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15・ミオシディア嬢
しおりを挟むミオシディア嬢が一緒だったからだろうか。学園からは何の問題もなく出ることが出来た。
門を出てすぐ、彼女に導かれるままに馬車へと乗り込む。
そのまま彼女は、予め控えていたらしい業者や侍従に幾つかの指示を出し、彼らがそれぞれ、どこかへ小走りに去っていくのと同時、馬車は慌ただしく動き始めた。
コラジエル伯爵家のものなのだろうか、質のいい馬車にミオシディア嬢と向かい合わせで座った私は、だけど何を言えばいいのかもわからずにちらりと彼女を窺った。
相変わらず美しく、雰囲気は穏やかだ。
馬車は走る。何処に向かっているのかはわからない。だけど不思議と不安はなかった。
やがて小さく、ミオシディア嬢が溜め息を吐いた。
「慌ただしくてごめんなさいね。でも早い方がいいと思って。あの方も全く。なんだってこんな何もない日にあんなことを……」
眉根を寄せて小さくこぼす。私は首を横に振った。
「いいえ。助かりました。私、どうすればいいのかわからなくて」
あの可哀そうな王子に私は逆らえない。そこに私の意思はなかった。
「そうよねぇ、わからないわよねぇ……急にあのような場であんなことを口にすればどうなるのか。あの方は全くわかっていらっしゃらないのよ」
私は小さく頷いた。
周囲の目を思い出す。そこにあったのは嘲笑と侮蔑。それは私にだけではなく、王子にも向けられていた。可哀そうな王子様。だけど。
「貴方はもう、わかっているわよねぇ。わたくし、あの方との婚約なんて嫌だったの」
そうだろうと思う。私もいやだ。幾度か足を運ばされた聖城を思い出す。きらびやかで美しく、きらきらしていて。同時に何処までも空虚だった。
「わたくしの家が賜っている領土は、聖都からは少し離れたところにあって。だからわたくし、キゾワリ聖教にはあまり触れずに育ったの」
ソーシェも、ミオシディア嬢のおうちは、家系的に信心深くないと言っていた。領土が聖都から離れているのだとしたら、充分に納得できる話だった。
「幾つの時だったかしら。一度よ? たった一度、聖城で聖王陛下と見えたの。そうしたら次の日には、ルピオダイル殿下との婚約が決まっていたわ」
彼女の話を聞きながら、私はぎゅっと眉根を寄せた。
つまり彼女はその時に、聖王に見染められてしまったのだろうと思う。だから王子の婚約者になってしまった。
「伯爵家なんかが逆らえるわけがない」
ミオシディア嬢が小さく呟く。痛ましかった。
「わたくし、殿下のことは嫌いではなかったのよ? だってあの方、かわいそうだったんですもの。でも……あそこはダメだわ。貴方も聖王陛下にお会いしたことがあるのならおわかりになるでしょう? だから、わたくし、何度か殿下をお誘いしたの。一緒にうちの領土に行きましょうって。そうしたら」
気付くと今のよう、王子にひどく嫌われるようになっていたのだそうだ。
王子も初めは今のような態度ではなかったと、そう話すミオシディア嬢は寂しそうだった。私は胸が痛んだ。そうか、この人はこの人なりに、あのかわいそうな王子様を助けようとしたのかと理解する。
私は思い出す。聖王の、あの視線。欲を湛え、悍ましく気持ち悪かった。
「安心なさってね。わたくしの家も、国を出ることにしたの。国外に伝手があるから、そちらを頼って。貴方とはもう少しでお別れだけど」
ふわりと微笑まれ、私は首を傾げた。
もう少しでお別れとはどういうことだろうか。否、そもそもどこに向かっているのかさえ私は知らないのだけれど。
「ああ、着いたみたいね」
ミオシディア嬢の言葉と同時ぐらいに馬車が止まった。
促され、馬車を降りる。
初めて見る場所だ。近くに別の馬車がある。そして。
「アリア!」
そこにいたのはソーシェだった。
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