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2・学園でのこと
2-14・周囲の認識と言質②
しおりを挟む自分の両親に話を通したならば、次はティアリィの両親だ。だが、夫人と会うのは少し難しいかもしれないので、ひとまずは王宮内で魔術師団長としての役職を持ち、ほぼ毎日出仕している彼の父親であるジルサ公爵を捕まえることとした。
勿論、彼には知られないように、だ。
それはそれほど予想以上に簡単に叶った。
王宮の休みは学園と違い固定ではなくシフト制で、だから休日に公爵を捕まえるだけで済んだ。
公爵自身も、わかっていたのだろう。僕が、話があるので時間を取って欲しい旨を伝えると、しばし僕の顔を見た後、深いため息をもって了承の意を返したので、ああ、内容もこれはわかっているのだろうなと察するに易く。僕は少しの緊張を持って、公爵を応接室へと誘った。
公爵は、見た目だけなら実の所、ティアリィとはあまり似ていない。ティアリィは明確に母親似だからだ。だが、瞳の色だけはティアリィと一緒。彼の一族の血が濃く出た、透き通るような水色だ。なお、同時に鮮やかな桃色の髪をしていて、こちらはルーファ嬢とよく似ていた。ティアリィの髪色は彼の母親から受け継いでいる。
僕と同じか、あるいはより逞しい体躯と長身を持つ公爵は、容姿だけならいっそたおやかでさえあるティアリィとは違って、顔の造作も整ってはいるが受ける印象としては雄々しい。僕はあまり会ったことがないのだが、ルーファ嬢のすぐ下の彼らの弟はこの公爵にとても良く似ていた。髪色と瞳の色ばかりは夫人と同じだったけど。
だからだろうか、否、それとも違う理由でか。こうしてソファに向かい合って座っているだけで、何処か威圧されているようにも感じられた。
内容の心当たりがあるだろうから、そっちの理由の方が強いかな。もっとも、見た目も利用しての威圧ではあるだろうけど。僕にそんなものが通じないのも織り込み済みで、そうせずにはいられないのは、公爵自身が当たり前に持っているティアリィへの親心ゆえだろう。
僕は公爵ににこやかに笑いかけた。
「僕が話したい内容は、すでに分かっておられるようですね」
公爵が再度、深く溜め息を吐く。
「ついに来たか、というような心境です。これが陛下からでなくてよかったと思うべきでしょうか」
そう警戒しなくともよいのに、とも思いながら、僕は頷いた。
「これはそんな、確定事項として命じるようなものではありませんから、陛下からのお話なんてありませんよ」
だって僕はただ言質が欲しいだけだ。そうなった場合に、彼を貰い受けるのに支障がないように、言質を。
公爵が目の前に用意されていた茶器を取って、そっと口を寄せる。紅茶の馥郁たる香りが辺りに漂っていた。
「……いい茶葉ですね」
「最近他国から入ってきた、僕のお気に入りです」
きっとティアリィも気に入るでしょう。
続けるとぴくり、公爵の眉が小さく動く。僕がわざと彼の名を出したことの意味と、今の発言の意図を察してのことだろう。
「僕は何もおかしなことをお願いするつもりなんてありません。ただ知っていてほしいだけです」
そして願わくば、許可を。
笑う僕に、公爵の顔は緩まない。
「何を、とお聞きしても?」
「お察しの通りですよ。あくまで仮定の話です。もし、ティアリィとアルフェスの婚約が、アルフェス側からの破棄、ないし解消などで上手くいかなかった時には、僕がティアリィに求婚することを、知っていて頂きたい」
両親とは違って、僕の行動を妨げる権利など流石の公爵も持ち合わせてはいないので、こちらに関しては許可など必要としていなかった。今の言葉はただ、その場合の僕の行動を事前に伝えているにすぎないのだ。本来のお願いは、この先。
「それだけですか?」
公爵もまさか先の話だけとは思っていないのだろう、促すように訊ねられたので、僕は小さく首を横に振る。
「いいえ。勿論、僕だって無理強いをするつもりなんてありません、ですが。もし彼が拒絶しなければ。僕は彼を伴侶とします」
問題はございませんよね?
欲しい言質はそれだ。
笑顔を崩さない僕をしばしじっと見つめた公爵は、ややあってから三度深く、深く溜め息を吐いた。
「そういうお話だろうとは、思っていましたよ。貴方は昔からあの子を好いてくれていた」
それこそ、心配になるほどの熱量で、ずっと。ずっと。だから私は。
公爵の眉間にしわが寄る。元々ティアリィはアルフェスと結婚した場合、スチーニナ侯爵家に入る予定だった。アルフェスが一人っ子で他に兄妹がおらず、アルフェスが継がねばスチーニナ侯爵家が潰えるだからだ。
ティアリィの相手がアルフェスから僕に変わった所で、嫁ぎ先が侯爵家から王家に変わるだけ。ティアリィがジルサ公爵家に残らないことに変わりはないのだが、公爵としては、そういう問題でもないのだろう。あるいは心配なのは僕だからだろうか。だが。
「公爵もご存じでは? アルフェスとティアリィでは上手くいきませんよ」
もしよしんば、彼ら二人が結婚までこぎつけたとして、遅かれ早かれ瓦解する。彼ら二人が上手くいかないだろう理由など、今となってはもはや、誰の目にも明らかなことだった。
「貴方が、上手く行かせない、の間違いでは?」
「まさか」
皮肉に満ちた言葉で返されて、僕は笑みを崩さないまま肩を竦める。
「ティアリィの……いえ、アルフェスの嗜好までなんて、僕には操作できませんから」
作意などない。そちらに関しては本当に、僕は何もしていなかった。ただ、放置しているだけである。
「その割にはうちの娘と、何やらよくお話し下さっているようですが」
バレている。
まさかここでルーファ嬢の名前を出されるとは。こうして対峙すると、公爵もなかなかに侮れない人物だというのがよく分かった。流石はティアリィの父親と言った所だろうか。ともあれ、そんな所をつつかれたとしても、僕には後ろ暗いことなど何もないのだけれど。
「少しばかり、相談に乗っているだけです。大したことなど、何もお話ししていません」
これも本当。僕がしていることなんて本当に彼女の話を聞いて、ただ、彼女を肯定しているだけだ。それがたとえどんな話であったとしても。諫めたり、宥めたり、フォローしたりなどを、一切していないだけ。
そこまで含めておそらくは全て。公爵はわかっている。
「私は別に、貴方に不満があるわけではありません。アルフェスとティアリィが今のままでは上手く行かないだろうことも、わかっています。ただ、貴方がティアリィを好いてくれているように、アルフェスがあの子にかけてくれている気持ちも、私は理解していますのでそれをどうにも無下にできないだけで」
アルフェスとティアリィは、ティアリィがまだ生まれてさほども経っていない頃、アルフェスが生まれる前からの婚約者だ。
それこそ乳飲み子の時から頻回に会わせ、一緒に育ててきた。公爵としては、その年月を思わずにはいられないのだろう。
多分、公爵の中で僕とアルフェスなら、アルフェスに賭ける比重の方が少しだけ大きい。
それだけと言えば、それだけの話だった。
「殿下。私が願うことなど、ただ一つです。私はティアリィに幸せになって欲しい」
親として当たり前の情。
真剣な顔をした公爵に、僕は笑って頷いた。
「彼を決して不幸にはしない。お約束します」
幸せにする、という断言は、彼本人に直接誓う。だから今は、公爵に言えるのはこれだけ。
そんな僕に何を見たのだろうか。公爵は結局、最後まで顔を緩めないまま、もう一度お茶を口に運んだ。
「ま、全ては仮定の話ですがね」
「ええ、仮定の話です」
言葉遊びのように敢えて押された念に、僕は逆らわずに頷いた。
そう、これはあくまで仮定の話。
だが、僕には仮定で終わらせる気など、さらさらない話でもあった。
きっと多分、公爵はわかっていた。
それこそ、僕自身よりもずっと、僕のことを。だからその時、少し渋る様子さえ見せたのだろう。それもまた後になって。僕を、苛んだことだった。
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