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第二十六話 狂犬と番犬
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「あら・・・・・」
青空広がる天気の良い日、彼女は洗濯物を干していた。今日は絶好の洗濯日和だと、張り切って洗濯物を干していた彼女は、何十人分か数え切れない量の洗濯物を、たった一人で干している。慣れた彼女にかかれば、例え百人分の洗濯物があったとしても、一時間もあれば終わってしまう。
ここは、ヴァスティナ城の洗濯場。メイド服を身に纏い、ここで自分の仕事を行なっているのは、帝国メイド部隊、フラワー部隊所属のメイド、リンドウである。
陽気に洗濯物を干していた彼女だったが、スカートの中からある物を落としてしまい、仕事の手が止まる。
「また落としちゃったわ。もうちょっと仕込み方考えないとね、このナイフ」
身に纏うメイド服内に大量の武器を仕込んでいる、花の名前のこのメイドは、真面目で思慮深いが、時に抜けている事がある。洗濯物を干している最中に仕込みナイフを落としてしまうのも、そのせいだ。
メイドのリンドウは、仕事を完璧にこなす出来たメイドである。料理も掃除も裁縫もそつなくこなし、フラワー部隊で一番メイドらしいと言われている。そんな彼女が一度洗濯をすると、全ての洗濯物の汚れは綺麗さっぱり落ちて、乾いたものから順に持ち主のもとへと届けられるのだ。
そんな彼女の特技は、メイド仕事と殺しである。いや、元々の彼女の特技と呼べるものは、人殺ししかなかった。その特技を生かして、今日も彼女は帝国女王最後の砦として生きている。
「やっぱりスカートの中じゃなくて袖の中にするべきかしら。でも、袖の中は別のでもう一杯だし・・・・。そうだ、靴の中に仕込むのありかも!」
まるで、夕食の献立を考えるかのように、落とした刃物の仕込み方を考えている。こういう性格のせいで、フラワー部隊の中でも彼女は、最も結婚ができない残念なメイドと言われているのだ。
ちなみに彼女、帝国メイド部隊一の洗濯名人という異名も持っている。彼女の洗濯技術は、帝国メイド部隊指揮官、メイド長ウルスラにも勝ると言われており、洗濯に関しては帝国最強の称号を与えられているのだ。
落としたナイフの仕込み先を考えるのは一旦止めて、洗濯物干しを再開するリンドウ。洗濯物が入った籠の中から、次々と衣服や下着を取り出しては、瞬時に物干し竿へと干していく。
「これはラフレシア、これはアマリリス、この派手な下着はノイチゴね。あっ、ラベンダーのがないわね・・・・・。さてはあの子、また下着着っぱなしなんじゃ・・・・・・」
帝国一の洗濯職人は、洗濯に出された服や下着を見るだけで、誰のものかすぐにわかるのだ。故に、今日誰が洗濯物を出していないのかも、一発でわかる。彼女と同じフラワー部隊所属のメイド、ラベンダーは自分の洗濯物を出さない常習犯である。その理由は、「めんどくさい・・・・・」という事らしい。
後でラベンダーには説教すると決め、新たな籠から洗濯物を手に取った。先ほどの籠は、城で働く女性分の洗濯物であったが、今度のは男性分である。圧倒的物量の男性分洗濯物を、彼女は一人で捌いていくのだ。
「あっ・・・・・」
仕事を続けていたリンドウだったが、籠の中から取り出したとある衣服を手に取って、洗濯物を干す手を止めた。
「参謀長の軍服、牡丹解れてる・・・・・。後で縫って差し上げないと」
彼女が手にしているのは、帝国参謀長専用の軍服だった。この軍服を使う人物は普段、これを着るのをめんどくさがり、公式の場以外では滅多に着ない。だが、二週間前丁度使う機会があったため、彼の部屋を掃除したリンドウが、彼が戻る前に洗濯をしておこうと回収していたのである。
(今頃はきっと、あの方も最前線に出ている。お怪我などされなければいいのだけれど・・・・・)
参謀長専用の軍服を見つめ、この服を着る彼の身を案じているリンドウは、空を見上げて祈った。どうか、あの方が傷付かず、大切な仲間達も失わず、無事に帰ってくるようにと・・・・・・。
彼にとって大切な者達を再び失うような事があれば、その時はまた・・・・・・。
「リンドウ」
「!」
彼の無事を祈る事に集中していたため、咄嗟に声をかけられて驚いた彼女は、声のした方へと振り向く。彼女に声をかけたのは、メイド長ウルスラであった。
「そんなに驚く事はないでしょう。どうかしましたか?」
「いっ、いえ・・・・別に何も。私に何か?」
「貴女にお使いを頼みたい。この後すぐに」
ウルスラの眼は語っていた。これは彼女が、普段メイド達に頼む城下へのお使いではない。極秘かつ緊急の、国防にかかわる使いであるのは、彼女の眼を見れば明らかであった。
「・・・・・お使いの行き先はどこですか?」
「エステラン国内、ヴァスティナ帝国軍仮設駐屯地です。貴女には参謀長のもとへ、ある情報を届けに行って貰いたい」
「・・・・・・了解」
リンドウは全てを察し、彼女の頼みという名の命令を了承した。彼女が直々に自分に命令したという事は、この命令遂行は自分が最も適任であり、それだけ重要であると理解したからこそ、リンドウは了承したのだ。
メイド長ウルスラは命じたのである。今はメイドとして生きる彼女に、戦場に戻れと・・・・・。
「この情報を急ぎ伝えなければ、参謀長達の身に危険が及ぶ可能性があります。リンドウ、頼みましたよ」
「はっ!」
この後、ウルスラから伝えられた極秘かつ緊急の情報に、リンドウは耳を疑ってしまった。彼女にとってこの情報は、自分が忘れ去ろうとしていた血を呼び覚ます、驚愕の内容であったのだ。
命令を受け、直ちに準備を済ませた彼女は、帝国内で最も早い馬を借りて、目的地へと旅立った。目指す先は、帝国軍が大陸中央侵攻への最重要拠点としている、エステラン国である。
青空広がる天気の良い日、彼女は洗濯物を干していた。今日は絶好の洗濯日和だと、張り切って洗濯物を干していた彼女は、何十人分か数え切れない量の洗濯物を、たった一人で干している。慣れた彼女にかかれば、例え百人分の洗濯物があったとしても、一時間もあれば終わってしまう。
ここは、ヴァスティナ城の洗濯場。メイド服を身に纏い、ここで自分の仕事を行なっているのは、帝国メイド部隊、フラワー部隊所属のメイド、リンドウである。
陽気に洗濯物を干していた彼女だったが、スカートの中からある物を落としてしまい、仕事の手が止まる。
「また落としちゃったわ。もうちょっと仕込み方考えないとね、このナイフ」
身に纏うメイド服内に大量の武器を仕込んでいる、花の名前のこのメイドは、真面目で思慮深いが、時に抜けている事がある。洗濯物を干している最中に仕込みナイフを落としてしまうのも、そのせいだ。
メイドのリンドウは、仕事を完璧にこなす出来たメイドである。料理も掃除も裁縫もそつなくこなし、フラワー部隊で一番メイドらしいと言われている。そんな彼女が一度洗濯をすると、全ての洗濯物の汚れは綺麗さっぱり落ちて、乾いたものから順に持ち主のもとへと届けられるのだ。
そんな彼女の特技は、メイド仕事と殺しである。いや、元々の彼女の特技と呼べるものは、人殺ししかなかった。その特技を生かして、今日も彼女は帝国女王最後の砦として生きている。
「やっぱりスカートの中じゃなくて袖の中にするべきかしら。でも、袖の中は別のでもう一杯だし・・・・。そうだ、靴の中に仕込むのありかも!」
まるで、夕食の献立を考えるかのように、落とした刃物の仕込み方を考えている。こういう性格のせいで、フラワー部隊の中でも彼女は、最も結婚ができない残念なメイドと言われているのだ。
ちなみに彼女、帝国メイド部隊一の洗濯名人という異名も持っている。彼女の洗濯技術は、帝国メイド部隊指揮官、メイド長ウルスラにも勝ると言われており、洗濯に関しては帝国最強の称号を与えられているのだ。
落としたナイフの仕込み先を考えるのは一旦止めて、洗濯物干しを再開するリンドウ。洗濯物が入った籠の中から、次々と衣服や下着を取り出しては、瞬時に物干し竿へと干していく。
「これはラフレシア、これはアマリリス、この派手な下着はノイチゴね。あっ、ラベンダーのがないわね・・・・・。さてはあの子、また下着着っぱなしなんじゃ・・・・・・」
帝国一の洗濯職人は、洗濯に出された服や下着を見るだけで、誰のものかすぐにわかるのだ。故に、今日誰が洗濯物を出していないのかも、一発でわかる。彼女と同じフラワー部隊所属のメイド、ラベンダーは自分の洗濯物を出さない常習犯である。その理由は、「めんどくさい・・・・・」という事らしい。
後でラベンダーには説教すると決め、新たな籠から洗濯物を手に取った。先ほどの籠は、城で働く女性分の洗濯物であったが、今度のは男性分である。圧倒的物量の男性分洗濯物を、彼女は一人で捌いていくのだ。
「あっ・・・・・」
仕事を続けていたリンドウだったが、籠の中から取り出したとある衣服を手に取って、洗濯物を干す手を止めた。
「参謀長の軍服、牡丹解れてる・・・・・。後で縫って差し上げないと」
彼女が手にしているのは、帝国参謀長専用の軍服だった。この軍服を使う人物は普段、これを着るのをめんどくさがり、公式の場以外では滅多に着ない。だが、二週間前丁度使う機会があったため、彼の部屋を掃除したリンドウが、彼が戻る前に洗濯をしておこうと回収していたのである。
(今頃はきっと、あの方も最前線に出ている。お怪我などされなければいいのだけれど・・・・・)
参謀長専用の軍服を見つめ、この服を着る彼の身を案じているリンドウは、空を見上げて祈った。どうか、あの方が傷付かず、大切な仲間達も失わず、無事に帰ってくるようにと・・・・・・。
彼にとって大切な者達を再び失うような事があれば、その時はまた・・・・・・。
「リンドウ」
「!」
彼の無事を祈る事に集中していたため、咄嗟に声をかけられて驚いた彼女は、声のした方へと振り向く。彼女に声をかけたのは、メイド長ウルスラであった。
「そんなに驚く事はないでしょう。どうかしましたか?」
「いっ、いえ・・・・別に何も。私に何か?」
「貴女にお使いを頼みたい。この後すぐに」
ウルスラの眼は語っていた。これは彼女が、普段メイド達に頼む城下へのお使いではない。極秘かつ緊急の、国防にかかわる使いであるのは、彼女の眼を見れば明らかであった。
「・・・・・お使いの行き先はどこですか?」
「エステラン国内、ヴァスティナ帝国軍仮設駐屯地です。貴女には参謀長のもとへ、ある情報を届けに行って貰いたい」
「・・・・・・了解」
リンドウは全てを察し、彼女の頼みという名の命令を了承した。彼女が直々に自分に命令したという事は、この命令遂行は自分が最も適任であり、それだけ重要であると理解したからこそ、リンドウは了承したのだ。
メイド長ウルスラは命じたのである。今はメイドとして生きる彼女に、戦場に戻れと・・・・・。
「この情報を急ぎ伝えなければ、参謀長達の身に危険が及ぶ可能性があります。リンドウ、頼みましたよ」
「はっ!」
この後、ウルスラから伝えられた極秘かつ緊急の情報に、リンドウは耳を疑ってしまった。彼女にとってこの情報は、自分が忘れ去ろうとしていた血を呼び覚ます、驚愕の内容であったのだ。
命令を受け、直ちに準備を済ませた彼女は、帝国内で最も早い馬を借りて、目的地へと旅立った。目指す先は、帝国軍が大陸中央侵攻への最重要拠点としている、エステラン国である。
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