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第2話・過去と今
2-16・できること
しおりを挟むヨウコがどこか柔い口調で語りかける。しみじみと。
「満香ちゃんのことといい……あなた存外にいい子よねぇ」
まるっきり子ども扱いなのだが、猫又は言い返せない。
猫又は自分が善良だなんて思ってはいなかった。
少なくとも、人間的な道徳に準じているつもりなど全くない。
しかし、反対に極悪でありたいなどとも考えてはおらず、だからこそ自分の心に従って行動しているまで。
受けた恩を返さないでおかないように心がけているのだって、そうでなくば気持ちが悪いからだとかその程度の理由でしかない。
だからこそそんな、幼子を見るかのような言葉をかけられるのは、言葉にならないような衝動を感じてならなかった。
「えぇいっ、黙れ黙れ! このものぐさがっ! お主とてあの小童の面倒を見ておるのだろうがっ! わしのことばかりそのように言うでないっ! 否、お主の場合はあの小童に面倒を見させておるのか?! いずれにせよ難儀なことよのぉ、それでもなお、あのような不安定さなどとっ! わかりにくいお主の献身が、わしに分からぬとでも思うたかっ! それを察してしまったわしが何も思わぬとっ?! だからわしはっ……! わしは……」
半ば癇癪を起したかのように言い募り、しかしやるせなさに唇を噛んだ。
ヨウコはそんな猫又をただ見ている。
猫又は人ではない。
それはヨウコも同じだ。
だけど玄夜は違う。
玄夜は半端だ。それゆえに不安定で。
猫又もヨウコも、人ではないからこそ、どれほど弱ったとして、玄夜のような揺らぎ方などしない。
そんな玄夜の存在を安定させる方法など、猫又が知っている限りはただ一つ。
それをヨウコが知らないとは思えなかった。
なにせ猫又など比べ物にならないほどの年数を生きているのだろうヨウコなのだ。
猫又が知っていることを、知らないはずがないではないか。
だからこそ猫又にはわからない。なぜ、とっととその方法を取らないのか。
おそらくヨウコは玄夜に心をかけている。
そんなもの、たった数日共にいただけの猫又でもわかるのに。
「お主はっ! ……いったい何を考えておるのだ……いったいなぜ……」
玄夜を、そのままにしているのか。
その言葉を最後にしばらく、沈黙が落ちる。
猫又は俯いて唇をかみしめた。
ヨウコはこたつの天板にだらしなく臥せったまま顔さえ上げず、だけど静かに目を閉じた。
「…………私にも玄夜くんにも、感情があるのよ。だから……」
だから。
理屈だけでなんて、動けない。
ましてや片方の一方的な考えでなど。
それはおそらくは気遣いなのだろう。
思う心があるが故の選択。
だけど聞こえるか聞こえないかほどの微かさで、そっと呟かれたその言葉は、猫又が賛同できるようなものではなかった。
それでも。
「……そうか…………」
小さくそう、愚にもつかない相槌を打つ。
猫又は今、たったのそれだけしか、出来ることを持たない自分の無力が、ただひたすらに嫌になるほど空しいばかりなのだった。
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