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第1話・みぃちゃん

1-12・少女の名

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 まるで昨日少女にそうしていたように、ヨウコが猫又を抱えたまま、布団ではなく、こたつ机のいつもの定位置に座ったのを見て、玄夜は荷物だけ置きに行った後、お茶を入れることにする。
 ヨウコの好みは、正しく入れた美味しいお茶などではなく、渋みのあるただただ濃く熱いそれだ。
 なので玄夜は容赦なく一端お湯を沸騰させて、冷まさずに茶葉を入れた急須に注ぎ込んだ。
 一瞬考えて、猫又の分はまさか要らないだろうと、用意した湯飲みはヨウコと玄夜との二人分。
 いつも通りの手順で、膝の上の猫又をおざなりな手つきで撫でているヨウコの前にお茶を置いた。
 もう一つは自分の前。
 玄夜もまた、上手いお茶だとかにあまり興味はないので、ヨウコと同じ、味も何もないお茶である。
 ちなみにこんな淹れ方なので、まさか茶葉もそれほどいいものであるわけがないのだが、それでも緑茶特有の匂いが部屋いっぱいに広がった。
 この匂いを嗅ぐとほっとする。
 それはヨウコも同じようで、ちみちみと火傷しない程度にお茶をすすりながら、ヨウコもまた、深く長い息を吐いていた。
 なんとなく、しばらくそのまま二人でお茶をすすっていると、ああ、そうだとヨウコがようやく思い出したとばかりに口を開いた。

みぃちゃん・・・・・、だったよね」

 依頼がどうなったのか。
 うやむやになってしまっていた先程の玄夜の問いに、ようやく答えてくれるらしい。

「見つかった、っていうか、この子がそうだよ」

 そう言いながら示されたのは猫又で、

「え?」

 小さく驚きながら視線をやると、猫又も猫又で、ちらと玄夜を見て、だけど次いでふいと顔ごと何処かへ逸らしてしまった。
 連れない態度だ。
 でも見る限りヨウコには懐いているようにも見える。

「なるほど……? その猫がみぃちゃん・・・・・

 言われてみると確かに、猫らしい呼び方だった。

「そう。少なくとも、あの子にとって・・・・・・・はね」
「あの子にとっては?」

 引っかかる言い方に首を傾げると、ヨウコは躊躇ったように少し考える。

「うーん、みぃちゃん・・・・・ってね、ほんとはあの子のことなんだよ。満香みちかちゃん。あの子の両親は、みぃちゃん・・・・・って呼んでたみたいだね。だからあの子の一人称もそうだし、つまりあの子が探してたのは自分自身・・・・ってこと」
「え、じゃあ、その猫は、」

 つい今さっきヨウコは、その猫こそがあの子にとって・・・・・・・みぃちゃん・・・・・だったと言ったのではなかったか。
 怪訝そうな顔をした玄夜にヨウコは面倒くさそうに息を吐いた。

「この子もみぃちゃん・・・・・。もっとも、だから・・・母親はわからなかった。だってみぃちゃんってあの子自身のことなんだもんねぇー、わかんないよねぇー。まさか目に見えないお友達・・・・・・・・・に、自分と同じ呼び名・・・・・・・・を付けてると思わないじゃない? だからあの依頼には、あの子自身の願いと、あの子の親のそれとの二つが込められてたってこと。それ以上の詳しいことは、これ、確認しといて。読んだらいつもの通り棚にしまっておいてね」

 仕方ないとばかり、そこまでは口にして、でもそれ以上は説明さえしたくないと、渡されたのは文庫サイズの一冊の本だった。
 玄夜は、溜め息を吐きながらそれを受け取った。
 これもまた、いつも通りと言えばいつも通り。
 ヨウコの言う通り、確認しておこうとぺら、本をめくり始めたのだった。
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