贖罪の救世主

水野アヤト

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第六話 愛に祝福を  後編

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「ふっふっふっ、はーはっはっ!!我を捕まえてみるがいい」

 チャルコの街を駆けまわる、式をぶち壊した張本人。自称、大陸最強にして最凶の怪人アリミーロ。
 式場より花嫁を奪い、所謂お姫様抱っこをして逃げまわっている。怪人の後方からは、式場を警備していた多くの騎士たちが、騎士甲冑を身に纏い、チャルコ騎士専用のランスを装備して、猛然と追い駆けて来ていた。
 真っ白な格好で、顔に仮面を付ける怪人を、王の命により全力で追撃している騎士たち。その光景を見てしまった人々は、皆が何事かと驚きの目を向ける。

「追え!絶対に逃がすな!!」
「ちくしょう!なんて足の速い奴だ!」
「あんな変態野郎に後れをとるな!騎士団の誇りに懸けて捕まえろ!!」

 怪人アリミーロの足の速さに追いつこうと、重い騎士甲冑を脱ぎ出した騎士がいる。
 金属製あるため、全身に甲冑を纏う彼らは、重量数十キロの装備を纏って走っていた。鍛えているとは言え、あまりにも足の速い怪人相手では、この重量を装備したままでは追いつけない。追いつくために、装備を軽量化するのは正しいと言える。
 騎士たちは走りながら、手っ取り早く取り外せる、頭の甲冑を脱ぎ捨てた。王族の結婚式であったため、儀礼に則った格好である、全身騎士甲冑の完全装備状態でいたのが、今回に限って言えば、それがあだとなってしまった。
 騎士たちの多くが、頭の甲冑を脱ぎ捨てるなどの、走りながらの軽量化を図り、怪人に追いつこうと、走る速度を上げ始めた。
 その時である。
 何の前触れもなく、乾いた破裂音のようなものが連続で聞こえ、先頭を走っていた騎士たちが、次々と転倒し始めた。

「なっ、なんだ!?」

 何が起こったのか理解できず、動揺しながらも、慌てて倒れた騎士に駆け寄る。
 倒れた者たちを見てみると、彼らは皆一様に、眠りについていた。彼らの額には、何かが刺さっている。刺さっていたのは、矢と同じように、羽が取り付けられている、一本の細い針であった。

「よくやったぞ、我が僕よ!」
「あっはっはっはっ、余裕余裕♪♪」

 いつの間にか、というよりも、ずっとここで待っていた。
 一軒の二階建ての建物がある。その屋根の上には、奇術師を思わせる格好をした、体格や声からしても少女であろう人物いた。
 その顔には仮面がつけられている。怪人アリミーロの様に、顔に仮面をつけているため、どんな顔をしているのかわからない。わかるのは、奇術師姿のこの少女が、怪人の味方であるという事だ。

「聞いて聞いて、チャルコの騎士さんたち!僕は怪人アリミーロ様の性奴隷、狙った獲物は百発百中の頼れる味方。仮面奇術師イヴベル、アリミーロ様の危機にただいま参上♪♪」

 仮面奇術師イヴベルと名乗る、新たな敵の登場。怪人アリミーロだけでも手こずっている、チャルコの騎士たちからすれば、これ以上厄介な状況になるのは避けたい。

「おいイヴ-----、じゃなかったイヴベル!性奴隷ってなんだ!?台本と違うぞ!」
「アドリブだよ♪それより、ここは僕に任せてリッ-----じゃなくてアリミーロ様!」

 イヴベルの武器は、チャルコの騎士たちが見た事もないものである。先程騎士たちを眠らせたのは、イヴベルの攻撃によるものだ。

「見たかいな!これが試作新兵器の実力やで!!」
「これすっごく使えるよ♪さっすが、いい腕してるね」

 さらにもう一人、屋根の上に少女が現れた。同様に仮面をつけ、その顔はわからない。
 医者などが着る白衣に身を包み、格好だけでなく、喋り方にも癖がある。

「二人とも、予定通りここは任せるぞ」
「了解や!この天才発明家にしてアリミーロ様の忠実な下僕、シャインシュタインにお任せあれやで!!」

 怪人アリミーロを追撃していた騎士たちを阻むため、部下であるイヴベルとシャインシュタインが、この場所に陣を敷く。とは言っても、二人は屋根の上にいるため、一部の騎士たちが無理やり突破しようと、全力で駈け出して、アリミーロを追おうとする。
 しかし、それを許すほど二人は、特にイヴベルは甘くない。駆け出した数人の騎士相手に、今回の自分の相棒である、試作狙撃銃の引き金を引く。
 発砲音とともに弾が撃ち出されたが、この弾は、殺傷能力のあるものではない。

「うっ!?」

 弾が頭部に命中した騎士は、次の瞬間ふらふらとよろめき、その場に倒れ伏して、眠りについてしまった。
 銃を構えるイヴベルは、駆け出した他の騎士たちも同様に、連続射撃で仕留め、次々と眠らせていく。

「なんだこれは、急に眠ってしまったぞ!?」
「まさか毒か!?」

 混乱する騎士たち。眠ってしまった騎士たちを、どうにか起こそうと試みるが、揺すっても叩いても目覚めない。完全に熟睡してしまっている。

「これが試作麻酔銃の威力やで!こいつをくらったら最後、しばらくは夢の中から帰って来れんのや!」
「麻酔銃だけじゃないよ!これは僕からの奢りね!!」

 屋根の上からイヴベルは、安全ピンを抜いたフラッシュグレネードを、騎士たち目掛け放り投げる。
 投げられた手榴弾が破裂し、その中から、目を開けていられない程の強烈な光が、何も知らない騎士たちに襲いかかった。一斉に目をやられ、悲鳴とともに動けなくなった騎士たち。イヴベルとシャインシュタインは、当然瞼を閉じて、手榴弾の光から目を守った。
 このフラッシュグレネードと、アリミーロが式場で使用したスモークグレネードは、現在ヴァスティナ帝国軍で制式採用されている。正確には、採用されたばかりの新型だ。
 当然世には出まわっておらず、帝国軍以外で手に入れる事は出来ない。そんなものをアリミーロやイヴベルが持っているのは、その正体が帝国軍の人間であるが故である。

(リック君、すごく楽しそうだったけど・・・・・・、大丈夫かな)

 イヴベルこと、帝国一の狙撃手イヴ・ベルトーチカは、走り去っていった、自らの主の心配をする。
 イヴの仕事は、正体がばれないよう変装をし、この場所で、追撃してくる部隊を足止めする事だ。 そのために、シャインシュタインことシャランドラが持ってきた、非殺傷の麻酔銃と手榴弾を武器にして、アリミーロが逃げる時間を稼いでいる。
 麻酔銃はシャランドラが設計し、彼女が元いた里の里長が、特別な薬を調合してできた、言わば合作だ。
 この麻酔銃は引き金を引くと、特殊な麻酔針を発射する。この麻酔針の先端には、即効性が高い麻酔が塗られており、命中した獲物を、殺さず瞬時に眠らせるのだ。
 元々は、非殺傷目的の作戦運用で設計され、何かの役に立つのではと、試作したものを彼女が持ってきた。その威力は、一瞬で眠った騎士たちを見れば、強力であるのが理解できる。
 手榴弾に関しては、かつてイヴが盗み出して使用した、非殺傷試作手榴弾を改良し、最近ようやく実戦配備となったものだ。

「にしてもよかったで、騎士団連中が頭の甲冑脱いでくれて。麻酔針は貫通性能良くないんや」
「そうだね。おかげで、甲冑の隙間を狙って射撃しなくて済んだよ」

 アリミーロの援軍に、手を拱いている騎士たちだったが、追撃部隊の三分の一をここに残し、左右へと別れて走り出す。部隊を三つに分け、二つの部隊は迂回し、アリミーロの追撃を再開して、残された部隊はイヴとシャランドラに立ち向かう。
 だが、麻酔銃とイヴの天性の射撃技術には敵わない。二人を屋根の上から降ろそうと、向かって行った騎士たちは、正確な狙いで連続発射される麻酔針によって、一人また一人と眠らされてしまう。
 狙いは百発百中であり、全てヘッドショットを決めている。隣で予備弾倉を管理しているシャランドラは、改めて、イヴの狙撃技術に舌を巻く。動いている目標全部に、一発も外さず命中させているのだ。
 昔から銃を扱い、射撃には自信があるシャランドラであっても、ここまでの才能と技術はない。

(飛び道具に関しちゃ才能の塊やな。末恐ろしいで)

 そんな事をシャランドラが考えていると、彼女たちが見知っている一団が、騎士たちの後方より現れた。
 その一団は、帝国から軍事顧問としてこの国に来た、元傭兵部隊の面々である。率いているのは、元隊長のロベルトだ。

「ロベルト殿!?」
「すまん、遅くなった」

 計画通りである。これも作戦の内なのだ。

「式場の事は聞いた。俺たちも手を貸そう」
「おお!我々を助けて下さるのですか」
「うちの参謀長命令でな、任せろ。いくぞ野郎ども!」

 ロベルトの気合の入った声とともに、仲間たちが剣や槍を武器として、イヴとシャランドラに迫る。
 本来は味方同士であるのだが、今は怪人アリミーロ配下と帝国軍兵士の関係だ。今だけは、敵同士である事を、騎士たちに演出しなければならない。

(順調順調。後は、僕たちがここで適当に戦ってれば作戦通り♪)

 ここで、イヴベルとシャインシュタインという敵が、帝国軍の人間と交戦する事に意味がある。
 この行為がなければ、後々、帝国とエステランの外交問題になりかねない。

「盛り上がってきたで!ほな、派手にいこか!!」
「うん♪一緒に頑張ろうね。僕たちの愛する人のために!」
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