贖罪の救世主

水野アヤト

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第六話 愛に祝福を  後編

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 リックとアニッシュが草原で戦っていた頃。
 レイナとクリスが戦っている、このチャルコの広場では、一方的な戦いが展開されていた。

「つまらねぇ」
「ひっ、ひいいいいいいっ!!?」

 退屈そうな表情のクリスと、衣服の何もかもがぼろぼろのメロース。
 クリスの剣技によって、花婿衣装は台無しである。服全体が切り刻まれ、ズボンのベルトも綺麗に斬られた。そのせいでズボンが脱げてしまい、下着は丸見えで、無様な姿を人前に晒している。
 この圧倒的とも言える実力差に、先程までの威勢を完全に失い、今はクリスの存在に怯えきっているメロース。どの位怯えているかと言えば、恐怖で失禁している程である。
 下着を晒し、失禁までしてしまったこの王子に、無様以外の言葉はない。彼を助けようとした従者たちも、レイナの手によって、完膚なきまでに倒された。エステラン国の人間たちは、広場に集まっていた、多くの人間の前で、無様な姿を晒してしまっている。

「汚ねぇもん見せやがって。ちっ、俺の剣が穢れちまったぜ。こりゃあ念入りに手入れが必要だ」

 汚物を見るような目で、恐怖に震えあがるメロースを見下す。
 もう、メロースに戦う意思はない。これ以上戦意を持っていないのだ。実力も戦意も、全てにおいてメロースは、クリスに敗北を喫した。

「ぐっ、貴様たち!このままで済むと思うなよ!」
「こうなれば一刻も早く国に戻り、貴様たちを討伐する兵を出すまでだ!」

 メロースと違い、従者たちにはまだ余裕がある。
 倒されはしたが、何とか立ち上がって、レイナとクリス相手に叫ぶ。その様はまさに、負け犬の遠吠えと言えた。怯えきった自分たちの王子を介抱しつつ、負けた事を認めない従者たち。
 彼らは今回の誘拐の真犯人が、ヴァスティナとチャルコであると予想していた。二国が結託し、それぞれの利害の一致で、結婚を台無しにしたと考えている。二国はエステランに対して、好意的ではない。故に、そう考えるのは当然と言えるだろう。
 だから従者たちは、急いで自国に帰国し、エステラン王に事の次第を報告するつもりでいる。この国で起こった、エステラン国王子への無礼を報告し、王を説得するのだ。そうすれば、間違いなくエステラン王は兵を起こす。
 王子が受けた仕打ちを理由に、チャルコを侵略する口実を得る。政略結婚で、穏便に済ませる事が望ましいのだが、エステラン王は侵略行為も視野に入れていた。攻める大義名分が手に入るのなら、王はすぐにでも兵を起こすと、従者たちは知っているのだ。
 守らなければならない王子を倒され、自分たちも完膚なきまでに敗北した彼らは、復讐戦を仕掛けようと燃えていた。

「そこまでだよ。お前たちは負けたのさ」

 従者たちが復讐心にかられる中、二人の女性が姿を現す。
 声を発したのは、長く美しい金色の髪の女性。もう一人は、軍隊の制服に身を包む女性である。

「なっ、何者だ!?」
「通りすがりの美人で自由な旅人さ。それよりお前たち、この国を侵略するつもりなのだろう?自分たちの王子が辱められたことを理由にね」
「当然だ!それの何が悪い!」
「王子を辱めたのは怪人アリミーロだよ。この国の人間は関係ない」
「ふざけるなっ!ヴァスティナとチャルコの謀略であろう!」
「いいのかい?このまま戦争を起こせば、エステランは身勝手で理不尽な理由を口実に、チャルコに戦争を仕掛ける愚かな国家という事になるよ」

 従者たちは彼女の言葉に驚愕する。驚いたのはそれだけではない。周りを見まわしてみれば、広場にいた人々や騎士たちから、冷たい視線を浴びていた事に、彼らはようやく気が付いた。
 さらに、現れた二人の女性の後ろには、多くの行商人が集まっている。これこそ、今回の作戦の切り札である。

「後ろの彼らは、国中を旅する商人さ。この広場で起こった事も見ていたし、王子の発言も聞いていたよ。お前たちの無様な姿もばっちり見ていた。この意味がわかるかい?」
「まさか・・・・・・貴様たちはっ!?」
「ふふっ、理解したようだね。お前たちははしゃぎ過ぎたのさ。商人たちがここでの出来事を広く伝えれば、エステランの名は地に落ちるだろう。エステラン王が、自分と国を自ら辱めるような事をすると思うかい?」

 従者たちは気が付いた。最初から、これが狙いであった事に。
 妖艶な笑みを浮かべ、作戦の最終段階を担うのは、自称にして事実の美女リリカである。もう一人の女性は、彼女の護衛として同行している、帝国軍兵士アングハルトだ。
 広場でこの戦いを計画し、エステラン国王子に、無様な姿を晒させるように仕向けたのは、勿論作戦を考えたリックである。この場に商人を集めたのはリリカで、作戦はアニッシュの乱入を除けば、概ね上手くいったと言えるだろう。
 王子をわざと挑発し、この場所まで来るよう誘導する。そして、怒りに燃える王子に対して、帝国軍の二枚看板である、レイナとクリスをぶつけるのだ。当然、戦闘になればレイナとクリスに敵う者は、そうはいない。実際、メロースはこの通り叩き潰された。
 メロースはこの場で、多くの人間が見てる中、自らの醜悪を晒し、チャルコ国を冒涜して、おまけに、王子としてあるまじき姿を見せてしまった。これが他国に露見すれば、エステラン国は自国の名を、地に落とす事になる。さらに、ただでさえ財政難である状況で、この事が自国民に知れ渡れば、王の権威にも影響が及んでしまう。
 しかもエステラン国は現在、周辺諸国に不穏な動きがあるため、国内がこれ以上揺らぐような事は、絶対に避けたいのである。
 この情報は、エミリオによって齎された。この情報のおかげで、リックは作戦を実行に移す決心がついた。作戦通りにいけば、周辺諸国に問題を抱えるエステランが、チャルコに対し、出兵する可能性は低いと考えたのである。

「さあどうする?お前たちは何も出来ない。国に戻ってチャルコに復讐する事も、同じようにヴァスティナを攻める事もね」
「それが貴様たちのっ!ヴァスティナ帝国の目的だったのか!!」
「何の事やら、私にはわからないね。私はただの、通りすがりの美人で自由な旅人さ」

 見事に惚けて見せ、帝国と自分は関係ないという。彼女を知る者が見れば、笑ってしまうかも知れない。
 帝国女王や、帝国軍参謀長と密接な関係を持ち、多くの者からは姉と慕われる。帝国の影の支配者とまで言われている彼女が、関係ないはずがない。

「ええい!もう我慢できん!!貴様のような女狐など、この場で斬り捨ててくれる!」
「奴を殺せっ!」

 逆上した従者たち。王子と同じで、彼らも短気なのか、剣を手に取り、二人に襲いかかろうとする。
 血気盛んと言えばまだ聞こえはいいが、どう見ても愚かにしか見えない。殺意をリリカに向け、剣で斬りかかる従者たち。

「アングハルト、任せるよ」
「はっ」

 帝国軍制服に身を包む、セリーヌ・アングハルトは、リリカの盾となるため前に出る。
 彼女は腰に剣を差しているが、それを抜き放つ事はない。下手にエステラン国の人間を殺せば、それを口実に兵を動かす恐れがある。アングハルトもそれを承知でいるため、素手によって、敵を無力化しようとしているのだ。
 最初に斬りかかった従者の斬撃を躱し、反撃に移る。相手の腕を掴み、それと同時に足を引っ掛け、体勢を崩させた。まるで柔道のように、相手を背負い投げの要領で投げ伏せる。
 次々と襲いかかってくる従者たち相手に、彼女はたった一人で立ち向かい、柔道のような投げ技と、軍隊式格闘術の合わせ技で、意図も容易く無力化していく。
 僅か一分ほどで、彼女は従者全員を捻じ伏せて見せた。

(思ったよりやりやがる。リックに告っただけはあるぜ)
(あの武術。初めて見るが動きに無駄がない。かなりの実力者と見ていいだろう)

 彼女の格闘術に興味津々なレイナとクリス。
 見事な武芸に、彼女に対して称賛の拍手を送るリリカ。
 見ていた周りの人々からも、称賛の拍手が上がる。この場の出来事を見ていたチャルコの人々は、今では立派な反エステランの気運であり、アングハルトを誰もが応援していたのである。

「ふふふっ、一兵士にしておくのが惜しいよ。私からリックに、出世できるよう推薦しよう」
「いえ、私に推薦して頂く資格などありません」
「謙虚なところも魅力的だね。可愛いじゃないか」

 アングハルトの髪を撫で、いつもの様に、気に入った者を可愛がる。
 リックもリリカも、可愛がり方に違いはあれど、他人を気に入る所はそっくりだ。だからこそ、二人は馬が合うのかも知れない。
 彼女たちの仕事は終わった。レイナとクリスも同様だ。
 後は、リックの無事を祈りつつ、この場を後にするのみである。

「私たちの役目は終わったね。アングハルト、どこかでお茶でもしようか」
「宜しいのですか?」
「心配いらないさ。君の愛しのリックはね」

 心中を読まれ、若干表情に驚きを表すアングハルト。
 それを見たリリカは、満足そうな表情を浮かべて、この広場を後にする。
 彼女たちがいなくなった後、同じように役目を終えたレイナとクリスも、予め用意していた、スモークグレネードを使い、煙に紛れて撤退した。
 作戦はほぼ終了している。後は、リックの帰還を待つのみだ。
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