セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

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第一章 高等学院編 第二編 学院の黒い影(一年次・冬)

EP.XXX 見えざる黒幕

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 ジュニアは駆け戻ると、弾をはじき出して、詰め替えた。カメラがスタンバイする。口笛、拍手=飲んだくれの浮浪者ども。
 手を上げろ、に向けてのカウントダウン──
 八=ジュニアが指示を出す。
 六=部下たちが脇を固める。
 三=ジュニアが窓を狙う。
 一=「いけ!」
 ガラスがドカンと破裂した。でかい、でかい、でかい音。反動でジュニアがぶっ倒れる。警官たちはショックで「トリプルA!」と叫ぶのも忘れた。 
 窓のカーテンはぼろ布になった。
 悲鳴。
 駆け寄って、窓の下枠を飛び越える。修羅場=血しぶき、賭け伝票/現ナマの紙吹雪。崩れ落ちた電話のテーブル。潰走=裏口の外ではノミ屋同士の殴り合い。
 咳き込んでガラスを吐き出す黒んぼ。
 指を何本かなくしたメキシコ野郎。 
「弾を間違えた」ステモンズ。「警察だ! 動くと撃つぞ!」
 やつをつかまえて怒鳴る。「いいか、これは中での撃ち合いだ。やつらの内輪喧嘩だ。おれたちはドアが破れないと思ったんで、窓から入った。ブン屋にはうまく話をして、おれの借りだといっておけ。うちの連中を集めて、筋書きをのみこんだか、しっかり確認しろ。おれのいうことがわるか?」
 ジュニアはおれの手を振りほどいた。ドンドンという足音──窓から乱入する私服警官。カムフラージュの物音=スペアのピストルを引き抜いた。天井に二発。指紋を一拭き──こいつが証拠だ。
 その銃を放り出す。もう一段の修羅場=蹴られて突っ伏した被疑者に手錠をかます。うめき、叫び、硝煙/血の臭い。
 おれは銃を〝発見〟した。記者どもが走り込んできた。ジュニアが筋書きどおりまくしたてた。ポーチに出る。新鮮な空気。
「千百の貸しだぞ、先生」
 声がかかる。ジャック・ウッズ。何でも屋──ノミ屋/用心棒/殺し屋。



   無限回廊書架 DDC. 345
   ――ジェイムズ・エルロイ『WHITE JAZZ』- A.D. 1992



   




「リズ、イェスペルはどうだった?」

 後ろをついてくるリズベツに問いかける。相変わらず表情からは読めないが、ずっと尾行を続けていて、彼女も疲労しているはずだ。

「ホーカンは神の間を探してる。イェスペルが追跡してる。まだ戦闘にはならないから大丈夫。ほら、これ」

 そうしてリズベツが指差す先を見ると、黄色や赤色の小さな粒のようなものがパラパラと落ちている。それが道の先に続いている。

「これは…イェスペルがいているのか?」
「そう、しきまい
「え? あぁ、これお米なんだ…」

 鮮やかに色付けされていて実に毒々しくて、鼠なんかに食べられる心配もないだろう。
 とは言っても、イェスペルも黒い煙との戦闘で疲れているはずだから、早めに合流した方がいいだろう。しかし、よく黒い煙なんか相手に戦うことが…あれ?

「そう言えば、マリー」
「はい、どうかされました?」
「イェスペルは黒い煙を剣で斬ったって言ってたけど、普通の物理攻撃で煙なんか相手に効果あったの?」
「あぁ、それはですね」

 そう言ってマリーはリズベツの腰の小刀に指を向けて一言唱えた。

「<寄与シンボリ>」

 そうして指から放たれた光の筋はリズベツの小刀に宿る。驚いたリズベツが恐る恐るさやから抜くと、刀身が淡く光を放っている。

「驚いた…退魔の光…」

 リズベツが自分の小刀を裏返したりしながらまじまじと眺めている。

「いや…それだけじゃないな。リズ自身にも光属性エーテルの加護が付与されて、対闇属性スコートスの効果が現れている。なるほど…確かにこれなら…」
「ふふっ。一瞬で見抜いてしまうなんてさすがはコーダさんですね」

 いつの間にかマリーがこんな実戦的な魔法も使えるようになっていたとは…。水害大灰猪セーフリームニルとの戦いでは多くの反省点があった。あれから三ヶ月以上経っている。リズの使った五色米もそうだし、みんな今日までの日々で僕の知らない間にもたくさん知識や技術を身につけて成長しているんだろうな。


 ――あぁ、そうか。この世界の守りたいものがこんなにも近くにあったんだ。


 少しばかり人間の汚さを見たからと言って厭世的えんせいてきになるなんて、僕は知識も技術もそうだけど、就中なかんずく中身も成長しないといけないな。

 よし、そうと決まれば=いや、実際は何も決まっていないが、迷いなくホーカンの企みを阻止することができるだろう。気合い/やる気、どちらも充分。

「いいか、聞いてくれ二人とも」

 地面に撒かれた色米に沿って歩きながら、僕は二人に話しかけた。

「ホーカンの黒幕についてだ」

 この先はもう、僕ら学生だけで対処できる敵ではないことは分かっている。本当ならもう今の時点で引き上げて学院長に報告しても良いぐらいだ。けれど、今この事態を看過みすごせば、ホーカンはじきに神の間を見つけてクヤタとククルカンを戦わせる。その決着がついてしまえばウプサラ地方一帯を飲み込むほどの大きな厄災を撒き散らすだろう。
 だから、そうなる前に、目下、ここで起きている事態は、僕らでなんとかしなくちゃならない。

「ホーカンは、この地で大きな瘴気を撒き散らそうとしている。神や聖獣をあたかもチェスの駒のように使って、ね。だけど、大富豪といえどたかが一商人、そんな人間が神や聖獣を従える力を持っているとは思えない」
「つまり、裏に強力な背後が潜んでいるということですね…」

 マリーが怖々こわごわと言う。ここから先は本当は知らなくて良いことなのかもしれない。気付かなくて良いことなのかもしれない。知ってしまうことで今までの日常に戻れなくなる危険性をはらんでいる。

「この先、話してしまっても大丈夫?」

 僕は軽く発破はっぱをかける。だけど、マリーもリズベツも、瞳に灯る強き意志の炎に、少しもかげりはなかった。彼女たちの覚悟と決意に泥を塗らないよう敬意をひょうして、僕もこの先を語ることに腹をくくった。

「まず、ホーカンが瘴気を撒き散らしてモンスターを増やすことで、誰にどんなメリットがあると思う?」

 考えられる理由はいくつかある。

「悪意や怨恨のある誰かが、この辺り一帯の人間を滅ぼそうとしているのではないですか?」

 まず思いつくだろう理由がこれだ。小説や戯曲でよく使われるパターンだ。けれど…

「僕も最初にそれは考えた。けど、その可能性は実はあまりないんだ。こんなに都市から離れた場所で災害を起こしても、大した被害は出ないからね」

 ウプサラ地方は王都から少し離れている。想定される被害人口を考えると、どうせ同じことをやるなら王都でやった方が被害は格段に大きくなる。だが、そうしなかったのは、人的被害が目的ではないからだろう。

「ピラミッドの財宝目当て?」

 隠密士モールダーレらしいというか、リズベツらしい発想だ。

「それは確かに一つの可能性だね。ただ、この遺跡にどんな秘宝が埋葬されているのかが分からないから、何とも判断しかねるんだ。いや、でもおそらくは目的はまさにそれだろうね。というより、と言った方がいいかな」
「報酬、ですか…?」

 マリーが僕の言葉を反芻はんすうする。それに首肯しゅこうして僕は言葉を続けた。

「そうだ。黒幕がホーカンに用意した報酬。多分、ホーカンはこう言われたんだ。『森を瘴気に満たせ。この巻物スクロール魔導書グリモワールを持っていけ。上手くいけばピラミッドの財宝は好きにして構わない』と」
「はゎぁ…」
「おぉ…」

 話し終えた僕にマリーとリズベツが揃って感嘆の息を漏らしていた。二人も真実を知ってたいそう驚いたようだ。

「今のコーダさん、迫真の演技でした…」
「えっ、驚くのそこ!?」
「真に迫ってた」
「リズ、それ結局迫真って意味じゃないか!」
「んー…シアトリカル?」
「言い換えても変わんないよ!」

 またこの子たちは話の腰を折ってからに! もう!

「それで、黒幕さんはどうして瘴気を撒くのですか?」
「え?」

 あれ? ………。そうだ、その説明をしてなかった!
 黒幕の演技なんてしてる場合じゃなかった!

「あ、あぁ…ごめん、説明がまだだったね。『風が吹けば桶屋が儲かる』、さて、瘴気が撒き散らされれば儲かるのは誰だろう?」
「儲かる…のですか? 被害が出るだけなのでは…」
「被害が出ると、開拓者スティリスタ組合ギルドが動く」

 リズベツの言葉にマリーもはっとする。

「そっか…。開拓者スティリスタが街や村に訪れれば宿屋や武具屋、あ、それに雑貨屋とかもですね。利用するお客さんが増えるわけですね」
「人が増えると食糧も必要」

 マリーとリズベツが答え合わせのように二人で推理を展開していく。ようやく全貌が見えてきただろう。

「え…ちょ、ちょっと待ってください…。そうすると村ぐるみでこの事件を起こそうとしているんですか…?」
「いや…もっと上だね。もうちょっと先を考えてみて」
「先…と言いますと…」
「…商人が増える」
「そう、リズ正解だ。食糧や武具、色んなものが必要になると王都から来る商人から物を買う人が増える。そうすると商機に乗じて多くの商人が集まるようになる」
「瘴気で商機…」
「リ、リズ…それはちょっと洒落ジョークとしては不謹慎では…。いや、まぁいいや。話を進めよう」

 いい加減僕も腰を折られるのを回避できるようにならないと。うんうん。

「商人が増えてウプサラ地方全体の街や村が、経済的に活性化すると、一番得するのは領主だ」
「そうするとやっぱりホーカン氏…ってことではないんですよね?」
「そうだね、マリーもいい勘をしてるね。普通は領地を管理しているのって貴族だよね?」
「ホーカンは貴族階級にない」
「うん、リズの言う通り、彼は実質的にこの地方を収めてはいるが、本質は商人であり富豪なだけで、叙爵しているわけじゃないんだ」

 そうすると問題の焦点は自ずと絞られていく。行政長官ラーグマンでもドゥクスでもない彼が、なぜ領地を管理しているのか。

「隠れみの?」
「まさか…ホーカンを隠れ蓑に仕立てて動く黒幕って…そんな…」
「いや、でもそれしか考えられない。犯人は――王宮貴族ヤールだ」

 それは言わば土地の委託管理。本来土地を持っているはずの王宮貴族ヤールが、何らかの事情で表向きの存在を隠して、一商人に管理をさせている。ただ管理が面倒だからという場合もあるかもしれないが、今回の一連の騒動を鑑みれば、そもそもこの目的のためにホーカンに代行させたとしか思えない。

 それに、あれだけの規模の召喚魔法を行使できる魔導書グリモワールなんて、一商人がそうそう手に入れられるものではない。まさに国宝レベルと言える。ではどうやってそれが入手できたか。王宮貴族ヤールが後ろ盾になっていると考えれば納得がいく。

「私たちは…国を敵に回すと言うことですか…?」

 マリーが怯えながら言う。これは僕らの手に余るなんてレベルではない。ホーカンの計画を妨害して、黒幕が黙っているとも思えない。聖獣を召喚する魔法を有しているような存在が背後にいるとわかっていて、しかもそれが国の中枢に関わっているとなると、かつに手を出していい問題ではない。僕らがどれだけ優れた能力を持っていたところで、たかが学院の生徒なんていうちっぽけな存在なんて国家全体を敵に回した時には風前の灯火に過ぎない。



 ――だったらここで逃げるか?

 ――何もかも見捨てて?

 ――瘴気が撒き散らされて起こる被害も目を逸らして?

 ――地下牢で苦しんでいる少女も見なかったふりをして?

 ――僕らに責任は無かったとうそぶいて?



 僕の心の中の僕が、迷いの言葉を連呼する。

 人はサイコロのようにたくさんの面を持っている。転がしたサイコロが一番上の面しか人に見られないのと同じで、多くの人に見せている自分の人格は人格全体の六分の一でしかない。そこから仲良くなってくるとお互いに色々な面が見えてくるように、サイコロをよく見ている人はさらにいくつかの側面に気付くだろう。
 それでも「自分」を構成する全てではない。決して「相手」の全てではない。床と設置した面、誰からもどうやっても見えない位置に、人に絶対に見せる事のない一面を有している。ひたすらに隠している。

 そんな隠していたはずの自分が、いま僕にささやいている。弱くて醜くて、目を背けたくなるけれど、それでも自分の一部だと受け入れよう。そして、受け入れた上で、僕は前に進もうと決めた。だって――

「これぐらい出来ないようじゃ、世界なんて救えないもんな」

 それは、弱い自分に向けた激励の言葉だった。
 マリーとリズベツは、何のことかわからずきょとんとしている。

 あ! なんか二人とも生暖い目になってる!

「いや、あの、だからね…」

 みなまで言うな、と言わんばかりの二人にしどろもどろになるが、ここで退くわけにはいかない。もう、逃げないって決めたんだ!

「要はホーカンにバレなきゃいいんだよ。だからさっさとホーカンを眠らせてしまおう」

 二人の目が一層冷たくなった気がしたが、僕は気のせいだと思うことにして、イェスペルの撒いた印を追いかけた。
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