈夫やな」メイリィが舌なめずりをした。
「下がっとき!」
 メイリィは杖を構え、術式を展開する。
 相手が来るとわかっていれば、多少時間をかけて準備したほうが魔法はより強力になる。
「下がったほうがいいですよ」フーガが囁く。
「久々に本気出すみたいですから」
 メイリィは簡易方陣を描き、杖を地面についた。
 胸のアミュレットが光る。
「最大火力でいったるで」メイリィはつぶやいた。
 ドアが開き、オークたちがなだれこんで来た、その刹那、
炎舞ファイアストーム!」
 メイリィの魔法がドアに向かって叩きつけられた。
 耳をつんざく轟音とともに激しい火の手がドアから上がり、侵入してきたオークたちが吹き飛ぶ。
 不意を打たれたオルクスたちが怯んだところに、スラッシュ、ハック、ファンドグの順に襲いかかる。
 数で優っていたはずのオルクスたちは完全に押され、次々と斬り伏せられていく。
 たちまち周囲に戦闘不能になったオルクスたちが積み上がり、残りは後ろを向いて慌てて逃げていく。
「追うぞ!」
 ハックたちは走り出した。
「ここにいてください!」男に手当てを施したミルコが後を追った。
 オルクスたちは追いついたハックに斬り伏せられて倒れ、廊下に転がる。
 オルクスが北の部屋に踏み込むところに、メイリィが後ろから魔法を唱えた。
火球ファイアボール!」
 魔法はドアの向こう側に炸裂した。
「よし行くぞ!」
 ドアの向こうにファンドグとハックが踏み込む。
「うぉらっ!」
 ファンドグが盾でオルクスを蹴散らし、その陰からハックとスラッシュが敵陣に斬り込んだ。
「危ないっ!」
 ミルコが叫ぶ。
 ファンドグが盾で飛んできた何かを払った。
 火花のような音がして、何かが盾にめり込む。
弾丸虫バレットビートルか!」
 バレットビートルは大きさは親指ほどだが、硬い表皮と推進力を持つ甲虫だ。
 音に向かって突進する性質を持つため、時折迷宮で飛来して怪我をするハンターがいる。
 しかし、この飛んで来かたは異常だ。
 まるで魔法の矢のように、次々とバレットビートルが飛んでくる。
炎壁ファイアウォール
 メイリィが魔法を唱えビートルを撃ち落とす。
 しかし、無数に飛来する甲虫をハックもスラッシュも避けるのがやっとだ。
「くそっ!なんだよこれ」ハックが悪態をつく。
「奥のあれ!あれを見てください」
 フーガが叫ぶ。

 部屋の奥で、こちらに向かって手を伸ばす人影。
 体はファンドグと同じくらいの背丈で、少し細身のオルクスだ。甲冑とマントを身に纏っている。
 見たところ普通の戦士といったいでたちだ。
 しかし、異質なのはその頭に被った兜だった。
 顔の上半分を覆い、赤い複眼と、昆虫を戯画化したような金色の飾りが付いている。
「悪趣味な兜被りやがって」ハックが甲虫を避けながら言った。
「てめぇが長かよ」
 兜の人影は無言で手を振る。
 手を振るたび背後からバレットビートルがこちらに飛んでくる。
 躊躇なく飛んでくる甲虫は、死を厭わずこちらに向けて飛び、メイリィの魔法で撃ち落とされていく。
「あかん、防戦一方で攻撃がでけへん!」
「俺がいく!」
 ファンドグが叫ぶや否や、盾を水平に投げつけた。
 ビートルが盾を撃ち落とすように飛来する。
「うらうらうらァッ!」
 戦斧を振り回しながらファンドグが突進した。
 ビートルが盾に集中した分、隙ができた。
「でぇあっ!」
 気合のこもった叫びと共にファンドグが戦斧を振り下ろす。
 兜のオルクスがその戦斧を避けると、剣を抜いてファンドグの甲冑に叩きつけた。
 ファンドグはそれを避けたが、剣の刃がフルヘルムを掠める。
 がきん、と金属がぶつかる音がして、ファンドグが一瞬バランスを崩す。
 そこへもう一太刀、剣戟を浴びせようとした兜のオルクス目掛け、ファンドグの後ろから突進したハックが小刀を突き出す。
 兜のオルクスはそれも避けた。
 バレットビートルが三匹、オルクスの後ろから飛び上がる。
「兜を!」ミルコが叫ぶ。
 ファンドグが戦斧を兜に向かって叩きつける。
 ごきん、という音がして、兜が飛んだ。
 オルクスの頭部があらわになる。

「うっ」ファンドグが呻いた。
 オルクスの頭部から、木の根のような器官が伸びており、それが兜と繋がっていた。
 兜は地面に落ちず、ぶよん、と垂れ下がった。
 ビートルが飛来し、ファンドグの体に命中する。
 鎧に固いものが当たる金属音が響く。
 三体の甲虫のぶつかる衝撃をまともに受けて、ファンドグが後ろへ飛んだ。
「ファンドグ!」ハックが叫ぶ。
「兜の線を切って!」ミルコが叫んだ。
 ハックの後ろから駆けて来たスラッシュが、刀を抜いた。
「士電流抜刀術」
 スラッシュの刀が一閃する。
霞薙かすみなぎ

 刀の線は綺麗に兜を捕らえ、
 鮮血を撒き散らして兜が飛ぶ。

 その刹那、
 それまで統制されていたバレットビートルの動きが乱れ、地面に落ちた。

 兜のオルクスがゆっくりと倒れた。
 

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