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第一章
休息其の三 巡り合い・酒
しおりを挟む「たぁぁのもぉぉぉぉぉぉーーーっっ!!!」
夜の憩い場である酒場に似つかわしくない大声が鳴り響く。
陽気な喧騒は一瞬に掻き消され、飲食を楽しんでいた者達は皆紅に驚きの眼差しを向ける。
「あ、アベルか──? ってアンタは!?」
そう言ったのは店主のウォレン。そして紅と目が合うや、肝を冷やされた錯覚に若干腰が引け、背後の皿置きにぶつかった。
そんな彼など気にも留めず、紅は相変わらずアベルを担いだままウォレンのいるカウンターへ向かう。彼女の行く手を阻む形となっている誰も彼もが道を空け、カーティスとの件もあって若干怯えた様子だ。
「す、すみません、すみません」と、アベルが首だけ右往左往しながら謝り倒しているが、その声は虚しくも届いていないだろう。
「店主! この店で一番美味い酒を所望する!! 今すぐ用意しなさい!!」
「ちょっとコウ! そんな言い方してたら怖がっちゃうだろ? あといい加減下ろし──ぶぇっ!!?」
床に放り投げ捨てられた──。
顔面強打したアベルは顔を両手で覆い被せたまま悶絶を続けている。
「ほぉら、早く用意しなさいな」
「わ…分かったから、大人しくしてくれよ?」
と、皿置きの上にある戸棚を開けた。中には形様々な瓶達が並んでおり、銘柄の書かれたシールが貼られている。
紅にとっては読めない文字だらけなのだが、そこから漂う酒気に思わず舌舐めずり。未だ味わったことの無い酒を前に心躍るばかりだ。
「……なぁアンタ、好みは──」
「『紅』よ」
「は?」
「私の名前は『紅』。この麗しい美鬼の名を心に刻んでおきなさい。もし次に『アンタ』なんて呼んだら──」
片手を前に差し出し「こうよ」と、親指で抑えていた人差し指を弾いて空を叩く。
カーティスを気絶させた行為だ。その意味を即座に感じ取り、急いで思考を巡らせては定めた一瓶を手に取って紅の前に差し出す。
「こ、これが店の中で一番美味いと評判の酒だ!! 好みかどうか──」
ウォレンが言い切る前に紅は酒瓶をひったくり、酒を器に注がず豪快に呷る。一瞬騒めき驚かれる最中、そんな事などお構い無しに酒が喉を通っていく音が周りに聞こえるほど鳴り続けていった。
「───っ、くはぁぁぁああああああっっっ!!!!」
あっという間に中身を呑み干して唸り、空瓶をカウンターに勢いよく置いた。
終始呆然と見ていた全員が、何とも言えぬ不安を抱きながら彼女から目を離せないでいる。
「………不味いっっっ!!!」
一喝。そして瓶を握り潰した。
飛び散った破片がウォレンと周囲、もちろんまだ床に突っ伏していたアベルにも降り注いでくる。
「ちょっ!? ちょっと待って待ってッ!! 暴れるなぁッ!!」
と、抗議しようと立ち上がれば、紅は彼の頭を瞬時に鷲掴み、ゆっくり持ち上げては座った眼で睨まれた。
「先に言ったわよぉ? 私に安酒飲ませたら折檻するってぇ」
──酔っている? そんな疑問符が脳裏に浮かぶ。だがそんなことを悠長に考察する状態では無い。
「いやいやいやそうは言ってない! 大体、先にウォレンさんの質問に答えなかったのがいけないだろ!?」
「はぁ? しつもんんん?」
「そうだよ! それに、先に自分の好みを伝えないと相手もどうしていいか分かんないし、これに関してはどっちにしてもコウがいけない!!」
きっぱりと言ったはいいが、痛みのせいで勢い任せにしてしまった。
彼女の睨みがより一層凄みを増してしまう。言ってしまった後悔が今になってやって来たが最早無意味。なるようになれ──と、覚悟を決めて歯を食いしばり、両目も固く閉じる。
「……………この私に口出しするなんて良い根性してるじゃない──でもそうねぇ…」
予想外にも、紅はすんなりとアベルの指摘を受け入れたようだ。
頭頂部の締め付けから解放されたアベルは再び床に座り込み、困惑に駆られていた周りの人達も安心に大きく胸を撫で下ろす。
紅が再び店主に目を向ける。
ウォレンの身体が一瞬震えた。が、不思議とそれだけで済んだだけ。先程のような恐怖は無かった。
「では私の好みを言うわね………此処にあるか知らないけど『日本酒』ってあるかしら?」
「はぁ……『ニホン、シュ』……? 聞いたことのねぇ酒だな、どんな味がするんだ?」
「んんん~~…………なんと言えばいいか…こぅ、キレがあるんだけどすっきりした喉越しで、だけど過ぎた後から来る酒粕の香りが鼻に良い余韻をもたらしてくれるのよ」
「は、はぁ…サケ…カス……?」
ウォレンの頭頂部に『?』がたくさん浮かんでいる様子は誰が見ても明らか。
それはアベルを含む周りも同じだった。
「やっぱりそう都合良くはいかないわよねぇ。そうなったら──?!」
不意に感じ取った馴染み深い香り──記憶の中どころか身体中にまで染み付いたあの香り。
間違えたりなどするものか。
居ても立っても居られず、戸棚に酒瓶達を見つめたまま紅は勢いよく立ち上がる。
「ど、どうした?!」
「ちょっと邪魔するわよ」
言うや否や紅はカウンターを飛び越え、酒瓶を両手に一本一本手にしては、鼻を近付けて“お求め”の在処を探る。
「違う。──これも違う」
「あ、お、オイぃ!? アベル、頼むから何とかしてくれ!!」
「えぇ…」
何と悲しいかな。そう言われても、鬼気迫る様子で獲物を探し漁っている紅を止める方法などすぐに思いつくわけも無い。
当然今の彼女は周囲の視線など気にするわけも無く、次々に瓶を手に取る、嗅ぐ──この繰り返し。違う物はカウンターに置き続け、奥に入っていた一瓶を目の当たりにした時だ。
「──!!! これよ…これこれ、これよっ!!」
世界が違うのだから此処に在る事こそ有り得ないはずの日本酒の香り。
今度は深く香りを堪能──その後即座に栓を抜くと片手を腰に当て、再び豪快に喇叭飲み。
「───。っ、ああぁぁぁ……」
注ぎ口から口を離し、外気も身体の中に取り入れる。
喉が軽くヒリつき、鼻の奥から脳裏にまで酒気が広がり、思考が一瞬蕩けた。
温いのはこの際どうでもいい。
兎にも角にも、異世界でこの酒に出逢えたのはまさに奇跡だった。
「そ…そんな安酒でよかったのか…?」
「良かったじゃんコウ! 好きなお酒があって!」
──と言うのは建前。『お店で暴れられずに済んだ!』が本音だったりする。
気のせいか周りにも安堵した様子が伝わったようで、愛想笑いがまばらに溢れてきた。
「正直驚いたわ。店主、これはなんて名前のお酒なのかしら?」
「それは『ジャッパ・ライズ』だ。この辺りじゃあまり出回ってこないが、お年寄り連中で気に入ってる奴もいるからたまに仕入れてんだ。こっから離れた町の方なら比較的手に入れやすいと思うぜ」
「ふぅむ…『じゃっぱぁらいず』とは、また随分と妙竹林な名前ね。でもまあそんな瑣末な事どうでもいいわ。まさか【日の本】以外でこの味に出会えるとは僥倖僥倖♪」
「ハハハ、それにしても豪快な良い飲みっぷりだったなぁ! 見てて気持ち良かったぜ! もしよかったら──ほら、もう一本やるよ」
と、別の戸棚に置いていた他の『ジャッパ・ライズ』を紅の前に差し出した。
「あら、気が効くわねぇ」
「あの悪ガキ坊主の鼻っ柱を折ってくれた礼も兼ねてだ!」
「あれぁ見てたこっちもスカッとしたよ! ありがとな“コウ”さん!」
「あんなのに礼なんていらないわ。あれくらい赤子の手を捻る程度、造作も無かったわぁ」
カウンターに腰掛け、頂いた酒を今度は軽く一口含んで舐め転がしながらちょっとずつ喉へ通していく。
「ま、見てた通りあれはそこまで大した奴じゃないんだから、もっと堂々としてればいいのよ。今度また威張り散らしていたら、次はそっちから懲らしめてあげなさいな」
「………そうしたいのは山々なんだけどよぉ…」
「あの件もあるからなぁ…」
周囲の声に陰が宿り、雰囲気も落ちていく。
「どうしたのよ?」
「……カーティスに逆らえない理由があるんだよ」
アベルが重々しく口を開く。
「前にアイツのやる事に腹を立てて直接文句を言ったことのある家族がいるんだけど、その後そこで作っていた果物だけは市場に持って行ってくれなくてさ。結局どんなに言っても聞き入れてくれなくて…」
「その一家はすぐに此処を離れて行ったさ」
「親は一応話しを聞いてくれるんだが…子煩悩なとこがあってよう。デマも鵜呑みにしちまうんだ…」
「ふぅん」
気の毒とはほんの少し思ったが、ただそれだけだ。
「……まぁ色々と事情はおありでしょうけど、これだけは言っておくわ。嫌な奴に耐えて生きていくのは辛いし、何よりつまらなくなってしまうわよ。もし変えたいのであれば、まずは行動しなさいな」
「コウ…?」
何を言うんだ? と云う眼差しが彼女に集まる。辛気臭くしみったれた雰囲気が続いている最中に紅は深くため息を吐き、カウンターから降りた。
「いい? せっかく生きているのだから『自分の生をより良くしていくためにはどうするか?』と常に考えておくことよ。己の道は己自身にしか作れないにだから、その事を肝に命じておきなさい。いつまでも従ってばっかの人生で貴方達はいいのかしら?」
──皆、只々黙って聞いていた。
「これまで土を耕してきたその手、家畜を育ててきた経験と知識、これまでの稼業。何も此処だけにしか通用しないものでもないでしょう? これを機に村の外へ出るも良し。この場に留まって余生を過ごすも良し。一度っきりの人生よ? 正直に、好きに謳歌しなさいな」
───静寂。そして最初にそれを破ったのは、ウォレンがカウンターに置かれていた適当な酒瓶を掴み取っては栓を飛ばした音だった。紅と同じく喇叭飲みをし、彼もまた一気に飲み干す。
「………………そうだな。アン──じゃなかった。“コウ”さんの言っていることは、分かる…が、だ。オレ達もそれなりの歳になっちまっている」
「儂らの生活は急には変えられんよ」
「もう長く、此処でこうして暮らしているからのぅ……」
沈んだ空気に変化は無し──。
(まぁ…無理よねぇ……)
紅もまた“案の定”といった様子で見切りを付け、酒をまた一口。一旦栓をし、腰帯に括り付けた。
「コウ。そろそろ…」
「…はいはい。それじゃ──」
二人が帰ろうとしたその時だ。
「おい!! 大変だ!! 此処らで《魔鬼》が出たそうだぞッ!!!」
突然やって来た村人の一声に、店内は一瞬で騒然と化した。
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