贖罪の救世主

水野アヤト

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第三話 集う力

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 眼鏡少女の家の中には、何やら鉄製の工具や部品が散乱しており、壁には鉄板が何枚も立てかけられ、手作り感が溢れる、用途不明の品がいくつも置いてあった。
 これらの品は全て、この眼鏡少女が発明したものだと言う。関西弁のような口調の、この眼鏡少女は、なんと里一番の発明家だと言うのだ。彼女が手に握っていた銃も、新式銃研究のために、自分で設計した物らしい。

「そう言えば、まだ名乗ってなかったな。俺の名前はリック、通りすがりの旅人さ」
「ほお、リックって言うんか。うちはシャランドラ、よろしゅうな」

 シャランドラと名乗る、発明家の少女。関西弁のようだが、恐らく使い方は正しくない。彼女の口調は特徴的であるが、この里の人間は、皆このような口調なのだろうか。

「なあシャランドラ。君はここに一人で住んでるのか?他に誰か住んでいるようには見えないんだが」
「この前までじっちゃんと暮らしとったんやけど、病気で逝っちゃったんや。今は一人暮らしなんやで」
「そうだったのか。・・・・・一人だと生活大変だろ」
「いやいや。里の皆が助けてくれるし、そんなこともないで。まっ、リックがうちをお嫁さんに貰ってくれれば、一人で苦労して生活することもないんやけどな」
「冗談言うなよ。本気にするだろ」

 二人揃って、お互いの冗談に笑い出す。冗談であるとわかっていても、ついついシャランドラとの結婚生活を想像しまう。
 例えば、リックが仕事から帰ってくると、家ではシャランドラが待っているというシチュエーションだ。個人的には、「ご飯にする?お風呂にする?それとも、ワ・タ・シ」を現実にやって貰いたい。
 しかし、この発明家眼鏡少女は恐らく、「ごはんにする?お風呂にする?それとも、うちがさっき作ったこの頭が良くなるかも知れない装置の実験台になってくれへんか!?」とか、言ってくるのではないだろうか。
 如何にも怪しそうな発明品は、漫画ならば大抵失敗で終わる。問題なのは、夫を妻が平気で実験台にしようとすることだ。彼女ならばやりかねない。
 まあ、彼女のことをよく知らない内から、そのようなことを考えてしまうのは、やはり失礼であろう。そう、絶対に失礼だ。
 そんなことを考えていると、自身の発明品を見て貰うために、シャランドラは近場にあった発明品を一つ、リックの前へと出した。

「そうや、うちの発明品見てくれ。これは試作品でな。名付けて、「頭が良くなるかも知れない装置」や!この帽子みたいなのを被るとな、みるみる頭が良くなって-------」

 何やら、鉄などでごちゃごちゃしている、帽子のようなものを手に取り、説明をしながら弄りだしたはいいものの、急に沢山の部品が脱落し、ばらばらになった「頭が良くなるかも知れない装置」。
二人の間に沈黙が訪れる。

(大丈夫かこの子・・・・・・)

 そう思わずにはいられない。他の発明品を紹介しようと、周りに散乱していた品を漁り出す。しかし、そのどれもがばらばらになり、見せる前にガラクタと化す。怪しい発明品ばかりだ。
 使えるのかどうかもわからない発明品が数多くある中、周りを見渡すと、様々な形をした部品が大量に使われている、大型の品が目に入った。まだ製作途中なのか、工具や部品が置かれ、動きそうな様子でもない。
 この発明品だけは、力の入れ方が違うのか、他とは一線を超える、洗練された作りである。これが何かは不明だが、丁寧に作られているのだけはわかる。

「これに興味あるんか?」
「ああ。このでかい発明品はなんなんだ?」
「この子はうちが研究中の、名付けて魔法動力機関(仮)や」
「魔法動力機関?魔法を原動力に動く発動機ってことか」
「そうそう、なんやリック賢いやん。人力とかの荷車をな、この子を使って自動にできへんかと思ったんよ。そしたら里の年寄りが楽できるかもと作り始めたんやけど、何度やってもうまくいかへんのや」

 そう語る、彼女の表情には少し寂しさがあり、どこか、遠くを見つめているのがわかる。ここにはいない誰かを、彼女は思い出しているのだ。
 シャランドラは語らないが、元々この発明品は、病気で動けなくなった、彼女の祖父のために作られたものだった。
 里には、難病を治療できる病院はなく、病気に苦しむ祖父を助けるための術はない。
 病院がある街へ行くことができれば、助けられるかも知れない。その可能性に賭けた彼女は、病気で動けない祖父を、里の外へと連れ出すべく、思いついたその日から、研究に取り掛かったのだ。  元々これは、里の人々のために作ろうとしていたもので、前から研究は進んでいた。
 確かに研究は進んでいたのだが、何度も何度も起動に失敗して、成功のために、寝る間も惜しんで研究に取り組んだシャランドラ。
 動けない祖父を人力車で引っ張り、遠くの街にある病院へ、連れて行くことも考えた。しかし彼女の体力では、人力車に人を乗せての移動には、体力的にも限界がある。道中には険しい道もある為、強力な魔法動力機関を搭載した荷車を開発し、それに乗って遠方の街に移動するしか、手がなかったのだ。
 馬車を借りようと、里の人々に協力を頼もうとしたが、里の人間が勝手に外の世界に出ることは、禁止されている。戦火を逃れて、この地に来たにもかかわらず、未だ争いの絶えない大陸に出て行って、万が一にも、戦火を呼び込んでしまうわけにはいかない。それが主な理由だ。
 稀に迷い込む旅人や、定期的に来る商人には、様々な手を使って口止めをしている。今まではそれで、問題なくやってきたが、彼女の勝手な行動が、里を危険な目に合わせる可能性もあるのだ。
 彼女もそれを理解している。だが祖父を助けるためには、気づかれないよう里を抜け出し、街の病院に連れて行くしかない。
 結局一人で取り組むしかなく、魔法動力機関は完成しないまま、祖父は病でこの世を去った。

「どうしても完成しないんや。完成すれば、魔力を少し注入するだけで、内部で魔力を増幅させ動き出す。それを利用して車輪を回そうとしたんやけど、どうしても増幅機関が上手くいかんのや」
「魔力を増幅なんてできるのか?」
「理論はあるんや。魔力ってのは大抵の人間に備わってるからな、少しの魔力さえ出せれば誰でも扱えるようになるんやけど・・・・」
「肝心の増幅機関が駄目なのか」

 旅立つ前、彼の恩師と言える、ヴァスティナ帝国騎士団長メシアは、リックから旅立つことと、その目的を知らされていた。リックの旅立ちは、止められこそしなかったが、大陸の勉強として、彼女自身が様々なことを教えた。
 以前にも彼女が、リックに物事を教えたことはある。今回はリックがメシアに、魔法のことについて詳しい話を求めた。
 しかし魔法が使えず、常識程度の知識しかない彼女では、リックの求めていた詳しい話を、やはり聞くことは出来なかった。
 その後、「メシア団長って勉強苦手なんですね。戦いしか知らないって言っても、ちょっとは勉強とかした方がいいですよ」と、言ってしまったその日の午後、彼女との訓練所での演習で、何時間も組手により痛めつけられたのを思い出す。
 魔法を使える、レイナとクリスにも聞いてみたのだが、満足のいく話は聞けなかった。どうやら二人とも、気が付いた時には魔法が使え、常識程度の知識しかないという。故に今聞かされた、魔力が大抵の人間に備わっているという話は、彼にとって初耳だった。

「うちの考えではやな、魔力は誰にでもあるはずなんよ。一部の人間にしか魔法が使えないとかおかしいやろ?使えないんは魔力がないんやなくて、体が魔力を活かすことができないだけやと思うんよ」
「なるほど。確かに一部の人間しか魔力がないとか、おかしい話だよな。それだと魔法が使える一部の人間は、生まれた時になんで体が魔力を宿すのかがわからない」
「そうや。親が魔法を使えても、生まれた子供が魔法を使えないとかよくあるんや。そんでな、魔力が宿る生物ってのはやな、この大陸で人間だけなんよ。そう言われてはいるんやけど、うちは魔物にも魔力があると思うんや」
「どういうことだ?」
「魔物が魔法を使ったところを見たことがないってだけで、魔物には魔力がないってことになっとる。しかしやな、大型の魔物の中には口から火を噴いたりするのがおるんや」
「そうか!火を噴いたりするのはその魔物の特性とかじゃなくて、魔法の一種かもしれないってことか」

 魔物については、リック自身も見たことがある。彼が見たのは、ファンタジー世界定番のスライムだけだが、どろどろでろでろしていたあれが、火を噴いたりすることなどなかった。
 リックが情報を集めた限りでは、大型で凶暴な魔物の中には、口から火を噴くものもいるという。さらには毒や霧、はたまた溶解液まで出す魔物もいるのだそうだ。
 初めてその話を聞いた時には、ファンタジー世界には、そういった特性や体質の生物がいるのだと、その時のリックは漠然とそう考えた。
 だがシャランドラは、それが魔法なのではないかと考えているのだ。
 彼女の仮説が正しいとするなら、人間同様に魔物にも魔力があり、魔力を魔法へと変えることができる身体だということだ。だからこそ魔物は、自然界の生物ではありえない、特殊で大きな力を持っている。そう言う仮説が立てられるのだ。

「発明家かと思ったら、生物の研究者みたいだな」
「すごいやろ、物作りと研究が好きなんよ。と言っても、魔力の仮説は旅人や商人の話を聞いて考えただけの、全く確証のない仮説なんや。なんせ、この里を出たことはないからな」
「外の世界に行きたいのか?」
「行きたいよ。もっといっぱい知りたいことがあるんやからな」

 その望みは叶わない。里を出ることは、固く禁じられているのだから。
 それを理解していても、興味と好奇心で行ってみたいと思ってしまう。もっと多くのことを学ぶことさえ出来れば、あの時のように、大切なものを救う力が得られるかも知れない。
 彼女は祖父を失ってから、そのことをずっと後悔し続けている。

(ほんま、行ってみたいで。広い外の世界へな・・・・・)

 こんな自分を、いつの日か、誰かが外へ連れ出してくれるのなら、と・・・・・。
 これは彼女の秘めた、切なる願いだ。
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