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1・砂の海

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「……――! ……っ、デュニナっ!」

 名を呼ばれて。僕は必死に手を伸ばした。

「っ……――!」

 名前を、呼んだと思う。
 だけど呼んだ名前はいったい何だったんだろう。
 記憶はさらさらと溶けていく。
 そのうち、僕自身の体もとけて、そして……――パチリ、目を瞬かせた。
 見渡す限り、砂だった。

「どこ……ここ……」

 僕はぼんやりとそう呟く。
 照り付ける太陽が眩しいを通り越して痛いぐらいだ。
 僕には何もわからなかった。
 ここがいったいどこなのか。どうして自分がここに居るのか。何よりも。……自分がいったい誰なのかが。
 否。
 僕。僕は、デュニナだ。そのはずだ。
 わかる、覚えている。僕の名前。僕はデュニナ。デュニナと呼ばれていた。でも。
 やっぱり、此処がどこなのかがわからないし、どうしてここに居るのかは全く思い出せなかった。
 自分のことも、自分の名前以外は何も。あとは。
 自分自身を見下ろした。
 大きく膨らんだ腹。
 その中には、子供がいた。
 愛しい愛しい僕の子供。愛しい番が僕に与えてくれた愛の結晶。
 なのに。

「番って……誰……」

 番のことが、思い出せない。
 いたはずだ。
 いたはずなのだ。僕を守って愛してくれた。
 僕に子供を与えてくれた。
 愛しく慕わしい僕の番。
 なのに僕は、そんな番のことが、何もわからなくなっていた。

「あ、ああ…………」

 嘆きは砂に溶けた。
 やがて僕は歩き出す。
 一歩一歩、踏みしめるように。愛しい番を、探し求めて。
 見渡す限りに広がる砂の海の中、何処に向かうのかさえ分からないまま。
 照り付ける太陽に、もしかしたら僕はどうにかなってしまうかもしれない。
 そう、わかっていても。僕は歩みを止めることが出来なかった。






 男は砂漠で人を拾った。
 少年だ。腹が大きい。
 子を孕んでいるのだろう。
 無防備な、砂漠を渡るのにはまったく向いていない肌も露わな服をまとって。少年はぐったりと横たわっている。
 何処からどう見ても、脱水症状で行き倒れているようにしか見えなかった。
 男は注意深く少年を窺った。
 特徴的な髪の色。白と見まごうほど淡く、銀に瞬いている。

「……――神人かむびとか」

 男は呟いて少年を抱え上げた。
 そのまま、自分が引いてきたラクダに押し上げる。
 陽射し除けの布を上からかけた。
 これだけでも随分と違うことだろう。何より神人であるならばこれで問題ないはずだ。
 男は歩き出した。
 男が目指す集落は、すぐそこまで迫っていた。


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