2 / 49
1・膝の上
しおりを挟む何かがあったわけではなかった。
それは突然だった。
目が覚めるような感覚だ。はたと、気付いたと言えばいいのか。
私はぱちぱちと瞬きした。一瞬、自分の状況がわからなくて。
「フィア? どうかしたのかい?」
名前を呼ばれ、声に導かれるように顔を上げると、まるで触れそうなほどに近い位置に見目麗しい男性の顔があった。
うわぁ! と、内心で驚く。
辛うじてみっともなく声を上げることは抑えられた。
心臓がバクバクと激しく主張し始める。
なんだ、この男。
ああ、いや、知っている、知っているとも。頑張って気持ちを落ち着けて、私はようやくどうにかこうにかにこりと微笑むことが出来た。
先程の自分の様子などなかったこととして。ああ、いや、まったくなかったことにしてしまうと不審か。なら。
「……なんでも。なんでもありませんわ、陛下。ただ少し思い出したことがあって」
控えめに言葉を添える。
嘘ではない。
思い出したことがあったのだ。少しどころではないけれど。
「何を思い出したんだい? どうか私に教えておくれ」
とろけそうな甘い眼差しで、男は柔らかく私に囁いた。
その瞳に宿るのは私への愛。
私は当然とそれに応えるように男を見つめ返しながら……――内心で冷や汗が止まらなかった。
何これ、何これ、何これ。
今の状況は全く持って何もかもがあり得ない。
何故なら私が今いる場所は男の膝の上なのだ。やたらと豪華でふかふかなソファに座った男の膝に、横向きで抱え上げられている。
その上で上半身までもを男へと預けきっていて。
顔が近いのも当たり前の話だった。
なんだこれ。
わけがわからない。いや、わけはわかっている。わかってはいても、理解したくなかった。
な、何やってるのよ今世の私―――!!
そんな風につい先ほどまでの自分自身を、心の中で詰ってしまうぐらいには。
そして同時に何と答えようか考える。
嘘は、やめた方がいい。
だけど、あまり深刻な状況など、この男が何をしでかすかわからない。無難な、無難な何か。嘘ではない、何か。
私はいったい何を思い出したというのか。
私はとりあえず今のこの状況を切り抜けることだけに腐心していた。
内心の焦りを一ミリも表に出さないよう注意しながら少し眉根を寄せて戸惑う表情を作る。
そして私が選択したのは。
「本当に、大したことではございませんのよ? 陛下のお耳に入れるようなことでは……ただ、今朝の朝食のことで、お恥ずかしいことに今更、気付いたことがあって」
恥ずかしそうな顔を作って頬を染め、目を逸らす。
頬に熱が集まったのは、男の視線があまりに熱すぎたからなのだが、そんなことは今はどうでもいい。
もうそろそろ勘弁してほしい、もうこれ以上何も聞かないで。
そんな私の切実な願いは、どうやら神に届いたらしかった。
男がつと目を細める。
ぞっと、背筋に怖気が走った。だがそれも必死に顔には出さないように努めて。
「ふぅん?」
男の声は甘いまま。だけど視線が。まるで蛇のように私に絡みついてくるのが分かった。
恐ろしかった。
「まぁ、いいけれども。そんなに恥ずかしがる君に無理に聞き出すのは良くないね。私は君のことなら何でも知りたいのだけれど……君の気持ちも尊重しなくては」
聞き分けのいいことを言う男に私はそっと微笑みを向けて。
「まぁ、陛下ったら……」
いつも通り、嬉しそうな顔をして見せるのだった。
2
あなたにおすすめの小説
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛を騙るな
篠月珪霞
恋愛
「王妃よ、そなた一体何が不満だというのだ」
「………」
「贅を尽くした食事、ドレス、宝石、アクセサリー、部屋の調度も最高品質のもの。王妃という地位も用意した。およそ世の女性が望むものすべてを手に入れているというのに、何が不満だというのだ!」
王妃は表情を変えない。何を言っても宥めてもすかしても脅しても変わらない王妃に、苛立った王は声を荒げる。
「何とか言わぬか! 不敬だぞ!」
「……でしたら、牢に入れるなり、処罰するなりお好きに」
「い、いや、それはできぬ」
「何故? 陛下の望むままなさればよろしい」
「余は、そなたを愛しているのだ。愛するものにそのような仕打ち、到底考えられぬ」
途端、王妃の嘲る笑い声が響く。
「畜生にも劣る陛下が、愛を騙るなどおこがましいですわね」
王太子妃専属侍女の結婚事情
蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。
未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。
相手は王太子の側近セドリック。
ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。
そんな二人の行く末は......。
☆恋愛色は薄めです。
☆完結、予約投稿済み。
新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。
ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。
そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。
よろしくお願いいたします。
仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!
ぽんちゃん
恋愛
――仕事で疲れて会えない。
十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。
記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。
そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?
働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』
鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。
だからこそ転生後に誓った――
「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。
気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。
「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」
――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。
なぜか気づけば、
・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変
・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功
・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす
・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末
「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」
自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、
“やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。
一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、
実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。
「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」
働かないつもりだった貴族夫人が、
自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。
これは、
何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる