七欲の王~封印から覚めた魔王は再び神殺しを目指す~

シロサギ

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第一章 王国動乱篇

第十二話 推薦状②

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 はて。数日前? そもそも目覚めたのが最近だ、知る由もない。
 私の身の回りの出来事といえばグラトリア、ライラと戦って、見回りをしただけ。魔大国では私に関すること以外は、特に大きなことは起こっていない。というかこれ、私自身の出来事じゃない。



「世情には疎くて」

「……そうか、それなら良い」


 さきほどより更に剣呑な表情、何か心配事でもあるらしい。人間は随分と頭を悩ます生き物だ、昔から何一つ変わっていない。


「良いぜ、推薦状。いくらでも書いてやる」

「良いんですか!?」


 随分あっさりと了承を貰えた。というか既に書き始めている。これは何だ、金属板か? 書くというより魔術を用いているようだが、これが推薦状なのだろうか。


「迷宮への資格ってのは、そもそも無駄に死ぬ奴を減らすための制度だ。十席やらAランクやらを設けているのも、そいつらなら適切な判断が出来るだろうっつー最低ラインになっている。そんくらい、Aランクのお前なら知ってるだろ、メリウス」

「それは、そうですが……」

「んで、さっきの魔力を受けた感想は? もう忘れたか? そのAランクのお前や、基準を設けた側の俺があそこまでやられたんだぜ? それもほんの一瞬でな。なら挑戦する権利は大いにあるってもんだろ」


 黙りこくるメリウス。渋々ながら納得したようにみえる。
 まあ納得しようがしまいが、推薦状がもらえる事に変わりはない。


「その推薦状があれば、もう迷宮には入っていいのかしら」

「ああ。入り口前にいる衛兵に見せてくれれば良い。偽造は出来ないから安心してくれ」


 書き終えたかと思えば、ギルマスは最後に金属板へと手を翳す。魔力を流している様だ。

 これは魔力で個人の特定をする道具だろう。
 複数の人物が完全に同じ魔力波長をもつことはあり得ない。双子だろうが三つ子だろうが、どこがで些細な違いができるものだ。

 それを個人認証に利用するとは、弱者の知恵というものは素晴らしい。もしかしたら魔大国にもあったのかもしれないが。


「ほら、出来たぜ」


 出来上がった推薦状という名の金属板を受け取る。手の平より小さい程度、どこにでもしまっておける大きさだ。どうせ【収納】するから大きさなど特に意味はないが。


「ええ、ありがとう。あと、メリウスにも報奨金」


 数枚の金貨を投げ渡してはくるり、と踵を返す。推薦状さえもらえればここに様はない。
 
 床を軋ませながら扉へ歩み寄り取っ手へと手をかけた時、聞いておきたい事を思い出した。
 私がここで過ごすために、必要な情報。

 身体を反転させギルマスの方へと向き直れば、小さく口を開く。


「二つ、あなた達に聞きたい」


 無言でうなずく両名、肯定とみなす。


「一つ。神について、どう思ってる?」

「確か言い伝えとしては、勇者を生んだとか、クラスを与えたとか、随分と人間に肩入れしてくれているんだっけか? 俺は興味ねえからよくわかんねえんだわ。そもそも存在するかすら怪しい存在じゃねえか」

「私も、ですね。神に祈るほど困窮してはいません。王国はそれほどまでに、豊かであり、私達人間を主体に他種族と協力し合っています。縋る理由がありません」


 スラヴィアの言った通り、か。ここで「私は神の使徒です」などと口走っていたら、問答無用で消し炭にしていた。


「ならいいわ。二つ。魔王について、どう思ってる? 個人的な考えと、世界の見方の両方を教えてくれると嬉しいわ」

「魔王、か。子供のころ散々話を聞いたぜ。絵本だったか? 読み聞かせられたことを覚えてるわ」

「本当にいたらどの程度強いのか、なんて話は冒険者内で幾度となく話題にあがりますね。後は、そうですね。教国で魔王と口にすると捕まる、とはよく聞きますね。あそこは魔族に対しての当たりが尋常じゃないくらい強いですし……ええっと、そういえばまだ名前を聞いていませんでした」

「ノアよ。ノア・エストラヴァーナ」

「ノアさん、ですね。ノアさんも教国だけは気を付けた方が良いですよ。そもそも領土に入っただけで警備隊が送られてくるらしいですし」

「ええ、分かったわ。忠告ありがとう」


 話を聞くに、この国では魔王の存在が信じられていない。つまり空想であると考えられている。
 名前の一つや二つ、告げても大きな騒ぎにはならない。

 嗚呼、そうか。

 人間はやはり、信じたくない事は信じないのだな。
 許容量を超えれば嘘だと断じる、悲しきさがを持っている。


 王国は、神も信じず魔王も信じず。
 ただ漫然と日々を生き続けている人間の国。


 魔族を受け入れ、他種族を受け入れ、発展を遂げてしまった路傍の城。


 素晴らしい。素晴らしく都合が良い・・・・・


 第一、私は人間に期待などしていない。

 怠惰な一生を送り無駄に死に絶えていくことが唯一の救いであると本気で思っている。

 憎い? いやいや。心底どうでもいいだけ・・・・・・・・・・だ。

 彼らがどうなろうが、微塵も興味が湧かない。
 目の前で死のうが、私が殺そうが、心は僅かも動かない。

 ただ、物事を円滑に進めるためには利用するし友好的な姿を見せる事にはしている。
 世渡り上手、というやつだ。懐いてくるペットには多少なりとも愛着が湧くものだろう?


 だから、決して、アレにだけは祈るな。願うな。傅くな。
 それならばいっそ、誰にも利用されることなく自らの意思で死に逝け。

 お前たちが自らの力で生き続ける限り、私から手を出すことはしない。
 いくら三千年の間に知恵や技術を身に着けようとも、小手先に過ぎない。大きな価値を感じる程の存在では、ない。
 



「それじゃあ、ありがとう。助かったわ」

「ああ、ノアさんも、達者で。……それだけの力があれば、大丈夫だとは思いますが」



 達者で、か。久しく言われていない言葉だ。



「そっちも、私に殺される存在にならない事を祈ってる」



 今度こそ、扉を開け部屋を後にする。



 扉の閉まる音が、こころなしか小さいような気がした。
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