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第一章 王国動乱篇
第十三話 疑念
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「……六大迷宮に探し物がある魔族、か。」
王都リテラス、冒険者ギルドのギルドマスターであるガイ・ロックルは唸っていた。
隣にはAランク冒険者であるメリウス・ルインが座している。こちらも同様に、唸り声をあげていた。
原因は、先ほど部屋に訪れた一人の少女である。
突然現れたかと思えば暴力的なまでの魔力を浴びせられ、二人が呆然としている間に話が進み、推薦状を手渡してしまった。
悪い判断かと聞かれれば、互いにノーと答えるだろう。
断れば何をされるか分かったものではない。それほどまでに、隔絶した差があったのだ。
「……念のため聞いておくが、魔族ってのは、誰でもああなのか?」
ガイはため息交じりにメリウスへと問いかける。
ガイは元冒険者である。引退した今、ギルドマスターに就いているが、そこいらの冒険者とは比較にならないほどの力を持っている。人望も厚く、様々な高難易度の依頼の達成経験を持っているほどのベテランであった。
しかしそれも大分前の話。
メリウスはその若さと力をもって、現在世界各地を転々としている。
数多の国に赴き、その環境を知り、多種族と交流し、戦場を駆け巡る。Aランクを持つ冒険者の中でもその経験の多さはトップクラスだと言われている。
それゆえ、ガイは自らの知識が少ない魔族に関して、メリウスに問いかけた。
「そんなわけないじゃないですか。確かに魔族は平均的な強さは相当なものです。しかし、あそこまで逸脱した個は見たことが――――いや、ほとんどですね。ほとんど見たことがありません」
メリウスの言葉は、おおむねガイの予想通りのものだった。
魔族は強い。人の数倍、数十倍の寿命を持つ。話によれば、千年単位で生き続けている者もいるという。
絶対数は少ないものの、それを補ってなお有り余るほどの力を持っている。
この力の差こそ、魔族を悪だと断じている教国が、魔大国を攻め落とせない理由の一つでもある。
それともう一つ。魔族が強いと言われている最大の理由がある。
王に仕える七人の守護者。魔大国の、最後にして最大の砦。
「七欲」の存在である。
魔族に疎いガイですら知っているのだ、実際に魔大国に赴いたメリウスが知らないはずがない。
曰く、一息で山を消し去る事が出来る。
曰く、世界を自由に転移する事が出来る。
曰く、海を蒸発させる事が出来る。
曰く、――――。
普通なら鼻で笑ってしまうような代物だが、これら全て事実だという。
本に記されているだけではない。実際に、「七欲」の存在は確認されている。
ガイは、メリウスの話を聞いて、この「七欲」の事を思い浮かべた。
「ほとんどってことは、他にもあんなのがいるんだな?」
「ええ、いましたよ。わかってると思いますが、七欲です」
メリウスは、魔大国へと赴いた際に七欲の一人の姿を目撃していた。
朝の時間に城下町の店を見て回る姿を。
民衆からは敬称付きでさえ親しまれ、圧倒的存在感を放っていたのを今でも覚えている。
あの時は少し距離を置いて後姿を見ていただけだが、それでも根底の力の強さを多少のなりとも推し量る事が出来ていた。確かに、抜きんでた力を内包していると、人間が敵うものではない、と。
そこでふと、メリウスは疑問に思う。
日常で見かけた七欲ですら、力をある程度理解する事が出来た。
しかしあの少女は?
受付で見かけたときは、想像絶する美しさをもつ少女だと思った。
歩いているときは、少々変わった少女だと感じた。
そこで一度でも、力を持っていると感じたか?
メリウスの頬を、虫が這うように一筋の冷たい液が伝った。
悍ましい考えが脳裏に過ぎる。
それは完全に力を隠せるほど、力量が隔絶しているという事の証明。
即ち、「七欲」を超える程の、存在。
あの少女が。魔族で最強と謳われるあの「七欲」よりも強い事の、証明。
「……ギルマス。私たちは、何か見落としているのでは、ないでしょうか。あの少女は、本当に一魔族なんでしょうか……」
「…………知るかよ、俺は魔族の専門家じゃねえんだ。だが少なくとも、一介の魔族ってことはあり得ねえだろ」
「です、よね……あっ。そういえばあの少女、神と魔王について質問していましたね」
メリウスは先ほどの質問を思い出す。
「魔王、か。突拍子もない質問だと思っていたが…………まさか、な?」
「魔王なんて、御伽噺の存在じゃないんですか? それなら、私が魔大国で見た存在が七欲ではなく、ただ少し強い魔族だった、のほうが現実味がありますよ」
そう告げたメリウスの脳内にも、不安が生じる。
もし自分が魔大国で見た存在が、七欲ではなかったら。
魔大国の戦力が他国と比べ物にならない程高いという事になってしまう。
「……どっちにしろ、ろくな話じゃねえな。結局あの少女がとんでもなく強い事には変わりねえ。それに、先日感じた凄まじい魔力の事だってある。何か関連があっても何らおかしくねえぞ」
「兎に角、警戒と国への進言はしておいた方が良いかもしれませんね。そのあたりはギルマスに一任しますよ」
あの少女は一体何者か。
室内に重苦しい空気が漂う中、ガイとメリウスは揃って大きな溜息を吐いたのだった。
王都リテラス、冒険者ギルドのギルドマスターであるガイ・ロックルは唸っていた。
隣にはAランク冒険者であるメリウス・ルインが座している。こちらも同様に、唸り声をあげていた。
原因は、先ほど部屋に訪れた一人の少女である。
突然現れたかと思えば暴力的なまでの魔力を浴びせられ、二人が呆然としている間に話が進み、推薦状を手渡してしまった。
悪い判断かと聞かれれば、互いにノーと答えるだろう。
断れば何をされるか分かったものではない。それほどまでに、隔絶した差があったのだ。
「……念のため聞いておくが、魔族ってのは、誰でもああなのか?」
ガイはため息交じりにメリウスへと問いかける。
ガイは元冒険者である。引退した今、ギルドマスターに就いているが、そこいらの冒険者とは比較にならないほどの力を持っている。人望も厚く、様々な高難易度の依頼の達成経験を持っているほどのベテランであった。
しかしそれも大分前の話。
メリウスはその若さと力をもって、現在世界各地を転々としている。
数多の国に赴き、その環境を知り、多種族と交流し、戦場を駆け巡る。Aランクを持つ冒険者の中でもその経験の多さはトップクラスだと言われている。
それゆえ、ガイは自らの知識が少ない魔族に関して、メリウスに問いかけた。
「そんなわけないじゃないですか。確かに魔族は平均的な強さは相当なものです。しかし、あそこまで逸脱した個は見たことが――――いや、ほとんどですね。ほとんど見たことがありません」
メリウスの言葉は、おおむねガイの予想通りのものだった。
魔族は強い。人の数倍、数十倍の寿命を持つ。話によれば、千年単位で生き続けている者もいるという。
絶対数は少ないものの、それを補ってなお有り余るほどの力を持っている。
この力の差こそ、魔族を悪だと断じている教国が、魔大国を攻め落とせない理由の一つでもある。
それともう一つ。魔族が強いと言われている最大の理由がある。
王に仕える七人の守護者。魔大国の、最後にして最大の砦。
「七欲」の存在である。
魔族に疎いガイですら知っているのだ、実際に魔大国に赴いたメリウスが知らないはずがない。
曰く、一息で山を消し去る事が出来る。
曰く、世界を自由に転移する事が出来る。
曰く、海を蒸発させる事が出来る。
曰く、――――。
普通なら鼻で笑ってしまうような代物だが、これら全て事実だという。
本に記されているだけではない。実際に、「七欲」の存在は確認されている。
ガイは、メリウスの話を聞いて、この「七欲」の事を思い浮かべた。
「ほとんどってことは、他にもあんなのがいるんだな?」
「ええ、いましたよ。わかってると思いますが、七欲です」
メリウスは、魔大国へと赴いた際に七欲の一人の姿を目撃していた。
朝の時間に城下町の店を見て回る姿を。
民衆からは敬称付きでさえ親しまれ、圧倒的存在感を放っていたのを今でも覚えている。
あの時は少し距離を置いて後姿を見ていただけだが、それでも根底の力の強さを多少のなりとも推し量る事が出来ていた。確かに、抜きんでた力を内包していると、人間が敵うものではない、と。
そこでふと、メリウスは疑問に思う。
日常で見かけた七欲ですら、力をある程度理解する事が出来た。
しかしあの少女は?
受付で見かけたときは、想像絶する美しさをもつ少女だと思った。
歩いているときは、少々変わった少女だと感じた。
そこで一度でも、力を持っていると感じたか?
メリウスの頬を、虫が這うように一筋の冷たい液が伝った。
悍ましい考えが脳裏に過ぎる。
それは完全に力を隠せるほど、力量が隔絶しているという事の証明。
即ち、「七欲」を超える程の、存在。
あの少女が。魔族で最強と謳われるあの「七欲」よりも強い事の、証明。
「……ギルマス。私たちは、何か見落としているのでは、ないでしょうか。あの少女は、本当に一魔族なんでしょうか……」
「…………知るかよ、俺は魔族の専門家じゃねえんだ。だが少なくとも、一介の魔族ってことはあり得ねえだろ」
「です、よね……あっ。そういえばあの少女、神と魔王について質問していましたね」
メリウスは先ほどの質問を思い出す。
「魔王、か。突拍子もない質問だと思っていたが…………まさか、な?」
「魔王なんて、御伽噺の存在じゃないんですか? それなら、私が魔大国で見た存在が七欲ではなく、ただ少し強い魔族だった、のほうが現実味がありますよ」
そう告げたメリウスの脳内にも、不安が生じる。
もし自分が魔大国で見た存在が、七欲ではなかったら。
魔大国の戦力が他国と比べ物にならない程高いという事になってしまう。
「……どっちにしろ、ろくな話じゃねえな。結局あの少女がとんでもなく強い事には変わりねえ。それに、先日感じた凄まじい魔力の事だってある。何か関連があっても何らおかしくねえぞ」
「兎に角、警戒と国への進言はしておいた方が良いかもしれませんね。そのあたりはギルマスに一任しますよ」
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