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第四話 リクトビア・フローレンス
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その後どうなったかと言えば、チャルコでの用を済ませたリックたち一行は、帰りの用意を済ませて、この平和な小国を後にした。
ただ、行きと違って帰りには、美少女にしか見えない男の子、イヴ・ベルトーチカの姿がある。
その理由は、彼に興味を抱いてしまったリックが、一緒に帝国に来てくれと、頭を下げて頼んだからである。どうしてもリックは、帝国の新装備を彼に試して欲しくて、駄目もとで頼んでみた。
いきなり、俺と一緒に来てくれなどと言う人間に、「はい、付いて行きます」と、簡単に応じる者はいないだろう。それが一般的なはずなのだが、なんとイヴは、二つ返事で了承してしまった。
理由は、丁度帝国で商売をしようとしていたかららしい。商売の内容は聞かなくてもわかる・・・・・・。
「ねぇねぇリック君、レイナちゃんが僕のこと、すっごい睨んできてこわーい」
「黙っていろ。それから、私のことをちゃん付けするな」
リックの右側にはリリカが並び、左腕に抱きついて離れないイヴ、そして三人の後ろを、レイナが続く。
何が気に入ったのか、リリカはイヴのことを問題視していないのだが、どうもレイナは彼を敵視している。
真面目なレイナらしいが、出会った時から、彼を警戒しているのだ。素性が怪しいため、リックを護衛する身である彼女からすれば、警戒せずにはいられないのである。
「いいじゃないか。ちゃん付けの方が可愛いよ」
「困りますリリカ様。ちゃん付けで呼ばれるようになってしまっては、あの破廉恥剣士にまた馬鹿にされます」
破廉恥剣士とは、彼女と犬猿の仲であるクリスのことを示すが、恐らく、ちゃん付けで呼ばれるようになった日には、確実にそれを巡って、喧嘩が勃発することだろう。勿論、最初に喧嘩を売るのはクリスであるはずだ。
「いい加減、仲が悪いのどうにかならないか?それとベルトーチカ、歩きづらいからちょっと離れてくれ」
「イヴでいいよ♪口ではそんなこと言っても、本当は僕に離れて欲しくないんでしょう?」
「はい、離して欲しくないです。そのままでお願いします」
「しょ、正直なんだね・・・・・」
「チャルコで誓ったんだ。俺は正直に生きると」
冗談を言ったり、笑いあったり、そんな会話を続けながら、これまでは特に問題ない帰路を進んでいた。
レイナの様に常に警戒せず、リックもリリカも、イヴのことを気に入っている。見た目や言動は痴女だが、明るく人懐っこいのである。嫌う要素はない。
「それにしても、本当に女の子にしか見えないよな。子供の時からそうなのか?」
「うん、昔から女の子によく間違われたよ」
「男の子っぽくなろうとか思わなかったのか?」
「僕、女の子の服とか遊びとか好きなんだよね。だからそんなこと、全然思わなかったよ」
彼の肌は、男の子には到底見えない綺麗な肌。触った感触はぷにぷにしていて、男の肌独特の硬さはない。
近くで見ると、顔には髭一本すらなく、まさに女装男子の鏡である。どんな無駄毛処理をしているのか、気になるところだ。
「ふふ、生まれながらとは驚きだね」
「僕が男の子だって知った時も、リリカ姉さまとっても驚いてたもんね」
ちなみに、イヴはリリカのことを姉さまと呼ぶ。
どうも彼女には、生まれながらの姉属性があるらしい。実は妹でもいるのではないか。
姉さん、姉御、姉さまなどなど、彼女を姉と呼ぶ者たちは多い。
「リリカ姉さまはレイナちゃんみたいに、僕のこと警戒したりしないの?」
「警戒して欲しいのかい?まあ、君がリックに危害を加えない限りは、何もしないさ」
「もし、僕が危害を加えたら?」
「その時は君を殺す。それだけの話だよ」
本気だった。冗談ではない。
彼女は決して、こんな冗談を口にするような人間ではないのだ。
何故、彼女がこのようなことを言うのか。それは彼女なりの、イヴに対する牽制なのだろう。賢い彼女ならば、この素性のよくわからない彼を、怪しく思わないはずがない。だからこその牽制なのだ。
リリカに対して、一瞬異常な殺気を感じたイヴは、体の震えを抑えることができなかった。彼の震えは、抱きつかれているリックにも、感じとることができた。リックはイヴを安心させようと、開いている右手で、その頭を撫でてやる。
「怖がらなくていい。お前を殺させるような真似はさせないさ」
「えへへ、リック君は優しいんだね」
二人は気が付かなかったが、リリカはリックに対して、何か言いかけようとしていた。だが言わなかった。
いや、言えなかったのである。彼女が言おうとしたことを、今のリックが聞きいれるとは、思えなかったからだ。彼女のことを察し、傍へと近付いたレイナは、二人に聞こえないよう、声を潜めて話しかける。
「よろしいのですか。もし万が一のことがあっては・・・・・・」
「仕方ないよ。レイナ、万が一の時は、リックのことを頼んでいいかい?」
「はい。私の命に懸けて、リック様をお守り致します」
リックのことを心配する彼女たちが、二人に気付かれないよう話していたその時、前方に怪しげな集団が見え始めた。
その集団は野盗などではなく、リックたち一行に関わってくることもなく、十数頭の馬に何台もの荷車を引かせ、一行の横を通過して行く。
集団には商人のような男たちと、彼らを守るようにして、武装した男たち。そして、荷車の上には、鎖で拘束された人々が、皆一様に座らされていた。
武装した男たちは、恐らく金で雇われた傭兵なのだろう。雇っているのは、この商人たちであるはずだ。この商人たちの取り扱う商品は、荷車に拘束されている人々に間違いない。
そう、この集団の商人たちは、所謂奴隷商人なのだ。
奴隷にされている人々は、これからどこかの街や国で、値段を付けられ売られることになるだろう。彼らに人権はなく、死ぬまで奴隷として生きることになる。
しかし、この地域で奴隷を扱うような国はない。ヴァスティナ帝国も奴隷制度はなく、奴隷を購入することは禁止されている。
商売にならない地域であるのに、彼らがここにいる理由。それは、一つしか考えられない。
「どこかで奴隷を調達してきたみたいだな」
リックにとって、奴隷商人を見るのはこれが初めてである。
このファンタジー世界において、剣や魔法、騎士や竜の存在も目にしてきた。これらは、ファンタジー世界の王道にして、誰もが一度は見てみたいと、夢見るもの。だが、そんな夢のあるファンタジー世界にも、当然闇の部分は存在する。
その一つが、この奴隷商人だ。
「イヴ、奴隷商人のことをどう思う?」
「僕には関係ない存在かな。奴隷のことで正義がどうのとか言いたくないし」
「俺もそう思うよ」
「でもね、見ていて気持ちがいいもじゃないから、どっちかって言うと消えて欲しいかな」
「はは、確かに。目障りだと俺も思う」
既にリックの考えは決まっている。
別に正義感からくるものではない。ただ、自分が見ていて気に入らないのだ。
その気持ちはイヴも同じらしい。そして、リリカもレイナも、あの奴隷商人たちは気に入らないようだ。
「自分たちが支配者だと勘違いしているところが気に入らないね。リック、あれに自分たちの分を弁えさせてくれないかい?」
「無論そのつもりだ。レイナ、力を貸してくれ」
「はい」
数分後、この場で戦闘が発生し、後には壊された荷車と、奴隷商人と傭兵たちの死体が残る。
それからさらに時間が過ぎた後には、この場で暴れた一行と、荷車に乗っていた奴隷たちは、荷車の残骸と死体を残し、完全に消え失せていた。
ただ、行きと違って帰りには、美少女にしか見えない男の子、イヴ・ベルトーチカの姿がある。
その理由は、彼に興味を抱いてしまったリックが、一緒に帝国に来てくれと、頭を下げて頼んだからである。どうしてもリックは、帝国の新装備を彼に試して欲しくて、駄目もとで頼んでみた。
いきなり、俺と一緒に来てくれなどと言う人間に、「はい、付いて行きます」と、簡単に応じる者はいないだろう。それが一般的なはずなのだが、なんとイヴは、二つ返事で了承してしまった。
理由は、丁度帝国で商売をしようとしていたかららしい。商売の内容は聞かなくてもわかる・・・・・・。
「ねぇねぇリック君、レイナちゃんが僕のこと、すっごい睨んできてこわーい」
「黙っていろ。それから、私のことをちゃん付けするな」
リックの右側にはリリカが並び、左腕に抱きついて離れないイヴ、そして三人の後ろを、レイナが続く。
何が気に入ったのか、リリカはイヴのことを問題視していないのだが、どうもレイナは彼を敵視している。
真面目なレイナらしいが、出会った時から、彼を警戒しているのだ。素性が怪しいため、リックを護衛する身である彼女からすれば、警戒せずにはいられないのである。
「いいじゃないか。ちゃん付けの方が可愛いよ」
「困りますリリカ様。ちゃん付けで呼ばれるようになってしまっては、あの破廉恥剣士にまた馬鹿にされます」
破廉恥剣士とは、彼女と犬猿の仲であるクリスのことを示すが、恐らく、ちゃん付けで呼ばれるようになった日には、確実にそれを巡って、喧嘩が勃発することだろう。勿論、最初に喧嘩を売るのはクリスであるはずだ。
「いい加減、仲が悪いのどうにかならないか?それとベルトーチカ、歩きづらいからちょっと離れてくれ」
「イヴでいいよ♪口ではそんなこと言っても、本当は僕に離れて欲しくないんでしょう?」
「はい、離して欲しくないです。そのままでお願いします」
「しょ、正直なんだね・・・・・」
「チャルコで誓ったんだ。俺は正直に生きると」
冗談を言ったり、笑いあったり、そんな会話を続けながら、これまでは特に問題ない帰路を進んでいた。
レイナの様に常に警戒せず、リックもリリカも、イヴのことを気に入っている。見た目や言動は痴女だが、明るく人懐っこいのである。嫌う要素はない。
「それにしても、本当に女の子にしか見えないよな。子供の時からそうなのか?」
「うん、昔から女の子によく間違われたよ」
「男の子っぽくなろうとか思わなかったのか?」
「僕、女の子の服とか遊びとか好きなんだよね。だからそんなこと、全然思わなかったよ」
彼の肌は、男の子には到底見えない綺麗な肌。触った感触はぷにぷにしていて、男の肌独特の硬さはない。
近くで見ると、顔には髭一本すらなく、まさに女装男子の鏡である。どんな無駄毛処理をしているのか、気になるところだ。
「ふふ、生まれながらとは驚きだね」
「僕が男の子だって知った時も、リリカ姉さまとっても驚いてたもんね」
ちなみに、イヴはリリカのことを姉さまと呼ぶ。
どうも彼女には、生まれながらの姉属性があるらしい。実は妹でもいるのではないか。
姉さん、姉御、姉さまなどなど、彼女を姉と呼ぶ者たちは多い。
「リリカ姉さまはレイナちゃんみたいに、僕のこと警戒したりしないの?」
「警戒して欲しいのかい?まあ、君がリックに危害を加えない限りは、何もしないさ」
「もし、僕が危害を加えたら?」
「その時は君を殺す。それだけの話だよ」
本気だった。冗談ではない。
彼女は決して、こんな冗談を口にするような人間ではないのだ。
何故、彼女がこのようなことを言うのか。それは彼女なりの、イヴに対する牽制なのだろう。賢い彼女ならば、この素性のよくわからない彼を、怪しく思わないはずがない。だからこその牽制なのだ。
リリカに対して、一瞬異常な殺気を感じたイヴは、体の震えを抑えることができなかった。彼の震えは、抱きつかれているリックにも、感じとることができた。リックはイヴを安心させようと、開いている右手で、その頭を撫でてやる。
「怖がらなくていい。お前を殺させるような真似はさせないさ」
「えへへ、リック君は優しいんだね」
二人は気が付かなかったが、リリカはリックに対して、何か言いかけようとしていた。だが言わなかった。
いや、言えなかったのである。彼女が言おうとしたことを、今のリックが聞きいれるとは、思えなかったからだ。彼女のことを察し、傍へと近付いたレイナは、二人に聞こえないよう、声を潜めて話しかける。
「よろしいのですか。もし万が一のことがあっては・・・・・・」
「仕方ないよ。レイナ、万が一の時は、リックのことを頼んでいいかい?」
「はい。私の命に懸けて、リック様をお守り致します」
リックのことを心配する彼女たちが、二人に気付かれないよう話していたその時、前方に怪しげな集団が見え始めた。
その集団は野盗などではなく、リックたち一行に関わってくることもなく、十数頭の馬に何台もの荷車を引かせ、一行の横を通過して行く。
集団には商人のような男たちと、彼らを守るようにして、武装した男たち。そして、荷車の上には、鎖で拘束された人々が、皆一様に座らされていた。
武装した男たちは、恐らく金で雇われた傭兵なのだろう。雇っているのは、この商人たちであるはずだ。この商人たちの取り扱う商品は、荷車に拘束されている人々に間違いない。
そう、この集団の商人たちは、所謂奴隷商人なのだ。
奴隷にされている人々は、これからどこかの街や国で、値段を付けられ売られることになるだろう。彼らに人権はなく、死ぬまで奴隷として生きることになる。
しかし、この地域で奴隷を扱うような国はない。ヴァスティナ帝国も奴隷制度はなく、奴隷を購入することは禁止されている。
商売にならない地域であるのに、彼らがここにいる理由。それは、一つしか考えられない。
「どこかで奴隷を調達してきたみたいだな」
リックにとって、奴隷商人を見るのはこれが初めてである。
このファンタジー世界において、剣や魔法、騎士や竜の存在も目にしてきた。これらは、ファンタジー世界の王道にして、誰もが一度は見てみたいと、夢見るもの。だが、そんな夢のあるファンタジー世界にも、当然闇の部分は存在する。
その一つが、この奴隷商人だ。
「イヴ、奴隷商人のことをどう思う?」
「僕には関係ない存在かな。奴隷のことで正義がどうのとか言いたくないし」
「俺もそう思うよ」
「でもね、見ていて気持ちがいいもじゃないから、どっちかって言うと消えて欲しいかな」
「はは、確かに。目障りだと俺も思う」
既にリックの考えは決まっている。
別に正義感からくるものではない。ただ、自分が見ていて気に入らないのだ。
その気持ちはイヴも同じらしい。そして、リリカもレイナも、あの奴隷商人たちは気に入らないようだ。
「自分たちが支配者だと勘違いしているところが気に入らないね。リック、あれに自分たちの分を弁えさせてくれないかい?」
「無論そのつもりだ。レイナ、力を貸してくれ」
「はい」
数分後、この場で戦闘が発生し、後には壊された荷車と、奴隷商人と傭兵たちの死体が残る。
それからさらに時間が過ぎた後には、この場で暴れた一行と、荷車に乗っていた奴隷たちは、荷車の残骸と死体を残し、完全に消え失せていた。
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