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31・大領主邸での日々と、そして④
しおりを挟む僕の眉は自然と寄っていた。
「? ホセさん?」
その表情は何なのだろう。
そこにいったいどんな意味があるのか。
明るい陽射し。
昼下がり。
傍らには刺しかけの刺繍。
室内は熱くも寒くもない温度に保たれていて、いつも通り。
僕の近くにいて、何くれとなく世話を焼いて支え続けてくれているホセ。
まるで僕の侍従か何かのように。
先程、頷いたのに、ホセは今度はゆっくりと首を横に振る。
小さく微笑む。
だけどその顔は何処か寂しそうだった。
「全て、ね……デュニナは凄いことを言うね。きっと俺のことを過大評価している。全てなんてわかるわけがない。でも、少なくともデュニナについては一番詳しくあれていると自負している。何より、君よりも、君について知っていることは多いだろう」
それは間違いがない。
そう告げるホセはどこか痛みを堪えてでもいるかのようで。僕は二の句が継げなくなる。
「ホセさん……」
ただ、そう、名を呼ぶだけ。
いつしか同じ部屋にいたはずのシズも、少し離れた所にいたはずのネアもいなくなっていた。
部屋の中にいるのは今、僕とホセだけ。
他にはない。
他には、何も。
「ねぇ、デュニナ。僕の真実なんて、それほど多くはないんだよ。ただ、君を――」
求めているだけだ。
にこりと微笑んで。伸ばされた手に恐怖を感じた。
どうしてだろう、わからない。
だけどその手に触れられてはいけない、そう思った。
咄嗟に身を捩る。
「デュニナ」
「ホセさん、どうしてっ……」
どうして。何がいったいどうなっているのか。
身を捩った程度では、勿論、全く逃げられなくて。
ホセの手が容易く僕を捕まえた。
肩を掴んで、引き寄せて。
「デュニナ」
まるで抱きしめるかのような格好のまま、そっと耳元へと唇を寄せられた。
デュニナ。
呼ばれる僕の名がひどく切ない。
デュニナ。
何が起こっているの変わらない。
どうして。
なぜ僕は今、ホセに抱きしめられているのだろう。
縋るようにきつく。きつく。
僕は今までホセに、否、シズやネア、フォルにも、こんな風に明確に抱きしめられたことはなかった。
特にホセにはいつも支えてもらっていたし、エスコートのようなものを受けたことは何度もある。
運ぶためと言えばいいのか、横抱きにされたことだって。
だけどそれらへ決して、抱きしめるのとは違う。
今、僕を抱きしめるホセの腕には、なんだか意味があるようにしか思えなかった。
勿論、そう言った、いわゆる欲のようなものに裏打ちされた意味だ。
なんだか今、僕はホセに求められている。そう感じる。
そしてそれが何故か堪らなく嫌だった。
「いやっ、放して、ホセさんっ、放してっ……!」
「デュニナ」
なのに僕を抱きしめる、ホセの腕は緩まなくて。
「デュニナ、デュニナ、デュニナ。ねぇ、俺を選んで」
デュニナ。
「っ!」
甘く切ない声でそっと名を吹き込まれた。
切実に、請うように、そう。
背筋をぞくっとした何かが駆け抜ける。
それは決して歓喜ではない。
「いやっ!」
腕を振り解いた。
咄嗟に立ちあがって逃げようとしたのだけれど、出来なくて。
立ち上がることさえ、出来なくて。
這うようにして距離を取ろうとしても、ホセの力強い腕は容易く僕を捕まえる。
「デュニナ、デュニナ、デュニナ。ねぇ、俺を選んで。ねぇ、デュニナ。好きなんだ。愛してる、デュニナ」
突然の愛の告白。
わからない。
そんな予兆はなかった。さっきまでそんな雰囲気なんてなかった。
縋るような手が僕の頬にかかる。
耳元へと寄せられていた唇がますます寄せられて、そして。
唇と唇が合わさりそうになった、その瞬間だった。
「デュニナっ!」
ホセが、まるで何かに弾き飛ばされたかのように僕から離れた。
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