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第十二話 家族
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宰相の死から、二か月程の月日が流れた。
彼の死は多くの者を悲しませ、帝国中に衝撃を与えた。しかし、悲しんでばかりもいられない。
季節は変わり、夏から秋を迎えたヴァスティナ帝国は、様々な問題が生じていたのである。
優秀であった宰相マストールの死と、療養で政務ができない女王。二人が政務より離れたために、帝国の国内外の政治は大きな影響を受けた。
城の政官らの活躍により、国内の混乱は収拾できたものの、国外の政治的問題は混迷している。
反帝国女王勢力の貴族たちの反発、友好国チャルコ国の隣国であるエステラン国の動き、その他にもいくつかの問題が発生していた。
女王と宰相という、国家の大きな柱を欠いた事で、帝国は揺れている。
このままでは、少しずつ国は崩壊していく事だろう。今のヴァスティナは、誰が見てもわかる程に脆いのだ。
そんな国外の政治的問題に対して、女王の忠臣たちは必死に解決策を模索している。我らが女王に悟られないよう隠してだ。療養中の女王に、精神的不安を与えるわけにはいかない。それが理由である。
だから今日も、寝室で療養している彼女を安心させるため、見舞いに訪れている者がいる。
彼はベッドで横になる女王に、一冊の絵本を、椅子に座って読み聞かせていた。
「・・・・・・長き戦いを終えた二人は、ようやく南ローミリアを統一しました。ですが、二人の戦いはまだ終わっていませんでした」
絵本を女王ユリーシアに読み聞かせているのは、帝国軍参謀長のリックである。
彼は絵本の頁を一枚めくる。
「統一を果たした後、二人は国を創りました。強く気高い、慈愛に満ちた国を願い、南ローミリアに帝国を築いたのです。帝国の名は、ヴァスティナ」
さらに一枚、頁をめくる。
絵が変わり、書かれている文章を読み上げた。聞き取りやすいよう、丁寧にゆっくりと。
「ヴァスティナ建国の英雄となった二人がその後どうなったのか?二人は建国を果たしてすぐに、お互いを愛し合い、結婚したのです。英雄ラングは、もう一人の英雄リクトビア・フローレンスと結ばれ、二人で手を取り合い、国を治めていく事を誓いました」
物語は終盤を迎え、最後のページをめくる。
描かれていたのは、王妃となって国王ラングと共に、国を治めているリクトビアの姿であった。
「武神と呼ばれた町娘リクトビアは、帝国王妃となって国と民を守り続けました。帝国の民は敬意を込めて、王妃となった英雄リクトビアをこう呼びました。建国の英雄、戦妃リクトビアと・・・・・・」
絵本を読み終えると、小さな拍手が上がった。
弱り切った手で拍手を鳴らしているのは、彼に読み聞かせを頼んだユリーシアである。
「お上手でしたよ。練習なされたのですか?」
「街に出て、子供たちに絵本を読み聞かせる機会が多かったので。いつの間にか慣れちゃいました」
戦妃リクトビア。
ヴァスティナ帝国建国の英雄にして、初代国王と王妃を描いた昔の絵本だ。
リックが読み聞かせたこの本は、彼がリクトビアの名前を与えられた時、一緒に渡されたものである。ユリーシアの尊敬する女性が描かれた、彼女の大切な宝物であったこの絵本は、あの日よりリックへと託された。
女王ユリーシアが突然倒れ、二か月以上の月日が流れている。
何とか起き上がる事が出来る程には、彼女の身体は回復した。しかし、政務ができる体調にはほど遠い。
倒れた日より、寝室での寝たきりの生活が続いている彼女は、メイドたちの看病を受けながら療養している。そんな彼女を心配し、ほぼ毎日誰かが見舞いに現れる。
今日の見舞いにはリックが現れ、いつかの頼みを果たすために、戦妃リクトビアを読み聞かせたのである。
寝室にはメイドたちもいて、ユリーシアと一緒にお話を聞いていた。拍手はメイドたちからも上がる。
「ふふふ・・・・・、子供たちの人気者ですね」
「好かれるのは嬉しいですよ。相手するのは疲れますけどね・・・・・・」
「私が政務より離れて長くなりますが、街の様子は変わりありませんか?」
「もちろんです、皆が頑張ってくれてますから。陛下が倒れた話が広まった時は、街中の人たちが城まで押しかけて、陛下の無事を確かめようとする騒ぎもありましたけど、今は街も人も落ち着いています」
「そうでしたか・・・・・・、それを聞いて安心しました」
ユリーシアが心配するのも無理はない。
女王である彼女が政務から離れて、二か月以上の月日が離れているのだ。特に、国内の政治に問題がないかは、とても気になる事だろう。
それに、帝国にはもう、彼女を支え続けた宰相マストールはいないのだ。彼の死は悲しく、内心の不安は大きい。
「マストール亡き今、私がしっかりしなくてはならないのに・・・・・・この有り様です。皆さんに負担をかけてしまい、本当に申し訳ありません」
女王としては真面目過ぎると同時に、優し過ぎる。誰に対しても彼女は、自分に少しでも非があるとわかれば、すぐに謝罪し頭を下げる。
一国の主の在り方ではないかも知れないが、これが彼女の魅力でもあるのだ。
「謝る必要はないです。俺たちは陛下を支えるのが仕事ですから。陛下に何かあった時は、俺たちが何とかしないといけない責任があります。俺たちはその責任を果たしているに過ぎませんから、負担なんか感じてません」
「リック様・・・・・」
「マストール宰相はもういませんが・・・・・・。それでも、あいつのおかげで国の政治は良い感じにまわってます。陛下は心配せず、ここでお休みになっていいんですよ」
「あいつのおかげ」とは、文字通りの意味である。
彼の死は多くの者を悲しませ、帝国中に衝撃を与えた。しかし、悲しんでばかりもいられない。
季節は変わり、夏から秋を迎えたヴァスティナ帝国は、様々な問題が生じていたのである。
優秀であった宰相マストールの死と、療養で政務ができない女王。二人が政務より離れたために、帝国の国内外の政治は大きな影響を受けた。
城の政官らの活躍により、国内の混乱は収拾できたものの、国外の政治的問題は混迷している。
反帝国女王勢力の貴族たちの反発、友好国チャルコ国の隣国であるエステラン国の動き、その他にもいくつかの問題が発生していた。
女王と宰相という、国家の大きな柱を欠いた事で、帝国は揺れている。
このままでは、少しずつ国は崩壊していく事だろう。今のヴァスティナは、誰が見てもわかる程に脆いのだ。
そんな国外の政治的問題に対して、女王の忠臣たちは必死に解決策を模索している。我らが女王に悟られないよう隠してだ。療養中の女王に、精神的不安を与えるわけにはいかない。それが理由である。
だから今日も、寝室で療養している彼女を安心させるため、見舞いに訪れている者がいる。
彼はベッドで横になる女王に、一冊の絵本を、椅子に座って読み聞かせていた。
「・・・・・・長き戦いを終えた二人は、ようやく南ローミリアを統一しました。ですが、二人の戦いはまだ終わっていませんでした」
絵本を女王ユリーシアに読み聞かせているのは、帝国軍参謀長のリックである。
彼は絵本の頁を一枚めくる。
「統一を果たした後、二人は国を創りました。強く気高い、慈愛に満ちた国を願い、南ローミリアに帝国を築いたのです。帝国の名は、ヴァスティナ」
さらに一枚、頁をめくる。
絵が変わり、書かれている文章を読み上げた。聞き取りやすいよう、丁寧にゆっくりと。
「ヴァスティナ建国の英雄となった二人がその後どうなったのか?二人は建国を果たしてすぐに、お互いを愛し合い、結婚したのです。英雄ラングは、もう一人の英雄リクトビア・フローレンスと結ばれ、二人で手を取り合い、国を治めていく事を誓いました」
物語は終盤を迎え、最後のページをめくる。
描かれていたのは、王妃となって国王ラングと共に、国を治めているリクトビアの姿であった。
「武神と呼ばれた町娘リクトビアは、帝国王妃となって国と民を守り続けました。帝国の民は敬意を込めて、王妃となった英雄リクトビアをこう呼びました。建国の英雄、戦妃リクトビアと・・・・・・」
絵本を読み終えると、小さな拍手が上がった。
弱り切った手で拍手を鳴らしているのは、彼に読み聞かせを頼んだユリーシアである。
「お上手でしたよ。練習なされたのですか?」
「街に出て、子供たちに絵本を読み聞かせる機会が多かったので。いつの間にか慣れちゃいました」
戦妃リクトビア。
ヴァスティナ帝国建国の英雄にして、初代国王と王妃を描いた昔の絵本だ。
リックが読み聞かせたこの本は、彼がリクトビアの名前を与えられた時、一緒に渡されたものである。ユリーシアの尊敬する女性が描かれた、彼女の大切な宝物であったこの絵本は、あの日よりリックへと託された。
女王ユリーシアが突然倒れ、二か月以上の月日が流れている。
何とか起き上がる事が出来る程には、彼女の身体は回復した。しかし、政務ができる体調にはほど遠い。
倒れた日より、寝室での寝たきりの生活が続いている彼女は、メイドたちの看病を受けながら療養している。そんな彼女を心配し、ほぼ毎日誰かが見舞いに現れる。
今日の見舞いにはリックが現れ、いつかの頼みを果たすために、戦妃リクトビアを読み聞かせたのである。
寝室にはメイドたちもいて、ユリーシアと一緒にお話を聞いていた。拍手はメイドたちからも上がる。
「ふふふ・・・・・、子供たちの人気者ですね」
「好かれるのは嬉しいですよ。相手するのは疲れますけどね・・・・・・」
「私が政務より離れて長くなりますが、街の様子は変わりありませんか?」
「もちろんです、皆が頑張ってくれてますから。陛下が倒れた話が広まった時は、街中の人たちが城まで押しかけて、陛下の無事を確かめようとする騒ぎもありましたけど、今は街も人も落ち着いています」
「そうでしたか・・・・・・、それを聞いて安心しました」
ユリーシアが心配するのも無理はない。
女王である彼女が政務から離れて、二か月以上の月日が離れているのだ。特に、国内の政治に問題がないかは、とても気になる事だろう。
それに、帝国にはもう、彼女を支え続けた宰相マストールはいないのだ。彼の死は悲しく、内心の不安は大きい。
「マストール亡き今、私がしっかりしなくてはならないのに・・・・・・この有り様です。皆さんに負担をかけてしまい、本当に申し訳ありません」
女王としては真面目過ぎると同時に、優し過ぎる。誰に対しても彼女は、自分に少しでも非があるとわかれば、すぐに謝罪し頭を下げる。
一国の主の在り方ではないかも知れないが、これが彼女の魅力でもあるのだ。
「謝る必要はないです。俺たちは陛下を支えるのが仕事ですから。陛下に何かあった時は、俺たちが何とかしないといけない責任があります。俺たちはその責任を果たしているに過ぎませんから、負担なんか感じてません」
「リック様・・・・・」
「マストール宰相はもういませんが・・・・・・。それでも、あいつのおかげで国の政治は良い感じにまわってます。陛下は心配せず、ここでお休みになっていいんですよ」
「あいつのおかげ」とは、文字通りの意味である。
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