贖罪の救世主

水野アヤト

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第二十三話 エステラン攻略戦  後編

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「はあああああああああああっ!!!」

 十文字の槍の切っ先が、一瞬で兵士の心臓を刺し貫き、兵の一人を絶命させる。槍の切っ先はそれだけでは止まらず、今度は四方から迫る四人の兵士に猛威を振るう。槍は舞う様に左右に振られ、その切っ先は、正面の兵の首を斬り裂き、左の兵の心臓を刺し貫き、背後の兵の胸を斬り裂き、右の兵の首を刺し貫いた。
 瞬きする間の、まさに一瞬の出来事であった。この十文字槍は、瞬く間に五人の兵士の命を奪い、己を操る主に傷一つ負わせず、ただ勝利だけをもたらす。決して刃こぼれせず、その切っ先が捉えた敵を確実に屠るこの槍の使い手は、赤い髪の少女である。
 雄叫びを上げて槍を振るい、戦場を駆け抜けていく彼女の名は、レイナ・ミカヅキ。ヴァスティナ帝国軍参謀長の右腕であり、参謀長に絶対の忠誠を誓う、帝国最強の槍使いである。
 彼女と、彼女率いる三百人の精鋭槍兵部隊は、宿敵エステラン国の軍団を突き崩していく。彼女達に対して、エステランの兵士達は迎撃に当たるが、彼女達とエステラン兵士達とでは錬度の差があり過ぎた。迎撃に出たエステラン兵士達は、彼女達の槍に次々と討ち取られ、戦場に屍を晒す。
 ここは、帝国軍とエステラン国軍が決戦を繰り広げている、エステラン南方防衛線。彼女達が攻撃を行なっているのは、前線正面の最前線である。
 レイナを筆頭にして、精鋭の槍士達が続き、前線正面で戦っていた帝国軍部隊が続く。彼女が前線正面に到着するより前に、この地で戦っていた帝国軍の殿部隊ゴリオン隊は、彼女達の後方で待機している。部隊の隊長であるゴリオンが重傷であり、部隊の戦闘継続能力が大きく低下しているためだ。
 戦況は、レイナやゴリオン達の活躍によって、帝国軍が優勢となっている。ゴリオン隊の活躍によって精鋭を失い、大幅に士気を低下させたエステラン国軍は、数では帝国に勝るものの、戦闘力を大きく失っていた。前線正面のエステラン国軍部隊には、最早帝国軍の精鋭部隊を抑える力はなく、打ち倒されて後退するばかりであった。
 レイナ率いる精鋭槍士部隊ミカヅキ隊に、前線正面への出撃を命令したのは、勿論エミリオである。
 前線投入前、彼は迷っていた。ミカヅキ隊を左翼前線に投入するべきか、それとも右翼前線に投入するべきかで、決断を迫られていたのである。
 左翼前線にミカヅキ隊を投入し、レッドフォード隊を救出しつつ、敵軍総指揮官メロース・リ・エステランを討ち取るべきか、右翼前線にミカヅキ隊を投入し、一気に敵前線を突破するべきかの二択であった。
 左翼前線にミカヅキ隊を投入すれば、そこにはメロース率いる敵軍本隊がいる。現地の帝国軍部隊とレッドフォード隊と合流し、決戦部隊の戦力を集中させる事で、総指揮官メロースを討つという選択肢。この時エミリオのもとには、メロースが左翼前線に現れたと言う、確定した情報はまだ入ってはいなかった。つまりこの時のエミリオは、左翼前線にメロースがいるかどうかもわからない状況であった。左翼に無駄に戦力を集中させてしまい、もしも正面や右翼にメロース率いる本隊が姿を現わせば、前線を崩壊させてしまっていたのである。
 右翼にミカヅキ隊を投入すれば、エステランの特殊魔法兵部隊サーペント隊が現れない限り、前線突破は容易だろうと考えられていた。右翼の前線を突破し、敵後方陣地を襲撃する事が叶えば、エステラン国軍の前線を崩壊させる事もできるだろう。だがそれは、レッドフォード隊を犠牲にする事を意味する。
 レッドフォード隊は左翼前線で突出しており、メロースが来なくとも孤立無援状態であった。ミカヅキ隊を右翼に向かわせれば、レッドフォード隊を救出できる戦力的余裕はなく、彼らを見捨てる事になったのである。
 クリスの囮に賭けて、ミカヅキ隊を左翼に向かわせるべきか。それとも、クリスの囮を無駄にせず、右翼にミカヅキ隊を向かわせるか。
 戦力を集中し、左翼前線に現れるであろうメロースを討つと決めた場合、メロースを討ち取る事が叶えば、右翼前線突破よりも得るものは大きい。だが、敵軍は精鋭を集中させるはずであるため、勝算は決して高くはなかった。確率で言えば、失敗する可能性の方が高い。敵の精鋭と兵数によっては、攻撃が失敗する恐れは充分にあったのである。
 ならば、右翼前線に向かわせる方が、まだ安全策と言えた。右翼には敵の精鋭は集中しておらず、戦況は互角の状態を保っていたからである。ここにミカヅキ隊と残りの帝国軍戦力を集中させる方が、勝算は高い。しかしそれは、レッドフォード隊の犠牲という、大きすぎる代償を支払っての勝利となる。
 当初エミリオは、レッドフォード隊を犠牲に、右翼前線の突破を考えていた。決戦部隊指揮官である彼は、私情を捨てて、より確実な選択を取らなければならなかったのである。レッドフォード隊を犠牲にして、クリスを戦死させてしまえば、帝国参謀長リクトビア・フローレンスが、再び絶望を味わう事になるとわかっていても、彼は右翼前線突破を選んだ。
 だが彼は、そんな絶望の未来を選ぶ必要が無くなった。何故ならば、チャルコ騎士団と言う予想外の援軍が、この戦場に現れたからである。
 チャルコ騎士団の登場によって、エミリオは決断した。
 チャルコ騎士団は左翼前線に投入し、現地の帝国軍部隊と協力させ、レッドフォード隊を救出させる。これにより、ミカヅキ隊を左翼に投入する必要はなくなり、他の前線への戦力集中が可能になった。
 状況が大きく変化した事により、エミリオはレッドフォード隊を犠牲にせずに済んだ。そして彼は、ミカヅキ隊に出撃を命令した。しかしエミリオは、当初の選択肢にあった右翼前線ではなく、前線正面にミカヅキ隊を投入したのである。
 彼が何故作戦を変更したのか、その理由はレイナ達にもわからない。ただ一つだけ言えるのは、ミカヅキ隊が前線正面に投入された事により、ゴリオン隊は窮地を脱したと言う事である。
 ゴリオン隊の決死の活躍とミカヅキ隊の登場により、士気高く戦闘に臨む帝国軍。帝国軍前線正面は、ミカヅキ隊を筆頭に総攻撃を開始したのである。
 前線の全帝国軍兵士は、死力を尽くして戦闘を行なっている。レイナの槍が戦場を舞い、ミカヅキ隊の槍が敵兵の屍を築き上げ、帝国軍部隊が雄叫びを上げて突撃を続けた。帝国軍兵士達の剣や槍が、エステラン兵士達の命を次々と奪い去り、戦場に鮮血を迸らせる。ミカヅキ隊は鍛え上げられた槍術を駆使し、エステラン兵士の急所を一突きし、無駄のない動きで確実に眼前の敵を討ち取っていった。

「突き崩せ!勝利は我らにある、前進せよ!!」

 自らの隊の兵士達と帝国軍兵士達を率い、先頭で戦うレイナは、兵士達を鼓舞し続けて己の得物を振るい続ける。彼女の槍術によって、既に五十を超えるエステラン兵士が、その命を散らせていた。この戦場で彼女以上に、多くの兵士を討ち取っている者はいない。
 神速の槍捌きで眼前の敵を蹴散らしていく様は、まさに軍神と呼ぶに相応しい。彼女の存在は、帝国軍の勝利の象徴であり、帝国軍兵士達の希望でもあるのだ。
 自軍がどんな不利な状況にあろうとも、その武で彼女は帝国の敵を蹴散らして進む。そんな彼女の姿に、兵士達はその身を大いに震わせ、勇猛果敢に帝国の敵に挑んでいく。兵士達を率い、己の鍛え上げた武と共に戦場を駆ける彼女は、帝国軍兵士達にとってはまさに軍神なのである。
 
「糞っ!!あの赤髪、狂犬の槍使いかっ!?」
「畜生!敵は少数だ。数の有利を活かして押し返せ!!」

 レイナの実力は、エステラン兵士も嫌と言うほど知っている。彼女の一騎当千の力によって、今までどれだけのエステラン兵が命を落とし、戦場の土と消えたか、メロース配下のエステラン兵士ならば、知らぬ者はいない。
 進攻を続ける帝国軍の先頭に立ち、神速の槍捌きを見せ付け戦うレイナ。その姿を見たエステラン兵士達が次々に、彼女を討てと叫ぶ。エステラン国軍の部隊長などが部下に命令し、兵士達が彼女を討ち取ろうと襲いかかるが、何度やってもそれは失敗に終わる。
 彼女に向かっていったエステラン兵士達は、一瞬で彼女の槍術の餌食となってしまった。正面から向かっていったエステラン兵士が、十文字槍の神速の突きを受け、胸を刺し貫かれて絶命する。自分が胸を刺し貫かれた事に気が付いた時には、この兵士の意識は深い闇の中へと消えていった。この兵士の命が失われたのは、まさに一瞬の出来事だったのである。
 レイナの必殺技でもある、神速の槍術。その速さは、彼女と犬猿の中であり、帝国参謀長の左腕でもある剣士クリスと互角である。彼女に挑んだ相手は、気が付けば自分の胸を槍に刺し貫かれており、一撃のもとに絶命してしまうのだ。
 だからこそ、彼女の鼓舞に兵士達は湧き立ち、死を恐れずに突撃する。彼女に命を預ければ、敗北はあり得ないと信じているからだ。
 故にエステラン国軍は、彼女を討ち取ろうと躍起になっている。彼女さえ討ち取ってしまえば、帝国軍の士気を大幅に低下させる事が出来るとわかっているからだ。しかし、それを簡単に許す程、レイナも帝国軍兵士達も甘くはない。

「ミカヅキ隊長が狙われてるぞ!隊長を護衛するんだ!!」
「第三分隊と第四分隊は前に出ろ!隊長の側面を固めて敵を近付けるな!」

 隊長であるレイナを守るべく、ミカヅキ隊の兵士達が行動を起こす。彼女を孤立させないよう、いくつかの部隊が彼女の側面に付いた。帝国軍全部隊は、レイナの指揮のもとに一つとなっており、味方間の連携を崩す事なく進攻を続ける。
 レイナを討ち取ろうと向かっていったエステラン兵士達は、ミカヅキ隊の槍か、レイナ自身の手によって尽く討ち果たされ、戦場に屍を晒すだけであった。レイナ率いる帝国軍は、エステラン国軍の喉元を貫くために放たれた、一本の鋭き槍の如く前進を続ける。実際、彼女達がここを完全に突破すれば、眼前に映るのはエステラン国軍陣地であるため、彼女達の突撃は、相手の喉元を刺し貫く行為に等しいだろう。
 勝利は遠くない。この突撃さえ成功すれば、エステラン国軍は瓦解する。そうなった時は、最早メロースの命令を聞く者は誰もいないだろう。南方前線のエステラン国軍は、これでようやく帝国に敗北するのだ。

「死力を尽くして戦え!既に勝利は我々の目の前にある!はああああああああああああっ!!」

 部下達を鼓舞し続け、レイナは眼前のエステラン兵士達のもとへ駆けて行く。神速の突きが兵の一人を瞬殺し、振られた槍が次々と兵士達を仕留めていく。多くの兵士達を絶命させ、踊り舞うように戦う彼女の姿に恐怖したエステラン兵士達が、彼女には敵わないと悟り、次々と後ろへ後退していった。兵によっては、武器を捨てて逃亡する者もいるほどだ。
 兵力では劣っていても、練度では他国の軍隊に決して遅れは取らない。それがヴァスティナ帝国の軍隊である。
 だからこそ、エステラン国軍は帝国軍に対し、あの部隊を投入せざる負えない。最高指揮官であるメロースが、前線が突破される万が一に備え、この地に配置した戦力が動き出す。

「!?」

 進攻を続けるレイナ達の前に、それは突然現れた。
 地面を突き破り現れた、何本もの蔓。その蔓は、どう見ても植物のものであった。しかしその蔓は、異様に大きい。
 人の腕位はありそうな太さの蔓が、突然彼女達の前に現れて、意思をもっているかのように襲いかかる。蔓は鞭の様にしなり、レイナ達へと向かっていく。突然の襲撃であったが、一早く反応出来たレイナだけは、この攻撃を回避する事が出来た。だが他の兵士達は、突然の襲撃に反応が遅れ、蔓に弾き飛ばされてしまう。

「この蔓は・・・・・・、まさか・・・・」

 異様な植物の蔓の襲撃。レイナはすぐに、これが特殊魔法の仕業であると気付く。
 彼女が前を見ると、前方にいたエステラン兵士達は後退し、三人の少年と一人の少女が姿を現わしていた。

「赤い髪の槍使い・・・・・、あれが噂の奴か」
「狂犬の忠犬って奴でしょ?私と歳そんなに変わらなくない?」
「見た目に騙されんなよ。あいつの槍で死んだ兵士の数、お前聞いた事あるか?」
「・・・・・何でもいいよ。早く片付けよう」

 レイナの姿を捉え、話を始めたこの四人。四人の正体は勿論、エステラン国軍特殊魔法兵部隊サーペントの者達である。
 
「サーペント隊か。貴様達が現れたと言う事は、本陣は目の前だな」
「赤髪の槍士。貴様が出て来たと言う事は、帝国軍は本気を出したわけだな」

 四人の内の一人の少年が、レイナの事を真っ直ぐ見つめている。彼はこのチームのリーダー的存在であり、チームの頭脳でもある。相手を冷静に分析し、帝国軍が総力戦を開始した事を理解したのだ。
 メロース配下のサーペント隊。ゴリオンに敗れ去ったジョナサンと、左翼前線に現れたザビーネ達以外のこの四人は、メロース配下の最後のサーペント隊員である。
 ジョナサンと同じように、彼らは魔法を使う者同士でチームを組んでいる。連携攻撃を得意とする彼らは、自分達の魔法を駆使し、これまでジエーデル国との戦いで数々の戦果を挙げていた。実戦経験豊富な強敵であるのは、間違いないのである。
 事前の説明で、この四人についての情報を少なからず得ていたレイナは、槍の切っ先を四人へと向けて構えた。相手が自分と歳の変わらない少年少女であろうとも、彼女は決して油断しない。何が起こるかわからない特殊魔法攻撃の恐ろしさを、彼女はよく知っているからだ。
 
「やるぞ皆。用意はいいか?」
「いつでもいいわよ。私の魔法で消し炭にしてあげる」
「あの馬鹿王子が勝ってくれないと困るからな。めんどくせぇけどやってやるよ」
「・・・・・・二人とも五月蠅い」

 リーダーの少年が三人に確認し、二人が彼に答え、最後の一人は嫌な顔をして二人に文句を言う。こんな調子だが、これが彼らのいつものスタイルなのである。
 戦いが始まる。帝国最強の槍使いと、エステラン国の特殊魔法使いとの決戦が、ここで始まろうとしているのだ。周りにいた両軍の兵士達は、互いの軍の精鋭同士の戦いを邪魔しないよう、レイナ達から離れてこれから行なわれる戦いを見守っていた。
 リーダーの少年が右手を掲げ、ぼさぼさの長い髪の少女が服のポケットに手を突っ込み、メロースを馬鹿王子呼ばわりした少年が腰に差した剣を抜こうとし、根暗そうな少年が懐から何かを取り出そうとする。彼らはほぼ同時に、自分達の武器を出そうとしていた。
 しかし、その一瞬の動きが命取りとなる。彼らは決して油断をしていたわけではないが、武器を取り出そうとする動作の、その僅かの隙をレイナは見逃さない。
 
「奔れ、焔っ!!」

 レイナが叫び、一瞬の内に炎が出現したかと思えば、炎は四人へと襲い掛かった。彼女の操る炎属性魔法が、何もかも燃やし尽くさんとして、真っ直ぐ四人へと向かっていく。
 炎属性魔法の攻撃に驚き、回避のために散開した四人。レイナの速攻に驚いた四人だが、各自回避に成功し、体勢を立て直そうとした、その時である。

「!!」

 散開して炎の回避に成功した四人だが、四人はこの一瞬の間に、レイナの姿を見失ってしまった。そして、気が付いた時には・・・・・・。
 
「・・・・・・・ごふっ!!」
「まずは一人」

 四人の中でリーダー格だった少年の胸を貫く、十文字の槍の切っ先。槍は完全に、少年の心臓を刺し貫いていた。
 
「ばっ・・・・・ばか・・・な・・・・・・」

 それだけ言って、彼は息絶えた。自身の実力を披露できず、たった一瞬の内に、帝国最強の槍使いに命を奪われたのである。
 レイナが放った炎属性魔法は、相手を散開させるための攻撃だった。魔法に驚き、レイナの思惑に見事引っ掛かってしまった四人は、早速一人戦死して三人となった。
 
「よっ、よくもやったなあああああああああああっ!!!」
「ぶっ殺してやる!絶対ぶっ殺してやる!!」
「・・・・・・・仇は取る」

 リーダーの少年の死によって、激昂する残りの三人。死んだ彼の仇を取るべく、彼らの攻撃が始まった。
 
「俺が突っ込む!カンナ、いつものやつを用意しとけ!!」
「わかってるわよグラン!ゲイツ、あんたは私達の援護よ!」
「言われなくてもわかってる・・・・・・」

 ぼさぼさの長い髪の少女の名はカンナ。剣を差している少年の名はグラン。根暗そうな少年の名はゲイツ。三人は連携攻撃でレイナを討つべく、行動を開始した。
 剣を抜いたグランが、レイナ目掛けて突撃する。カンナは服のポケットから札のような紙を数枚取り出し、ゲイツは懐から小さな植物の種を取り出した。
 グランの抜いた剣は、不自然に細かく振動を始め、何故か白く発光する。これは彼の特殊魔法によるものであった。彼の魔法は、時間をかけて自分の魔力を込めた武器に、特殊な力を与える能力である。彼の魔力が込められた武器は、彼が使う事でその力を発揮し、白く発光しながら振動するのだ。
 原理は不明だが、発光しながら振動する彼の剣は、どんなものでも簡単に両断可能で、相手と剣戟を交えた時などは、相手の剣が容易く破壊できる。グランはこの剣の事を振動剣と呼んでおり、彼はこの剣を操って、今まで数々の実力者達を、一刀のもとに両断してきたのである。
 歴戦の直感で、グランの剣が危険だと判断したレイナは、彼の剣と交える事はせず、振られた剣の切っ先を躱し続けた。レイナの判断は正しい。下手に彼と打ち合えば、自分の槍が破壊されるかもしれないからだ。
 グランの攻撃躱し続けるレイナだが、反撃の為に槍を振るおうとする。しかし、レイナの反撃を許さない、ゲイツの支援攻撃が放たれた。
 ゲイツの魔法が発動し、彼の手の平の上にあった植物の種が、急激に成長を始めたのである。種から芽が出て、太く長い蔓が何本も現れたかと思えば、それらはレイナを敵と定め、真っ直ぐ向かっていく。種から異常な蔓が増殖するまで、一分とかかっていない。たった数秒で、ゲイツは植物の種を急激に成長させたのである。
 これが彼の、植物を操る魔法だ。植物に彼が魔力を流すと、その植物は彼の思うがままとなり、急速に異常成長させる事も出来れば、自由に操る事も出来るのである。
 ゲイツの役目は、前衛であるグランの支援である。ゲイツが操る植物の蔓が、グランの支援の為にレイナへと襲い掛かる。彼女の身体に巻き付いて、動きを封じようとしているのだ。レイナは蔓を躱すべく後ろへ跳躍し、追撃をかけて来た蔓には槍で応戦した。
 
「避けられてんじゃねぇ!ちゃんと捕まえろ!」
「・・・・・うるさい、黙ってろよ」

 ゲイツの魔法攻撃は続く。新しい種を取り出した彼は、魔法によって種を異常成長させ、新しい植物を生み出した。数秒の内に出現したのは、巨大な食虫植物である。巨大な口のようなものが大きく開かれ、レイナを喰らうべく襲い掛かった。
 これでは食虫と言うより、食人植物である。巨大な大口はレイナを丸呑みにしようとしたが、彼女は容易くそれを躱し、襲ってきたこの植物に炎属性魔法を放った。炎を浴びたこの植物は簡単に燃え盛り、息絶えていく。
 植物の攻撃を退けたレイナに、再びグランの振動剣が襲いかかる。攻撃躱し続け、グランの隙をついて反撃に移ろうとすると、先程と同じようにゲイツの植物が襲いかかった。二人の連携は、レイナに反撃の隙を与えず、徐々に彼女を追い詰めていく。
 
「・・・・・!」

 攻撃を躱し続けていたレイナだが、二人の連携攻撃の意図に気が付き、急いで周りを確認する。気が付けば彼女の周りには、札のような紙が何枚も置かれていた。彼女を囲むように置かれたそれは、二人がレイナを引き付けている間に、カンナが設置したものである。
 グランとゲイツの連携攻撃は、カンナの準備が完了するまでの時間稼ぎであり、レイナを目的の場所まで追い込む意味もあった。そして三人は、狙い通りの場所にレイナを追い込み、必殺の一撃を放つ。

「ぶっ飛べ!!爆っ!!」

 カンナが叫ぶと、それを合図にして、レイナの周りに置かれた紙が、突然発火した。次の瞬間には、レイナの周りを囲んでいた紙が爆発を起こし、大きな砂塵と煙が舞い上がり、爆風が周囲を吹き飛ばした。この爆発は、人間一人を殺すには火力があり過ぎる。たった一枚の紙で、熊すら簡単に爆殺できる火力のものを、十枚以上も設置したのだ。並の人間相手であれば、肉片すら残らず吹き飛ぶだろう。
 カンナの特殊魔法は、爆発する札を作り上げる能力である。彼女が文字や絵を描き込んだ札を作ると、それは殺傷能力の高い爆弾と化す。札を爆弾にするために必要な文字と絵を描き込み、彼女が魔力を注入する事によって、その札は簡単に爆弾となり、彼女の武器となる。
 この爆弾札は、彼女の好きなタイミングで起爆させられる。彼女が起爆の言葉を口にすれば、その瞬間、彼女自身が爆発させたいと思っている札を起爆させられるのだ。

「やったか!?」
「爆裂札をあんだけ置いておいたのよ。どんな奴も木端微塵よ」
「・・・・・・これで終わりだ」

 三位一体の連携攻撃。本来であれば、レイナの手によって瞬殺されてしまった、リーダーの少年の指揮と魔法も加わる事によって、このチームの連携魔法攻撃は完成する。三人では不完全な連携であったが、彼らは自分達の魔法攻撃を成功させた。
 爆発で舞い上がる煙のせいで、レイナの死体をまだ確認できていない三人だが、彼らは勝利を確信している。カンナが爆裂札と呼んでいるこれは、先程十枚以上起爆したのだ。爆発の威力は、民家一軒を全壊させるだけの破壊力があり、レイナを取り囲んで起爆しているため、彼女が回避できるわけがなかった。誰もがレイナの死を確信するのは、当然と言える。
 三人とエステラン兵士達は、勝利を疑わない。爆裂札の大爆発によって、帝国軍兵士達には動揺が奔っている。ここにいる誰もが、帝国最強の槍使いは死んだと思ってしまった。
 そんな中、爆発のせいで舞っていた煙が少しずつ晴れていく。爆発の衝撃でレイナがどうなったのか、両軍の兵士達が目を凝らして確認を始めた。

「・・・・・・この程度か」

 煙が晴れると、そこには彼女の姿があった。だが、死体ではない。彼女は言葉を発したのだ。
 彼女は生きていた。彼女を覆う様にして、炎が彼女の身体を取り巻いている。まるで、彼女の身を守る様にして、炎は彼女の周りを舞い続ける。
 煙の中から姿を現わした彼女は、自身の炎属性魔法に守られ、大爆発から見事生還を果たした。しかし、流石の彼女もこの爆発では無傷とはいかず、服は所々に破け、火傷も負っている。それでも彼女は、戦意を全く失わず、眼前の敵を見据えていた。
 爆発の直前、危険を察知した彼女は、防御のために炎属性魔法を展開した。炎を操り、自分の周囲に炎の壁を形成し、爆発の衝撃から身を守ったのである。だが、咄嗟の防御であったため、この大爆発から無傷と言うわけにはいかなかった。しかも、この魔法の発動と展開は魔力の消耗が激しいため、彼女は今、これ以上の魔法使用が出来なくなってしまったのである。
 しかし三人にとっては、彼女は化け物以外の何者でもない。振動剣も植物攻撃も全て躱され、必殺の爆裂札を使用しても、彼女は死ななかったのだ。

「うっ・・・・・・嘘でしょ・・・・?」
「ちっ!あれ喰らって死なねぇのか・・・・・」
「・・・・・・化け物」

 あの爆発で傷付きはしたものの、五体満足に生還を果たした、帝国最強の槍。槍士レイナ・ミカヅキは、サーペント隊所属の彼ら三人をこの場で討ち取るべく、己の得物である十文字槍を構える。

「いくぞ」

 槍の切っ先を三人の内の一人、ゲイツへと向けて、レイナは駆け出した。彼女はまず、植物を操るゲイツを討つべく、猛然と彼に迫っていく。
 レイナが生きていた事実に衝撃を受けた三人は、彼女の反撃に一瞬反応が遅れたものの、すぐに迎撃に移る。グランがゲイツの前に出て、彼の身を守ろうとする。そしてゲイツは、新たな植物の種を取り出して、種に魔力を送り込んだ。
 ゲイツが討たれるのを防ぐべく、グランは振動剣を構えてレイナに迫る。ゲイツは新たな植物の蔓を出して、自身の防備を固めた。振動剣がレイナへと迫り、グランの横一閃の一撃が彼女へと振られる。それに対してレイナは、真上に高く跳躍し、横一閃の斬撃を躱して、グランの頭の上を飛び越えていく。

「逃がす---------」
「遅い」

 グランの真後ろに着地したレイナ。攻撃を綺麗に交わされたグランが、追撃のために急いで振り向いた瞬間、彼女の槍の切っ先が彼の左胸を貫いた。
 レイナは振り向きもせず、槍の切っ先を自身の背後へと向けて、振り向いたグランの心臓を正確に貫いたのである。まるで、後ろに目があるかのような、正確無比の一撃。胸を刺し貫かれたグランの動きが止まった。

「がはっ!?こっ・・・・・この野郎・・・!!」

 心臓を刺し貫かれた彼は、もう助からない。しかし彼は、最後の力を振り絞り、槍の切っ先を左手で引き抜いて、右手の振動剣を振り上げた。雄叫びを上げ、振り上げた振動剣をレイナ目掛けて振り下ろす。
 振り下ろされた振動剣。これを頭から受ければ、人間の身体は容易く真っ二つに斬り裂かれる。この振動剣を剣や盾で防ごうとしても、それ事叩き切られて終わる。グランは最後の命を燃やし、レイナと相打ちを狙っているのだ。
 それに対してレイナは、振り向きながらグランの左手に掴まれた槍を引き抜き、切っ先を振動剣の方へ向ける。次の瞬間には、振動剣と十文字槍が交錯し、互いの刃がぶつかり合っていた。鉄同士の衝突で甲高い音が鳴り響き、振動剣の刃が止まる。

「!!」
「貴様の剣技は未熟だ。私を倒したければ、破廉恥剣士を超えてからにする事だ」

 どんなものでも両断してしまうはずの振動剣は、彼女の槍を両断できなかった。振動剣の刃は十文字槍の刃に阻まれ、彼女を討ち取る事は叶わなかったのである。
 レイナは槍で振動剣を防いだまま、槍に力を込めて剣を押し返す。怯んだグランは後ろに仰け反り、次の瞬間、レイナの十文字槍の切っ先が彼を襲う。彼女の槍がグランの喉元を貫き、彼の動きが再び止まる。彼の腕は力を無くして垂れ下がり、剣は振動を止めてしまう。レイナが喉元から刃を引き抜くと、グランの体は力なく崩れ落ちた。
 振動剣はただの剣へと戻り、彼はもう動かない。また一人、この戦場で少年の命が失われた瞬間だった。

「グラン!!」
「・・・・・・・絶対殺してやる!」

 カンナの悲鳴と、ゲイツの怒声。ゲイツの出した何本もの植物の蔓が、レイナ目掛けて三方向から襲いかかる。正面と左右から襲いかかる蔓に対し、レイナは真っ直ぐ駆け出した。ただ一点、グランにだけ狙いを定める彼女は、蔓の攻撃を全く恐れずに駆けて行く。
 正面から迫った蔓を己の槍で斬り落とし、左右から迫っていた蔓は躱していく。これ以上彼女を近付けまいと、新たな蔓を彼女へと放つが、槍に斬り落とされるか容易く躱されて、彼の攻撃は失敗に終わる。
 レイナの姿が目前に迫ったゲイツは、焦りと恐怖から冷静さを欠き、蔓による攻撃を諦め、食中植物の種を取り出した。蔓の制御を捨てて、先程出現させた巨大食虫植物をもう一度出現させ、レイナを迎撃しようとしているのだ。
 だが、冷静さを欠いての攻撃変更は、一瞬だけ隙を生み出してしまった。蔓が彼の制御から外れた、その僅かな隙を突いて、レイナの一撃がゲイツを襲う。彼女は己の得物である槍を、投擲姿勢で振り上げた。振り上げた槍の切っ先は、当然ゲイツを狙っている。左足を大きく前に出し、十分な勢いを付けて投擲された彼女の十文字槍が、ゲイツ目掛けて真っ直ぐに向かっていく。
 刹那、槍の切っ先はゲイツの額に突き刺さる。槍が額に突き刺さり、彼の動きは止まった。握っていた食虫植物の種を落とし、膝から崩れ落ちていくゲイツ。槍の突き刺さった額から血が流れ、仰向けに倒れていく。
 倒れた彼に近付き、彼の額に突き刺さっていた己の得物引き抜くレイナ。倒れているゲイツを一瞥し、彼が完全に死んだのかを確認する。槍は彼の頭蓋を貫通し、脳を貫いていた。血は流れ、彼の瞳孔は開いたままだ。間違いなく、彼女の槍でゲイツは死んでいる。

「紅蓮式投槍術、飛槍」
「ゲイツ!!」

 これで三人目。残るはあと一人。
 グランの振動剣を防ぎ、ゲイツの額を貫いた、レイナの十文字槍。どんなものでも両断するはずの振動剣を受けても、その刃は折られなかった。彼女の戦う意思を体現するかのように、未だ槍は健在である。
 レイナの十文字槍は、帝国軍兵士やエステラン兵士が使用しているものに比べ、異常なほど頑丈に出来ている。その刃は、何人もの人間を斬り殺しても、決して刃毀れしない。錆びる事もなく、折れる事もない、彼女の常勝無敗の槍。レイナが手足の様に扱うこの槍は、ある特別な素材で作られた、至高の一振りなのだ。

「あとは、貴様だけだ」
「!!」

 残った最後の敵、爆裂札の魔法を操るカンナへと視線を移し、彼女のもとへゆっくりと近付いていくレイナ。その眼には闘志の他に、猛烈な殺意が宿っていた。しかしその殺意は、カンナへと向けられているわけではない。
 レイナは決して赦さない。自らの主が憎む、宿敵であるこの国を、彼女は決して赦さないのだ。宿敵エステラン国を討ち果たす、この戦いの邪魔をする存在は、誰であろうと容赦はしない。相手が少年少女であろうとも、確実に息の根を止める。主のため、彼女は修羅と化したのだ。
 冷酷に徹し、ただ自らの主のために戦い続ける、一本の槍となる。それが今の彼女だ。
 そんな彼女に、カンナは恐怖した。レイナの眼に宿る闘志と殺意に、彼女は恐怖を覚えたのだ。それは、彼女が戦場で今まで味わった事のない、異常なまでの恐怖である。鳥肌が立ち、冷汗が止まらず、恐怖のせいで体が震え続ける。恐怖に駆られ、逃げ出したくなる彼女の心に逆らい、彼女の体は立ち尽くしてしまっていた。

「くっ、来るなああああああああああっ!!!」

 目前に迫る圧倒的恐怖に悲鳴を上げたカンナは、レイナを討ち払うべく、右手に持っていた爆裂札を投げつけようと振りかぶる。だが、札を投げつけようとしたその瞬間、カンナの眼前にレイナの姿が映った。
 レイナによる神速の一撃が、カンナの右手目掛けて放たれる。次の瞬間には、カンナの右手が札を持ったまま宙を舞っていた。

「烈火式神槍術、斬滅」
「きゃあああああああああああっ!!」

 レイナの神速の斬撃が、カンナの右手を斬り落とした。止まらない大量の出血と激痛により、戦場に響き渡る程の悲鳴を上げるカンナ。激痛と出血のせいでその場に倒れ込み、斬り落とされた右手の傷口を左手で抑えながら蹲る彼女は、涙を流しながら悲鳴を上げ続けた。
 レイナ必殺の一撃は、カンナを容易く無力化して見せた。レイナ自身の磨き上げた槍術が、エステランの特殊魔法兵部隊を討ち破って見せたのである。
 彼女の槍術は、神速の速さと一撃必殺の威力を持つ、超攻撃型の槍術である。槍本来の運用から外れた、一撃必殺の槍術。嘗て彼女は、この槍術を物心ついた時より教え込まれ、鍛え上げられた。
 烈火式神槍術。これは、彼女が教え込まれた攻撃的槍術の名称である。烈火の如く敵へと迫り、己が槍の一撃にて討ち果たす、究極の槍術となるべく生み出されたものだった。それを彼女は受け継いでいる。
 そしてもう一つの槍術である、紅蓮式槍術。これは彼女が、今まで絶対に使わないと決めていた槍術だった。紅蓮式は烈火式とは違う。これは、烈火式を扱う者達からすれば邪道と呼ばれる槍術。レイナにこの技を教えた存在は、邪道を承知の上で紅蓮式を伝え、こう言い残した。
 「この技を使わないならそれもいい。でも、あんたが紅蓮式を使った時、あんたはあたしの正しさを知るはずよ」と。

「くっ・・・・・・ううっ・・・・・・!!」

 苦痛に呻くカンナはその場から逃げようとして、必死に体を這いずらせていく。涙を流し、嗚咽を漏らしながら、彼女はレイナから逃げようと這いずり続ける。
 それは、見ているのも辛い、目を背けたくなる光景であった。右手を失ってしまった少女が、止まらない涙を流しながら泣き続け、必死に逃げ延びようと地面を這いずっているのである。どう考えても異常な光景だろう。戦いを見守っていた両軍の兵士達。特に、エステランの兵士達は、この残酷な光景に戦慄している。
 既にカンナは戦意を喪失しており、勝敗は決している。それでも尚、レイナは戦う事をやめないのだ。レイナはカンナのもとへゆっくり近付いていき、這いずって逃げようとしている彼女を踏み付けた。彼女の足に踏み付けられ、身動きが出来なくなってしまったカンナは、自身を見下ろすレイナへと顔を向ける。
 恐怖と苦痛で歪んだ表情のカンナは、泣きながらレイナに向けて口を開く。

「・・・・お願い・・・・・・・助けて・・・・っ!」

 最早、カンナの目に戦意はない。仲間の敵討ちよりも自らの命を優先し、レイナに命乞いをする有り様だ。自分の目の前に、確実な死が迫っているこの状況では、命乞いをするのも無理はない。
 斬り落とされた右手の傷口を抑え、涙を流して必死に命乞いをする彼女の姿を見れば、殺すのを躊躇しても仕方がないだろう。現に、この状況を固唾を呑んで見守っている、両軍の兵士達のほとんどは、彼女を殺す必要はないと思っていた。既に勝敗は決しており、彼女の戦意は失われているため、これ以上の殺生は無用だと考えているのだ。 
 しかし、レイナの眼に宿る戦意と殺意、そして憎しみの炎は消えてはいない。彼女の眼に宿る全ての感情が、烈火の如く燃え上がっている。その眼でカンナを見下ろし、槍の切っ先を彼女の左胸へと向けた。

「痛いの・・・・・・、だからお願い・・・・・・・・助け--------」

 カンナが言い終わる前に、レイナの槍は彼女の胸を刺し貫いた。寸分違わず確実に、レイナの槍の刃はカンナの心臓を刺し貫いている。
 
「い・・・や・・・・・、死にたく・・・・な・・・い・・・・・・・・」

 それが彼女の最後の言葉となった。彼女は命尽きる最後の瞬間まで、生きたいと願っていたのだ。
 最後の一人であったカンナも戦死した。帝国最強の槍使いレイナ・ミカヅキは、たった一人で特殊魔法兵部隊の四人を討ち取り、帝国軍に勝利をもたらしたのである。
 レイナは最後まで冷酷であった。戦意を失い、命乞いをした相手に対しても、彼女は己の得物の刃を突き刺したのである。帝国軍兵士達も、エステラン国軍兵士達も、彼女の冷酷に徹した姿に息を呑み、その場に立ち尽くしてしまった。
 躊躇はしない。ここで見逃せば、また何処かで再び敵として現れ、己の主に牙を剥くかも知れない。ならば、確実に殺す事の出来る今ここで、その息の根を止める。それこそが、己の主のためとなる。
 彼女は、主のために戦う道具。道具故に躊躇してはならない。躊躇すれば、それは主を苦しめる原因に繋がる。
 だから殺す。私情を殺し、人としての心を殺し、主のために戦う一本の槍として己を鍛え上げ、己が主の敵を殺し続ける存在。そうあるために、彼女は自分の心を殺し、冷酷に徹し、自分と歳の変わらぬ少年少女達を、一人の残らず殺し尽くした。
 
(もう二度と、私は過ちを犯さない。もう二度と、私は参謀長を苦しませない・・・・・・)

 その身がどれだけ血塗られようと、その身がどれだけ穢れようと、自分が人でなくなってしまっても構わない。
 ただ、自分が生涯の主と定め、絶対の忠誠を誓った彼が、幸福な未来を歩んでさえくれれば・・・・・・。
 
(すまない・・・・・・・)

 自分の足元で息絶えたカンナの屍を見つめ、レイナは彼女の胸から槍を引き抜いた。
 後悔はしていない。だが、未だ主の為に生きる殺戮道具になり切れていない彼女は、謝罪の言葉を述べずにはいられなかったのだ。
 言葉にするのを堪え、胸の内で彼女は謝罪した。口に出してしまえば、自分は何も変わっていないと思うからだ。あの時の無力で愚かな自分には戻らない。故に彼女は、つまらない私情など捨て去って、絶対に使わぬと決めていた、紅蓮式の槍術を使ったのだ。
 レイナは修羅と化した。強敵との戦いに勝利した帝国の新しき軍神は、両軍の兵士達に見えるよう、己が槍を高く掲げ、戦場全体に響くよう叫ぶ。
 己が主の復讐を叶えるべく、兵士達に死ねと命令するために・・・・・・・。

「我が槍は帝国に勝利だけをもたらす!!故に我らに敗北はない!あるのは勝利だけだ!帝国の勇敢なる兵士達よ!宿敵エステラン国を滅する時は今をおいて他にない!!」

 彼女の言葉に、帝国軍兵士達は湧き上がった。敗北も死も恐れない。ただ、軍神である彼女と共に勝利だけを目指し、その命尽きるまで戦い続ける。彼女に率いられた全帝国軍兵士が、自分達のそれぞれの得物をエステラン兵士達に向けて構え、軍神の号令を待った。
 皆、覚悟は出来ている。後は行くのみ。兵士達の覚悟を確かめたレイナは、大きく息を吸い、勝利のために号令を下す。

「ヴァスティナ帝国万歳っ!!全軍、私に続けええええええええええっ!!!」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」」」」」」

 最高潮まで高められた士気の中、帝国軍は総攻撃を開始した。
 帝国軍兵士達を先頭で率いているのは、軍神レイナ・ミカヅキ。彼女に率いられた帝国軍兵士達は、彼女と共にエステラン国軍の兵士達に襲い掛かり、敵前線を突き崩していった。
 レイナに率いられた全帝国軍兵士達は、軍神である彼女の背中を頼もしいと感じ、戦いにその身を投じていく。
 しかし、帝国の新しき軍神となった彼女の背中にあるのは、頼もしさだけではなかった。
 悲しみと後悔、そして痛み。何をしようとも決して消えないこの苦しみを背負い、レイナと彼女の十文字槍は戦場を駆け抜けていった・・・・・・。
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