贖罪の救世主

水野アヤト

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第十九話 甞めるなよ

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 その日はやって来た。
 昨晩の襲撃により、至るところが血の海となった城内は、帝国メイド部隊の徹夜の頑張りによって、全て綺麗に掃除されていた。ちなみに、一睡もせずに城内全てを掃除し切ったメイド部隊一同は、疲れ切って現在爆睡中である。
 だが、彼女達はまだ知らない。目を覚ました時、メイド長ウルスラによるお説教が待っている事を・・・・・・。
 侵入者迎撃で活躍したメイド部隊はそのまま寝かせ、一晩中護衛をしていて一睡もしていないウルスラと共に、会談の席へと向かうアンジェリカ。ちなみに彼女は、今とても眠い。

「あまり寝付けなかったようですね」
「・・・・・・」
「昨晩の疲れが残っているのでしょう。御無理はなさらないで下さい」

 完徹してアンジェリカを護衛していたウルスラは、欠伸一つ漏らさず、いつも通りの寡黙で真面目な姿である。対してアンジェリカは、何とか欠伸を堪えながら、会談の事を考えて、眠らないよう意識を集中させていた。
 
(眠れなかったのはお前のせいだ・・・・・・)

 口には出さず、アンジェリカは心の中で文句を述べる。
 一晩中護衛をしていたウルスラの、殺気だった視線と気配のせいで落ち着く事ができず、全く寝付けなかったのである。
 しかし、その文句をウルスラに言うわけにもいかず、彼女は眠気眼のまま黙っていた。

「おや、随分と眠そうですね陛下。ふふっ、夜更かしでもしていたのですか?」

 会談の場へと向かうため、城内を移動していた二人の前に、彼女は現れた。美しく長い金髪と、豊満な胸。深紅のドレス姿の、絶世の美女がそこに居た。
 彼女は、ヴァスティナ帝国宰相リリカ。自称にして事実の、美人で天才な宰相である。

「夜更かしなどするか。昨晩の事は知っているだろう」
「ええ。まったく、私の眠りを妨げる輩には困ったものです。おかげでこの通り寝不足でして、・・・・・・ふわぁ~」

 女王の前だと言うのに、如何にも眠そうな表情で欠伸する、恐れを知らない宰相リリカ。まあ、帝国の人間で彼女に逆らえる者など、ほとんど存在しないのだから仕方がない。
 こんな女性だが、彼女こそが今回の会談においての、帝国側の切り札である。
 
「リリカ、わかっているだろうな?」
「ふふふっ、勿論です陛下。今日の会談、あれの好きにはさせません」
「期待している」

 不安を感じさせない、妖艶で余裕のある笑みを浮かべるリリカほど、この場で頼もしさを感じさせる存在はないだろう。そんな彼女とは対照的に、表情に影を落とすメイド服を着た人物が、リリカの後ろよりそっと現れる。

「ふふっ、今日も護衛を頼むよイヴ」
「はい、リリカ姉様・・・・・・」

 宰相リリカの護衛として、メイド服姿で彼女の傍に控えるイヴは、悩みや不安を抱えた表情を浮かべている。昨晩のあの時から、ずっとだ。

「可哀想に、陛下に冷たくされたのを気にしているのですよ。あんまり可哀想だったから、昨日は少し可愛がってあげましてね」
「ちょっ、リリカ姉様!?」
「この子は良い声で鳴くのですよ。ふふ、陛下にも一度聞かせたいものです」

 顔を真っ赤にし、慌てふためくイヴの姿。そして、妖艶に笑うリリカ。
 一体どんな事をされたのか、リリカはそれ以上語らない。故に、何があったのかつい想像してしまったアンジェリカは、数秒の後、頬を少し赤らめた。
 
「冗談ですよ。本当は、あんまり可哀想だったから添い寝してあげただけです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ふふふ、一体何を想像されたのです、アンジェリカ陛下?」

 完全にリリカに揶揄われてしまった、女王アンジェリカ。帝国の絶対的支配者を揶揄える者など、国中探しても誰もいない。ただ一人、彼女を除いてだが・・・・・・。
 リリカはアンジェリカを一発で不機嫌にして、ただ笑うのみである。軽く咳払いし、揶揄われた事を無視して、アンジェリカは歩き出す。

「無駄話は終わりだ。行くぞ、会談の時間に遅れる」

 そう言って歩みを続ける彼女の後ろに、三人が続く。不機嫌そうなアンジェリカだが、内心彼女はリリカに感謝していた。
 イヴの姿を見た時、彼女はどうして良いかわからなくなっていた。自分の言葉がイヴを傷付けた、その自覚はある。故に彼女は、イヴに対してどう接して良いか、わからなくなってしまっていた。
 そんなアンジェリカの気持ちを、持ち前の勘の良さで即座に察したリリカは、二人を揶揄って見せたのである。そうやって、場を流したのだ。
 これから会談へ臨む彼女に、余計な迷いを与えない為という、宰相の責務の一環としての考えもあっただろう。だがリリカは、皆の姉的存在であり、二人よりも大人なのだ。ちゃんと二人の事を想い、気を遣ってくれたのである。

「さて、早く終わらせて帰るとしましょう。皆が陛下の帰りを待っておりますし、ここにはいじりがいのある者が少ない」

 この発言は冗談ではない。彼女はそういう女性だ。
 頼もしき者達。自称にして事実の美人で天才な宰相と、元軍人のメイド長、帝国一の狙撃手を従えて、何も恐れる事なく会談の場へと向かうアンジェリカ。
 彼女達は、たとえ相手が独裁者の統べる大国であろうとも、負けるつもりは毛頭ない。この先の未来、必ずあの二国を滅ぼすために、アンジェリカは漆黒のドレスを纏い、戦いの場へと赴く。
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