召喚鬼 異世界冒険噺

悠遊

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第一章

序ノ口  独り酒

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 日本の何処か。
 木枯らし風吹き渡る山中の一角にて──。

 幾度も巡り続けて来た晩秋の宵。
この時期になると肌寒さがまた一つ際立ち、紅葉も大方散り果て、景色の彩りも乏しくなる。ましてやこんな山間の夜間なら尚更だ。
 山の獣道を超えた先、そのまた向こう側に【危険区域】の立て札と錆びた鉄格子がある。現代の人間はもう誰も立ち入らない場所だ。
 鉄格子の先は無造作に生い茂る背の高い枯れ草が並び立っている。それらを掻き分けて突き進めば、陰気が満ちる雑木林へと踏み入り、鬱蒼とした木々を抜けた先には──崖近くに寂しく朽ちた小屋が一軒在るのみ。
 物置小屋と見るには少しばかり大きく、中は古びた竈門に茶器、傷み過ぎた箪笥や畳等々の忘れられた歴史の品々。玄関と思しき近くにはこれまた朽ちた木製の長椅子が置いてある。
 それもそうだ。
 此処は遥か昔、辺境の茶店として存在していたのである。
 秋頃には紅葉が美しく、その時期になっては訪れた登山客でささやかな賑わいが当時にはあった。
 だが主人がいなくなってからはもう誰も近寄らなくなり、只々年月だけが過ぎていった──そして現在いまも尚、忘れ去られた此処だけは当時の面影を遺したまま。
 そんな辺鄙へんぴな場所に、人知れず訪れる者が一人。額から伸びる二本の角に緋色の瞳、朱華の刺繍が施された紅の着物。今世から浮世離れした装いを纏う黒髪の艶美女。
 
 彼女の名は、こう

 永きに渡る日本史の荒波を今も尚生きる妖であり、もう数少ない《鬼》の生き残り。

「──♪、───♪」
 彼女は年季の入った瓢箪を片手に振り回し、寂れた雰囲気に合わない陽気に鼻歌を奏でながら我が家のように小屋の中へ入って行った。
「ふぅぅ……まさかこんな近くに美味しい酒を造ってる場所があったなんて。しばらく居てもいっかなぁー♪」
 などと上機嫌に町の酒造庫からを一献。そして何も無い居間の窓縁に座り込み、夜空を見つめる。

 ──今宵は澄みきった濃紺の空なうえ一点の雲り無し。其処に神々しく存在するは、欠け無しの見事な満月。

「………おまえだけは、相も変わらないねぇ…って、私も同じね…」
 陽気の裏に寂しさを隠して呟いた。
 仲間の妖と共に日々を愉しく気ままに暮らしていたあの頃──時に死と隣り合わせの危機を乗り越えるあの刺激も、もう遠い昔。

 現代いまは、とても退屈だ──…。

 そんな陰鬱な気持ちを流すべく瓢箪に口付けてまた酒を豪快に呷る──でも、さっきより気分は上がらない。
「……はぁぁ──もうどこ歩いても誰もいやしない………折角の美味い酒も、独りじゃつまらない。はぁぁ………」
 現在いまから何百年前も前の事──歴史の陰で行われていた『大討伐』により、人間と妖怪から数多の命がこの世から消えて去った──。
 そんな紅も『大討伐』から命辛々、東奔西走と追手を振り払いながら逃げ回り、命を繋ぎ止めた一人である。
 やがて事が落ち着いて傷が癒えた後、逃げおおせているだろう仲間を探すため、思いついた限りの彼方此方を旅して回った──。

『また仲間に会って旨い酒を一緒に呑み交わしたい』

 その一心で紅は永き時代を只ひたすら歩き続けた。

 しかしそんな想いも虚しく、今世に至っても誰一人として逢うことは叶わず、寂れたこの場所を今の住処として酒を盗んでは浴び浸る日々を現状過ごしている。

「人間が築いた世俗など、私にとっては一時の暇潰しでしかない。そしてそれに染まる気は毛頭無し……」
 ふちを乗り越え、崖の端近くまで歩を進め、今度は月を見つめる。
 既に心は疲弊していた──特に意味も無く、月に向かって手を翳す。
(あぁ…やはりもう私独りだけなのかしらね。だとしたら……)


 ──この命など、何の意味も持たぬ消えて無くなれ


 幾星霜いくせいそうと流さなかった涙が一筋、頬を濡らして流れ落ちた──その瞬間。
 翳している手のすぐそばに青白い光が渦を巻いて突如虚空より現れた。
「──は?」
 何が起きたか理解が追いつかない。そんな最中、手が渦に勢いよく吸い込まれ、離れる術を取る間も無く足が地面から離れた。
「なっ、なぁぁぁぁぁぁぁぁぁ──…!?!?」
 困惑の悲鳴を上げながら紅は瞬く間に光の中へと吸い込まれていった。

 ───光が彼女を飲み込んだ後、それはすぐに消え、まさにと化す。
 
 しかし自然は先程の事件などお構い無しに、静寂の夜空に木枯らし風を冷たく吹き渡らせた。

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