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3・王宮にて

3-2・浮かれた僕と、②

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 周囲の、例えば侍従や女官などには、それこそ、ティアリィの為の部屋として、僕の私室の隣を用意してほしい旨の指示を出すとそれだけで意味が通じた。
 僕の両親に話を通したのだから、次は彼の家族の方か。タイミングを考えていた僕は、しかしこちらからコンタクトを取るまでもなく、王宮の廊下で彼の父親の方から声をかけられるという方法によってその機会を得た。

「殿下」

 公爵の声が聞こえてきた時には、僕はいっそ驚いてしまった。
 まさか公爵の方から話しかけてくるなんて、と。

「ジルサ公爵」
「今、少しお時間宜しいですか」
「ええ、大丈夫です。むしろちょうどよかった。僕も公爵とお話ししたいことがあったんです・・・・・・・・・・・・・・・

 僕の両親と話した翌日の午前中。実は僕自身の誕生日当日のことでもあった。

「どこか部屋にでも入りましょう」
「いいえ、このまま。お時間は取らせません」
「? そうですか?」

 腰を落ち着けて、と思ったのに、断られて首を傾げる。多分、公爵の話したい内容と僕のそれは同じだろうから、公爵が構わないというのなら僕も構わないのだけど。

仮定・・の話では、なくなりましたね」

 公爵の言葉には、前置きも何もなかった。むしろただの確認のようですらあった。

「そうですね」

 僕は頷く。何の話か、なんて、わかりきっている。
 他でもないこの人と。その話・・・をしたのは、それほど前のことではない。

「以前にもお話ししたとおり、私の希望は変わっていません。私はあの子に幸せになって欲しい」

 それは親として当たり前の感情だろう。僕は頷く。

「ええ、わかっています。僕は彼を不幸にはしません」

 幸せにする、そう誓うのは彼にでありたい。そんな些細なこだわりもあり、どうしても返事は以前と同じものになった。公爵も応えるように小さく頷く。

「ええ、ええ、そうでしょう。そうでしょうとも。貴方ならそれが叶う。貴方なら、無体など働かないことを、私は信じています」

 無体。そこまでを聞いて、なるほど、これは牽制かと思い至った。
 おそらく、僕がティアリィに僕の私室の隣を宛がうつもりだと聞いて、釘を刺しに来たのだろう。
 僕の焦りと、そして多分、この浮かれた心境までもを察して。
 杞憂だと。言うつもりはなかった。
 だってもう僕はきっと堪えられない。次にティアリィに会った時に。いったい何をどこまでどうしてしまうのか、自分でもわからないぐらいだった。だが、同時に逃がさないとも決めている。勿論、無理強いするつもりなどない。ないけれど。……――ティアリィが、ちゃんとしっかり拒絶してくれなければ、きっと僕は。
 これ・・が、少しばかり卑怯な思考である自覚もあった。だが、同時に、これ・・悪意・・でも害意・・でもない。つまりこの国において、罪とされるようなもの・・・・・・・・・・ではないのだ。反面、罪ではないのなら何でも許されるというものではないということも解ってはいつつ。
 僕は笑って公爵に頷く。

「公爵の信用を裏切らないよう、充分に注意いたしましょう」

 約束はしない。否、出来ない、だろうか。無体、が、どの程度のどんな行為を指すかが具体的ではない以上、僕の返事はこれぐらいが妥当な所。公爵は勿論、僕の真意などすべてを汲み取って。
 返されたのは、溜め息だった。
 父や母と同じだと、気付く。どこか、諦めを含んだそれ・・。僕にとっては少しだけ納得できない、それ・・
 こちらは、告げない方がいいだろうかともちらと思ったのだけれど。両親には言ったし、何より、ある意味では先の応えの保障にもなりえるだろうと敢えて口にすることにする。

「ですが、もし、子供・・が出来たら、その時は……」

 僕は、彼を逃がしはしない。
 笑顔を崩さないままの僕に、公爵はいったい何を見たのだろう。否、単純に、今の僕の言葉にだろうか。ぎゅっときつく眉根を寄せ、ややあって、とても億劫そうに口を開いた。

「そうなれば……それは、あの子の意思でしょう」

 ティアリィ側からの、揺るぎない意思表示となり得る。
 苦いままの公爵を前に僕は笑い、減っていく憂いにますます浮かれた。

「時に今日、貴方は19になられた。もう成人であられる。そこに付随する責任だけは、努々ゆめゆめお忘れなきよう」

 この国での成人は19だ。それは、通常の就学年齢が18までであり、卒業と同時に成人扱いとなることと関連していた。18だと学生である可能性があり、19だとほとんど確実に成人扱いとなっているので。
 つまり僕は今日、成人を迎えたことになる。祝いの席は一昨日の卒業記念パーティーと近すぎる関係で、2週間後に予定されている。その時にはおそらく、ティアリィも、付随する形で祝われることになるだろう。誕生日が近すぎて、別に催せないが故に。かつ、王族との合同の開催となっても、彼の身分と血筋なら問題がなくて。
 最後の最後に言祝ぎと共にていされた苦言にも、僕は笑顔で頷いた。

「肝に銘じます」

 ああ、知っている、わかっている。だからこそ。だからこそ。
 公爵は僕の返事に納得などしていない様子ながら、それ以上は言葉を重ねず、もう一度小さく溜め息をだけ残して、その場から去っていった。
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