セブンス・ヘブンズ・オーソリティ -SEVENTH HEAVEN'S AUTHORITY-

ヴァルヴィリヤ=B=リースフェルト

文字の大きさ
2 / 34
プロローグ ワルプルギスの夜に

EP.II 昼、川のせせらぎ、特異体質

しおりを挟む
わたしはかつて一度は、
少年であり、少女であり、やぶであり、鳥であり、
海で跳ねる魚であった。
全ては融和フィロティスによって繋ぎ止められ、
軋轢ネイコスによって離散する。
おしなべて宇宙は友愛といさかいが継起交替する動的反復の場であった。

ゆえに、この世界は四つの元素リゾーマタで成り立っている。
すなわち、愛女神ヘラつかさどる、星を包み、命を庇護ひごせし、空気エアロ元素リゾーマタ
すなわち、天空神ゼウスつかさどる、力をたくわえ、命を脈動せし、フォーティア元素リゾーマタ
すなわち、冥界神アイドネウスつかさどる、地を創り、命を繁栄せし、ゲー元素リゾーマタ
すなわち、冥界后ネスティスつかさどる、けがれはらい、命を創造せし、ネロ元素リゾーマタ
これらを万象の根源αρχηとして――くして此処ここに世界は成立する。
魔導とは、世界のことわりひもとき、神髄τέλοζに至ることなり。



   無限回廊書架 DDC. 542
   ――自然哲学者 エンペドクレス『元素論』B.C. 440







 家からから近い川と言えば、西の林の手前にある。北のギェブメガィシ山脈から流れ出る川が林の前を通って、南の湖に流れ込んでいる。今日はその小川のほとりに行って、お祭りの材料集めをすることになった。僕がもう少し成長していれば、一緒に林の中に入って採集することも出来るようになるのだが……、今はまだ小さいので流石に林に行くのは少し危険なのだろう。触ってはいけない毒キノコや魔草などが多くえているので、子供だけで林に入らせることはない。
 かと言って僕一人を家に残して母さんが出かけるというわけにもいかない。

 しかし、お祭りの材料集めと言っても別に大したことはない。適当に草や枝を集めてくるだけでいいのだ。拾い集めてくるだけなら僕でもできる。こんなの余裕。



 春先の豊穣みのりづき(五月)前夜には、オークスベルガの村人が総出で木々を集めて、大きなかがりく鎮魂の祭―ヴァルボルグスワルプルギスが毎年行われている。毎年お祭りの時期が近づくと、各々おのおのが木々や草花をたくさん集めて持ち帰り、お祭りの日まで家の外壁に飾り付けておくのだ。当日の朝にはそれをまた取り外して村の中心にあるオークスベルガの広場まで持っていく。
 村には家が四十けん程しかないが、全ての家の分の木々が集められると大人の背丈の二倍ぐらいの、それなりに大きな枯れ木の山になる。夜になるとそれを盛大に燃やして、巨大な炎によって厄を払い、春を祝い、生きるために奪った魂を鎮めるそうだ。
 ちなみに秋には精霊みたまづき(十月)晦日つごもりに、パンパカボチャの実を使って祝う、ヴァルボルグスワルプルギスと対になるにぎやかな鎮魂の祭ハロウィーンがある。オークスベルガでは寒季と暖季の入れ替わりのそれぞれの時期に鎮魂の祭事があるのだ。



   ℵ



「みず!つめたっ!みず!」

 家を出てから西に歩いて四半刻 三十分 、ギェブメガィシ山麓さんろくの清流に到着するなり、僕は水にかってはしゃいでいた。
 山から流れて湖に向かうきょくすいは、西の林と村を分断するように南下している。川と言っても僕の身長でもすねぐらいまでの深さしかない細流せせらぎだ。春先でいくらか温暖な風が吹くようになったといえども、山から流れてくる水は極めて清冽せいれつだった。
 家を飾り付けるための枝や花を集めに来たはずだったが、はやそんなことは頭に無かった。

「わーいっ!」
「あらあら、転ばないように気を付けなさい」

 別に川に何か面白い物があるわけでもないが、川に入るという行為は何故か興奮を覚える。僕は川底の石を拾って投げたり、川を泳いでいる魚を追いかけたりしていた。どう考えても当初の目的を忘れている。

「コーダ、家の飾り付け用に取るのは白い花だけにして、青い花に触れては駄目よ」

 あ、そうだったそうだった。

 川辺には流れに沿うように小さな白い花が群生していて、上流の方を見ればいくらか青い花が点在していた。

「……青い花にさわったらどうなるの?」
三角草ブローシィッパ?そうねぇ、熱が出たり、体調が悪くなったりすることもあるのよ」

 『魔力』には、強いところから弱いところへ流れる性質がある。
 母さんの説明によると、三角草ブローシィッパと呼ばれる青い花は魔力を帯びているため、魔力の弱い人間が触れると、体内に自分以外の魔力が流れ込んで<魔力酔い>を起こしてしまうことがあるそうだ。蜂蜜や羊の乳など、魔力の濃縮されやすい食べ物をそのまま赤ん坊に食べさせてはいけないのもそういった理由によるものだ。酷い場合は死に至る。
 もっとも、花一輪の魔力ぐらいは、ある程度体が成長すれば何の問題もないが、幼児の魔力容量では脅威にならないとも限らない。

「花が青いのは水属性ネロの魔力を宿しているからなのよ」
「ねろ…?」

 実際、ギェブメガィシ山脈周辺はマナが豊富で生命力に溢れているため、土地自体が非常に豊沃ほうよくなのだ。村の周りの林や湖では様々な食材をることが出来る。

 マナとは自然界に存在するエネルギーであり、万物の生命力のみなもとになっている。そして、マナが生物に取り込まれた段階で魔力に変換され、その生物ごとに特有の周波数を持つようになる。自分以外の魔力が体内に入った時に<魔力酔い>を起こしてしまうのは、この周波数の違いによるものである。

「自然のマナが溢れる川の水で育った花だもの。このあたりはマナが豊富だから、もともと魔力を持たない藪一華ヴィートシィッパが、水属性ネロの魔力が豊富な水で育って、そのマナを取り込んで青く染まったのが三角草ブローシィッパなのよ。マナの強い場所ではよくあることなんだけど、そうやって魔力に適応して変質してしまうことを<深化>ウトヴェクラと呼ぶの」
「……<深化>ウトヴェクラ? へぇ~」

 母さんの説明を聞きながら川縁かわべりの白い藪一華ヴィートシィッパんでいた僕は、青い三角草ブローシィッパの近くまで来ていた。近くで見た三角草ブローシィッパの花びらの表面には無数の青白い光の粒子が流れているように見えた。

「すごい…きれい!光ってる!」
「綺麗でも触っちゃだめよ…って、えっ? 光ってるって何が?」
「青いキラキラの光が流れてる!」
「……光が流れてるって、三角草ブローシィッパの花びらが?」
「ううん、下から全部!」

 花びらの表面を流れる光の粒は、あたかも網の目に張り巡らされた神経を走るかのように、花びらから茎から葉に至るまで、花の呼吸に合わせて淡く明滅めいめつを繰り返していた。ただ、それが母さんには見えていないのか、僕の言葉をただ不思議そうに聞いていた。

「……光? 光ねぇ…う~ん、でもそんな話は聞いたことが無いしなぁ…」

 母さんは何やらうなっているようだ。ブツブツと呟きながら一人で思考にふけっていた。というか母さんの言う説明だと、花は地面から生えているのだから、水属性ネロの魔力ではなくて土属性ゲーの魔力を宿しそうなものだけど…。

 よく目をらしてみると三角草ブローシィッパ以外にも、川の流れの中や草原にそよぐ風の流れや大地のれきの隙間にも、乱反射するの光にまぎれるかのようにちりばめられたいろとりどりの光の砂がさらさらと流れていくのが見て取れた。草にも樹にも光が流れていた。まるで世界の全てが神経で繋がっていて、一つの巨大な生命体であるかのように、川から花へ、草から土へ、湖から空へ、形を変え、色を変え、明滅を繰り返し、光はこの世界の “どこへでも” あまねく旅をしていた。

「ねぇ、コーダ。他には何か光って見えるものはあるの?」
「んー、おひさま!」
「……うーん、それはそうなんだけど…そうじゃなくって、三角草ブローシィッパみたいな光り方をしているものはあるかしら?」
「シンカもママと同じ色してるよ!」
「えぇ~……」

 僕は光の色について言ったつもりだったのだが、母さんは鹿肉と一緒の色をしてると言われたと勘違いして、何か非常にショックを受けている様子だった。違う、そうじゃない。

 普段から母さんが料理をする光景を見ていた僕にとっては、花が光っているのを見て、綺麗だとは思ったけれども特に驚くようなことは何もなかった。僕の母さん、クラーラ・リンドグレンは、料理をする時に自身の魔力を食材に注ぎながら調理している。山茶鹿ローユールをはじめとしたモンスターの食材は、基本的にはどの種族も魔力をもっているので、そのまま子供に食べさせると体調を崩してしまうことが多い。だから子供を持つ母親は、子供の魔力と親和性の高い自分の魔力で、食材にもともと含まれている魔力を洗うのだ。オークスベルガのように、マナの豊沃ほうよくな自然に囲まれて暮らしていくためには、こういった生活の知恵が必須だった。

 そして山茶鹿ローユールの肉で作った熟成シンカは、山茶鹿ローユールが元々備えている空気属性エアロの魔力に加えて、肉を漬け込む際のヴィーンワインに含まれる水属性ネロの魔力、スモークに使うためのビヨルクしらかばのウッドチップに含まれる土属性ゲーの魔力、それを燃やした煙によって風味と香りと火属性フォーティアの魔力が付与されるという、見事に四元素の魔力を複雑に取り込んでいる。
 その上で熟成の過程でそれぞれの魔力濃度が均一化していき、味の調和が起きるという、なんとも魔術的に高度な料理であり、魔力のバランスがいいため日持ちもする。だからこそ熟成シンカは美味しいのだが、子供に食べさせるには色んな物の魔力が含まれすぎているので、食べさせる前に母親が魔力を流して食材自体の魔力を、子供が食べられる程度に中和する。こういう食べ物がお酒に合うのは大抵食材に独特な魔力の調和が起きているのが理由だったりする。


 ともかく――、

「やっぱり…コーダ、あなた…のね…?」

 ――それが普通のことじゃないんだと、初めて知ったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

追放された俺、悪魔に魂を売って全属性魔法に覚醒。悪魔契約者と蔑まれるが、まぁ事実だ。勇者? ああ、俺を見下してたやつな

自ら
ファンタジー
灰原カイトのスキルは【魔力親和】。評価F。 「外れスキル」の烙印を押された彼は、勇者パーティで三年間、荷物を運び、素材を剥ぎ、誰よりも早く野営の火を起こし続けた。 そして、捨てられた。 「お前がいると、俺の剣が重くなる」 勇者が口にした追放の理由は、侮蔑ではなかった。恐怖だった。 行き場を失ったカイトの前に、一人の悪魔が現れる。 「あなたの魂の、死後の行き先をちょうだい。代わりに、眠っている力を起こしてあげる」 病弱な妹の薬代が尽きるまで、あと十日。 カイトは迷わなかった。 目覚めたのは、全属性魔法――歴史上、伝説にしか存在しない力。 だがその代償は、使うたびに広がる魔印と、二度と消えない「悪魔契約者」の烙印。 世界中から蔑まれる。教会に追われる。かつての仲間には化け物と呼ばれる。 ――まぁ、その通りだ。悪魔に魂を売ったのは事実だし。 それでも。没落貴族の剣姫と背中を預け合い、追放された聖女と聖魔の同時詠唱を編み出し、契約した悪魔自身と夜空の下で笑い合う日々は、悪くない。 これは、世界の「調律者」だった男が、その座を追われてなお、自分の手で居場所を作り直す物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う

yukataka
ファンタジー
断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。 これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。

無属性魔法しか使えない少年冒険者!!

藤城満定
ファンタジー
「祝福の儀式」で授かった属性魔法は無属性魔法だった。無属性と書いてハズレや役立たずと読まれている属性魔法を極めて馬鹿にしてきた奴らの常識を覆して見返す「ざまあ」系ストーリー。  不定期投稿作品です。

【コミカライズ決定】勇者学園の西園寺オスカー~実力を隠して勇者学園を満喫する俺、美人生徒会長に目をつけられたので最強ムーブをかましたい~

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】 【第5回一二三書房Web小説大賞コミカライズ賞】 ~ポルカコミックスでの漫画化(コミカライズ)決定!~  ゼルトル勇者学園に通う少年、西園寺オスカーはかなり変わっている。  学園で、教師をも上回るほどの実力を持っておきながらも、その実力を隠し、他の生徒と同様の、平均的な目立たない存在として振る舞うのだ。  何か実力を隠す特別な理由があるのか。  いや、彼はただ、「かっこよさそう」だから実力を隠す。  そんな中、隣の席の美少女セレナや、生徒会長のアリア、剣術教師であるレイヴンなどは、「西園寺オスカーは何かを隠している」というような疑念を抱き始めるのだった。  貴族出身の傲慢なクラスメイトに、彼と対峙することを選ぶ生徒会〈ガーディアンズ・オブ・ゼルトル〉、さらには魔王まで、西園寺オスカーの前に立ちはだかる。  オスカーはどうやって最強の力を手にしたのか。授業や試験ではどんなムーブをかますのか。彼の実力を知る者は現れるのか。    世界を揺るがす、最強中二病主人公の爆誕を見逃すな! ※小説家になろう、カクヨム、pixivにも投稿中。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

至れり尽くせり!僕専用メイドの全員が溺愛してくる件

こうたろ
青春
普通の大学生・佐藤健太は目覚めると、自宅が豪華な洋館に変わり10人の美人メイドたちに「お目覚めですか、ご主人様?」と一斉に迎えられる。いつの間にか彼らの“専属主人”になっていた健太は戸惑う間もなく、朝から晩までメイドたちの超至れり尽くせりな奉仕を受け始める。

処理中です...