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1・膝の上
しおりを挟む何かがあったわけではなかった。
それは突然だった。
目が覚めるような感覚だ。はたと、気付いたと言えばいいのか。
私はぱちぱちと瞬きした。一瞬、自分の状況がわからなくて。
「フィア? どうかしたのかい?」
名前を呼ばれ、声に導かれるように顔を上げると、まるで触れそうなほどに近い位置に見目麗しい男性の顔があった。
うわぁ! と、内心で驚く。
辛うじてみっともなく声を上げることは抑えられた。
心臓がバクバクと激しく主張し始める。
なんだ、この男。
ああ、いや、知っている、知っているとも。頑張って気持ちを落ち着けて、私はようやくどうにかこうにかにこりと微笑むことが出来た。
先程の自分の様子などなかったこととして。ああ、いや、まったくなかったことにしてしまうと不審か。なら。
「……なんでも。なんでもありませんわ、陛下。ただ少し思い出したことがあって」
控えめに言葉を添える。
嘘ではない。
思い出したことがあったのだ。少しどころではないけれど。
「何を思い出したんだい? どうか私に教えておくれ」
とろけそうな甘い眼差しで、男は柔らかく私に囁いた。
その瞳に宿るのは私への愛。
私は当然とそれに応えるように男を見つめ返しながら……――内心で冷や汗が止まらなかった。
何これ、何これ、何これ。
今の状況は全く持って何もかもがあり得ない。
何故なら私が今いる場所は男の膝の上なのだ。やたらと豪華でふかふかなソファに座った男の膝に、横向きで抱え上げられている。
その上で上半身までもを男へと預けきっていて。
顔が近いのも当たり前の話だった。
なんだこれ。
わけがわからない。いや、わけはわかっている。わかってはいても、理解したくなかった。
な、何やってるのよ今世の私―――!!
そんな風につい先ほどまでの自分自身を、心の中で詰ってしまうぐらいには。
そして同時に何と答えようか考える。
嘘は、やめた方がいい。
だけど、あまり深刻な状況など、この男が何をしでかすかわからない。無難な、無難な何か。嘘ではない、何か。
私はいったい何を思い出したというのか。
私はとりあえず今のこの状況を切り抜けることだけに腐心していた。
内心の焦りを一ミリも表に出さないよう注意しながら少し眉根を寄せて戸惑う表情を作る。
そして私が選択したのは。
「本当に、大したことではございませんのよ? 陛下のお耳に入れるようなことでは……ただ、今朝の朝食のことで、お恥ずかしいことに今更、気付いたことがあって」
恥ずかしそうな顔を作って頬を染め、目を逸らす。
頬に熱が集まったのは、男の視線があまりに熱すぎたからなのだが、そんなことは今はどうでもいい。
もうそろそろ勘弁してほしい、もうこれ以上何も聞かないで。
そんな私の切実な願いは、どうやら神に届いたらしかった。
男がつと目を細める。
ぞっと、背筋に怖気が走った。だがそれも必死に顔には出さないように努めて。
「ふぅん?」
男の声は甘いまま。だけど視線が。まるで蛇のように私に絡みついてくるのが分かった。
恐ろしかった。
「まぁ、いいけれども。そんなに恥ずかしがる君に無理に聞き出すのは良くないね。私は君のことなら何でも知りたいのだけれど……君の気持ちも尊重しなくては」
聞き分けのいいことを言う男に私はそっと微笑みを向けて。
「まぁ、陛下ったら……」
いつも通り、嬉しそうな顔をして見せるのだった。
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