贖罪の救世主

水野アヤト

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第十話 宴

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 宴は終わった。
 ほとんどの者が酔い潰れ、会場であった食堂で撃沈している。多くは酒の飲み過ぎ、もしくは飲まされ過ぎで、明日必ず二日酔いに悩まされるだろう。
 宴の序盤はまだ平和であった。だが、シャランドラの一発芸大会がいけなかった。ノリと勢いだけの一発芸のせいで、目覚めさせてはいけなかった者を、酒の力で召喚してしまったのである。酒の飲まされ過ぎで凄まじく酔っ払い、とにかく場をカオスにしていったのはリックであった。
 完全に酔ったリックのせいで、宴の場は混迷を極める事になり、気が付けば、皆撃沈していたのである。
 一体何があったのか?宴をカオス化したリックが何を仕出かしたのか?それはまた、別の機会に語られる事になるだろう。

「ふぅ・・・・・・」

 帝国軍参謀長の寝室。
 宴で暴れ、酔いつぶれて眠ってしまったリックを運び込み、彼をベッドへと寝かせる。
 酔っぱらって暴れ、宴をカオスにした張本人は、頬を朱に染め、気持ちよさそうに眠っていた。

「疲れが出たのですね。このところ、休みなく働いておられましたし・・・・・・」

 彼をここまで運んだのは、奇跡的に宴を無事に生き残ったレイナである。
 レイナ以外では、リリカも生き残っていたのだが、彼女はメシアと酒を酌み交わすと言って、皆が全滅した後に、何処かへと行ってしまった。一人残されたレイナは、どうしようもない宴後の惨状を放置し、一先ずリックだけでも寝室に移動させるため、ここまで彼を運んできたのである。
 あのまま彼をあの場で寝かせていては、次の日風邪をひいてしまうかも知れない。今の季節は夏であり、昼間は夏らしい暑さがあるのだが、この地域の夏の夜は、豊かで綺麗な自然のおかげか、比較的涼しく、とても過ごしやすいからだ。
 主君に風邪をひかせないようにするのも、忠臣である自分の務めだとして、彼女は一人で男一人をここまで運んだのである。

「陛下も、そしてあなたも、どうしてそこまで御無理をなさるのですか・・・・・・」

 眠っているリックへ、普段思い続けている事を言葉にし、話しかける。
 今日は夕方頃から宴を行なったのだが、リックは参謀長の職務を休む事なく、宴の計画と仕事を同時にこなしていた。未だ戦いでの傷も癒えていないというのに、自分の身体に鞭を打って、彼は職務に取り組んでいた。
 レイナたちは己の職務を終わらせている。しかしその職務の量は、リックと比べれば少ないものだ。
 宴の時間まで、長い時間休息をとれていた彼女たちと違い、彼はずっと働いていた。女王と帝国のために。
 その事を考えると、どうしても心苦しいものを感じてしまう。主君が苦悩しているのに、自分は何をやっているんだと。

「・・・・・・今は、どうか今だけは、ゆっくりお休み下さい」

 ベッドの上で寝ているリックに、そっと毛布をかけようとする。
 その時突然、毛布をかけていたレイナの手を、リックの左手が掴んだ。

「まっ-----」

 「待ってください」と言う前に、リックの左手は彼女の右手を掴みながら、勢い己の胸に引き寄せる。
 そうして気が付けば・・・・・・、レイナはリックに抱き枕にされてしまっていた。

「っ!!!!???」

 突然の事過ぎて、何がどうなったのか全く分からず、状況が理解できないでいるレイナ。
 あたふたと身体を動かし、急いで拘束から抜け出そうとするものの、リックの両腕が彼女の身体をしっかり固定し、思うように抜け出す事ができない。

「レイナ・・・・・・」
「リック様・・・・・」

 名前を呼ばれて、咄嗟に彼の名前を口にする。どうやらリックは寝惚けてしまっているらしく、今のが寝言だというのはすぐにわかった。

(凄いです、寝惚けて私を抱きしめてしまうなんて・・・・・・)

 呆れるよりも、逆に凄いと思ってしまうところが、彼女らしい考え方である。
 だが、リックが寝惚けているというのがわかっても、この状態から逃げ出せるわけではない。彼を起こそうと考えたレイナであるが、疲れてよく眠っているところを起こす事はできないと、早々に諦めた。こう言うところも、実に彼女らしい。

「いい匂いだ・・・・・レイナ・・・・・・」

 匂いで誰を抱きしめているのか判別したらしい。
 その事に気付いたレイナは、すぐさま自分の体臭を確認する。

(少し汗臭いかもしれない・・・・・、風呂は宴の後に入ろうと考えていたから)

 今の自分の嗅がれたくない臭いを知られ、恥ずかしさに顔を真っ赤にする。抱き枕にされているため、リックの顔が目と鼻の先あるが、寝ている今ならば、この顔を見られる心配がないと、内心少し安心した。

「レイナ・・・・俺・・・守り切った・・・・・」

 安堵と幸福の混じる、安らいだ寝顔をしている。
 夢の中で彼はきっと、レイナに話をしているのだ。ジエーデルとの存亡を懸けた戦いで、守ると誓ったものを、全て守り切れたのだと。
 女王ユリーシアを守り、帝国の未来を救う。戦いの中でアングハルトを助け、多くの者たちを生還させた。
 彼はそれが嬉しい。そんな彼の幸福な表情を見ると、レイナの心も晴れやかになる。
 リックの幸福こそ、今の彼女の幸福となっていると、レイナはようやく理解した。そして同時に、胸の奥底に現れた、自分でも何かわからない気持ちの存在を知る。

「リック様、私・・・・・・!」

 彼に伝えたい。どうしようもなく、伝えたい気持ちがあるのだ。
 だがこれ以上、言葉が出てこない。それに、この気持ちの正体もわからないでいる。
 何と言って良いのかわからない。しかし、彼に想いを伝えるならば今しかないと、彼女の心が叫んでいる。
 愛の告白などではない、もっと別の何か。眠っている今ならば、それを正直に言葉にできる。
 レイナは口を開く。その想いを口に出すためにも。

「・・・これで・・・・メシア団長も・・・・・・」
「!!」
「きっと・・・・・認めて・・くれる・・・・・」

 全てはリックの寝言だ。彼がどんな夢を今見ているのかは、彼自身にしかわからない。
 だがその言葉は、彼女の心を抉る。もう彼女は、想いを言葉にする事はない。

「あなたには・・・・・・団長しかいないのですね・・・・・」

 リックの全てを、この場で彼女は悟る。
 同時にそれは、今まで近くにいたはずの存在を、急に遠くに感じてしまうものでもあった。
 自分の手は届かない。彼は自分と同じようで、違う。彼の傍に、自分は居てはいけないのだと、心が訴える。

「でも・・・・・・」

 抱きしめるリックを、逆に自分から抱きしめ返す。
 はっきりと聞こえる寝息。自分とは全く違う、男の体格。匂いまでわかる、距離のない密着状態。
 彼の胸元に顔を埋める。優しい温もりを感じた。安心してしまう、彼女が求めていた温もりが、ここにはある。

「今だけでいい・・・・今だけは、あなたを感じていたい・・・・・」

 レイナの言葉は、リックに聞こえてはいない。
 これは彼女にとって、聞こえてはならない、秘めた想いなのだ。
 仕える主君の腕に抱かれ、彼女はこの時だけ、求めていた安らぎに抱かれた。





 その日、彼女は夢を見た。
 己の忠誠を誓っている主が、愛する仲間達と共にある、幸福な夢を・・・・・・。
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