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第一章
闘争の幕開け 異世界一番勝負!!
しおりを挟むいっそ、これまでの全てが夢であってほしい。と、アベルはどれだけ願っただろうか──。
試験の失敗に大事故に、まさかの《魔鬼》と思しき者を召喚。
さらにはこんな山中で滅多に遭遇しないとされている《グレートバグベア》と不幸にも遭遇。
まだ陽が落ちる頃合いでもなく、立て続けに起きた災難に彼の精神はズタボロだった。
「も、もうダメだぁ…」
図鑑や資料の中でしか見たことない凶悪な魔物を目の当たりにし、数々の疲労も重なったあまりに腰を抜かして座り込んでしまう。
「──…いいわねぇ」
対して、紅は昔を思い出し、これまで戦ってきた数少ない好敵手に不敵な笑みを浮かべていた。
大胆不敵にも魔物に向かって無謀にも歩み寄って行く紅に、アベルは即座に彼女の裾を掴んで静止させる。
「…何?」
振り向いた彼女は狂気すら感じる形相だった──しかし、今度は消えかけの勇気振り絞り、怯まず向かい合う。
「何、じゃないよッ!! まさかアイツと戦おうって思ってんじゃ──」
「ご名答、そのまさかよ。久しぶりに骨のありそうな輩と戦うんだから邪魔しないの」
「バカ言うなッ!! アイツの怖さを知らないからそんな事言えるんだよ!!」
「知らないから何だというの? 危ないから下がってなさい」
「で…でも──」
「大丈夫よ。ちょっと大きい熊なんかに遅れは取らないわ」
と、掴まれている手を優しく払い退け、再び歩み寄る。
しばし戸惑うアベルだったが、ここは彼女の忠告を素直に聞き入れてその場から離れようとした──その直後、魔物は近寄る紅を素通りし、アベル目掛けて豪腕を振り上げて咆哮と共に鋭い爪を振り下ろした。
思わず竦んで立ち止まってしまい、アベルは咄嗟に頭を庇って蹲る。
──真上から風圧が襲う。
もう終わった。そう諦めていた一方、何も起こらない様子に訝しみ、庇っていた手を解いて頭上を見上げる。
「っ!?」
驚きを隠せなかった──なんと、紅は片手で魔物の振り下ろした腕を受け止めていたのである。
「…お前さまの相手は私だよ? それなのに無視して坊やに手を出すなんて、案外臆病なのかしらぁ?」
その声には余裕が含まれており、難なく抑えている事が目に見えて分かる程だ。
その信じられない光景に、アベルは彼女をじっと見つめてしまう。
「はあぁぁぁ!!!」
掴む力を強めて魔物の腕に爪を食い込ませ、力任せに横凪に腕を振ると豪快に投げ飛ばした。
為す術無く放り投げられた《グレートバグベア》は離れた木々を次々にへし折り、大木達の上に巨躯を横たわらせる。
アベルは声が出なかった──。
自身の頭上を凄まじい勢いで通り過ぎて行った魔物。それをやってのけた紅に、彼は心から畏怖を抱いた。
「……もう終わり? 軽く捻ってあげただけじゃない」
などと吐き捨てる始末。
明らかな体格差など、そして見た目で判断するのは間違っていたと、この時アベルは脳裏に刻み込んだ。
彼女の挑発が聞こえてしまったのか、魔物は両眼を大きく見開いて荒々しく起き上がると、一際大きな咆哮を上げながら突進を繰り出す。
「そうこなくては…」
紅は正面から迎え撃とうと嬉々として立ちはだかり、身構えると右手の指先に神経を集中させて“気”を流し込む──すると指先から火が灯り、瞬く間に彼女の手を包んで炎が生まれる。
「──?」
一瞬奇妙な感覚に襲われ、意識もほんの僅かに薄れた──。
それはまるで、力が抜けていったような──…。
しかしそれは些細な事。と、目の前に再び集中する。
「──さぁ…いくわよっ!!」
呼応し、炎が一段と激しく膨れ上がる。そして即座に駆け出し、真っ向から攻撃を仕掛けに行く。
魔物も突進を続け、強烈な体当たりを繰り出す。当然その体格による質量と加速度が合わされば、大砲にも勝る威力だろう。
まともにぶつかれば、無事で済むわけが無い。
しかし、それは普通に考えてしまえばである。
アベルの直感では“豪腕を奮った彼女であっても簡単に吹き飛ばされてしまう”と告げていた。
が、それは呆気なく、しかも簡単に覆ったのである。
またしても彼女は受け止めた──しかもまた片腕で、だ。
紅は不敵に笑い、掴んだ頭を強く握り、熱量を上げ、魔物の顔面に爆熱を放つ。
「『紅蓮掌破』!!」
これで頭だけを消し飛ばす──そのはずだったのだが……。
彼女の目の前で、魔物の全身を飲み込む程の巨大な炎の柱が盛大に立ち昇った。
想定外の事象に紅は目を大きく見開き、魔物はその苛烈な炎に断末魔の悲鳴をあげる間も無く、瞬時に灰燼と化していく。
こうして《グレートバグベア》は跡形も無く消え去り、地面には見事に真っ黒な焦げ跡が遺されていた。
まさに、一瞬の決着──。
「す……すごい…《グレートバグベア》が、こうもあっさり……」
アベルはゆっくりと立ち上がって生唾を飲み、熱波漂う中心部にて尚も構えを解かずに硬直している彼女の元へ様子を伺いながら恐る恐る近寄っていく。
紅は《グレートバグベア》がいた箇所を見つめたまま微動だにしない。
「……お、おーぃ? だ…大丈夫か?」
───無反応。アベルは余計不安になり、これも警戒しながらゆっくりと手を差し伸べる。
「………………コ…コウ?」
「………………………………………………なんで──」
「?」
「なんであんな炎になっちゃったのよぉぉぉぉぉぉーーー!!!!」
突然天を仰いで絶叫。直後その場に座り伏し、地面を何度も叩いては涙を流して「何で、何でなのよぉぉ…!」と、激しく悔やんでいる。
目の前で泣き崩れた彼女に掛ける言葉が見つからず、アベルもその場で固まってしまった。
「ぁ…ぇぇ……ど、どうしたんだよいったい…」
「ぅぅ…だってぇ……お肉、無くなっちゃったんだもの……」
「………………………………………は?」
「だぁからぁ!! 食べる部分のお肉が無くなっちゃったのよぉっ!! あぁん、何であんなに勢いよく炎が噴き上がるのよ! 頭だけ吹き飛ばして、あとは毛皮剥いでからじぃっくり焼いて異界の肉を吟味しようって思ってたのにぃっ…もー、私の馬鹿ぁ!!」
「………………」
なんてことを考えていたんだこの女は──。声にこそ出さなかったが、内心で呆れてしまった。
先程の恐れなど微塵も無く、駄々っ子のように喚き続ける彼女にアベルは深く溜息を漏らす。
「ま、まぁ……元気出して。さっきの魔物ならアレだけじゃないはずだし…そのうちまたどこか別のところで会えるよ」
(──いや、ホントはもうあんな恐い魔物と会いたくないけどね…)
「………本当に? また会える?」
「う、うんうん。たぶん、だけど」
と、只々愛想笑いを浮かべて良い解釈に合わせていく。
「…わかった」
その甲斐があり、何とかご機嫌を取り繕ったようで、紅は着物に着いた土埃を払いながら立ち上がる。
「……おほん。見苦しいところを見せてしまったわね。ところで確かめたいことがあるのだけれど……あなた、私に何かした?」
そう言うや、今度はアベルを睨み付けた。
「えっ!? べ、別に何もしてないよ!?」
「私の炎ね…全力を出してもあんなに激しくなったこと無いのよ。それに放つ時、妙な違和感があったのよ」
「は、はぁ…」
「…なんていうか……身体の芯の奥底から力が漲って、私じゃない何かが加わったような……んん、もどかしいっ! とにかく変だったのよ! それ以上に上手く言えないわ!」
「私じゃない、何か……それって──いやまさか、そんなワケが…」
思案に耽っていると、いつの間に間近まで迫って来た彼女の目と目が合った。
「うわっ!?」と、驚きのあまり仰け反って一歩離れるが、彼女はまたも無言でアベルに近付いては至近距離で顔を覗き込む。
「何か、心当たりでもあるのかしら?」
濁り無く微かに煌めく緋色の瞳に直視され、何となく目を合わせ辛いうえに確証の無い理由を話すかどうか迷った──が、観念して肩を落とす。
「…その前に少しだけ離れて」
「どうしてよ?」
「そんなに近いと話し辛いの!」
「むぅ…?」
納得いかない。と云った面持ちで僅かに不貞腐れ、唇を尖らせながら大きく一歩だけ退いた。
「……もしかしたらだけど、僕と『同調』してるからなのかもしれない」
「………『りんく』…??」
「うん。召喚士が扱う『召喚術』に応じた《対象者》は──えっとつまりはコウのことね。それで召喚されたら《対象者》は自動でその召喚士と契約されて、その時に“同調”されるんだ」
「ふむ。という事はこの場合だと、その召喚士とやらが“あべる”ね? で、肝心の“りんく”とやらは──」
「ちゃんと話すから慌てないで。“同調”は、召喚士との魔力共有のことなんだ。つまりコウは僕から魔力を使って力を増幅させることが出来るんだ。おそらくコウが感じた違和感はたぶんそれ……それじゃあ、やっぱり僕の召喚は成功していた…?」
先程から聞く『魔力』はこちら側で云う『妖力』のことであろう──と、アベルが説明する内容で唯一不明な箇所を紅なりに噛み砕いて辿り着いた結論が一つ。
「そのようね。と云うことは──」
紅はアベルに近付き──
「やっぱりあんたの仕業じゃないの!!」
ゴンッ!!
「ぃデッ!?!?」
ゲンコツを喰らわせた。もちろん手心は加えている。
しかしアベルは、あまりの痛さに頭頂部を押さえ、脳にまで響き続ける苦痛に耐え悶いていた。
「──そ…そそ、そんなに強く殴るなよッ!! 頭が潰れたかと思っただろッ!!」
涙目で怒りを訴えるも、そんな彼を紅は鼻で笑うと蔑むような眼差しを注いだ。
「あんたがはっきりと答えないからよ。それに大袈裟ねぇ、軽~く小突いただけじゃないの」
「ウソつけぇ!! あんな陥没させるようなゲンコツが軽くなわけないだろ!?」
「あー五月蝿い五月蠅い。ほんと見た目通りの貧弱さねぇ。そんな軟な身体と心で、本当に“しょうかんし”という妙な陰陽師紛いの位に在り付けるのかい?」
「おんみょう……? うう、うっさいッ!! 僕は絶対に召喚士になるんだ! ていうか、既にコウを喚んだんだからとりあえず初級召喚士になれてるじゃないか! ……《魔鬼》かもしれない奴だけどね…」
「何か?」
殺気溢れる笑みだった。
「ううん! 何でもないよッ!!」
「ふーん。まぁ、坊やの事なんてどうでもいいわ」
「どうでもって──」
「それよりお腹が空いたわぁ。ここら辺で美味しいご飯にあり付ける処はあるのかしらぁ?」
わざとイジらしい仕草と流し目をアベルに向ける。
明らかであからさまな彼女の催促にアベルは大きく肩を落とし、溜め息を吐きながら項垂れた。
「はいはい。それじゃあ僕の村まで案内するよ…ここからならそんな遠くないし」
「そこに美味しいお酒はあるのかしらぁ?」
「…たぶんあると思う」
「え…?」
今度は明らかな不機嫌を惜しみなく曝け出した。
「し、しょうがないだろ!! 僕お酒なんて飲んだ事ないんだから!!」
「──もういいわ。さぁ行きましょう」
適当にあしらって紅は踵を返して勝手に歩き始める。
理不尽と散々な思いと容赦無く受けたアベルの心はこの短時間で衰弱していた。その疲労が肩に重くのし掛かっている。
「………待って」
「何よ」
「そっちじゃない。向こうだよ」
と、アベルの背中越しを指差した。
「………………こほん」
振り返り、紅は何でもなかったかのようにすました表情を浮かべ、アベルの横を通り過ぎて行く。
「……何しているの、早く行きましょう? 日が暮れちゃうわ」
──もうイヤだ…。そのせいで反論どころか、歩くことさえ億劫になっていた。
いつまでも動かず棒立ちしているアベルを見兼ねた紅は、再び彼の元へ歩んでは即座に襟首を掴んで「さぁさっさと案内しなさいな」と、示めされた方角へ強引に引き摺って行く。
「わ──!? 自分で歩くから、はーなーせェェェーーーッ!!!」
彼の情けない悲鳴は虚しくも森林の中へと消えていった──。
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