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第二章 地下迷宮のオルクス

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「ファンドグ!」
 フーガが駆け寄る。
「俺は、かすり傷だ」よろよろとファンドグが立ち上がる。
「こんなもんでやられるかよ」
「メイリィ」ミルコが松明を差し出した。「魔法火をください」
「ええけど、どないすんの?」
 メイリィが杖から魔法火を出して松明につけた。
 ミルコは慎重に近寄り、オルクスの頭に刺さった根のようなものを焼き落とす。
 さらに、兜の方の期間にも火を押し付け、焼いた。
「これが多分、昆虫を操っていたものです」
 ミルコは兜を突いた。
「というか、兜に操られていたというか」
「なんやの、これ?」
「魔法遺物です」ミルコは言った。
「魔法遺物?」メイリィが言った。
「迷宮で発見される、あれか」
「なんなんだ、これ?」ハックが気味悪そうに言った。
「おそらく、虫を操ることができる代わりに、精神が悪影響を受けるんだと思います」
 ミルコは言った。「被っちゃダメですよ」
「誰が被るか、誰が」ハックが呆れた。
「貴様ら…」オルクスが口を開いた。
「この人」ミルコがファンドグに言った。「ガルドンクですよね」
 ファンドグがうなずく。
「俺の名前を…知っているのか」ガルドンクは共通語コモンで答えた。
「俺は」ファンドグが兜をとる。「ファンドグ。オルカンのファンドグだ」
「えっ!」メイリィがファンドグの素顔を見て驚いて言った。
「ファンドグってオルクスやったんかいな」
「気がつかないで来てたんですか」フーガが呆れた。「匂いでわかるじゃないですか」
「んなもん、あんたと一緒にせんといてぇな」メイリィが抗議した。
「オルカン…そうか。あの時の子供たちか」ガルドンクが目を閉じた。
「あの頃はまだ、里もあった。皆豊かではなかったが、生活していけた」
「なぜこんな真似をした」ファンドグが悲しそうに言った。
「貴様は尊敬を集める長だった。俺は里で良かったことなどひとつもなかったが、貴様が保護してくれたおかげで一人前になるまでなんとか生活していけたのだ。それなのに」
「迷宮だよ」ガルドンクは言った。「迷宮のせいだ」
「どういうことだ」
 ガルドンクは目を閉じた。
 苦しそうに息をひとつ吐く。
「あの…」ミルコは言った。「私たちは勘違いをしていたんですね」
 一同がミルコの顔を見る。
「オルクスが迷宮に侵入したんじゃない」
 ミルコは目を伏せた。
んですね」
「どういうことだ」ハックが問い返した。
「この先に、お前たちの探している答えがある」ガルドンクが言った。
「見てくるがいい」

「この通路は、地図にありませんね」
 北の部屋の先に、新しい通路ができているのをミルコが確認した。
「そうか、岩蟲ロックワームか」ハックが手を打った。
「この間私たちが遭遇したロックワームが、おそらく迷宮とオルクスの洞窟を繋いでしまったのでしょう」
 ミルコは言った。
「この先が、オルクスの洞穴と繋がっているのだと思います」
「ということは」
「洞窟は迷宮の影響を受けます。ラットバニーやドラゴンフライ、今まで無害だった虫や獣が、危険な動物となってねぐらを襲うのです」
「生活できなくなるわな」
「つまり、オルクスの生活圏がまるまる、迷宮に取り込まれてしまったのですね」
「だから、オルクスは迷宮を利用して、略奪をして武器や魔法晶石を調達して、生活圏を無理矢理築くしかなくなってしまった、ということか」スラッシュが顎をなでた。
 三人は北の通路を奥まで進んだ。
 突き当たりに、かつて洞窟だったと思しき空間が現れた。
 今は、壁が完全に迷宮と同一化しており、ここがかつてオルクスの洞窟だったことを示すのは、それまでの部屋と違う、丸い形だけだ。
 床に散乱した生活用具は、ここでまだオルクスたちが暮らしていることを表している。
 しかし出口は、
「ああ…」ミルコはため息をついた。
 かつて洞窟の出口であったと思われるものは、完全にふさがれ、壁になっていた。
 修復不可能な変更があった場合、迷宮小人たちは
 小人たちは完全な仕事をしたのだ。
 そこから外へ出ることもできず、かといって迷宮の入り口へ逆行することもできない。
 おそらくそこにあったのは絶望だったろう。
 ミルコは首を振った。

 私たちが侵略者だと思っていたオルクスたちは、被害者だったのだ。

 ミルコは久しぶりに、神に憐憫を乞うた。


「しかしわからないのは、あの兜です」
「魔法遺物か」
「あれがなければ多分、迷宮内でオルクスはやっていけなかったでしょう。でも昆虫を操る防具なんて便利なもの、この階層にあるはずがありません」
「誰から手に入れたか、だな」
 ミルコはそれをガルドンクに尋ねた。
 ガルドンクはこともなげに言った。
「あれは、もらったのだ」
「もらった?」ミルコが驚いて聞き返した。
「誰に?」
「我々が小人の襲来で住処をめちゃくちゃにされて、こちらに避難してきたとき、階段の奥から一人の男が現れた」ガルドンクは語った。
「男は商人だと名乗った」
「商人?」
「そうだ」ガルドンクは目を閉じた。何かを思い出そうとしているようだった。
「ものすごい数の鳥籠を身体中につけていた」
「鳥籠?」
「だが鳥は一羽も連れてはいないのだ」
「随分珍奇な格好じゃねぇか」ハックがつぶやいた。
「男は、この兜は試作品で、売り物ではないので、使ってみて欲しい、とそう言った」
「明らかに怪しいとは思わなかったのか」ファンドグが咎めた。
「思ったよ」ガルドンクは自嘲的に笑った。「だが、あの時わしはどうしようもなかった。これを付ければ昆虫を使って敵を撃退できる。そう考えた」
 ミルコは床に転がった兜を見つめた。
 禍々しい金色の装飾。
「ところが使ってみると、どうにもおかしくてな」ガルドンクは首を振った。
「いつの間にか昆虫を使ってハンターを襲って金品を得るようになっていった。わしはこの昆虫どもを使って、お前たちの里に攻めていこうと考えるようになっていたのだ」
「操られていたような気がしますか」ミルコが尋ねた。
「虫を操ってるつもりが、虫に使われていたんだろうな」ガルドンクは答えた。
「虫は住む場所を広げるのが本来の性質よ。わしはいつの間にか、その手助けをするだけの存在になるところだったのかもしれん」

 迷宮の入り口から、聖騎士に護衛されてオルクスたちが外へ出ていく。
 戦士たちに混じって、子供や女性の姿もあった。
「こうしてみると、結構な数のオルクスが迷宮で暮らしていたんだな」
「そうですね」
 ミルコはファンドグに尋ねた。
「あのオルクスたちは、他の山へ移っていくんでしょうか」
「そうなるだろうな」
 ファンドグは答えた。
「これから冬が来る。厳しい道行になるだろう」
「そうですね」
 ファンドグのフルヘルムからは、表情が全く読み取れない。
 かつて自分の捨てた故郷とはいえ、故郷を完全に失った気持ち。
 それはこのタリスマンの人たちが、同じように味わってきたものだ。
「この迷宮は」
 ミルコは思わずつぶやいた。
「この迷宮はなんなんでしょうか」
 ハックがミルコの顔を見た。
「この迷宮は、この世界に必要なものなんでしょうか」
「必要ないさ」ハックはきっぱりと言った。
 それは今までのどのハックの言葉よりも強かった。
「この迷宮は、本来存在してはいけないものだ」ハックは言った。
「この迷宮ができてから、ジギタニアは強くなった。迷宮は富と、強さをこの国にもたらした。だが」
 ハックは唇を噛み締めた。
「それが、この世界を歪めていい理由には、ならねぇだろうよ」
「そうですね」
「俺はな、ミルコ」
 ハックは言った。

「この迷宮を、消す」

 ミルコは驚いてハックを見た。

「いや、絶対にできるって保証はないんだ。ただ、この迷宮の一番奥にいる、あの」
「迷宮王」ミルコはつぶやいた。
「そいつに会えば、迷宮内のことならなんでも叶えてくれる、っていうだろ」
「伝説ですけどね」
「俺は99階に行く。迷宮王に会う。そして」
 ハックは右拳を握りしめた。

「この迷宮を消すよう、願うつもりだ」

 ハックはニカッ、と笑った。
 これまで見たことのない、少年のような表情だった。

「ミルコ、俺を99階まで連れて行ってくれ」
 ハックは手を差し出した。

「あんたなら、それができる」

 ミルコは出された手を、強く握り返した。

 仲間ができた。
 目標ができた。

 できるかはわからない、叶うかもわからない。
 でも、漠然としていたかたちは、そこにもう、はっきりとあった。

「ミルコー!」

 メイリィが呼んでいる。

「報奨金もらいに行こうや!」

 ミルコは手をあげてそれに答えた。

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みんなの感想(1件)

スパークノークス

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雨宮タビト
2021.08.28 雨宮タビト

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