15 / 37
第一章 王国動乱篇
第十二話 推薦状②
しおりを挟むはて。数日前? そもそも目覚めたのが最近だ、知る由もない。
私の身の回りの出来事といえばグラトリア、ライラと戦って、見回りをしただけ。魔大国では私に関すること以外は、特に大きなことは起こっていない。というかこれ、私自身の出来事じゃない。
「世情には疎くて」
「……そうか、それなら良い」
さきほどより更に剣呑な表情、何か心配事でもあるらしい。人間は随分と頭を悩ます生き物だ、昔から何一つ変わっていない。
「良いぜ、推薦状。いくらでも書いてやる」
「良いんですか!?」
随分あっさりと了承を貰えた。というか既に書き始めている。これは何だ、金属板か? 書くというより魔術を用いているようだが、これが推薦状なのだろうか。
「迷宮への資格ってのは、そもそも無駄に死ぬ奴を減らすための制度だ。十席やらAランクやらを設けているのも、そいつらなら適切な判断が出来るだろうっつー最低ラインになっている。そんくらい、Aランクのお前なら知ってるだろ、メリウス」
「それは、そうですが……」
「んで、さっきの魔力を受けた感想は? もう忘れたか? そのAランクのお前や、基準を設けた側の俺があそこまでやられたんだぜ? それもほんの一瞬でな。なら挑戦する権利は大いにあるってもんだろ」
黙りこくるメリウス。渋々ながら納得したようにみえる。
まあ納得しようがしまいが、推薦状がもらえる事に変わりはない。
「その推薦状があれば、もう迷宮には入っていいのかしら」
「ああ。入り口前にいる衛兵に見せてくれれば良い。偽造は出来ないから安心してくれ」
書き終えたかと思えば、ギルマスは最後に金属板へと手を翳す。魔力を流している様だ。
これは魔力で個人の特定をする道具だろう。
複数の人物が完全に同じ魔力波長をもつことはあり得ない。双子だろうが三つ子だろうが、どこがで些細な違いができるものだ。
それを個人認証に利用するとは、弱者の知恵というものは素晴らしい。もしかしたら魔大国にもあったのかもしれないが。
「ほら、出来たぜ」
出来上がった推薦状という名の金属板を受け取る。手の平より小さい程度、どこにでもしまっておける大きさだ。どうせ【収納】するから大きさなど特に意味はないが。
「ええ、ありがとう。あと、メリウスにも報奨金」
数枚の金貨を投げ渡してはくるり、と踵を返す。推薦状さえもらえればここに様はない。
床を軋ませながら扉へ歩み寄り取っ手へと手をかけた時、聞いておきたい事を思い出した。
私がここで過ごすために、必要な情報。
身体を反転させギルマスの方へと向き直れば、小さく口を開く。
「二つ、あなた達に聞きたい」
無言でうなずく両名、肯定とみなす。
「一つ。神について、どう思ってる?」
「確か言い伝えとしては、勇者を生んだとか、クラスを与えたとか、随分と人間に肩入れしてくれているんだっけか? 俺は興味ねえからよくわかんねえんだわ。そもそも存在するかすら怪しい存在じゃねえか」
「私も、ですね。神に祈るほど困窮してはいません。王国はそれほどまでに、豊かであり、私達人間を主体に他種族と協力し合っています。縋る理由がありません」
スラヴィアの言った通り、か。ここで「私は神の使徒です」などと口走っていたら、問答無用で消し炭にしていた。
「ならいいわ。二つ。魔王について、どう思ってる? 個人的な考えと、世界の見方の両方を教えてくれると嬉しいわ」
「魔王、か。子供のころ散々話を聞いたぜ。絵本だったか? 読み聞かせられたことを覚えてるわ」
「本当にいたらどの程度強いのか、なんて話は冒険者内で幾度となく話題にあがりますね。後は、そうですね。教国で魔王と口にすると捕まる、とはよく聞きますね。あそこは魔族に対しての当たりが尋常じゃないくらい強いですし……ええっと、そういえばまだ名前を聞いていませんでした」
「ノアよ。ノア・エストラヴァーナ」
「ノアさん、ですね。ノアさんも教国だけは気を付けた方が良いですよ。そもそも領土に入っただけで警備隊が送られてくるらしいですし」
「ええ、分かったわ。忠告ありがとう」
話を聞くに、この国では魔王の存在が信じられていない。つまり空想であると考えられている。
名前の一つや二つ、告げても大きな騒ぎにはならない。
嗚呼、そうか。
人間はやはり、信じたくない事は信じないのだな。
許容量を超えれば嘘だと断じる、悲しき性を持っている。
王国は、神も信じず魔王も信じず。
ただ漫然と日々を生き続けている人間の国。
魔族を受け入れ、他種族を受け入れ、発展を遂げてしまった路傍の城。
素晴らしい。素晴らしく都合が良い。
第一、私は人間に期待などしていない。
怠惰な一生を送り無駄に死に絶えていくことが唯一の救いであると本気で思っている。
憎い? いやいや。心底どうでもいいだけだ。
彼らがどうなろうが、微塵も興味が湧かない。
目の前で死のうが、私が殺そうが、心は僅かも動かない。
ただ、物事を円滑に進めるためには利用するし友好的な姿を見せる事にはしている。
世渡り上手、というやつだ。懐いてくるペットには多少なりとも愛着が湧くものだろう?
だから、決して、神にだけは祈るな。願うな。傅くな。
それならばいっそ、誰にも利用されることなく自らの意思で死に逝け。
お前たちが自らの力で生き続ける限り、私から手を出すことはしない。
いくら三千年の間に知恵や技術を身に着けようとも、小手先に過ぎない。大きな価値を感じる程の存在では、ない。
「それじゃあ、ありがとう。助かったわ」
「ああ、ノアさんも、達者で。……それだけの力があれば、大丈夫だとは思いますが」
達者で、か。久しく言われていない言葉だ。
「そっちも、私に殺される存在にならない事を祈ってる」
今度こそ、扉を開け部屋を後にする。
扉の閉まる音が、こころなしか小さいような気がした。
0
あなたにおすすめの小説
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
ちゃんと忠告をしましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。
アゼット様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
一家処刑?!まっぴらごめんですわ!!~悪役令嬢(予定)の娘といじわる(予定)な継母と馬鹿(現在進行形)な夫
むぎてん
ファンタジー
夫が隠し子のチェルシーを引き取った日。「お花畑のチェルシー」という前世で読んだ小説の中に転生していると気付いた妻マーサ。 この物語、主人公のチェルシーは悪役令嬢だ。 最後は華麗な「ざまあ」の末に一家全員の処刑で幕を閉じるバッドエンド‥‥‥なんて、まっぴら御免ですわ!絶対に阻止して幸せになって見せましょう!! 悪役令嬢(予定)の娘と、意地悪(予定)な継母と、馬鹿(現在進行形)な夫。3人の登場人物がそれぞれの愛の形、家族の形を確認し幸せになるお話です。
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる